The days when I forgot it 11
「ちょい待ってろ。薬用意すっから」
「はい……」
再びあの謎の鼻歌をご機嫌に奏でながら、アツシは近くの薬品棚らしい場所をゴソゴソと漁りだす。
「えっと、食いちぎられた傷に効く薬ってどれだぁ~?」
「……」
それは別に、わざわざ"食いちぎられた"なんて生々しく言わないで裂傷とかでいいんじゃないかなぁと、ミルフィーユは激しくツッコミたくなったがなんとか衝動を抑えた。
「それにまだ食いちぎられてはいないし……」
「おぉ? なんか言ったかぁ?」
「い、いいえ」
アツシが振り返ると、ミルフィーユは慌てて首を横に振った。
「?」
不思議そうに目を丸くするアツシだったが、やがて再び視線を棚へと戻す。
そうしてお目当ての薬が見つかったのか、「お、あったあった♪」と彼は棚から小さな小瓶をいくつか手にして、ご機嫌で戻ってきた。
「ちょいヒデェ傷だけど応急処置もしっかりしてあるし、ちゃんと治療さえすりゃあ後々目立つほどの傷痕は残らねぇと思うぜ」
椅子に腰掛けつつ、アツシはそう言って安心させるような笑みを見せる。
そしてミルフィーユの腕の傷口を消毒しながら、アツシは独り言のようにポツリと呟いた。
「しかしホントちゃんと手当てしてあんなぁ……薬草まで使ってるし。あんた、これ処置自分でやったのか?」
その問い掛けにミルフィーユは「いいえ」と首を横に振り、僅かに首を後方へと回して横目でリコリスを見遣る。
「彼女が……リコリスがやってくれたんです」
「へぇ、リコちゃんがねぇ」
随分と感心したようなアツシの表情に、ミルフィーユはしっかりと手当てしてくれたリコリスに改めて感謝の念を抱いた。
そんな感じで、アツシは終始雑談を交えながら、彼は驚くほど手際よく傷口に薬を塗ったりと治療を施していく。やがてものの数分でミルフィーユの腕には真新しい包帯が巻かれ、包帯の端と端を指先で結びながらアツシは「ほら、これでよし」と言って得意げに笑った。
彼が医者だということにほんの少し疑念と不安を抱いていたミルフィーユは、予想に反してしっかりと治療された腕を前にしてぽかんとした表情を浮かべる。
「あ、ありがとうございます……ホントに医者だったんですね」
「ぬぁにっ! お前、疑ってたのか!?」
ショックを受けたような表情でアツシが問うと、ミルフィーユは「少し」とすごく正直に答えた。その一言に、アツシはがっくりと肩を落とす。
「おま、人がせっかく治療してやったのに……しかもホントは傷口は縫ったほうが早く綺麗に回復するけど、今麻酔切らしてて麻酔無し縫合になるから多分嫌がるだろ~な~と思って、わざわざ縫合は避けて治療してやったのに……なのになのに……」
「す、すいません! いえ、今はホントに信じてますし感謝もしているのでそんなに暗くならないでください」
まだジトッとした視線でミルフィーユを恨めしげに見つめるアツシだったが、「ホントか?」と問うとミルフィーユが何度も首を縦に振ったので、それを見てやっと彼は「なら、まぁいいや」と言って納得する。それにミルフィーユはホッとし、ついでに麻酔無し縫合されなくて本当によかったと心から安堵した。
「んじゃ、治療も終わったしお前もお茶飲んでいけよ。今オリハに用意させっから」
「え、あ、ありがとうございます。でも、あの……治療費とかは?」
ミルフィーユが問い掛けると、椅子から立ち上がったアツシは軽く手を振りながら「んなもん後でいいよ」と答える。
「おいオリハ、オレとミルフィーユの分のお茶も用意してくれ。今そっち行くから」
リコリスと談笑していたオリハにアツシはそう言うと、ミルフィーユにも立つよう彼は促す。
「ほら、茶ぐれぇタダで飲ませるからちょっと世間話でもしよーぜ」
「世間話……ですか」
「そーそー。あ、オリハーオレやっぱコーヒーにしてくれ! ブラックでな!」
「……」
アツシに言われるがまま、ミルフィーユは彼の背に続いてリコリスたちの元へと向かった。
「センセェ、ブラックでよかったんですよねぇ~?」
柔らかな湯気の立つティーカップを二つお盆に乗せ、オリハがテーブルへと近づいてくる。
オリハと筆談するために使ったらしいメモ用紙を片付けるリコリスの隣にミルフィーユは座り、その向かいに「やっぱコーヒーはブラックだよな」と言って豪快に笑うアツシが座った。
「ミルフィーユさんはぁ、紅茶でよろしいですかぁ~?」
オリハの問い掛けにミルフィーユは恐縮した様子で頷き、「ありがとうございます」と言ってティーカップを受け取る。そうしてオリハはテーブルの中央にお茶菓子を置きながら、アツシの隣へと腰を下ろした。




