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青い涙を掬い上げる  作者: 木月 華
1/1

~琥珀の輝き~

 どうしてこんな事になったのだろう?

 そんな事を考えていた。

 手を動かせば重たく響く鎖の音が聞こえた。

 外から微かに聞こえるのは、人は皆平等だ、などと声高らかに唱える大人たちの声。

 そんな世の中から取り残された暗闇で、孤独(ひとり)無意味な事を考えていた。

 訳の分からないままに押し込まれた牢獄は、外を窺う窓や暖を取る物も無い。

 辛うじて気温の変化と食事の配給で朝晩を把握出来るものの、それ以外の情報は入ってこない。

 家族の安否や自分の置かれている状況を知る術は無い。

 今出来るのは、ただただこの暗闇の中で発狂しないように自分を保つ事だけなのだ。




 長閑(のどか)な山間の寂れた村。

 主な収益は陽の季節の間に行う農業や畜産で、豊かとはお世辞にも言えない。

 首都から遥か北のグリアトと呼ばれるその村は、陽待人(グリアトニア)によって開拓された土地で、政府からの干渉を受ける事無い唯一の村なのだ。

 それ故に、首都から落ち延びてきた者たちが最後に行き着く場所でもある。

 だが、陽待人は、政府の干渉を受けない代わりに、落ち延びてきた者は処刑を行うのがしきたり(ルール)である。

 両親も首都から落ち延びた者ではあるが、幼い自分を連れていた為、処刑を免れて村の端に住まわせてもらうことになったのだという。

 そして、陽待人の暮らしぶりを見ていく中で、幼子の殺生がタブーとされていたという以外にも理由はあったのだと気付いた。

 貧困を嫌い、村を離れる若者も少なくなく、働き手が不足していたのだ。

 物心が付いた頃には、父の後を歩き薪を拾っていた。

 薪拾いといっても容易な数では無く、朝日が登る前から日が落ちて暗くなり、手足が(かじか)んで感覚が無くなってもその日の食事を恵んでもらう為には我慢する他無かった。

 幸か不幸か、自分はこの生活しか知らなかった為に、然程(さほど)辛いとは感じなかった。

 だが、両親は違った。

 凍瘡(とうそう)で赤黒く(ただれ)た手を、その(あかぎれ)だらけのがさついた手で包み込み優しく摩ってくれた。

 涙を流したり、言葉にする事は決して無かったが、今思えば辛かったのだろう。

 (よわい)が十を超える頃になると、皆とも馴染み家畜を分け与えられ、若い衆に連れられ狩猟に行くこと許されるようになった。

 ようやく村の住人として認められたのだ。


 その日の朝は、雪の降る音が聞こえそうなほど静まり返っていた。

 火の小さくなった暖炉に薪を焚べ、両親を起こさないように外に出た。

 いつもであれば山羊(ヘーベ)が柵から顔を覗かせ、餌をせがんで鳴くのだが、小屋から姿も見せない。

 以前、翼獣(ライナー)が村の近くに出た時の事を思い出し、猟銃を取りに戻った。

 壁に掛かった猟銃を手に取り、弾を込めた。

「どうかしたのか?」

 物音で目を覚ました父に、静かにとジェスチャーすると、母を起こさないように小声で伝えた。

「翼獣が近くにいるかも知れないから外に出ないで」

 頷き、猟銃を手に取った父を見届けて、戸を開けた。

「俺は皆に知らせてくるから」

 そう言って出てきたものの、なかなか足が進まない。

 竦む足を叱咤し、やっとのことで辿りついた村の中心は、自分の思い描いていた様相とは違っていた。

 村には混乱した様子が無く、静まり返っていた。

 普段、夜が明ける前から火の灯る里長(さとおさ)の家にすら灯りがない。

 もし翼獣に襲われたのだとしても、ここまで静かになる事は無い。寧ろ、若い衆が慌ただしく家畜を避難させているだろう。

 恐る恐る里長の家の戸へ手を掛けた。

 すんなりと開いた戸の先では暖炉の微かな火が揺れ、木の爆ぜる音だけが響く。

