The Cage of Dreams 03
「おはようございます……」
「あぁ~ミルフィーユさん、おはようございますぅ~」
ミルフィーユはまだ少し眠い目を擦りつつ、患者の待合室も兼ねている診療所の応接室の扉を開ける。
部屋に入るとすぐにオリハが挨拶を返し、温かい緑茶をカップに注ぎながら、ミルフィーユにテーブルの席へ座るよう促した。
「簡単なものしか出来ませんが、すぐに朝食用意致しますね~」
「あ、ありがとうございます」
オリハからお茶の入ったティーカップを受け取り、ミルフィーユはテーブルの端の席に腰を下ろす。すると再び部屋の扉が開き、なにやら怪しげな大荷物を抱えたアツシが部屋に入ってきた。
「お、やっと起きたかミルフィーユ。遅ぇぞ、今日はもうあと一時間ちょっとで出発するんだからよぉ」
「すいません。……てゆーかアツシさん、その大荷物は?」
アツシのぼやきに対して素直に頭を下げつつ、ミルフィーユの視線はアツシが担ぎ持ってきた、大きな麻袋にくぎづけとなる。
遠目ながら中身を覗き込むと、袋の中にはなにやらたくさんの草や木の実、さらに木の幹の皮や長い蔦のようなものが入っていた。
それらを見たミルフィーユは、思わずアツシにこう問い掛ける。
「アツシさん、草取りでもしてきたんですか?」
「バカ、こりゃレイジの荷物だ! それにこりゃただの草じゃなくて薬草だっつに!」
ミルフィーユの真顔でのボケた質問に、アツシは苦笑いを浮かべながら麻袋を部屋の隅へと置いた。
「レイジさんって……あの、確か今日からアツシさんの代わりに診療所で働く……」
「そ。レイジの野郎、出発の時はしっかり見送りしてやるから、先に荷物をいくつかこっちに運んでおいてくれなんて言ってきやがってよぉ……」
「出発の時ってことは、9時過ぎですか。いいんですかね……ここ診療所なのに、お医者さんがそんなにのんびりしていて。患者さんが来た時の為に、事前に準備とかしておかなくていいんですか?」
「あー……いいんだよ、今日は。だって今日は午前中、臨時休業にしたかんな。あいつも午後からはちゃんと仕事出来るようにしとくって言ってたし」
「そうですか……」
お茶を啜るミルフィーユの向かいの席に、会話をしながらアツシも腰を下ろす。
彼は「にしてもお前、ずいぶんと寝坊するんだなー」と言って、からかうような瞳をミルフィーユへと向ける。そして意地の悪い笑みを口元に浮かべながら、アツシはテーブルに頬杖をついてミルフィーユの顔を覗き込んだ。
「旅の間もこんなお寝坊してたら、おちゃめなオレが寝てるミルフィーユの顔にかっこいい落書きしちゃうぜ?」
「べ、別にいつもこんな時間まで寝てるわけじゃないですよ!」
「へぇー」
「あ、信じてませんね、その顔は。本当に今日は偶然で……そうだ、今朝はなんだかよくわからないけど長い夢を見たので、きっとそのせいですよ」
ミルフィーユが子供のように口を尖らせると、アツシは目を丸くして「夢?」と首を傾げる。彼はミルフィーユの『夢』になにか興味を持ったようで、まだ少し拗ねたような顔をするミルフィーユに、にんまりと笑いかけながら問い掛けた。
「なに、どんな夢だよ」
「え? ……どんなって……」
アツシに問われて、どんな夢を見ていたかをミルフィーユは改めて考える。しかしどうも夢の内容は曖昧で、ただとても長くて不思議な夢を見ていたという感覚しか思い出せない。目覚めてすぐにリコリスの顔を見たら、なぜか夢の内容を綺麗に忘れてしまったらしい。
けれども、なんとなく懐かしいものを見ていたような気もする。
「ん~……なんだか昔のこと、夢に見ていたような気もするんですけど……」
「おぉっ!? それマジか!? それってお前の無くした記憶の手掛かりじゃねえか!」
