魅了魔法なんて、悪役以外に需要ある?
前置きが長めです。
私は転生者である。
それだけだと説明不足かもしれないから付け加えると、フォークを咥えたまま転んで死んだ人間の記憶を持ってる幼女が私だ。
赤ちゃんのときからじわじわ思い出したから、劇的なイベントとか人格が変わる弊害とかもない。
そうして転生した今生の私を取り巻くのは、よくあるヨーロッパ風のファンタジーな世界だ。
剣と魔法とか王子と舞踏会とかがあるアレである。
その「魔法」要素がこんなにも私を悩ませるなんて、フォークで死んだ私には想像もつかなかっただろう。
この世界には四大元素と七大法則からなる体系魔法の他に、固有魔法というものがある。
それは生まれ持ったものにしか使えない魔法であり、体系魔法のように誰もが使えるようになるものでは無い。
そして、体系魔法には出来ないことが出来る。
そのためそれは重視され、7歳になったものはどのような固有魔法を持っているか鑑定されるのである。
そしてその固有魔法が、私のは「魅了魔法」だった。
(こんなのってないわ! こういう転生者の魅了使いってだいたい性根の腐った悪女で、のちのち破滅する役回りじゃないの! ただの魅了使いとして乙女ゲームのヒロインが断罪にくるのか悪役令嬢に転生した主人公が討伐しに来るのか知らないけど、どう考えてもこの世界での悪役の令嬢は私だわ!)
可及的速やかに鑑定士を強い魅了で惑わせて鑑定結果を捏造しつつ、地団駄を踏んだ。
地団駄を踏んでいると鑑定士が足の下に滑り込んで来たので、そのまま何度も踏みつける。
(なんとなくイージーモード過ぎるとは思ってたのよね……。幼女っぽい挙動じゃなくてもニッコリ笑っておけば可愛がってくれるし気味悪がられないし……納得しかないわ……。でもあれでしょ。成長した頃に、美しい女主人公を連れた騎士が退治しに来るんでしょ。それでこっちが魅了した人間で対抗してると途中でその魔法を解除されて全員でやっつけられて、人心を誑かす悪魔めって罵られるやつ!)
1番世界観にあっている物語を思い浮かべたが、サキュバスでもないのに魅了魔法を持っているやつが悪役以外にいる話は他の物語にもあんまりないだろう。
もしあったとしても、もっと限定的にしか使えない魅了なんじゃなかろうか。
少なくともさっきまでまともな大人だった人間をドマゾのロリコンに変身させて、国王が任じた職務で不正をするよう仕向けることは出来てはいけないだろう。
(だめだわ。このままじゃ悪役になってしまうわ。この魔法は封印しないと。今日から私は『ストレス吸引魔法・弱』の使い手のつもりで生きていくのよ)
ストレス吸引魔法の使い手は他人の心因ストレスを肩代わりする魔法だから、基本的に固有魔法を使わない。
うっかり魅了魔法を振り撒いても、ストレスをちょっと吸われたからふわっとした気分になるのだと誤解してくれるだろう。
(絶対に魅了魔法なんか使わないんだから!)
