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五話

 翌日は、あまりいい天気ではなかった。こゆきに電話をかけたが無視しているらしく出ない。二度三度と繰り返しても同じで、諦めて制服に着替えた。そういえば昨夜何も食べていなかったのに気が付いた。いらいらが募って空腹など感じなかったからだ。適当に朝食を作って、時間をかけずに食事を終わらせた。

 雨は降りそうにないため、傘を持たずに学校に向かった。教室に入ると、カラオケパーティーの話でクラスメイトが盛り上がっていた。あの子が可愛かった、彼女にしたいと騒いでいる。参加できなかった蒼人には雑音以外の何物でもない。誘いに来た三人が近寄って話しかけてきた。

「カラオケパーティー、めっちゃよかったぞ。やっぱ嘉見ってレベル高いなあ」

「声も可愛くて、うっとりしちゃったよ。俺」

 ふうん、と目を合わせず曖昧に答えた。お前らが楽しんでいる間、自分がどんな思いでいたのか教えてやりたくなった。

「女の子は笑顔が一番だな。にこにこしてるだけで嫌なこと全部消える」

 笑顔という言葉に反応した。無意識に愚痴を吐いていた。

「どこがいいんだよ。笑顔なんてどうでもいいだろ」

「えっ?」

「俺は、笑ってる子なんか見たくない。馬鹿みたいじゃないか」

 むっとして、一人が尖った口調で言い返した。

「馬鹿って失礼だろ。思っても口に出すなよ」

 確かにその通りだと反省した。「ごめん」と謝ると、ふん、とクラスメイトは離れていった。

 笑顔が嫌いな警察官などいるのか。名前も知らない他人を護り助ける警察官は、笑っている女子を馬鹿にするのか。たぶんみんな違うと答えるはずだ。どんな人間も大切にするのがベテラン警察官だ。蒼人は、たった一人の妹を護ることさえ困難で、警察官など夢のまた夢だ。たとえ命に関わる事件でも、怯まずに悪者と戦うにはどうすればいいのだろう。

「だめだ……。こんなんじゃ、ベテランの警察官になんかなれるわけない……」

 はあ、とこっそりとため息を吐いた。

 休み時間になると、こゆきから電話がかかってきた。

「今日は、ちゃんと家に帰るよ」

「それでいいんだよ。里香ちゃんに迷惑かけちゃだめだぞ」

「迷惑じゃないもん」

 拗ねた口調で言い、こゆきはさっさと電話を切った。

 とりあえず立派な警察官ではなく立派な兄になるのが目標だ。こゆきを護り続けてみゆきに心配をかけないように努力する。まだ高校生だし、警察官はもっと先の話だ。

 天気予報が外れ、放課後はかなり激しい雨が降り始めた。傘を持っていけばよかったと悔やんでも仕方ないので、そのままびしょ濡れになりながら帰った。ようやく家に着くと、こゆきから電話が来た。

「お兄ちゃーん。大雨だから、迎えに来てよー」

「兄ちゃんも服びしょびしょだから着替えたいんだ。すぐ行くから待ってろよ」

「早くしてよ」

 こゆきのために急いで部屋に移動し私服に着替え、傘を持って中学校へ走った。ぐるぐると周りを歩いたがどこにもいない。必死に探したが、本当に見つからない。まさかおかしな事件に巻き込まれたのではないかとぎくりとしていると、携帯が鳴った。こゆきだった。

「ごめーん。今日も、里香ちゃん家に泊まるね。お兄ちゃん遅すぎ。待ってらんないよ」

 思わず携帯を地面に叩きつけるところだった。怒りを通り越して涙が溢れた。辛く空しい気持ちで胸が張り裂けそうだった。あまりにも頭にきて、こゆきがお気に入りと買った傘をゴミ捨て場に放り投げた。

 決して口外をしてはいけないが、こゆきと二人暮らしをするのが地獄みたいだ。いつになったら両親は戻って来るのだろう。みゆきが助けに来てくれるだろう。黒く重い鉛で涙は止まらなかった。その涙を、冷たい雨の雫が洗い流していくようだった。傘をさすのも面倒になり、びしょ濡れになりながらとぼとぼ歩いた。



 いつだったのか覚えていないが、みゆきがあることを教えてくれた。

「雨が降ると、不幸が訪れるんだよ」

「不幸?」

「お父さんの口癖。お父さんは、小学生の頃雨が降って命より大切な宝物を失ったんだって。そして地獄が始まったんだって」

「地獄?」

 衝撃で冷や汗が流れた。まだ子供の蒼人には難しい内容だった。

「地獄って……。どういう意味?」

「それはお姉ちゃんも知らない。でも、雨は本当に不幸が起きるんだって、何度も聞かされた」

「……そっか。地獄か……」

 アニメやマンガではよく登場するが、現実に存在するものだとは想像していなかった。みゆきの言葉は信じられず、ずいぶんと大袈裟な言い方だと考えていたが、今ようやく確信した。

「雨は不幸になる……。そうか。地獄ってこれか……」

 他人には妹のわがままくらいと呆れられそうだが、蒼人の心はぼろぼろに壊され修復できない状態にまで粉々になっていた。

「もうこんなの……嫌だ……」

 涙混じりの声で呟き、ソファーに崩れるように倒れた。雨でぐっしょりと濡れた服を脱いで、ゆっくりと洗面所に向かった。風呂に入って少しでもこの空しさを忘れようとした。


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