The days when I forgot it 03
「う~ん、困ったな……」
「……」
困惑した瞳でこちらを見つめるリコリスに、ミルフィーユは肩を竦めて苦笑いを見せる。
すると突然老婦人は「そうだわ」と声をあげ
「この大通りを真っすぐ行った先に、商業地区に個人営業の診療所があったよ」
と、ミルフィーユに微笑む。途端にミルフィーユは嬉々とした表情を浮かべた。
「本当ですか!?」
「えぇ、確か最近出来たばかりの小さな診療所があったはずだよ。若いけど腕はいい青年が、これまた若い女の人と二人で経営してるって噂を聞いたよ」
老婦人はそう言うと、親切にもポーチからメモ用紙を取り出して、彼女は手早く診療所までの地図を書き記す。
そしてそれをミルフィーユに渡し、「そんなに遠くないから行ってみるといいよ」と言った。
「ありがとうございます」
ミルフィーユは老婦人から手渡されたメモをしっかりと握り、老婦人に深々と頭を下げる。
リコリスも相変わらず無表情だったが、しかししっかりと頭を下げて礼をした。
「いいのよ。それよりもお兄さん、腕お大事にね」
「はい」
老婦人はにっこりと笑い、やがて二人に背を向けて立ち去っていく。
ミルフィーユは親切な老婦人から貰った地図を見つめて
「とても親切な人で助かったよ。早速行ってみよう」
と、リコリスへ言葉を向ける。リコリスは真っすぐにミルフィーユを見上げ、ゆっくりと頷いてそれに同意した。
「ええと……それじゃあ早速だが、商業地区はここを真っすぐ行って……」
「……」
「……」
比較的真新しい白煉瓦の小さな建物。その入口のドアに掲げられた木製のプレートをじっと見つめ、ミルフィーユとリコリスは佇んでいた。
「……カルデラ診療所・臨時休業中……」
プレートに書かれた文字を目で追い、そしてそれを口に出して朗読してみる。そうしてミルフィーユは隣のリコリスへ、「どうする?」と困ったような視線を向けた。
「……」
しかしリコリスも同様、困惑気味な瞳で首を横に振る。
たしかに彼女も、自分に問われても困るだけだろう。
しかしそうはわかっていてもミルフィーユにも特に名案は思い付かず、彼は
「待っていてもいつ再開するかわからないし、少し街の中を見てまわるか」
とリコリスに提案した。
「……」
彼の提案にリコリスは数秒考え込み、やがてコクリと頷く。
「それじゃあ少し街中を見てまわろう」
「……」
ミルフィーユはそう言うと、リコリスを連れて人波に流されるように商業区の大通りを歩き出した。
干し肉や果実が屋根に吊され展示されている食品店や、見た目色鮮やかな生花店、妖しい香りが漂う不思議な雰囲気の店などが様々集まる商業地区の大通り。
「王都というだけあって、本当に色んな店やものがあるんだな」
昔の記憶を一切忘れたミルフィーユにとっては、それこそ見るもの全てが珍しい。
彼は視界に入るもの全てに興味を示し、人波に流されながらキョロキョロとせわしなく視線をさ迷わせた。
「こう賑やかでいろいろあると、どの店から入ってなにを見ればいいのか迷うな……」
独り言のようにミルフィーユは呟く。
すると隣で俯きがちに歩いていたリコリスが、突如顔を上げてなにかをじっと見つめる。そして彼女は、ミルフィーユの服の裾を強く引っ張った。
「ん? ど、どうした?」
慌ててミルフィーユがリコリスへ視線を向けると、彼女はここより少し先の前方を指差して、なにかを言いたそうにミルフィーユをじっと見つめていた。
「?」
リコリスの指差す先を見遣るミルフィーユだが、遠目ということもありなにを指しているのかよくわからない。赤煉瓦造りのなにかの店を指差しているようだが、それほど視力がいいわけではないミルフィーユは不思議そうな顔で首を傾げる。
「んん? ……よくわからないが、行きたいのなら行ってみるか?」
目を細めながら建物を見つめ、ミルフィーユは問い掛けた。
するとリコリスはすぐに大きく頷く。その彼女の素早い反応に些かミルフィーユは驚き、さらにそれだけリコリスがはっきりとした意思を示すことに珍しさを感じる。
「……じゃあ、あそこに行ってみよう」
白煉瓦造りの建物が多い中、赤煉瓦で造られたその店へ向かってミルフィーユは足を向けた。