そう決意を固めてから10年。
17歳になった私は決意も無くし、すっかり魅了魔法の便利さに溺れていた。
(いやこれ、使わないとか無理でしょ。すごい便利。ほんのちょっと使うだけで人間関係がこんなに円滑になるなんて……今なら赤んぼ連れて公園デビューも余裕でこなせるわ)
誰かに怒られたときも直ぐに許してくれる。
嫉妬ややっかみも笑顔の魔法で仲良しこよし。
聞きたくない話題も分かりませんでシャットアウト。
ちなみに「私自身は魅了魔法が掛からない」が、他が上手くいっているおかげで嫌いな人と無理に仲良くする必要にも迫られなかった。
(強大な力を持っても謙虚に生きるのは、私には無理だったわ。こうやって世の悪役のご令嬢たちは、目先の利益に目が眩んで破滅していくのね……。ああ〜このままじゃ断罪されちゃうのにやめられない〜)
人間関係に煩わされないというのが如何に快適かを思い知ってしまった私は、もう破滅するまでこのままでもいいかなとすら思い始めていた。
とはいえ、ただ破滅するのを待つというのも無理な話。
力に溺れ切ったままでも何か足掻けないかと考えた結果、私はむしろもっとたくさん魅了魔法を使う道へと進んでいた。
「お嬢! お嬢! 魔物にやられた村の建物がやっと全部直りましたよ」
そう言いながら優男風のイケメンが私の執務室に窓から入ってくる。
付き合いが長くて遠慮がない仲なので、繕った礼儀をとっぱらったらしい。
特に気にしないし困らないので仕方なく許可している。
「さすがですわ」
「いやいや、お嬢がいなかったら星影の盗賊団は親父の代で潰れてたんですぜ? なら本当に凄いのは、その盗賊団を正義の傭兵団にして盛り立てたお嬢ってことでしょ。いやー感謝の念がつきませんわー」
「クラーケンキング退治から騎士団が帰ってこないわ」
「お嬢を悩ませるなんて、騎士団の連中も罪なヤツですねぇ。ま、そんくらいなら疲れの少ない団員とこの俺が加勢すればなんとかなるっしょ。そんな暗い顔する必要なんかどこにもありませんよって」
私のおでこをちょんちょんとつつきながら優男風イケメンは蕩けるような笑みを浮かべる。
部屋の隅に待機している侍女が空気になろうと努めているおかげで、この瞬間が乙女ゲームのスチルか少女漫画の見開きコマかのようだ。
と、そこへ大きなノック音がして、甘くなりそうな空気は霧散した。
「どうぞ」
「あなた様の忠実なる下僕アルモニカ・レティクラフト! ただいま帰還しました!」
入室してきたのは、ノックだけでなく声も体も大きいわんこ風のイケメンだ。
所作が無作法に見えるが、騎士団に所属するれっきとした騎士である。
団長にも覚えめでたく、腕前は十分らしい。
「無事ね。他も無事?」
「ええ、もちろん! 騎士団ではクラーケンキング程度で負傷するような軟弱な鍛錬はしておりませんので! しかしお嬢様の優しいお気持ちは、私の心に深く染み入りましたよ!」
「団長にも感謝ね」
「団長もきっと喜びます! 前団長のいたころでは今のように動けませんでしたからね! 団長は感謝される喜びをもっと知るべきなのです!」
わんこ風イケメンは私の手を取って熱弁する。
唾でも飛んでくるのではとヒヤヒヤしていると、優男風イケメンが間に入って引き剥がしてくれた。
「お嬢に感謝してるのは分かりますけど、ちょーっと声が大きすぎるんじゃないですかねぇ。レディに対する音量でお願いしますよ、モニカちゃん」
「む、オルカもいたのか! 貴様は私がお嬢様に触れるのが嫌なだけだろう! 狭量なやつめ!」
「クラーケンキングごときでお嬢を心配させる騎士様には、妥当な扱いだと思いますがねぇ? もうちょっとで俺がお迎えに行くところでしたよ?」
「なんだと!」
私の横でわちゃわちゃ喧嘩をはじめた2人を無視していると、開け放たれたままの扉から新たに1人、眼鏡のイケメンが入ってくる。
「まったく騒がしいですね、ここは。まあ、あなたの周りはいつもそうですが」
「ごめんなさい」
「確かにうるさかったですけれど……どうしてですかね。最近は嫌いじゃないんですよ。あなたのいる、このあたたかい空気が」
いきなりエンディングみたいなことを言い出した眼鏡風イケメンは、演算処理の固有魔法を駆使して大臣をやっているエリート様だ。
