The Cage of Dreams 01
ねぇ、と俺を呼ぶ彼女。
俺は返事をするも、しかし視線は彼女ではなくどこか遠くを見続ける。すると自分を見てくれない俺に対して少し怒ったのか、彼女はもう一度俺を呼びながら、今度は俺の服の裾を引っ張った。
「あ、ああ、なんだ?」
「……ずっと呼んでたのに、ミルフィーユってばいつまでたってもこっちを見てくれないんだもの」
「あ、ごめん……ちょっと考え事をしていたんだ」
幼い子供のように頬を小さく膨らませてふて腐れる彼女に、俺は申し訳ないといったふうに頭を下げる。「本当にごめん」と俺が困ったように呟くと、臍を曲げていた彼女は、ようやく膨らませていた頬を元に戻した。
「……いいよ、ちょっとミルフィーユを困らせてみたかっただけだから。本当は怒ってなんかいないの」
「え、なんだよそれ」
彼女の本音を聞いて、俺は思わず呆れたような表情を浮かべる。すると今度は彼女が「ごめんなさい」と、苦笑いを浮かべながら俺に謝った。
「少し怒ってみたかっただけなのかもしれない……ごめんね、もうしない」
「……」
小さく目を伏せ、どこか寂しげに彼女は呟く。彼女の紅い瞳が憂いを帯び、深い感情に泣きそうに揺れた。
俺にしてみたら先程の彼女の行動は、ほんの些細な可愛い悪戯程度のものだ。しかし彼女は俺の呆れた表情を真剣に受け止め、それに対し深く反省したように何度も謝る。
「あ、いや、別に俺だって本気で呆れていたわけじゃなく……っ!」
「……うん」
慌てて取り繕うも、どこか世間離れしているんじゃないかというくらい生真面目な彼女は、それでも意気消沈したように頭を下げている。
「……えっと、いや、俺こそごめん。真面目に返事をすればよかったんだ。うん、だからその、今のは俺が全面的に悪いんだ」
「え……?」
「や、本当に悪い! 今度からはちゃんと返事するから……!」
俺が必死で彼女に謝ると、彼女は何故か小さく吹き出して、今度は可笑しそうに控えめな声で笑い出した。
「……ん?」
「ふふ……あははっ! ミルフィーユってば真面目すぎるよ! そんなに謝らなくても別に……あははは!」
「……」
彼女の笑い声に、俺はなんとも言えない微妙な気持ちになる。
そうだ、確かに言われてみれば俺も少し真面目すぎるところがあるかもしれない。しかし生真面目な彼女にまで、そのことを突っ込まれるとは思わなかった。
「……そ、そんなに笑わなくても……というか、俺を呼んだろ? 用事とかあったんじゃないのか?」
「あははっ……あ、そうだった。笑ってしまってごめんなさい」
なんだか先程から俺達は、互いに謝ってばかりのような気がする。それに気付いた俺は思わず苦笑いを浮かべながら、「で、どうした?」と彼女に問い掛けた。
彼女は笑うのを止めて、柔らかな微笑を口元に刻みながら「うん」と頷く。
「別にたいしたことじゃなかったの。ただ、次の街にはいつ着くのかなって……」
「あ、そうだな……あと30分くらいじゃないか?」
先程見た地図と現在地から、凄く大まかではあるが次の街までの時間を素早く割り出し、問い掛ける彼女へと告げる。すると彼女は、俺の答えに驚いたように目を丸くして固まっていた。
「さ、さんじゅっぷん……!?」
「ああ。今のペースだとあとそれくらいはかかる……けど……」
あまりに彼女が驚くので、思わず俺は戸惑う。
もしかして30分は長かったのだろうか?
しかし今の俺達は、とてもゆっくりとしたペースで歩いている。それはまだ幼い彼女の体力を心配して、彼女の歩くペースに俺が合わせて歩き、そして休憩も頻繁にとりながら歩いているからだ。
彼女は女の子、それもまだ14、5歳の少女だ。
ほとんど徒歩の旅をしているわけだが、これ以上歩くペースを上げたらきっと彼女にはきついだろう。
「……30分って長かったか?」
心配になって彼女の顔を覗き込む。すると彼女はハッとしたように顔を上げたかと思うと、突然首を激しく左右に振りながら「そんなことないです!」と、何故か力強く叫んだ。
「全然大丈夫! まだまだ歩けるんで、頑張ります!」
「……あ、うん……あ、や、別にそんな頑張らなくても……」
「ううん、30分も歩くなんて聞いて少し驚いたけど、でもそれくらい平気で歩けなきゃ駄目だよね! が、頑張ろう、よしっ!」
彼女の気合いに少し押され気味の俺だったが、なんだか凄く歩く気満々の彼女が「行こう、ミルフィーユ!」と元気よく俺に言うのを見て、すぐに「ああ」と頷いた。
そして俺達は次の街に向けて、並んで歩きだす。
「……でも、疲れたなら言えよ? 休憩するし……」
「ううん、大丈夫。まだ歩けるから、平気」
「そうか……」
先程よりもほんの少し歩くペースが上がった彼女に、俺は微苦笑を浮かべながらついていく。このままのペースで歩いたら街に着く頃には彼女は確実にバテるだろうが、しかし「頑張る」と言う彼女の言葉の決意は邪魔したくないし、尊重してあげたい。だから俺は、彼女を応援してあげることにした。
「……そうだな、じゃあ街に着いたらまずは甘いものでも食べようか」
「え、本当!?」
俺の言葉を聞くなり、彼女は面白いくらいに目を輝かせて俺を見つめる。
「ああ。あ、俺は甘いものは得意じゃないから、俺の代わりにたくさん食べてくれ」
我ながら意味不明な事を言っているなという自覚はあったが、しかしこれで彼女が元気になってくれるならそんなことはどうでもいい。
「なにが食べたい? ケーキとかお団子とか……」
「……あ、アップルパイ、食べたい、な」
「アップルパイか……りんごだよな、確か」
控えめに、しかしはっきりと自分の望む事を口にする彼女。俺は彼女の答えに、満足そうに笑う。
「りんごなら、あまり甘くなければ俺も食べれるかな……?」
「アップルパイは甘いよ?」
「……大人しくコーヒーでも飲んでるよ、俺は」
俺ががっくりと肩を落とすと、それを見て彼女は再び可笑しそうに笑う。
「あはは、ミルフィーユって本当に面白いね! あなたと旅するようになってから私、すごくたくさん笑ってる! ふふ、あはははっ!」
艶めく長い漆黒の髪を揺らし、彼女は屈託のない笑顔を見せる。
その笑顔を俺は、眩しそうに目を細めながら見つめ続けた。
やがて、俺は笑い続ける彼女の名を呼ぶ。
「 」
「ん? なに、ミルフィーユ」
深い紅の瞳をこちらへと向け、彼女は穏やかに微笑んだ。
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