lost 03
しかし気にする様子もなく彼女はまた木の枝を使って言葉を綴った。
――旅人?
「旅人……か」
ミルフィーユは少し考える。旅人という言葉の意味は感覚で理解出来たが、自分は果たしてそれに当て嵌まるのだろうか。
「う~ん……」
悩んでいると、彼女の手がまた動いた。
――じゃあ、探求者?
「たん……きゅうしゃ?」
覚えのない単語にミルフィーユは首を傾げた。しかしとくに説明する気はないようで、彼女はじっとミルフィーユの答えを待っている。
仕方なくミルフィーユのほうから尋ねてみた。
「探求者って何だ?」
「……」
問い掛けに彼女は暫くミルフィーユを見つめて止まっていたが、やがて
――パンドラを探す人のコト
丸い文字でそう短く説明をした。
(……またわからない言葉だな)
”パンドラ”という新単語に再び首を傾げるミルフィーユ。先程同様彼女の様子を見ると説明する気ゼロのようなので、
「悪い……パンドラってのは?」
とミルフィーユは問うた。
2、3度大きな瞳をパチパチとしばたかせ、彼女は
――神の遺産。皆そう言ってる
そう地面へと書いた。
「神の遺産?」
突然突拍子もない言葉にミルフィーユは苦い顔をする。
神が何なのかはやはり感覚としてぼんやりと覚えているようで、それはつまり物凄いものなのだということはわかった。しかし、かなり現実身の無い話だ。
「みんなその……”パンドラ”とかいうものを探しているのか?」
恐る恐る問うミルフィーユに、女性は小さく首を左右に振ってソレを否定した。
「……ん?」
――みんなじゃない。探してる人を”探求者”と呼ぶ
「……なるほど」
文字を書くことでの会話はもどかしく、さらに彼女はどうも会話とか説明とかが上手くないようで必要最低限ギリギリの知識しか伝えてはくれないが、それでもミルフィーユは何となく理解した。
ミルフィーユ自身も思うに、それほど他人との意思の疎通が上手いほうだとは何となく思えない。彼女は自分ともどこか似ているようにもミルフィーユは感じた。
「つまり、よくわからんが”パンドラ”とかいうモノを探す人を”探求者”と言うんだな」
こくりと頷く彼女。
「パンドラ……神の遺産……か」
詳しい事はどこかの村とかで聞いたほうがいいかも知れない。何も知識のない自分はまず世界のことを知らなくてはならないだろうと、ミルフィーユはとりあえず今自分がすべき事を確認した。
「……とりあえず、どこか近くの街へ行くべきだな」
そしてあの少女を探し、自分の記憶についても何か手がかりを見つけなければ……
ミルフィーユは女性に礼を言って立ち上がろうとした。
で、気付く。今更な気もするが、大切なことに。
「……そういえば君、名前は? ここら辺に住んでいるのか?」
「……」
相変わらず表情の読めない目で女性はミルフィーユを見つめた。
ミルフィーユは思わず彼女の手元を見つめるも、その手は一向に動く気配を見せなかった。
「……?」
不思議に思い彼女を見遣る。すると彼女は静かに首を左右に振った。
その彼女の行動の意味が理解出来ず、ミルフィーユは
「どういうことだ?」
と、彼女に問う。しかし彼女はやはり無言で首を横に振るばかりだった。
困り果てたミルフィーユだが、やがて思い付く。
「もしかして、名前ないとか……?」
そんなわけないか……と思いながらも他に思い付かないので、そんなコトを言ってみる。しかしその言葉に彼女が首を振るのを止めた。
まさかと驚いたミルフィーユは、思わず呟いた。
「ホントにないのか?」
半信半疑でもう一度問う。彼女は肯定も否定もせず、じっと無表情でミルフィーユを見つめるばかりだったが、それを再び肯定とミルフィーユは解釈した。
そんなこともあるのかと、不思議に思う。
「……そうか。しかし記憶のない俺が言うのもなんだが、それでは不便だろう」
「……」
僅かに眉根を寄せた彼女だったが、これといってミルフィーユの言葉に反応を示さない。
構わずミルフィーユは続けた。
「なら、自分で何か適当に名乗ればいいんじゃないか?」
「……」
しかしこの言葉にはしっかりと首を左右に振って否定を示す。「そうか」とミルフィーユは苦笑いをした。何か名前がないのにも理由があるのだろう。あまり余計な世話をやくべきではないなと思い、ミルフィーユは今度こそ立ち上がった。
すると……
「……ん?」