小略
人は誰かの目に映り、誰かの記憶に残り、思いをもらう。
人と、繋がっているならば。
繋がれるのならば。
生きる価値があるのだ。
と言い切ることを、僕はしたくない。
高校生のある一日
廊下の突き当たりの理科室まで、距離にして約百
その間に、進藤一〈しんどうはじめ〉は思う。
(なんでみんなたったこれだけの距離なのに一緒に行こうとするんだろう?
人間って面倒臭いな)
食べ物を口に運びながら、進藤一は思う。
(あれ、なんで僕は一人なのだろう?)
今日は、進藤一の好物の海老のフライが入っていた。
周りがうるさいせいで味に集中できなかった。
月曜日の五時間目、ロングホームルームの時間にて、思う。
「じゃあ、グループ決まったやつから、先生に報告で。」
進藤一は、顔に何もうつさぬまま思う。
(誰かッッッ!)
と、思う。
ロングホームルームの50分間は、不思議なほど長かった。
「えーっと、これで、決まったな。みんな仲良くできてえらいぞー。」
かったるそうなおじさんが言う。
「私達、小学生じゃないんですから〜。」
「はいはい、はいよ。誰もハブとかにしてないな。」
「「してませーん。」」
子供のように、クラスのみんなは揃えて言った。もちろん、一人を除いてだ。
「あれ、一人足りなくねーか?」
書類を見ながら、かったるそうなまま、言う。
一言で、一人を、殺す言葉を。
「ぜーいん、起立」
進藤一の心臓は跳ね上がった。
(これは、だめだ。この後起こることは、この展開は、よく知っている。)
「安藤、松田、吉野、、、」
(駄目だ、駄目だ、駄目だ)
「田中、斎藤、木村、、」
(駄目だ、駄目だ、駄目だ駄目だ、やめてくれ!!)
次々と周りの人は、席についていく。
「近藤、石田、えっと、あ、お前か。」
その瞬間、心臓は凍りついた。
身体中の穴という穴から冷や汗が出た。
一人、クラスの中心で、立たされ、全方向からの、視線を受ける。
「お前ら、みんな仲良くだろ。」
「みんな忘れてただけですよ。あははは」
そう応えたのは、小学、中学、高校と、たまたま、同じだった、柊 かなで(ひいらぎかなで)だった。
クラスの奴らは、柊に応じて、笑った。
「君、よかったら、僕らの班に入らないかい?えっと、、、、、、名前なんだっけ?」
僕の人生、透明だった。
そして今日初めて注目を受け、気づいたらクラスの笑いの渦の中央にいた。ぐるぐると巻き込まれて、もう水面へは戻れない。もうここまできたら沈むだけだ。
「先生、ちょっと、チョーク、借りていいですか?」
「あ、ああ。」
僕の、これが初めての自己主張かもしれない。
チョークを右手に握りしめた。
書き殴ろうと振り落とされたチョークは、あっけなく二つに割れた。
「何、あれ?」
「なんか、痛くね?」
また、笑いが起こった。冷笑だ。
体の血が一気に沸騰した。
今日は、初めてが多い。
これは初めての感覚だった。
怒り、と名付ければいいのだろうか。
周りが意識から消えていく。
自分の世界には、チョークと、『修学旅行』と書かれた黒板。
これで、思い残すことはない。
チョークを置き、歩き出した。
流れるような、自然な動作で、進藤一は、クラス中央の真ん中の自分の席、ではなく、窓の方へ向かった。
四階下からの衝撃音が聞こえても、誰一人、その場で起こったことを理解せず、ただぼうっと黒板を見つめてた。
そして、サイレンと共に、世界は動き出す。
倒れた進藤一の魂は呼び起こされる。
《何ガ為ニ死ヲ選ブ?》
寝ぼけ眼の進藤一は、応えない。
《何ガ為ニ死ヲ選ブ?》
なんの、ため?
《何ガ為ニ死ヲ選ブ?》
《何ガ為ニ死ヲ選ブ?》
《何ガ為ニ死ヲ選ブ?》
僕は、死んだのか?
「なんの、ためでも無いさ。何もこの死に意味はない。」
うるさい声はピタリと止まった。
次第に意識ははっきりしてきて、静かな空間で、倒れている自分を見下ろす。
(なんて、パッとしない。地味な顔だ。)
せめて外見さえ良ければ、誰かの目には止まっただろうか?
声をかけてもらえただろうか?
一緒にいてくれる人がいただろうか?
《次ノ問ヒハ決マッテイル。》
《オ前ハ、ドコデ、間違エタ?》
どこで?
思えば、小学校高学年ぐらいから、友達とうまくいってなかった気がする。
でも、まだ友達と呼べる存在はいた。
低学年の頃なんかは、クラスのみんなで放課後ドッジボールとかした気がする。誰かとは、必ずいつも一緒にいた気がする。
中学年は?記憶から薄く、あまり覚えていないな。
待て、僕は何を考えている。
人と一緒にいない、『ぼっち』=『間違い』であるはずなんかない。
「僕の人生、別に間違えなんかないさ。」
《ソレガ、答エカ?》
化け物は、姿を見せた。黒い、でかい、猫だった。僕の身長の数倍高い位置から黄色い目が僕をギロッと睨む。
《間違エテイナイ?オマエハナゼ、死ヲ選ブ?》
《人ハ、ナゼ、死ヲ選ブ?》
チリン
鈴の音?
チリン
化け猫は、子猫に姿を変える。
赤い首輪から伸びるリードは、飼い主の手に握られた。
白く、透き通る髪を持った少女が姿を現した。
『真実ヲ。』
無機質な声は、少女のものに変わった。
声を聞いた瞬間、体がきつく拘束されているような、いや、違う、体じゃない。拘束されているのは、僕の魂だ。
自分の元の体を見下ろしながら、苦しみながら、もがきながら、思う。
(僕は今、霊体だ)
『真実ヲ。』
「グハッ」
僕が今までも酸素を必要としていたように、僕の魂にまでもわざわざ酸素が必要なのだろうか?
わからない。けど、苦しいことだけは事実だ。紛れも無い事実だった。
僕の魂の入れ物だった体の周りが、地面に描かれた円形の光に覆われる。自然と言葉が出た。
「僕は、小学生の、頃っウッ!、ハァハァ、から間違えてッいたの、かも、しれません。、、、いえ、ずっと昔から。」
なんなら、生まれたその瞬間から。
僕のように特技もなく、何にも秀でず、運もなく、コミュ力のない人間は、もっと綺麗な外見が必要なのだ。
『ヤリ直シヲ、望ムカ?』
『ヤリ直シヲ、望ムカ?』
「いえ、このまま、死にたいです。、何も、もう何も考えたくないです。」
ヴニャァァァアアア
ガブッ
魂の、消滅の瞬間だった。
ここからの話に、何も関係のないことだが伝えておこう。
おじさん先生は辞職した。
クラスメイトは、自殺の原因がいじめとは認められず、それぞれがそれぞれの、身にあった、職についた。
多少の傷は心に抱えたが、みんな幸せに暮らしている。
続く