「──長」

 小さく問い掛け、一歩踏み出すと床板が軋んで音を立てた。

 更に中へ入ると、弱々しい火に照らされた人影が見えた。

 無意識に猟銃を握る手に力を込める。

「長、返事をして下さい」

 今度は声を張り上げてみるも、反応は無い。

 外の様子を窺いながら、戸を閉めて人影に駆け寄り、首に触れた。

 暖炉の火に照らされた里長は、椅子に腰掛けたまま絶命している。

 肩に手を掛けると、まだほんのりと温かく、筋肉の硬直もみられない。

 そして、傷は一箇所のみで防御創や着衣の乱れも無く、一瞬の事だったことが伺える。

 里長は陽待人としての多くのしきたりに縛られながらも、事あるごとに気に掛けてくれていた。

「あーぁ、つまんないや」

 何処からともなく聞こえた声に、項垂(うなだ)れていた顔を上げ体を震わせた。

 灯りの届かない部屋の端を眺めると、小さな黒い輪郭が浮かび上がり、愛くるしい少年が姿を現した。

 少年はこの場に似つかわしくないくらい無邪気に悔しさを表現している。

「キミがここに来ちゃったら、これ以上ゲームにならないじゃん」

 手に持っていたナイフを少年は床に投げた。

 薄らと血糊の付いたナイフが目の前へ滑る。

 ここにきて少年の言動を理解した。

 一気に全身が熱を帯び、猟銃の照準を少年に合わせ、引き金を引いた。

 火薬の破裂音と射出音が耳を(つんざ)いたが、少年は平然としている。

「ディオ、これはゲームではない。目標(ターゲット)を見つけたのであれば直ちに回収し撤収するぞ」

 床を向いた銃口から銃身に目をやると、少年に弾が当たらなかった原因が分かった。

 銃身に置かれた手が軌道を変えたのだ。

 その手を辿り見上げると、決して屈強そうには見えないが、引き締まった体躯をした男が少年を睨んでいる。

「たまにはいいじゃんか、ケチ……」

 ディオと呼ばれた少年は、承服し難いようであるが、渋々むくれた様子でこちらに歩き始めた。

 しかし、少年は足を止め、戸を見つめた。

 もしかして、という嫌な予感が胸をざわつかせた。

 勢い良く開け放たれた戸の先には、見慣れたシルエットが映る。

 登り始めた朝日を雪が照り返し、部屋の中を隈無(くまな)く照らし出す。

「母さん、逃げて!」

 逆光で表情は読み取れなかったが、こちらに伸びてきた細い腕と、少年の底冷えを感じる嬉しそうな笑みは朧気に覚えている。





 錠を開ける音で目が覚め、反射的に身構えた。

 そして、扉が開くと同時に外の光に目が眩んだ。

 目を細めて窺うと、そこには二つの影が見える。

 給仕であれば二人も必要無い。

「やぁ、やっと会いに来れたよ」

 両手を広げる仕草を見せ、歩み寄る一人。

「ここの所、忙しくて待たせしてしまったようだね。申し訳ない」

 全く思ってもいないような口振りで話しかけてくる影に、鋭い視線を向ける。

「おぉっと、そんな目で見ないでおくれ。この小さな心臓が喰いちぎられてしまいそうだよ」

 過剰な反応で身震いしてみせるものの、心底思っている風では無いようだ。

 ふと、何かを思い出したのか、後ろに控えている影に耳打ちをし始めた。

「母さんや父さん……村の皆は……」

 カサついた喉から絞り出すように発した言葉に、男は振り返る。

「あぁ、その事なんだがね」

 悪びれた様子もなく、乾いた声色で淡々と語った。

「私の指示が曖昧だったもので、殺しちゃったみたいなんだよ、皆ね」

 強調された絶望に、身体の末端から血の気が引くのを感じた。

 まともな思考を行うことも出来ず、ただ俯いた。

「そんな傷心中の君には言いづらいんだけど、一つお願いがあるんだ」

 (あしおと)が響き、俯く先に影が出来た。

「死んで欲しいんだ、この国の為にね」



 晴れ渡る冬空、窓辺から見下ろす街並みは、相変わらず人で溢れている。

