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そうなると確実にトラブルが起こると予想出来る為、人の気配が無いうちにアツシはミルフィーユたちを術で別大陸へ移動させたかった。
「わ、わかりましたよ……じゃあ、その……失敗しないで下さいね? したら俺、アツシさんのこと恨みますから」
ミルフィーユがわりと真面目にそんなことを言うと、アツシは可笑しそうに笑う。
「ミルフィーユに怨まれても、あんまこわくねぇなぁ」
「じゃあ彼の代わりに、私が恨むわ……」
「ぜ、全力でお二人を無事忘却の大陸へとお送り出来るよう努力致します」
怨念で人を殺せそうなリコリスの一言は洒落にならないくらいに怖かったので、アツシは本気で失敗しないよう頑張ろうと思った。
「じゃ、今度こそ二人とも準備はいいか? この陣の中に入ってちょうだい」
アツシに促され、ミルフィーユとリコリスは先程彼が地面に描いた円陣の中へと入る。
ミルフィーユには理解出来ない不可思議な文字や図形が描かれた円陣は、アツシいわく『長距離を転送する場合必要となる呪術補助の一種』らしい。ぶっちゃけこの説明もよくわからないミルフィーユだったが、しかしもうここまでくるとアツシを信頼してやってもらうしかなくなるので、いい加減彼も覚悟を決めることにした。
「アツシさん、今までお世話にな……ったり、したりしました」
「ミルフィーユよ、そこは『お世話になりました』だけでよくね?」
「いや、まぁ……とにかくその……アツシさんと旅したこの数ヶ月間は、なんだかんだで楽しかったと思います。だから、ありがとうございました」
ミルフィーユは、そう言って優しく微笑む。アツシはどこか照れ臭いものを感じながらも、彼の言葉に同じ笑顔を返した。
「私も……あなたに会えたこと、感謝している。あなたのおかげで嫉妬や怒りという感情をだいぶ正確に理解することが出来たから。ありがとう、アツシさん」
リコリスの微妙にこわ~い別れの言葉には、アツシも苦笑するしかなく、「あ、あぁ……」と彼は引き攣った笑顔でリコリスを見返した。
「それじゃあオレからも二人に一言……楽しかったぜ。もし、また会えたら……」
もし、と、そう続けるのは愚かなような気がした。だけどそんな不確かで何の保障も無い言葉でも、今はそれが必要なのかもしれないと、そう思う。
出会いがあれば別れがあるのは当然のことで、それに自分の進む道は自分で責任を持って決める彼だから、今更二人と別れる決断に気持ちが揺らぐようなことはなかった。そのかわり『もし』というらしくない言葉を使いたくなるほどに、アツシも二人との別れを寂しいとは感じていたのだ。
「会えたら……何ですか?」
「……いや、そうだなぁ……安い飯でも奢ってやるよ」
アツシが自身の心のほんの少し愁いを爽快な笑顔で隠し、そう言葉を続ける。ミルフィーユは少し困った笑みを零し、「あまり期待しないでいます」と、彼に言葉を返した。
『CRED ERIOR IL KROPHIA ―― ASECS POEN EHT TGEE "REDIEL"』
アツシは今までずっと、旅の間手放すことなく大事に持っていた古い木の杖を構え持ち、ミルフィーユたちが今まで聞いたことが無い低音で明瞭とした声でレイスタングを紡いでいく。ある意味でこの呪文詠唱こそが、アツシと彼らにとっての最後の別れの言葉だった。
ミルフィーユとリコリスの足元、二人を旅の終わりへと導く輝きが、円陣をなぞるように白く現れる。柔らかな、全ての始まりを示すような真っ白な光は、やがてミルフィーユたちの姿を飲み込んで消えた。
「……別れなんて、案外こんなもんで……呆気ないんだよな」
弱い夜風が吹く砂漠の果ての岩場に、一人残された男の呟きだけが響き渡る。
白い光とミルフィーユたちの消えた魔法陣を見下ろしながら、アツシは一人ただ苦い笑みを零し、やがて眼差しを伏せた。
【To Be Continued】




