pain 01
ねぇミルフィーユ、花は好き?
――さぁ、どうだろう。
じゃあ、歌は好き?
――……どうだろうな。
なら、人間は? 動物は好き?
――……わからない。好きかも知れないし、そうじゃないかもしれない。
じゃあ、ミルフィーユ
世界は……
◇◆◇◆◇◆
「……」
ぼんやりと意識が覚醒仕切っていないまま、目だけを開ける。
珍しい、ごく一部の人種にしか現れない紫の瞳は、晴れやかな青の空を見つめていた。
「……あぁ、朝か」
頭に落ちた葉を払いのけつつ、ミルフィーユはそう呟いて起き上がった。
そうして肩を回して、大きく欠伸をする。
(……柔らかいベッドは、あの街での一日だけだったな)
リコリスと共にほとんどあての無い、半ば放浪に近い旅を始めてからもう一週間は経つ。
記憶を失った自分が、たった一つ記憶に残っている少女・マヤを捜すという旅を。
何の情報もあても無いまま、とりあえず大きな都を目指して歩く日々が最近は続いていた。
リスティンの街を後にし、街で手に入れた地図を元に、とりあえず二人はマルクス最大の都・クールークを目指して大陸を南下していた。ただリスティンを出てからはずっと平野か森ばかりで、もうこれで4日も野宿を強いられている。ミルフィーユは早くしっかりとした寝床で寝るためにも、早々に都へと着くことを願っていた。
(リコリスは……相変わらずどっかに行ってるな)
少し離れた木の下で休んでいたはずのリコリスだが、ミルフィーユがそちらに目をやるとそこはすでに空だった。
だが目覚めた時にリコリスがいないのはいつもの事なので、ミルフィーユはとくに心配する様子もなくもう一度大きく伸びをする。
そしてゆっくりと立ち上がり、近くの川辺へとミルフィーユは歩き出した。
冷たい朝の澄んだ川の水に手を入れ、ミルフィーユは顔を洗う。
「っ……冷たいな……」
朝の低い気温の中だと、さらに川の水は冷たく感じてしまう。
ミルフィーユは荷物から持ってきておいたタオルで水分を拭き取り、そろそろリコリスを探しに行くかと立ち上がった。
(そんなに遠くには行っていないはずだから、近くをちょっと歩いて探すか)
リコリスがキャンプ地へ戻ってくる可能性もあるので、「なるべくキャンプ地周辺を探すか」と、ミルフィーユは辺り一面の木々を見渡した。
キャンプ地から少しだけ離れた草地で、リコリスはしゃがみ込み一人黙々となにやら作業をしていた。真剣な表情で草を掻き分け、時たまその中の草を摘んでは腰のポーチへと収納していく。
彼女は森に生える野草の中から薬草を探し、そしてそれを自分のポーチへと入れて集めていた。
「……」
いつもの意思の無い表情ではなく、真剣な瞳で彼女は薬草を探していく。この辺りの森は傷によく効く薬草がわりと多く自生しているということもあって、リコリスは一本残らず収穫するかのように夢中で作業を続けた。
ある程度ポーチが一杯になった所でリコリスは一旦手を止めて、軽く溜息をついて額に浮かんだ僅かな汗を拭い取る。そしてそろそろミルフィーユが起きる頃かと考え、リコリスは薬草採取を中止して立ち上がった。
「……」
服についた草を手で叩き落としながら、リコリスはキョロキョロと辺りを見渡す。キャンプ地の方向を何となく思い出し、リコリスは腰のポーチの位置を直しつつ歩き出した。
だが、彼女の足はすぐに止まる。
「……?」
リコリスはふと左右を見渡す。
何か草木が動く微かな音を聞いたような気がした彼女だったが、しかしとくに何の変化もない辺りの様子に気のせいだと首を振って、もう一度歩みを再開させた。
その時、彼女の背後で風も無く木々が揺れた。
「!?」
瞬時に彼女は振り返り、鋭い紅の瞳を後方へと向ける。
彼女の見つめた先、朝の眩しい日に照らされない暗い木々の隙間から、ギラギラとした金色の双眸が覗いていた。
そして静かに木々を揺らしながら、ソレがゆったりとした足どりで姿を現す。
リコリスは表情無く、ただ真っ直ぐとした瞳をそちらへと向けて立ち尽くしていた。
『グルァァァアア……』
暗い闇から半身だけを覗かせる。
輝く金色の瞳は、獲物を狩る者の瞳。
「……」
細く筋肉で引き締まった体躯と、そして大きな牙を口元から覗かせる黒の魔獣――バウンドウルフ
確かそんな名前の獣だったと、うろ覚えながらもリコリスは、魔物の種類を瞬時に識別した。