そして彼は喧嘩中の2人を一瞥すると、私の顎を持ち上げた。
「とはいえ、あなたを放っておくのは頂けませんね。ここは抜け駆けしてあなたをデートにでも誘わせて頂きましょうか」
「だめだお嬢!」
「ずるいぞコルクハート大臣!」
お分かりだろうか。
ハーレムである。
俗っぽく言うなら女が男を侍らすので逆ハーレムである。
無になろうとしている侍女のキャシーちゃんが可哀想な空間になっている。
(かんっぜんに、イケメン侍らす悪女の破滅ルートなのよね……。こういう悪役令嬢が破滅する少女漫画も、乙女ゲームのヒロインに成り代わったこういう転生者が断罪される小説も読んだことあるわ……。17歳が若気の至りって言って許される世界でもないし。決して私が好んでイケメンを狙ってたわけじゃないのになぁ)
あくまで私の目的は善行を重ねることだった。
魅了魔法を、人助けのために使った実績が欲しかった。
その目的で自由に動かせる人材が欲しくて盗賊団の上層部を篭絡し、体面のために手が汚れてない人間をトップにしたらそいつがイケメンで。
盗賊団だけだと武力が足りないから騎士団へのパイプが欲しくてあからさまに燻ってる人間を焚き付けて団長にさせたら、その団長の忠犬であるイケメンが私にもしっぽをふりはじめて。
そんな怪しげな動きをしている私を大臣が個人的に視察に来て、ここへの視察は普段している息付く暇もない仕事の息抜きになることを覚えた。
それだけなのだ。
運悪く寄ってきたのが顔のいい男だったのだ。
(いや、うん、分かってるわ。拒絶だって出来たわけだしハーレムはやめとけっていうのは分かってたのよ。淑女としてはしたないとは思ってるし、そもそも婚約者のレンティス様に悪いわよね……)
生まれたのがそこそこの貴族だったために、私にも婚約者が用意されている。
ちなみに私よりも上位貴族の侯爵閣下で、強い固有魔法を持っているらしく王族の覚えもめでたい。
そう、つまり「立派な婚約者がいるにも関わらず、魅了魔法を何度も使うしイケメンばかり何人も侍らせる女」という誰が見てもアウトな状態だ。
もちろん危機感を覚えた私は、すでにイケメン達に「婚約者以外と恋愛するつもりはない」と断言してある。
しかし結果はこのハーレム状態続行である。
彼ら3人が3人ともイケメンに生まれたせいか無駄にポジティブだったせいだ。
私の今の意見なんて関係ない、だとか言っていた。
もっと「てめーの腐った目ん玉で見られる度に蛆虫が這うような最低の気分になるから俺のために地獄に失せな」くらいは言わないと拒絶できないのかもしれない。
でもさすがにそれは、勇気が出なかった。
罵られたイケメンたちがどういう行動に出るか分からないし、イージーモードの人間関係に慣れた私では恐怖が勝ってしまった。
(各地に何かあった時の伝令要員を住まわせるところまでは上手くいってたのに……。大いなる善のために魅了魔法を使っていたという形跡を作るはずが、結果はただの色狂いじゃん……)
魅了魔法の力を封印できなかった時点で、善人ぶろうとしても無理だったのだろう。
悪しき力に溺れるものには破滅が訪れるものである。
(婚約者以外とデートもしてないって誰も信じてくれないよね、これ。私のスケジュールを把握してるキャシーちゃんですらこの間、「次の大臣とのデートにはこのドレスとかどうですか」って聞いてきたし……。大臣と二人きりの予定とかいれてないのに……)
婚約者は今、遠征訓練に行っている。
貴族ながらその珍しい能力ゆえにこういう軍事に関わることも多い、優秀な人間だ。
どんな能力か知らないけど国王の覚えもめでたいのだから、かなり強力な力だし本人もそれを使いこなしているのだろう。
もう2ヶ月になるので、そろそろ帰ってくる日が近い。
(婚約者のレンティス様は無口だから、私の現状についてどういう感情をお持ちなのかすらわからないのよね。せめて行動とか表情とかで何か主張してくれたら、少しは対策も立てられるんだけど……。あの方のお顔は、見てると悟りを開けそうなくらい伝わってくるものが皆無なのだわ)
「お嬢様」
キャシーちゃんの声で思考の海から浮上する。
「何かしら」
「婚約者の侯爵閣下がいらっしゃったようですよ」
