第23話 シズクは『詠唱』を唱えた
「レンが敵陣で戦ってるけど、さすがに1人で全てを無力化するのは無理。残りは私がここで迎え撃つ」
「お願いします」
「あなたは前に出ちゃダメ。どうしようもない時だけ。カティアも」
「わかっています」
「……はい。でもなんか新鮮です。私たちが後方で構えているなんて」
「普通そうなんじゃないかしら? まあレンが前で戦っているから、みすみす強者を逃すようなことはしないわよ」
『敵陣内に大将を確認!』
『一気に仕留めるぞ!』
両サイドから、それぞれカルガンディアの分隊が突撃してきている。
「騎士団の人達は私の後ろ」
『はいよ! 銀髪エルフ姉ちゃん!』
『頼りになるぜ!』
「……うるさい。私が逃した敵にはあなた達が応戦して」
『了解だ!』
そう言ってシズクが1人、前に出る。
「【冥獣の息吹】」
二頭の龍が光線を放ち、地面を削って双方の兵団を吹き飛ばす。
『いいぞ! やってやれ!』
『よっ! クール美少女!』
レオナントの騎士団はいつもこの調子だ。良く言えば活気があるが、悪く言えばうるさい。
「……ほんとにうるさい。ほら、早く戦って」
『よっしゃ! 俺たちもいくぞ!』
『おう!』
カルガンディアの残兵とレオナントの騎士団がぶつかり合い、あちこちで剣を交える声が聞こえる。レオナントの騎士団は数こそ少ないものの、ダンジョンで鍛えた甲斐があってか優勢に戦えているようだ。そう言えば、レベル3に上がった者もちらほら出てきていた。
「次」
カルガンディア軍の侵攻は止めどなく続く。だがシズクと騎士団の壁を打ち破ることは出来ない。
幾度となく龍が光線を放ち、土煙を巻き上げて兵団を直撃。たちまち返り討ちにする。
「……すごいな」
「ええ。あれが " 大罪の称号 " の真の力……」
この戦いに備え、レンとシズクは体力と満腹度の値ーー最近では " ゲージ " と呼んでいるーーを半分くらいまで減らしてある。能力値はとっくにオールSだ。
「 " 水の精霊、汝が力を与え給え " 」
……とその時、土煙の中から詠唱文と共に巨大な魔力の気配が現れる。
「【魔槍の雨】」
そして次の瞬間、頭上から巨大な水の槍が無数に放たれ、レオナント軍を襲った。高速で飛ばされる水の槍は、もはや鋼鉄のごとく硬化され、1つ1つが大地に大穴を開ける勢いだ。
「下がって……!」
シズクが咄嗟に龍を操作し、水の槍の前に立ちはだかる。
ズドンッという激突音と共に、水槍は立て続けに龍を襲う。
「いっ……」
庇いきれなかった槍がシズクの足元を掠め、一筋の傷をつけた。白色の綺麗な肌に赤い血が流れる。
やがて攻撃が止み終えると、辺りの地面は凹み、小さなクレーターが無数に出来ていた。
「あら? 少しはやるようですわね」
「【冥獣の息吹】」
膨大なエネルギーが龍の口元に蓄えられ、反撃に光線を放つ。
「【水幕の壁】」
二頭の龍が放つ光線は、確実にその人影を捉えた。しかし……
「この程度かしら?」
シズクの光線は防がれたのだ。
バッと煙が晴れ、相手の姿が明らかになる。
金髪の縦ロールが印象的な、いかにも " 高飛車なお嬢様 " だ。水色のドレスをひらひらとなびかせて、かかとの高い靴を履いている。
ーーカルガンディアの勇者、『早乙女 姫奈』だ。
「ごめん、ここは任せる」
「あら? あなた、わたくしを止める気でいるのかしら」
2人は睨み合い、強大な魔力がブワッと広がってぶつかる。
『お前ら! 気をしっかり持て!』
『ぼーっとしてたら気絶しちまうぞ!』
「ふーん、生憎お遊びに付き合っている時間はありませんのよ」
ヒナは毛先をくるくると弄りながら、少しニヤッと笑った。
「 " 水の化身、汝が渇望を放ち給え " 」
