第30話 カルガンディアは『約束』を結んだ
「あなた……様……」
鳳蝶は1人、自室のベッドの上で呟く。
レオナントとの戦いで倒れた後、翌日には目を覚ましていた。しかし全身の疲労と痛みで、ほぼベッドから起き上がることが出来ずに過ごしていた。今日で目覚めてから3日目になる。
しかし鳳蝶の表情は明るい。
「……名前は何でありんしたでしょう。確かお連れの方は " レン " と……」
自分に " 戦うことの楽しさ " を思い出させてくれたレンとの戦いの感触を、忘れられずにいたのだ。
まさに興奮冷めやらぬといった様子だ。
コンコンとドアをノックする音が聞こえる。
「失礼します。鳳蝶さん、起きていましたか」
そう言って大牙が入ってくる。
「昼飯を持ってきました」
「ご苦労様でありんす。姫奈はどうしているでありんすか?」
「姫奈なら何故か、飯を食ったら元気になりました」
「それならよかったでありんす」
大牙は不思議そうに、鳳蝶の顔を眺めている。
「……なんか楽しそうっすね」
「おや、顔に出ていたでありんすか」
「……そんなにレオナントの戦士との戦いが楽しかったんですか?」
「ええ、最終的には私の完敗でありんしたけど」
「鳳蝶さんが完敗……。少し離れたところに倒れていた男ですか?」
「そうでありんす。最後の局面、彼の方は刃では無い方を私に向けていたでありんす」
「みね打ちされた……と」
「とんだお人好しでありんすね」
大牙は驚きつつも真剣に、鳳蝶の話に耳を傾けていた。
「そう言えば、国王はどうしているでありんすか?」
「国王なら、ショックで魂が抜けちまいましたよ。一応職務は果たしているようですが、からきし元気がないっすね」
「そうでありんすか……」
「そりゃ鳳蝶さんは、カルガンディアの最高戦力っすからね。鳳蝶さんが負けたなら、この国には勝てる者はいないっすよ」
「期待を裏切ってしまったでありんすね……」
「こればっかりは仕方ねーっすよ。鳳蝶さんが自分責めることはねぇ」
ドカンッッ!!!
とその時、崩落音と共に王城全体が揺れた。
音源は王城の上の階だ。
「な、何だ!?」
「……はっ! も、もしかして……」
鳳蝶は何かを閃いたように、寝室を飛び出して行った。
「あ、鳳蝶さん、まだ無理しちゃいけねえっすよ! ……なんて言って聞く人じゃねえか」
ー王の間ー
「ど、どうしたというのじゃ……!」
突然、王城に何かがぶつかり、外壁が破壊された。
強力な守護魔法をかけてあるため、そうそう壊れるものでは無い。しかし王の間の壁には、ぽっかりと大きな穴が空いている。
ーー空いた穴から差し込む陽の光に照らされて、3人の影が浮かび上がる。
「ったくフォルニスめ、降ろし方が雑なんだよ」
「何とか入れましたね」
「もうレン! 何とかしてふわっと降ろしなさいよ!」
「んだよ。アンナこそ支援職なんだから、こーゆう時こそだな……」
「まぁまぁ2人とも……」
3人の影は何やら言葉を交わしながら、王の元へと近づいて行く。
「な、何奴!」
近衛兵達が一斉に槍を向ける。
「あれ? ここ王の間じゃね?」
「……そうみたいですね」
「ラッキーね!」
ようやく3人の姿が露わになる。
1人は、猫のような耳と尻尾を持った獣人の少女。
もう1人は、銀の短髪が爽やかな凛とした顔つきの少年。
そして真ん中にいるのは、紫色の炎が足首と手首あたりから燃えている男だった。黒髪の奥に光る三白眼はこちらを睨んでおり、顔は整っているものの、目つきが悪い。
「う、動くな!」
「うるせーな」
「【怠惰の波動】」
ピクっと近衛兵達の動きが止まり、1人、また1人と、バタバタ倒れていく。
……そしてついには国王も、ガクンと膝をついてしまった。
「お、お主達は……一体何者じゃ……?」
国王が何とか顔を上げて、真ん中の男を見据える。
すると銀髪の少年が歩み出てきた。
カツカツと歩みを進め、国王の目の前へ到着する。
少年はゆっくりと腰を下ろし、片膝を立て、国王の目を見ながら言った。
