The days when I forgot it 13
かなり慌てた様子で、しまいには何故か口論にまで発展する二人の会話に、ミルフィーユは慌てて割って入った。
「ちょっと、あの、二人とも違います! さっき記憶喪失になったわけじゃないんで落ち着いてください!」
柄にもなく大声でミルフィーユは静止を叫び、彼のこの言葉にアツシとオリハは口論をピタリと止めて、二人はひどく安心したような表情を浮かべた。
「なんだ、焦ったぜ……記憶飛んでるなんて言うからオレはてっきり……」
「はいぃ~、私もぜぇ~ったいさっきのショックで記憶喪失になっちゃったかと思いましたぁ~」
本気で安心したように、二人はホッと胸を撫で下ろす。
ミルフィーユは思わず苦笑し、「それは大丈夫です」と呟いた。
「そうではなく、その……なんて言えばいいんだろう」
説明する言葉に困ったミルフィーユは、何となく隣のリコリスへと視線を向ける。彼女はお茶を飲む手を止め、無表情にミルフィーユを見返した。
「ん~……あ、そうだ。ちょっと前に俺、森で倒れていたみたいで、その時彼女に助けられたんです」
リコリスから視線を外し、そう言ってミルフィーユは二人に説明する。
「へぇ、森でねぇ。それはなんでまた、そんなことに?」
「あはは、それは俺もよくわからないんですけど、でもどうも森で倒れる以前の記憶がなくて……」
「な、なんだか大変ですねぇ~」
驚愕に目を丸くしながら、オリハはぽつりと呟く。アツシも同意したように頷き
「じゃあなんだ、旅ってのはもしかして記憶を取り戻す旅か?」
と問う。それにミルフィーユは小さく笑って頷き、さらに付け足すように口を開いた。
「それもあるんですけど、もう一つ……女の子を捜してるんです」
「女の子ですかぁ~?」
"女の子"という単語に突然アツシはニヤリと笑い、何故か愉快げな口調でミルフィーユに言葉を向ける。
「なんだ、女っていうとあれか? 生き別れの妹か姉か、はたまた突然消息を絶った愛する恋人か……」
「いえ、多分そういうのじゃないと思うんですけど……」
思わず苦笑いを浮かべてミルフィーユはそれを否定した。
「そういうのでは無いと思うんですが、ただ……」
「ただ?」
興味津々の表情でこちらを見つめるアツシ。
ミルフィーユは頭の中で、この感覚を的確に表現する言葉はなんなのかを考えた。
そして、思考の結果彼はこう口にする。
「彼女がずっと昔から知ってる……なにか大切な人であることは確かです。それに彼女に会えば、俺の記憶に関してなにかわかる気がする……」
「……」
カップの中で緩やかに波打つ紅茶を見つめ、ミルフィーユはゆっくりと語る。そんな彼を、隣でリコリスが真剣な眼差しを向けて見つめていた。
「たった一つだけ、俺の中にはその彼女の記憶だけが残ってました。……そう、"マヤ"という、煌めく金色の髪の少女のことだけが……」
ミルフィーユは独白のようにそう呟き、「なんか変な話ですよね」と少し自嘲気味な笑みを浮かべた。
すると……
「な、なんて素敵な話なんでしょう~」
「……え?」
「お、オレもなんかグッときたぜ、今」
「はぁ?」
何故か感極まった表情で自分を見つめるアツシとオリハ。「なんで?」とミルフィーユが唖然としていると、そんなミルフィーユなどお構いなしになにやら二人は熱く語りだした。
「自分のことすら忘れたのにぃ、大切なその人のことだけははっきりと覚えている……もぉ~すごぉくロマンチックな話ですぅ~」
「おぉ! 惚れた女のことだけは、なにがあっても忘れねぇなんてまさに男だ! 見直したぜ、ミルフィーユ!」
「それにぃ~その人のことを捜して旅してるなんてぇ~」
「まさに愛だなっ!」
「……あの」
またもなにやら特大の勘違いをし、プラス変な妄想まで進められてミルフィーユは疲れたように引き攣った笑みを浮かべる。
二人の妄想話は瞬く間に飛躍していき、『きっと二人は大恋愛のすえ結婚を誓い、しかし互いの両親からその結婚を反対され、そのことで嘆いた彼女は彼の前から姿を消した』という捏造話まで出来上がり二人は盛り上がる。
全く終わる気配の無い二人の妄想話に、この事態をどう収拾しようかとミルフィーユは静かに頭を悩ませる。そうして彼はなんとなく横目でリコリスを見ると、彼女も盛り上がるアツシたちをぽかんと目を丸くして見つめていた。
ますますどうしようと、再びミルフィーユは頭を抱える。すると突然アツシがこちらを見つめ、「よし、決めたぜ!」と大声をあげた。
「?」
ミルフィーユとリコリス、そしてオリハもが疑問の瞳をアツシへと向ける。
するとアツシは満面の笑みを浮かべながら、ミルフィーユに向かって声高らかにこう宣言した。
「あんたのこと気に入ったぜ! オレも旅についてってやるよ!」
ドンッと強く胸を叩き、アツシは自信満々な表情で「どうだ?」と言った。




