The days when I forgot it 10
「イヤ~結構検診長引いちまって、待たせて悪かったなぁ。早速診てやるよ」
満面な笑みを浮かべて近くの椅子に座るよう指示するアツシに、ミルフィーユは「はぁ……」と曖昧に頷いて、彼は診察用の椅子に腰を下ろした。そうして彼はぽつりと呟く。
「……ここの診療所、あなた方が経営していたんですね」
そう言うミルフィーユがアツシらに連れられて来たのは、昼間リコリスと共に訪れた商業地区の『カルデラ診療所』だった。
ミルフィーユの呟きに、手荷物をテーブルに置きながらアツシが「なんでだ?」と問うと、ミルフィーユは小さく笑って答える。
「いや、昼間にリコリスとこの腕診てもらえるところを探していたんです。で、ここを紹介されて……でも臨時休業中みたいな看板がかかっていたんで、再開するまで時間潰そうってことであのアカデミーの図書館に寄ったんです」
「そうか、なるほどな。偶然出会えたにしてもそりゃ悪かったぜ」
ミルフィーユの説明に、アツシは頭を掻いてそう返す。ミルフィーユは笑って首を横に振った。
「んじゃ、早速腕見せてもらおうかな」
準備が出来たらしいアツシがそう言い、ミルフィーユの向かい側の席へと腰を下ろす。すると、少し離れたテーブルでリコリスにお茶を用意していたオリハが
「センセェ、なにかお手伝いすることありますかぁ~?」
と声をかける。アツシは手を振りながら、「いや、大丈夫だ」と彼女に言葉を返した。
「そうですかぁ~。じゃあセンセ、ミルフィーユさんの腕の怪我悪化させないでくださいねぇ~。腕、変な方向にひん曲げたりとか厳禁ですよぉ~」
そう言って自分用にとカップにお茶を注ぐオリハ。アツシは心外と言った表情で「誰がそんなことするかよ!」と、オリハに文句を投げかけた。
「全くオリハのやつ、どうも最近反抗期でいけねぇな」
何やらブツブツ文句を言うアツシに、ミルフィーユは内心物凄く不安になってきたが、しかし彼は大人しくしていることにした。下手に騒いで腕を有り得ない方向にひん曲げられたらたまらない。
そんなミルフィーユの不安など露ほどにも知らないアツシは、「んじゃちょっと右腕見せてくれ」とミルフィーユに告げる。
「あ、はい……」
アツシの言葉にミルフィーユは、恐る恐るといった感じで白い布の巻かれた右腕を突き出した。
「んじゃちょっとこの布取っちまうけど、後でちゃんと包帯巻いてやるからいいよな?」
「あぁ、はい。それは全然かまいません」
「じゃ、失敬」
なぜか鼻歌混じりにミルフィーユの腕の布を取っていくアツシ。
ますます不安になってきたミルフィーユだったが、しかしそれ以上にアツシの音程外れまくったこの鼻歌は一体なんの曲なのかが気になって、彼は結構深刻な表情で無駄に悶々と悩んだ。
ミルフィーユが無駄に思考を費やしていると、アツシは意外にも丁寧な手つきでリコリスが応急処置した腕の布をどんどんとといていく。
ミルフィーユの背後ではオリハのあの間延びした声がして、彼女はなにやらリコリスと筆談混じりの会話を楽しんでいるようで、時折笑い声が聞こえた。一体何の話をしているのかと、ミルフィーユの興味がアツシの鼻歌から彼女たちの会話に移りかけた時、「こりゃ結構ひでぇ怪我だなぁ」というアツシの声でミルフィーユの意識はそちらへと戻された。
「これは、なにかに噛まれたのか?」
目を細めて見つめるアツシの視線の先には、巨大な獣の牙が何本も刺さったような形状で、皮膚と筋肉繊維が深くえぐれた傷口が。だがミルフィーユがパッと見たところ、幸いなことに傷口は先日よりかはマシになっているようで彼は少しホッとした。
「えっと……確かバウンドウルフって魔物に噛まれて……」
リコリスから教えてもらった情報を思い出しながらミルフィーユが答えると、途端にアツシは「げぇー、マジかよ!」と驚愕の表情を浮かべる。
「バウンドウルフって言やぁ、森の奥深くに出る凶悪な肉食獣じゃねぇか。お前、バウンドウルフが出るような危険な森の奥までなにしに行ったの? 自殺志願?」
なにか珍しいものでも見るようなアツシの視線が居心地悪く、ミルフィーユは曖昧な笑みで「いえ、ただ旅をしてて」とだけ答えた。
「ふーん、旅ねぇ……じゃあ旅人か、あんたら」
今度はなにか観察するような目付きでミルフィーユをジッと見つめ、居心地悪そうにミルフィーユが口元に半笑いを浮かべる。
やがてアツシは「ま、いいや」と言って椅子から立ち上がった。




