A requiem 07
「……」
リコリスは無表情を崩すことなく、こちらを見つめるミルフィーユを見返す。突然振り返ってこちらを見る彼に、僅かばかりの疑問を感じてはいたが、それでもリコリスは感情の無い瞳でミルフィーユの反応を待った。
”ここは堕ちた 偽りの楽園”
「……リコリス」
「……」
自分の名付けた名で、ミルフィーユは目の前に立つ女性の名を呼ぶ。彼女は小さく首を傾げて、そして彼の言葉の続きを待った。
真っ直ぐにリコリスを見つめるミルフィーユの瞳が、疑問から何かを確認するかのようなものへと変化する。
「お前……」
”たった一人”
”貴女の想いだけが真実で愛”
「……」
ミルフィーユとリコリスは、互いに視線をそらすことなく対峙していた。まるでお互いの心の中を覗き込もうとするかのように、二人は直線的に視線を交わし合う。
ミルフィーユはリコリスの紅玉の瞳を見つめながら、やがて小さく唇を動かしてなにかを呟いた。
「――……」
しかし彼のその呟きに、音は伴わない。
ただ唇だけが、無音で何かを語っていた。
リコリスはそんな彼の呟きに、一瞬眉をひそめた。
彼女にミルフィーユの呟きは伝わる事なく、やがてミルフィーユは「いや……やっぱり何でもない」と、大きく首を横に振って何かを否定した。
「……?」
ますますリコリスは不思議そうに眉をひそめる。
ミルフィーユは小さな苦笑を浮かべて
「気にしないでくれ。俺の勘違いだ」
そう言って、再び彼は前へと向き直って歩き出した。
一方的に完結された話に、腑に落ちないリコリスはしばらく考え込むように立ち尽くす。
ミルフィーユとリコリス、二人の距離が少しずつ離れていった。
リコリスは光の無い暗い瞳で、ミルフィーユの後ろ姿を見つめた。
二人の距離が歩幅七歩ほど離れた時、ついてくる気配の無いリコリスに気付いて、ミルフィーユが足を止め振り返った。
「……来ないのか?」
「……」
不思議そうに、しかし優しく問うミルフィーユ。
リコリスは暗い瞳で暫くミルフィーユを見返しながら、やがてゆっくりと頷いた。
そして彼女は一歩を踏み出し、ミルフィーユとの距離を再び縮めていく。
それを確認して、ミルフィーユもまた再び前を向いて歩き出した。
ミルフィーユとリコリスはそのまま、ゆっくりとした歩幅で街の中心へと戻っていく。
風と共に運ばれてくる鎮魂歌、それに導かれるように二人は道を進んだ。
(……気のせいだよな)
ゆったりとした鎮魂歌を耳にしながら、ミルフィーユは"聖女"の像を脳裏に思い浮かべる。
人々の祈りの対象であり、"聖女"と崇められる女性・アリア。
美しく、そして気高い彼女の姿。生命力すら感じられる、おそらく生前の彼女を生き写した石造りの像。
けれども彫像の瞳だけは優しげながら、光無く暗い影が宿っていた。
聖女像を思い浮かべながら、そのまま彼は思考する。
それは先程、彼の脳裏に閃いたある考え。
(あれ……リコリスに似てる気がした……)
さっきまで遠くで聞こえていた歌声が、いつの間にかすぐ近くに聞こえ始めていた。
(……だけど……やっぱり気のせいだろう)
ミルフィーユは先程の考えを、直ぐにまた否定した。
そして自分に言い聞かせるように、「馬鹿らしい」と小声で呟く。
流れてくる弔いの歌声を聴きながら、彼は静かに天を仰いだ。
【To Be Continued】