「えっ!? やだ着替えてる暇がないじゃない! どうしましょう、髪は大丈夫?」
「大丈夫です」
「捲ってた袖はおろして……ひどい皺にはなってないわよね!?」
「大丈夫です」
「インクの染みとかで汚れてない!? 紙くずがついてたり糸がとび出てたりはしない!?」
「大丈夫です」
「進路クリア、オールグリーンね!?」
「大丈夫です」
「ああやっぱり、靴は今すぐ履き替えることにするわ。そこに置いてあるのを履いていいのよね?」
「大丈夫です」
「あとは……口紅くらいは塗れるかしら!?」
「大丈夫です。そちらもご用意してありますよ」
キャシーちゃんが手早く口紅を塗ってくれたので、開け放たれたままだった扉から飛び出して階段を駆け下りる。
玄関に行く途中の吹き抜けで、下にいる婚約者を見つけた。
「レンティス様!」
ついつい気が急いて、手すりを乗り越えて飛び降りる。
魔法で着地するつもりだったが、相変わらず無表情の婚約者が余裕たっぷりに受け止めてくれた。
「レンティス様! おかえりなさいませ! お怪我はありませんよね? 病気もありませんよね? 心折れるようなこともございませんでしたよね!?」
「ああ」
「さすがですわ! でしたら今日は我が家でディナーでもいかがですか? ちょうど新鮮なドラゴンの肉がありますの!」
「ステーキがいい」
「もちろんステーキです! ということは今日は一緒に過ごせますのね! 素敵ですわ! まだ時間もありますし、少しお茶でもします?」
「歩こう」
「ええ、よろこんで! 庭園に出ましょう! 1番の見頃とは言えない時期ですが、レンティス様がいれば庭園も本気を出しますわ!」
「……君もだ」
「当然、私も本気を出してますわ! レンティス様の前ですもの」
「……。……まあ、いい」
2ヶ月ぶりなのにレンティス様は相変わらず無口で無表情だ。
政略的な婚約だから仕方ないとはいえ、少し寂しい気がする。
でも全力で魅了魔法を使った日もまったく変わらず無口無表情だったレンティス様のことだ。
意外と喜んでくれているかもしれない。
(断罪されて罪が白日の元に晒されるまでなら、ちょっとは情があるんじゃないかしら。でもすぐに解いたとはいえ全力で魅了魔法かけたことあるから、だめかもしれないわ。心を操る魔女を捕らえるために泳がせているだけかもしれない……。婚約自体も王族からの調査依頼だなんてこともありうるわね……。でも今は心の平穏のために、こう見えてすごく再会を喜んでハッピー・うれピー・一生よろぴくってしてくれていると思っておくわ)
レンティス様の日に焼けた逞しい腕に絡みついて撫で摩りながら、相思相愛であると思い込む。
横目で服越しに胸筋と腹筋を眺めてから、ちょっとだけ胸鎖乳突筋を見上げてみる。
(セクシーすぎるわっ! もう孕んだ! むしろ産んだ! 前世も含めて筋肉にこんなセクシーさを感じたことは1度も無かったわ! レンティス様の筋肉がエロスを解放しすぎなのだわ! なんでしょうね……形ではなく動き……いえ、筋肉の表情がフェロモンを放ってるのよ!)
「赤い」
珍しく話しかけてもいないのに突然レンティス様が発言され、私はおどろきながら見上げた。
「えっ! 私ですか!? あちらの花ですか!?」
「……両方赤いな」
「レンティス様がセク……カッコイイからです! クールでゴージャスですわ!」
「せく?」
「せく、せく……思いつかない……。その……はしたないかもしれないと思って誤魔化したんですけど……本当はセクシーだと1番思うんですの……」
「君の……いや、なんでもない」
レンティス様は目線を私から庭園の花へと向ける。
そういえばいつの間に庭園へ出ていたのだろう。
レンティス様ばかり見ていたから気が付かなかった。
「レンティス様とこうして一緒にいられて幸せですわ」
「……同じだ」
「なにが同じか言わないと、私といられて幸せって意味でとりますよ! ちゃんと言わないレンティス様が悪いんですからね!」
「……。……好きにしろ」
「はい! 好きにします!」
レンティス様が私と反対側に首を回したことで見えるようになったかわいい僧帽筋に、私は元気よく返事した。
(ああ〜悩ましい! この幸せが破滅するまでの泡沫の夢だなんて!!)
