The days when I forgot it 14
アツシのこの言葉に、ミルフィーユはじっくり5秒ほど脳内で彼の言葉の意味を考える。そしてきっちり5秒後、ミルフィーユは驚愕の表情を浮かべて「えぇーっ!?」と叫んだ。
「な、何言ってるんですかアツシさん! あなたいきなりそんな……!」
「えぇー駄目ー?」
子供のように口を尖らせるアツシだったが、ミルフィーユはそれどころじゃない様子で身を乗り出す。
「だ、駄目とかじゃなくて、だってアツシさんあなた医者でしょう!?」
「おー」
ミルフィーユの言葉に頷きつつ、「だからなんだよ?」とアツシは首を傾げる。
「だからなにじゃなくて、そんなこと言ってここの診療所はどうするんですか!?」
そう早口に言うと、ミルフィーユはオリハへと視線を移した。
「オリハさんもなんとか言ってください」
そう言ってミルフィーユは、オリハに助けを求める。するとオリハは、なぜか疲れたように深いため息をつきながら口を開いた。
「センセェ……またどっか行くんですかぁ~?」
オリハのこの呟きに、「また?」と言ってミルフィーユは固まる。
オリハはなにか諦めたような顔で、小さく笑いながらミルフィーユを見つめた。
「センセェったらちょっと前にも『未知の薬草を探してくる!』なんて言ってぇ、ふらっとどっか行って3ヶ月くらい帰ってこなかったこともあるんですぅ。今だって放浪の旅に出てぇ、たしか半月くらい前に帰って来たばかりなんですよぉ~」
「なっ……」
絶句するミルフィーユに、アツシは「いやぁ」と何故か照れ気味に頭を掻く。
「センセェは放浪僻があるんで困ってるんですよぉ~」とオリハは呆れ顔で呟き、紅茶を一口啜った。
「ていうか……3ヶ月もどっか行っててこの診療所大丈夫だったんですか? その間、オリハさん一人でしょう?」
ミルフィーユが問うと、リコリスも不思議そうにオリハを見遣る。オリハは「あぁ~、それはぁ~」と笑い、チラッと横目でアツシを見た。
「実はですねぇ~、ここ本当は3人で経営しているんですぅ~」
「え?」
オリハはそう言うと、「そうですよね、センセェ」とアツシに言葉を向ける。
暢気にお茶菓子を頬張りコーヒーを啜っていたアツシは、その言葉に慌てて頷いた。
「おぉ、そうなんだよ。オレがフラッとどっか行ってる時には、オレの代わりにレイジってやつがここの一切を取り仕切ってるんだ」
「レイジさん……ですか?」
ミルフィーユが疑問を含めて呟くと、「センセェと一緒に医学を学んだ方ですぅ」と言ってオリハが笑った。
「レイジさんはぁ、普段は自宅で医学の勉強や研究をしているんですけどぉ~、センセェがいない時にはセンセェの代わりに患者さんの診察などをしてくれるんですぅ~」
「ま、あいつには研究費とか工面してやるかわりにここを手伝えって約束してあるからな」
「……」
二人の会話にただひたすら驚くミルフィーユ。
(3ヶ月も診療所抜けて放浪の旅って……すごい人だな)
アツシというこの男、出会った時から変わった人だとミルフィーユは思っていたが、ここまで変わっているとは思わずに、彼は感心の念すら感じ始めていた。
「なー、そういう訳だからちょっくら一緒に行っていいかー?」
「え、ちょ……」
どう答えるべきなのかミルフィーユが再び悩み始めると、かまわずにアツシは語り出す。
「頼むよー。実はちょっとオレ、行きてぇとこあんだけど、一人じゃ心細かったんで誰か一緒に来てくれるような奴捜してたんだよー」
アツシはそう言って、ミルフィーユの顔を覗き込む。隣でオリハが「センセェってば、またそんなこと考えていたんですかぁ~?」と呆れながら呟くも、アツシは聞こえないふりをして無視した。
「なぁーいいだろー? どうせあての無い旅してるみてぇだし、ちょっとでも目的あったほうがいいって、絶対」
「……なんか、いつの間にか旅についてくるじゃなくて、俺たちがあなたの行きたい所へついて来いって話になってません?」
冷静かつ鋭いミルフィーユのツッコミに、アツシは苦笑いを浮かべる。「まぁいいじゃねぇか、細かいこたぁ」と彼はごまかすように笑い、さらにコーヒーを啜りながらこうも付け足す。
「それにお前の腕の怪我も心配だし、医者としては完治まで見届けてぇしな!」
「……」
それでも「んー」とまだ首を傾げて眉をひそめるミルフィーユに、痺れを切らしたアツシが最後の手段とばかりに声を張り上げた。
「わかった、じゃあ俺に付き合ってくれたら治療費チャラにしてやるよ! さらにさらに、完治するまでオレがバッチリケアしてやる! どうだ!?」
「……まぁ、それはすごく有り難いんですけど……」
確かにあまり旅の資金が無い自分たちには、アツシの提案はすごく魅力的ではあったが、それでもミルフィーユはまだなにかを心配するように不安げな表情を浮かべる。
「なーんだよぅ。まだなんか不満かぁー?」
「いや、そうじゃないんですが……ただ、本当にいいんですか? オリハさんもここの運営とか大変じゃないならいいんですが……」
ミルフィーユが心配そうな眼差しでオリハを見遣る。すると彼女はすぐに笑顔を浮かべ、「大丈夫ですよぉ~」と言った。
「センセェがいなくなるのは日常茶飯事ですからぁ~、もう充分に慣れてますぅ~。それに実はここの診療所の名前、『カルデラ』ってのはレイジさんの苗字なんですぅ~。センセェがあまりに頻繁にどっか行っちゃうので、ちょっと前に私が嫌がらせして看板をアツシセンセェの名前からレイジさんの名前に変えちゃったんですよぉ~」
「……」
「だから大丈夫ですぅ~」と、一体なにが大丈夫なのか微妙によくわからないことを言ってオリハは微笑む。
さらにアツシは先程から黙々と紅茶を味わっていたリコリスを見遣り
「リコちゃんもいいよな~?」
と言って、ニッと笑った。
「……」
リコリスはアツシを数秒ほど見つめた後、無表情に小さく頷く。
それを見てアツシは「よっしゃー!」と歓喜の声をあげ、今度はキラキラと期待の眼差しをミルフィーユへと向けた。
その期待溢れる眼差しに一瞬ミルフィーユは怯えるも、どうやらオリハも大丈夫だと許可しているようだし「まあいいか」と納得して、小さく微笑みながらアツシを見返した。
「じゃあ、いいですよ。オリハさんも大丈夫って言うんなら、こちらこそ是非お願いします」
「よっしゃ、まかせろよ青年っ!」
ミルフィーユが納得したのを見た途端、アツシは大きくガッツポーズをして子供のように喜ぶ。そうして「じゃあ早速支度しなきゃな!」と言って椅子から立ち上がるアツシを見つめながら、これからは少しだけ賑やかな旅になるなぁとミルフィーユは静かに苦笑いを浮かべた。
【To Be Continued】