詠唱を始めるなり、地面に魔法陣が描かれる。ソアラのものよりも桁違いに大きな魔法陣だ。
「【水霊神の干魃】」
その瞬間、突如として辺り一面が乾燥し始める。大地は干上がり、呼吸するたびに喉が乾燥していく。身体が水分を求めているようだ。
「の……ど……」
シズクが膝を付き、ぜえぜえと音を立てて息をし始める。前を見ると、ヒナの掲げた手の上に巨大な水の塊が浮き上がっており、徐々に大きくなっていく。一帯から水分の全てを取り上げているのだ。
取り上げられた水は収束し、パンッという破裂音と共に数十個の塊に分裂した。
「終わりね」
数十個の水の塊から、一斉に水圧砲が発射される。金属すら貫通する勢いの水圧砲は、一直線にシズクの元へと降り注いだ。
「シ、シズクさん……!」
「シズク!」
ーー圧倒的すぎる力。
兵団に応戦していたダグラスやカティア、アンナも含めて、レオナントの人間はただ呆然とその戦いを見ていることしか出来なかった。
「……」
攻撃が終わると、シズクは地面にうつ伏せで倒れていた。地面に横たわる長い銀髪。その下には、所々で赤い血が地面に滲む。先ほどまで強大な存在感を誇っていた龍は、今はもう見る影も無く消滅していた。
ーー確実に倒された。
皆がそう思った時だった。
「ちょっと……怒った……」
シズクの声が聞こえる。
「あら? 生きているのかしら?」
シズクは肩で呼吸をしながら起き上がり、無表情のまま縦ロールの女を見据える。
ーー両者が見つめ合う静寂。
その静寂を破ったのは、シズクのゆっくりとした言葉だった。
「 " 我が背負う大罪の名は【暴食】 " 」
なんと、詠唱を始めたのだ。
「え、詠唱魔法……!?」
「シズクさん、詠唱魔法なんて使えたかしら……?」
詠唱魔法とは、通常【大魔道士】の称号を得た者しか使うことが出来ない。ましてや魔道士でもないシズクが詠唱を始めたのだ。これにはヒナも驚きを隠せない。
「な……なんですって……!?」
「 " 欲望を解き放ち、神の断罪を受け入れん " 」
詠唱が完了すると、シズクの足元に強力な緑の光を帯びた魔法陣が描かれる。
「【飢えた猛虎】」
シズクが魔法を発動し、魔法陣がさらに強く輝きーー消滅した。
「な、なんのつもり……?」
「……あなたでは、今の私に勝つことは出来ない」
「はあ? 何も起こっていないじゃない。脅かせないで……」
その言葉を遮って、シズクの姿が一瞬消える。
「……!? ……【水幕の壁】!」
次の瞬間、ガンッという衝撃音が響いた。
ーーシズクの拳が、その小ささからは想像もつかないような威力で、ヒナが咄嗟に作り出したバリアと衝突したのだ。
バリアにピキピキとヒビが入りーー砕け散った。
「……なっ!?」
シズクはそのままヒナの首をガシッと掴み、続けて魔法を放つ。
「【暴食の波動】」
……しばらくして手を離すと、ヒナは腰から崩れてしまった。
『ヒ……ヒナ様……?』
『ま、まさか……』
ーー【暴食の波動】は、触れた相手の空腹感を増幅させる魔法だ。魔物相手には逆効果だが、人間相手には効き目抜群である。とてつもない空腹感に苛まれた人間は、突如として脱力感に襲われる。『腹が減っては戦はできぬ』というやつだ。
「あ……あなた……何を……したの……?」
「言ったはず。あなたでは今の私には勝てない」
「そ……そんな……」
ついにヒナは倒れてしまった。
『嘘だろ……』
『信じられ……ない……』
カルガンディアの兵達が一気に狼狽ている。
「……お腹……すい……た」
その後シズクは、ヒナの隣に倒れ込んだのだった。
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(厳しい言葉でもいいので感想クレメンスゥ……!)