★☆★☆★
俺の婚約者は固有魔法を偽っている。
彼女の周りを見て性質を考えると、隠した固有魔法は魅了魔法だろう。
それは会ってすぐに分かった。
婚約した当初は使うところを見なかったが、初めて2人きりで会った時に強大な魔力を感じて驚いた。
そして同時に焦った。
俺の固有魔法は「自動魔法反射」だ。
彼女の強い魅了魔法も9割以上を反射することが出来たが、本来、俺の魔法反射は10人程度の集合体系魔法なら余裕で跳ね返せる強さを持っている。
その強度の魔法反射で跳ね返しきれないほどの魅了魔法を、彼女は二人きりになった途端に使ったのだ。
俺が反射したその魅了魔法の9割以上をその身に受けたら、精神を鍛えてもいないはずの彼女はどうなってしまうのか。
婚約者にすぎない男と二人きりの部屋で魅了魔法を使うような女性なら、全裸にでもなって性的に襲いかかってくるのではないか。
そのようなことを考えて焦ったのである。
見れば彼女は今までの淑女然とした微笑を取り払い、溶けるように笑っている。
緊張に高鳴る動悸を落ち着けて何があってもすぐに動けるように構えていると、彼女は口を開いた。
「レンティス様は眼輪筋も口輪筋も、ぜんっぜん動かないんですのね! 浅指屈筋はおしゃべりなのに不思議ですわ!」
そう言い終わると、彼女は声をあげて笑い出した。
何を言っているのか分からなかった、というのが1番だろう。
それが筋肉の話だったと分かったのは、随分あとになってからだった。
そのときの俺に分かったのは、俺へと掛かっていた分の僅かな魅了魔法が解呪されたのと、彼女が自身の魅了魔法でおかしくなったらしいことだけだ。
それ以来、彼女は俺と距離を詰めてくるようになった。
おかしくなった彼女を見る度に俺は魅了魔法の恐ろしさと、何故か彼女に事実を指摘できない名状しがたい心持ちを覚えることになる。
そんな心を払拭したくて、彼女の元に美男を置かせることにした。
俺が長い間会わず、代わりに美男がはべれば、きっと彼女は美男にも靡く。
八方美人で魅了魔法を人に躊躇なくかける彼女はきっとハーレムをお気に召して、俺のことを忘れるだろう。
書物によれば真実の愛でも解呪できるらしいし、上手く行けば魔法も解ける。
そうすれば俺が悩むこともない。
そんな考えがあった。
幸い、上手いこと彼女の行動を侍女経由で調べられたので、先回りして美男を配置することは出来た。
だが、あまり上手く行っていない。
彼女は周りに侍る美男に魅了魔法をかけることすらせず、甘い言葉にも靡かなかった。
俺は彼女の魅了魔法を甘く見ていたのだ。
まさか、魅了魔法の使い手という誘惑が多い状況にも関わらず他の男に目もくれないようになるまでとは思わなかった。
こうなると彼女が真実の愛を見つけるまで待つしかない。
そのためには俺はなるべく彼女と会わない方がいいのだが、それも上手くいかない。
俺と会わない期間が長いと、侍らせている美男どもが苦情を訴えだすのだ。
「お嬢がまた旦那みたいな無口無表情になっちまった! まったく似るのは籍を入れてからにして……いややっぱり旦那みたいなお人が増えるのは困りますわ。さっさとお嬢の機嫌とってくださいよ!」
とか。
「お嬢様からブリザードのような冷気を感じます……。あれを浴び続けるくらいなら極寒の地に任務で赴きたい所存です……。侯爵閣下がお嬢様に会われないのであれば、団長にお願いしに行きます!」
とか。
「面倒臭いので閣下の居場所を教えても?」
とか。
「イケメンどもが腑抜け過ぎて1番有望な大臣すらデートも出来てないせいでお嬢様に烈火のごとく怒られて傷心のキャシーちゃんことワタクシを哀れんで、お給金上げてください。お嬢様から貰った方のお給金は全額お嬢様貯金にしてるのでカツカツなんです」
とか。
魅了魔法のせいだと分かっていても、そんなに俺のことを求めているのかと心臓を握り締められるような感覚がした。
いっそ俺も魅了魔法に掛かっていればよかった。
それならこんなに心を掻き混ぜられる気持ちがしても、魔法のせいだから仕方がなかった。
せめて自動魔法反射なんて無ければ感知できないほど微量な魔法のせいだと言い張れた。
(ああ……どうしようもなく、君が好きだ)
彼女のあの溶けるような笑顔を、独り占めしていたい。
彼女から触れるのは、俺だけであって欲しい。
ろくに口説けもしない俺だが、俺を選んで欲しい。
(好きだ。好きだ。君が好きなんだ。世界を敵に回したとしても君を選ぶと約束しよう。だからどうか――)
相変わらず溶けるような笑顔の君に、この気持ちを告げる勇気が欲しい。
その勇気を手に入れて――
気持ちと共に魅了を跳ね返したことも打ち明けて、最初から彼女が魅了魔法になんて掛かっていなかったという真実が分かるのは、あと少しだけ先の話。
めでたしめでたし。