間違えて妹のパンツを穿いてきてしまったら……。
突然机の引き出しが開いて、人が現れた。
それは俺と同じくらいの年頃の男で、全身ジャージ姿。いや、ジャージといっても俺が着ているようなやつじゃなくて、ラメ?ぽいキラキラとした生地のスーパージャージだ。
「おっす!若いおじいちゃん!」
「お、おじいちゃん?」
「俺は、孫輔。おじいちゃんの孫だ」
「え??」
いや、まあ、いや。
なんだ。確かドラ衛門もこうだよなあ。孫がドラ衛門と現れて、ドラ衛門は?
っていうか、こんなことあるのか?
「驚かせてごめんね。おじいちゃんにお願いがあって、未来から来たんだ」
はあ、そうですか?
っていうか、俺、夢みてないか?
ドラ衛門の夢?俺がノビタ?
とりあえず俺は自称孫の話を聞く事にした。
だが、自称俺の孫から聞かされた話は、もっと信じられなかった。
「却下」
「どうしてだよ。おじいちゃん!おじいちゃんが、妹のパンツを穿いていかないと、おばあちゃんと結ばれないんだよ?!」
「いや、それはないっしょ?」
どうやったら健康診断に妹のパンツを穿いていけば、未来の嫁と結ばれるんだ?
未来の嫁は変態か?
それとも男の娘?いやいや、男の娘は遺伝子的に男だ。子供はできないはず。いや、もしかして男でも妊娠できる技術が生まれているのか?
俺の嫁は、男の娘?
いや、まさか、俺が男の娘になるのか?
「おじいちゃん。大丈夫?何かおかしなこと考えてる?大丈夫だよ。おばあちゃんは普通の人だから」
「普通って。女なのか?男なのか?」
「女の人に決まってるでしょ?おじいちゃんって馬鹿?」
「うるさい。馬鹿っていうな。大体お前が俺の孫だって証拠がどこにあるんだ?」
「え、それ証明しないといけないの?うーん。DNA鑑定でもする?っていうか、そんな時間もないしね。だったら、今夜起きることを話してあげるよ。あと数分後9時になったら、曾おじいちゃんが帰ってきて、曾おばあちゃんと喧嘩する」
「そんなのいつもだし」
「喧嘩の原因は、何だと思う?」
「はあ?どうせ、自分だけ飲みにいけてうらやましいとか、そんなんだろ?」
「ブッブー!」
ブッブーってこいつ、未来じゃなくて過去からやってきたんじゃねぇーか?
俺が疑惑の目を見ていると、自称孫はにやりと笑う。
「なんと、襟にべっとりと口紅がついていて、浮気の疑惑です!」
「……いや、なんかどっと疲れたけど」
「9時になったら確かめて。当たったら信じてくれる?」
「ああ、いいけど」
なんか、面倒だけど、俺は確かめることにした。
階段を降りていると母さんのかなきり声が早速聞こえてきた。
ああ面倒だなあ。
「大輔。これ、どういうこと?なんで、襟にべっとり口紅がついているのよ!」
「あ、えっと、電車でなあ」
え?お父さん、目が泳いでるけど、浮気?いや、っていうか、キャバクラとかかなあ?
「当たったでしょ?」
「うお!脅かすなよ!」
背後からふっと息と共に声をかけられ、俺は変な声を上げてしまった。
「あれ、お兄ちゃん。この人だれ?」
「あ、玲子おばあちゃん!」
「おばあちゃん?!」
ああ、面倒にことになってきた。
修羅場の両親はいつものことだし、俺は妹もこの件に巻き込み、この自称孫が言っていることを検討することにした。
「お兄ちゃん。これ、パンツ。一番かわいいのにしたから。未来の義姉さんによろしくね」
妹は自称孫の話をあっさり信じて、部屋から何か勝負下着のようなパンツを持ってきた。レースがたくさんついているやつだ。
こんなパンツ、妹が持っていたのか。まじかよ。
「玲子おばあちゃん、ありがとう」
「孫輔くん。おばあちゃんは余計。玲子さんと呼んでね」
「はい!」
なんか意気投合しているけど、どういうことだ?