ミルフィーユが眉を寄せて呟くと、アツシは俄然興味を持ったらしく、身を乗り出して聞いてくる。
「んん~」
「なぁなぁ、どうなんだよ!」
「……駄目だ、思い出せない。忘れちゃいました」
苦笑混じりにミルフィーユが呟くと、アツシはつまらなそうに「え~?」と言ってため息をついた。
「なんだー、つまんねぇーの」
「すいません。なんだかリコリスに起こされて、彼女の顔見たら途端に忘れちゃったみたいで……」
「リコちゃん? あ、そういやリコちゃんの姿が見えねぇな」
「え?」
アツシが部屋の中を軽く見渡すのを見て、ミルフィーユも「そういえば」と彼女が不在ということに気がつく。
「おい、オリハー! お前リコちゃんどこ行ったか知ってるかー!?」
隣の部屋に置かれた簡易調理器具で朝食の準備をするオリハへ、アツシは大声で呼び掛ける。するとあの間延びした声で、「え~、知りませんよぉ~?」というオリハの返事が返ってきた。
「知らねぇ? おかしいな、どこ行ったんだ?」
「……そういえば彼女、俺を起こしに来たと思ったら突然どこかに走って行っちゃったんですよ」
「どこかって、どこにだ?」
「さぁ……ずいぶん慌ててましたけど」
お茶を啜りながらミルフィーユが首を傾げると、アツシは少し顔をしかめて再び頬杖をついて考え込む。
「まぁ、ただ散歩に行きたくなっただけかもしれねぇけど、ちょっと心配だな」
「俺、捜してきます?」
「お前はとりあえず朝メシ食っとけ。今日は船で海を渡って南の大陸を目指すからな。長い移動でへばらねぇように体力つけとけよ。リコちゃんのことは、出発時間間近になっても姿が見えねぇようだったらオレが捜しにいくから」
「……わざわざすいません」
「いいってことよ。これからはオレもお前らの世話になりまくるからな。……っと」
アツシは突然立ち上がると、ミルフィーユに背を向けて入口のドアへと向かう。
「どこいくんですか?」
部屋を出ようとするアツシにミルフィーユが問うと、アツシは小さく手を振って「今日の出発のために、最後の準備してくんのー」と答えた。
「船は一応手続き済んでるけど、念のためにもっかい確認とって、そんで荷物先に詰め込めるようだったら詰め込んでくるわー」
「あ、そうですか……」
ミルフィーユに返事をしたアツシは、隣の部屋のオリハに向かって「ちょっと出掛けてくるぜ!」と声をかけ、彼はそのまま部屋を出ていってしまう。独り残されたミルフィーユは、少し温くなったお茶に口をつけながら、朝食を食べたら自分ももう一度荷物などを確認しようかと考えた。
アツシの言った通り、彼の提案で今日はボーダ大陸の南に位置する砂漠の大陸・アサド大陸へ、船に乗って海を渡って向かうのだ。
ミルフィーユにとって、船旅は記憶を失ってからは初めてのものだ。しかも船に乗って、大陸を移動するという。この中央大陸ボーダを離れ、一面砂漠の海が広がる乾燥した地へ向かうと聞いて、彼はひそかに期待と不安を感じてはよく眠れない日々を送っていた。
(……そうだ、昨日も今日のこと色々考えたから寝るのが遅くなったんだ。今朝寝過ごしたのはこのせいもあるよな、きっと)
内心で今日のアツシの突っ込みに言い訳をしながら、ミルフィーユは大きく息を吐き出す。
今日はついに、アツシと共に未知の地へ出発となる。
船の乗船手続きなどはアツシが「自分に任せろ」と言っていたので任せていたが、しかし初の船旅だし、やはりしっかりと荷物の準備をしておいたほうがいいだろう。
「早めにご飯食べて、とりあえず傷薬関係の持ち物をもう一回見直すかな……」
ミルフィーユがぽつりと呟いた時、ちょうど隣の部屋から香ばしくいい香りが漂い始めた。




