The days when I forgot it 02
クールーク・南西の商業地区目抜き通りの一角に佇む小さな白煉瓦造りの建物。
「センセ~、アツシセンセェ~いますかぁ~?」
妙に間延びした覇気の感じられない女性の声と共に、建物の入口である木製の質素な扉が勢いよく開いた。
「……んおぉ?」
するとその声に、暖かな日の光りが当たる部屋の窓際で、長椅子に寝転んで寝ていた男がぼんやりと目を覚ます。
「んぁ~? なんだよ、一体……」
目を覚ました男は寝癖のついた短い金髪を手櫛で直しつつ、ゆっくりと長椅子から起き上がる。
男は今だ眠そうに欠伸を噛み殺し、濃い茶色の瞳をどこか不満げに細めた。その視線の先には、灰色の長い髪と褐色の肌を持った、南の大陸系の外見をした女性の姿。
「センセ、昼寝してる場合じゃないですよぉ~! 今日はぁ、アカデミーで検診頼まれてたんじゃなかったんですかぁ~? 今すぐ支度しないとぉ、間に合いませんよぉ、アツシセンセ~」
呆れたような視線を向ける女性の言葉に、アツシと呼ばれた男は「あ、やべっ!」と大声をあげて勢いよく椅子から立ち上がる。
アツシは近くのテーブルの上に置いてあった赤いバンダナを頭に巻きながら、壁の時計に視線を向けて途端に青ざめた。
「おいおいオリハ、どうせならもう少し早く起こせよ!」
アツシの勝手な言い分に、オリハは心外とばかりに灰色の瞳を鋭く彼へ向ける。
「あのですねぇ~、寝てるセンセがいけないんですよぉ~! 今日はあまり患者さんが来ないからってぇ、医者がのんきに昼寝なんてしないでください~」
「あぁわかった! わかったからホラ、オリハも支度手伝え!」
薄汚れた革製の鞄に、診察道具一式をめちゃくちゃに詰め込みながらアツシは叫ぶ。オリハはそんな彼を呆れたように見つめながら、しかし「ハイハイ~」と言って支度の手伝いを始めた。
「ああああチクショウ! 時間まであと30分もねぇじゃねぇか!」
「だからぁ~、センセが寝てるからぁ~」
オリハの気力がモリモリ抜けていくようなツッコミの声に、アツシは鞄の蓋を勢いよく閉めながら「あーそりゃどーもすいませんねぇー!」と絶叫した。
「てか昨日の夜は急な患者が来て寝てねぇんだよ! だから眠かったの!」
「それはぁ、大変でしたねぇセンセ~。でもぉ~、やっぱり昼寝で遅刻したらまずいですよぉ~」
「あぁわかってるっつーの! とりあえずオリハ、アカデミーに急いで向かうぞっ!」
叫びと同時にアツシは先程オリハが入って来た扉を勢いよく開け放ち、彼はその勢いのまま人込み溢れる大通りへと飛び出す。
「ああぁ、センセちょっと待ってくださいぃ~」
建物を飛び出して駆け出すアツシを追い、オリハも慌てて外へ飛び出した。
「センセ、生徒たちの名簿と診断書忘れてますからぁ~!」
分厚い茶封筒を抱え、オリハはどんどんと遠ざかっていくアツシの後ろ姿に呼び掛ける。だがアツシは全く気付く事なく、オリハは「も~、センセったらぁ~」とため息をついた。そして彼女はそっと玄関のドアを閉め、そこに『カルデラ診療所・臨時休業中』と書かれた木製のプレートを掲げる。
「あぁもうセンセ、ちょっと待ってくださいって言ってるのにぃ~」
オリハはプレートを掲げ終えると、大通りの人の波へ視線を向ける。
そして完全に人込みの中に消えたアツシを追い、彼女もまた茶封筒を抱えて勢いよく駆け出した。
◇◆◇◆◇◆
「怪我した人を診てくれる所?」
小さく首を傾げて聞き返す老婦人に、問い掛けたミルフィーユは「えぇ」と遠慮がちに頷いた。
「どこかこの近くにその……そういう場所はないでしょうか?」
ミルフィーユの言葉に婦人は「そうねぇ」と呟き、しばし考え込む。
「そういうことならちょっと行った所に大病院があるんだけど、あいにくそこはこのクールークの国民した診てくれないのよねぇ……」
婦人はそう呟くとミルフィーユたちを見て、「あなたたちは見たところ旅人さんでしょう?」と問う。
ミルフィーユは苦笑いを浮かべて頷いた。
「それじゃあ病院では診てもらえないねぇ。あそこはこの国の住民票が必要だから」
「そ、そうですか……」
婦人の言葉にミルフィーユは少し残念そうに肩を落とす。
彼の隣でリコリスも、心なしか困ったような表情でミルフィーユの横顔を見つめた。