 人の気も知らずに、と愚痴が喉を越えるのを堪え、ため息を吐いた。

 ここ数年で一気に加速し始めた大地活動力(ラグマナ)の低下。その影響は少しずつではあるが表面化しつつある。

 辺境では、また飢餓で村が無くなったと知らせがあった。

 その噂は何処からか拡がり、首都レイディスにも届くまでとなっている。

 国民に混乱を招く行為として、いくら罰則を設けても、人の口にとは立てる事は出来ない。

 それよりも抜本的な原因究明と措置を講じなければ国民の理解は得られないだろう。

 その事を考えるだけで頭が痛い。

「閣下、陛下がお呼びです」

 発作的に頭を抱えた。

「直ぐに向かう」

 そうは言ったものの、足取りは重かった。

 現在即位しているルノア陛下は、戴冠したばかりな上にまだ若く現状を重く捉えていない。

 これまで幾度か進言をしたが、軽く(あしら)われている。

 だが、このままの大地活動力が低下の一途をたどれば、帝国が内側から崩壊していくだろう。

 腹を据えて議場のへ扉を開けた。

 議場には、既に自分以外の顔がズラリと並んでいた。

 その顔は皆苛立ちを隠しきれていない。

 それはそうだろう。先日起きた村の調査や情報統制の真っ只中、召集理由も知らされずに集っているのだ、流石に穏健派である大臣たちの顔にも苛立ちがみえる。

「皆、揃ったな」

 末席に着席すると同時に、ルノアは声を発した。

「今日ここに集まってもらったのは、他でもない我が国の大地活動力についてある報告が入った為だ」

 原稿に目を落とし喋るルノアに皆の視線が集まる。

 通常、この様な事は関係のあるロイス大臣が報告を行うこととなっている。

 だが、そのロイス自体も事を知らされていないのか、目を丸くし、ルノアを見つめている。

「この度、大地活動力の研究をしてきた研究所が、大地活動力の回復において成果を上げたという一報があった」

 議場は一気にどよめき立った。

 今まで遇われてきたのは、その研究(・・)の成果が出る見込みがあったからなのだろうか。

 これにはロイスも憤りを隠せない様子で、鼻息荒く口を開いた。

「陛下、(わたくし)はその様な研究について一切存じておりませんが?」

 ロイスは大地活動力の合理的な活用法を提言し、その功績が認められて大臣として挙用されたという誇りがある。

 それがルノアの代へと変わり、自分の意見も聞き入れず、しかも自分の知り得ない所で研究が進んでいたのだ。

 その憤りも大いに理解出来る。

「ロイス、お前の進言にはにはほとほと呆れていたのだよ。やれ軍事活動を縮小しろだ、やれ宴を無くせだのと……」

 軍事活動を縮小すれば、その分軍事開発などの研究に費やされる大地活動力が減る。宴を無くせば国民が重税に苦しむことも無くなる。

「その様な事をすれば、敵対諸国からの攻撃の的になる上に、宴を無くせば皇族の威厳すら無くなってしまうではないか」

 ルノアは極真面目に言っているのだろうが、議場にいる誰もが耳を疑った。

 ロイスに至っては肩を震わせ、今にも罵声を浴びせんばかりの形相でルノアを睨みつけている。

「では陛下、そのような課題を払拭出来るという、大地活動力の研究成果を我らにお教え願えますか?」

 緊縛感の漂う二人の間に割って入ったのは、軍事最高責任者であるボーガン元帥。

 ボーガンは腕を組み、感情露出の乏しいその瞳でルノアを見据えている。

 議場において発言することは滅多に無い寡黙な男が喋ったのは、軽率な発言をしたルノアと、我を忘れそうになっているロイスを牽制する意味合いもあったのだろう。

 その思惑は、少なくともロイスには伝わったようで、ルノアから視線を外した。

「その事だが、()の口から説明するよりも、本人から聞いた方が良いと思い、待機させている」

 入れ、と声が掛かると扉がゆっくりと開いた。

