lost 02
「俺は……どうやら何も覚えていないようだ」
僅かな苦笑いと共にそんな言葉を吐き出す。
記憶喪失という自分の状況に心底参っていたが、しかし同時にどこか諦めにも似た気持ちにもなり、頭上を見上げて空を仰いだ。
何も覚えていない自分と、喋れない女性。
そんな二人の今の出会いが滑稽ですらある気がして、ミルフィーユはどうにでもなれと半ばヤケな気分になっていた。
しかし随分あっさりと今の自分の状況を受け入れていることに、自分自身驚いていた。もしかしたら元々こういう性分だったのかも知れない。あまり物事に深く執着して考えるタイプではないかもな……と、そんな事を考えてミルフィーユは苦笑いをした。
ただ一つ、何か先程から引っ掛かっているような気がしたんだが……。
ミルフィーユは空を仰いだまま、その唯一つ気にかかることを考えた。それがとても大切な事だったような気がする。
自分は何かを捜さなくてはいけなかったと、ミルフィーユはぼんやりとした思考の中思い出した。他のことは何一つ思い出せず、思い出そうとするのを拒むかのように気分が悪くなるのに、このことだけはすっきりとやけに鮮明に思い出せそうな予感がした。
(……何だ?)
ぼんやりと思い浮かぶ後ろ姿。小柄な少女がゆっくりと振り返る。
鮮やかな黄金色の髪を揺らし、笑顔を向け……――
「………マヤ」
「!?」
ミルフィーユが無意識に呟いたのは、誰かの名前。
一瞬彼女は大きく目を見開き、ミルフィーユを見遣った。しかしミルフィーユはそれに気付くことなく、先程自分がふと呟いた名前の人物のことを考えた。
自分の記憶に残る、自分以外の名前。そして先程脳裏に浮かんだ少女のイメージ。大きな蒼い瞳を細めて笑う、美しい少女。
(……あれが、”マヤ”?)
一度そう思うと、あの少女がマヤという名だと理解した。何故だかはわからない。けれどもミルフィーユは唯一つ、唯一記憶に残っている金髪の少女がマヤという名で、自分はおそらく彼女を捜していたんだと確信した。
「そうだ……俺は、”マヤ”を捜していたんだ」
言葉にしてみると、ますますはっきりとしてくる。ミルフィーユは鮮明に蘇ってくる唯一つの記憶に、静かに興奮を覚えた。
何故だか、理由まではまだ思い出せないが、この少女を捜すことが自分にとってとても大切なことのように思えたからだ。
「……ん?」
ぐいっと、突然右腕を捕まれミルフィーユは、はっと顔を彼女へと向けた。先程よりも意思の宿った紅玉の瞳にミルフィーユは少し戸惑いながらも、
「何だ?」
と彼女へと問い掛けた。
再び地面へと木の枝が文字を綴る。
――その子を捜してどうするの??
「………う、ん……わからない」
心を見透かすような暗い瞳がミルフィーユを見つめる。それに対してミルフィーユは正直な気持ちを彼女へと伝えた。
「わからないが……俺は、マヤという少女を捜していたんだ」
「……」
「ただ、そうしなくてはいけない気がして……」
漠然としたものをミルフィーユは言葉にした。名も知らないたった今出会ったばかりの彼女に。
(……何故だろうか)
不思議とこの女性に心を許していることに気付き、ミルフィーユは思った。この女性の雰囲気がどこか懐かしくも感じる。
自分の名前と曖昧な少女の記憶しかない自分だから、懐かしいといっても一体何が懐かしいのかはわからないがミルフィーユはふとそんなことを考えて苦笑いを浮かべた。
――あなた、剣士?
「ん?」
再びガリガリと大地へ文字を綴る彼女に、ミルフィーユは視線を下へ巡らせた。
「剣士?」
「……」
呟くと、視線で彼女が訴える。彼女の目線の先にはどうやら自分の腰のベルトと繋がった剣の鞘、それと一般的な長さの剣が納まってそこにあった。それを見てミルフィーユは「あぁ」と頷く。
「……多分」
自分の恰好を見下ろしながら答えた。
黒いファーがついた二つのトンガリのある帽子に、同じく黒いファーの付いた白いジャケット、黒のレザーパンツ。腰には剣がベルトと共に装備されていたが、ミルフィーユは自分の恰好は果たして剣士として正しいのか少し困った。記憶がなくてもやけに軽装じゃないか? ということくらい本能的にわかる。
というか、ふざけてるのか? と思いたくなる恰好だ。
とくに帽子が。