「健康診断で女物のパンツを穿いて行ってどうやって出会うのか、すごい気になるけど、それは秘密なのよね?」
「はい。すみません。わかっているとおじいちゃんが、回避するかもしれないので。おじいちゃん、玲子さんのパンツは間違って穿いていったという設定なので、覚えていてくださいね。それじゃあ、僕は未来に帰ります」
「あ、孫輔くん。私、将来結婚してる?」
「はい。すごいかっこいい人と結婚していますよ」
「ああ、よかった。ありがとう。じゃあ、未来で会おうね」
「はい。それでは」
孫輔とかいう自称孫を、玲子は受け入れていて、本当に信じられない。
まあ、普通の奴ではないだろうけど。
「おじいちゃん。パンツ、ちゃんと穿いていってくださいね」
「ああ」
「ちゃんとですよ」
穿くか、馬鹿やろう。
俺はそう思ったが、面倒なので頷く。
自称孫は来たときと同じように、机の引き出しを開けると吸い込まれるようにして消えてしまった。
気になる俺は、すぐに覗き込んだが、引き出しに変わったことはなく、夢だったとしか思えない。
だけど、妹はいるし、レースの真っ白なパンツは持っているし、夢ではないようだ。
「お兄ちゃん、もし汚したら弁償だからね」
「え?あ?」
まあ、穿くつもりはないから大丈夫だろう。
俺は適当に返事をして、妹を部屋から追い出した。
翌日、寝ていると妹が入ってきて、パンツを穿くまで見張られるという羞恥プレイをさせられた。
しかも、俺の通う高校の門まで送られるという念の入れ方だ。
ここまで妹が「応援する」理由がわからないが、俺は、直ぐにパンツを脱ぐことにしている。
大体、健康診断でパンツ一丁になるのがおかしい。
体重とか、制服のまま計ってもいいと思うんだ。俺は。
最悪、パンツ一丁になれといったら、俺はパンツ穿いてないからって言い張るつもりだ。
そうして俺はトイレに駆け込み、妹のパンツを脱ぐ。それをズボンのポケットにねじ込んだ。
「おはよう。坂井~!」
教室に入るとすぐに、いやな奴が話しかけてきた。
こいつは田中。いつもネタを探している奴で、あまりかかわらないほうがいいタイプだ。根掘り葉掘りなんでも聞いてきて、面白いネタがあると周りに吹聴する。
まあ、俺はそんなネタなんかもってないけどな。
「おはよう」
挨拶だけは返して、席に戻ろうとすると、すっと田中が寄ってきた。
「うわ!なんだよ。坂井これ!」
奴はいつの間に俺のポケットから、白いレースのパンツを取り出していた。
くそおおお!
なんて失態だ。
「ひ、拾いものだ!」
「拾いもの?どこで?それとも取ったの?」
奴は教室中に響く声で言って、その白いレースのハンカチを振り回す。
「そ、それは私のパンツです!返してください」
「只野?」
騒ぎの中、名乗りを上げたのはメガネっ娘の只野絵見だった。
こ、これは只野が俺の未来の嫁?
「いいえ。只野さん。そのパンティは私のものなの。坂井くん、拾ってくれてありがとう」
え?三田瑠璃子?
学校一美少女の三田が何故?
って事は、三田がお、俺の、
「待ちな!そのパンツはあたしんだ。坂井。昨日は楽しかった。記念にパンツまで持って行かれるとは思わなかったよ」
「は?」
梶原たえ?
珍しく朝から学校来てる。
じゃなくて、何言っているんだ?
「梶原、」
「ちょっと何言ってるんですか?梶原さんは昨日老人ホームでボランティアしてたじゃないですかぁ。坂井くんは私と遊んでたんですぅう」
「二人とも間違ってるわ。坂井くんは」
なんて事だ。妹のパンツを巡って争いが起きてしまった。
髪の引っ張り合い、平手打ち、引っ掻きあい、所謂キャットファイトというものか……。
怖い、怖すぎる。
そう思ったのは俺だけじゃないらしく、みんながみんな引いていた。火付け役の田中すら白パンツを持ったまま呆然としている。
ここは俺が!
田中が珍しく真面目な顔をして俺を見ていた。
俺はやる。
この不毛な戦いに終止符を打つのは俺だ!
「このパンツは俺の妹のものなんだ。間違って穿いてきたからトイレで脱いでポケットに入れたんだ」
俺には達成感があった。
だがそれだけで、その日から俺の渾名は妹パンツでイモパンと呼ばれる事になった。
未来の嫁候補だった3人は俺をそれから無視するようになり、クラスの女の子からも同様。
前は結構声をかけられていたのに。
あのクソ孫輔!
結局俺に彼女ができたのは、高校を卒業してからだった。
彼女の名は祝田菜々子。
妹の高校の卒業生で、俺と同じ歳。
「坂井くん」
学食で待っていると、彼女が少し遅れてきた。今日も色気のないジャージ姿だ。
菜々子は顔も可愛いし、スタイルもいいのに何故かジャージばかり着ている。
まあ本当の彼女の良さは俺しか知らないという優越感はあるんだが、たまにはそのすらっとした生足を外でも見たい気がする。
家の中では存分に見れるけど。
「遅れちゃった。ごめん」
「全然大丈夫」
彼女を待つのは苦じゃないし。
俺がそう答えると菜々子がふわりと笑った。
その表情はどこかで見たような気がする……。
そう思って数十年後、孫が生まれ、俺はやっと「全ての真実」を知る事になった。