 扉へと目を向けると、そこには意外な人物が立っていた。

 先代が発足させた大地活動力の研究院で院長を務め、天才と謳われた人物。

 しかし、行き過ぎた研究を繰り返し、先代に追放された。

「お初にお目にかかります、(わたくし)、トラウトと申します」

 丁寧に腰を折るトラウト。

 古参者であるボーガン、ロイス、そして自分以外はトラウトの素性は知らないだろう。

 その伏せた顔に、醜悪な笑みを浮かべているのかと思うとぞっとしない。

「トラウトよ、主の研究について説明せよ」

 ルノアの声に顔を上げ、困り顔を作ってみせる。

一介(・・)の研究員であります私めが、このような場をお借りしてもよろしいのでしょうか?」

 含みのある言い方に、思わず眉間にシワが寄る。

 昔の印象がまざまざと蘇り、嫌な気分になった。

「余が許す、言うが良い」

 まるで自分の功績をひけらかすように、胸を張り不敵な笑みを浮かべ、トラウトを促す。

 はい、と軽く頭を下げるとトラウトは説明をし始めた。

「大地活動力を簡単に説明させて頂きますと、その土地がどれだけ豊かであるかを、先人が我々の目に見える値に示したものでございます……」

 そして、大地活動力は生命の循環(サイクル)を促す莫大なエネルギーという事が、近年明らかになった。

 それを軍事に、または生活へと転用し、繁栄を遂げたのがこのケイルビア帝国だ。

 自分の知り得る知識を重ね合わせ、耳を傾けた。

「では、その大地活動力を創り出しているものとは一体何なのか、それを私は見つける事に成功致しました」

 これには流石に感心し、皆から感嘆の声が漏れた。


 もし、それが本当であれば、大地活動力に枯渇に怯えて暮らすことも無くなるのだ。

「大地活動力を生み出しているのは古代竜(グランバーン)でございます」

 議場の空気が一気に冷めたのを感じた。

 古代竜とは、神が大地を創造した際に、この地の監視者として遣わしたと言われている。

「古代竜ですと?そのような神話に出てくる幻獣に縋るとは……面白い報告が聞けそうですな」

 ロイスが半ば馬鹿にしたように、そう言い放つと、議場がどっと湧いた。

「えぇ、ご期待に添える報告が出来るかと」

 四面楚歌であるはずのトラウトは、余裕の表情で続けた。

「私は、古代竜について現存している先人の遺した文献を読み、古代竜が最後に行き着いたといわれる先を発見し、その地を調査致しました」

 持参した地図を卓に広げ、トラウトはレイディスを指した。

「調査の結果、レイディスの地下には大地活動力を微かながら放出する生物が眠っていたのです」

 馬鹿な、と口々に皆声を上げた。

「この地の調査は既に終えているはずだ」

 またも噛みついたのはロイス。

 それはそうだろう、大地活動力の研究を任され、国土の調査を先駆けて行わせたのがロイスなのだ。

「ロイス殿、貴殿の調査では調べなかった場所が一つだけあったではありませんか」

 大聖堂。

 皆の思い浮かべた事は一致しただろう。

「大聖堂の地下を掘ったというのか……あの場所は……」

 ロイスの言葉を横から遮り、トラウトは続けた。

「聖域であるから不可侵である、と言いたいのでしょう。ですが、神の話を否定した貴方がそれを言われますか?」

 次々と変わるその場の雰囲気を、この男は楽しんでいる。

「これは、陛下からも承認を頂き行った調査でございます」

 その一言で、ロイスは口を閉ざし黙り込んだ。

 一番効果的な脅し文句を使い、皆の煩い口を塞ぐと、トラウトは満面の笑みで言葉を続けた。

「私たち研究員は、その大聖堂を掘削し、大地活動力の放出へと辿り着きました。そして、そこには古代竜の骸と、卵が一つ眠っていたのでございます。

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