The days when I forgot it 09
「?」
本へと落としていた視線を上げ、不思議そうな顔でリコリスはミルフィーユを見遣る。すると、館内を軽く見渡していたミルフィーユが彼女の視線に気付き、思わず苦笑いを浮かべた。
「あ、いやごめん。なんかここの雰囲気が不思議と懐かしく感じて、つい……」
「……」
そう言って笑うミルフィーユだったが、彼のこの一言にリコリスはポーチから素早くメモとペンを取り出し、メモ用紙になにかを書き出す。
ミルフィーユが不思議に思って彼女の手元を見つめていると、リコリスはメッセージを走り書きしたメモを彼の方へと差し出した。
そこに書かれていた彼女の言葉に、ミルフィーユはハッと目を見開く。
――懐かしいって……記憶、戻ったの?
「……そうか。いや、それはわからないんだが……」
リコリスの言葉に答えながらも、ミルフィーユは眉根を寄せて思考する。先程の一言はほとんど無意識に感じ、そして口から零れた言葉だ。
ミルフィーユ自身は全く意識していなかったが、そういえば昔の記憶が無い自分が"懐かしい"なんて感じるのはおかしい。
ふと顔を上げて、ミルフィーユはもう一度館内をゆっくりと見渡す。
何人もの学生が本棚の間を行き来し、調べ物をしたり勉学に励んでいたりと図書館内はまさしくアカデミーという学園の生活雰囲気が強く感じられた。
(……学校が懐かしいのか?)
肘をテーブルにつき、ミルフィーユは頭を抱え込む。
どこか心配そうな眼差しをリコリスが向ける中、ミルフィーユは先程自分が感じた"懐かしい"という感覚が一体なんなのかを探ろうとした。
だが……
「……ダメだ。やっぱりわからない……」
搾り出すような声でミルフィーユはそう呟くと、深いため息を吐き出した。
僅かに顔を上げ、少しだけ汗ばんだ額を両手で抱えるミルフィーユ。彼は過去の記憶を辿ろうとすると不意に襲い掛かるひどい頭痛と目眩を感じ、もう一度「わからない」と疲れたように呟いて思考を止めた。
一体何故自分が学園に懐かしさを感じたのかわからないまま、ミルフィーユは顔を上げてリコリスを見つめる。
「でも、なぜか感じたんだ。ここを……この雰囲気を"懐かしい"と」
「……」
眉根を寄せるミルフィーユに、リコリスは無言で首を横に振った。
そして彼女は白紙のメモ用紙にペンを走らせ、再度メモをミルフィーユの方へと差し出す。
――焦るのはよくない。そう思ったのならそれで、今はいいと思う。
「リコリス……」
真剣な眼差しでこちらを見つめるリコリス。彼女のその瞳と言葉に何故か励まされたような気がし、思わずミルフィーユは「ありがとう」と呟き微笑みを浮かべた。
「……」
彼の優しい笑みと、そして礼の言葉にリコリスは一瞬目を丸くする。
どうしてミルフィーユがそんな表情で自分を見つめ、そしてなぜ「ありがとう」と発したのかわからない様子で彼女は小さく首を傾げた。
その反応に今度は苦笑しつつ、ミルフィーユはそこでやっと手元の本の表紙を開く。
「あぁと……じゃ、アツシさんたちが迎えに来るまで読書してよう」
「……」
今だなにか不思議そうに自分を見つめるリコリスに、ミルフィーユはそれ以上は語らずに手元の本へと視線を落とした。
彼が読書を始めたことに、しばらくミルフィーユを見つめていたリコリスもやがて視線を下方へと移す。
「……」
目次の頁を飛ばし、初めの章の頁の文字をゆっくりと目で追いながら、ミルフィーユはなにかを思考するように不意に目を細めた。
ディルファーナ語で綴られた文字を見つめながらも、ミルフィーユの頭はその文字を理解することはせず別の思考に囚われる。
(時折断片的に感じる"懐かしい"という感覚……あれは一体なんなのだろう)
瞑目し、ミルフィーユは浅く息を吐き出した。
また襲ってきた緩い頭痛を振り払うように軽く頭を振り、彼は焦躁の色が浮かぶ瞳を大きく見開く。
やがてミルフィーユの深い紫の瞳は、再度書物に綴られた文字を追い始めた。
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