「私はレオナントの現国王、ダグラス・ルナ・レオナントといいます。此度の戦の終局につきまして、お話しようと伺いました」
「レ、レオナントの……!?」
カルガンディアの国王は随分と驚いた表情を見せたが、すぐさま思考を巡らすように黙り込んだ。
そして数十秒後、ようやく口を開いた。
「……そ、そうか、レオナントの。分かった、とりあえずこの魔法を解いてくれ……!」
その時、レンがガシッと国王の首を掴み、宙に持ち上げた。
「……うぐっ! が……うが……ああああ……!」
国王は瞬時に呼吸を奪われ、苦しみもがく。
「ダグラスは甘いんだよ。このバカには自分の立場ってやつを、こうやって思い知らせてやらねえと」
「あ……がぁ……」
気を失う直前まで来て、ドサッと地面に下ろす。
「大国の国王だか知らねえが、敗戦国だろ。レオナントの国王がわざわざ出向いているんだ。謝辞のひとつくらい述べたらどうだ」
「ぐっ……! こ、こ……」
「こ?」
国王は必死にこちらを睨みつけながら、顔を歪めて言葉を絞り出す。
「こ……此度は御足労頂き……感謝する……」
「ああ、いいぜ」
国王は『お前に言っているわけではない』と言わんばかりの表情でレンを睨んでいたが、レンがキッと睨み返すと、身震いをして下を向いてしまった。
「……で、要求は何だね……?」
「 " 何だね " ……?」
「な、何でしょうか……?」
国王にとってはかなりの屈辱らしいが、命だけは助けてくれと言わんばかりの表情を浮かべて、レンに従っている。
「そうですね……。特にないんですが……」
「……へ?」
ダグラスが発した予想外の答えに、国王は呆然としている。
「あー、そうだな。じゃあ兵士たちの治療費くらい取っといたらどうだ? 大した額じゃねえだろ」
「……そうですね。では、小額の賠償金ということで」
「なんと……!」
カルガンディアの国王としては、『カルガンディアはレオナントの支配下になる』とか『王族は全員処刑だ』とか、そういうことを言われると思っていたのだろう。
ダグラスの話を聞く限り、この世界で敗戦国に出される要求は、非常に残酷なものらしい。国王が驚くのも無理はない。
国王は徐々に状況を理解したのか、表情が緩くなり心底安堵している様子だ。気に食わないが、仕方がない。
「ですが2つ、約束して欲しいことがあります」
「や、約束……?」
「まず1つは、これまで傘下にして来た国々と和解し、支配を止めること。そしてもう1つは、二度と侵略戦争はしないこと」
「なっ……!?」
傘下にして来た国々を解放すること。それは軍事力の低下を意味する。
「それはどういう……?」
「つまりだ、戦争をやめろってことだな」
「そ、そんなことをすれば、我が国は存亡できません!」
「攻め込まれた時は、応戦すればいいさ。俺たちも力を貸してやる」
「は、はぁ……」
「とりあえず、傘下の国々を解放しろ。約束を破った時は、全力でお前を殺す」
「ひ、ひっ!」
レンの鋭い目つきに、国王はたまらず萎縮する。
「分かったな」
「しょ、承知しました……」
「では、私たちはこれで」
「レンが優しくてよかったわね」
「……!? あ、あなたは……」
「何よ」
国王は、アンナの顔を見て、目をパチクリさせている。
「いえ、人違いでしょう」
「あ、そう」
「じゃあな」
そう言ってレンたちは、壊された外壁の方へと踵を返す。
とその時、
「あなた様!」
後ろから、鳳蝶の声が聞こえる。
「うわっ! 早く帰るぞ!」
鳳蝶の姿を確認したレンは、瞬時に外に向かって走り出す。
「フォルニス!」
バサッ!
外壁から飛び出したレンたちを、外で待機していたフォルニスたちが受け止めた。
「待つでありんす!」
「馬鹿か! お前と話すことなんかねえよ!」
レンたちを乗せたフォルニスは、バサバサと飛び去ってしまった。
「え……」
鳳蝶はぼーっと、その様子を見送るのだった。
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