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無名の物書き 売れない小説

作者: いつき

読み切りでラブストーリーを書いてみたかったので書きました。

ありきたりな感じになってしまいましたが

良かったら楽しんでいってください。

彼は小さい頃から小説が好きだった。

足繁く図書館や本屋に通っては本を持って帰った。

外で遊ぶクラスメイトよりも本が友達だったと言っても過言ではない。


アニメ、マンガ、ゲーム。そういった類いの物を否定するわけではないが、彼はそうしたものに興味を示すこともなく、彼と話が合う友達がいなかったのも事実である。


人それぞれの作風。

言葉選びや時代背景、雰囲気から何まで作家ごとに得意不得意、癖があって、

そぞろに彼はそういうものを感じるのが好きだった。


大きくなったら小説家になるんだろうと思っていた。

なりたいと願っていたわけではない。

ただきっと漠然と自分にはこれしかないんだと思っていた。


大人になって現実の非情さを噛み締めた。


小説を書くのはこれで何作目だろうか?

いつになれば世間は自分を認めてくれるんだろうか?


自分で読み返しても何もダメなところがわからない。


こんなにも面白い作品なのに。

こんなにもこだわって書いているのに。


周りの人に読んでもらっても面白いとしか言わない。

嘘か本当かすらわからない。

自信はあるのに自信が持てない。


そのまま月日が流れ、彼の父親が亡くなった。

彼の母ももうすぐ定年。いつまでものうのうと暮らしていけるわけもない。

それをわかっていても踏ん切りがつかなかった。


彼はもういい年だ。

トレーニングしている、とも言えるので正確な意味でのニートではないが、履歴書に書けるような職歴はない。


ここで諦めたらここまでの数十年は…。

でも、でも…。


『穀潰し』の彼に与えられた遺産は本当に僅かなもので、その日の酒代に消えた。

酔って家に帰る途中。

彼は昏睡し起きたときには病院に居た。


両腕が重い。指が曲がらない。

倒れた勢いで頭を打ち、両腕の神経にダメージを受けていた。

それでもリハビリを続ければ回復すると医師は言っていた。


母親はリハビリを薦めてくれたが

リハビリ料金だって決して無駄にしていいものではない。

本当にそれでいいのか…?

決めかねて彼は動かない腕をそのままに

母親と帰宅した。


翌日、半ば強引に母親に連れていかれリハビリを受けることになった。

苦痛でしかなかった。


腕が治ったからなんだというのだ。

腕が治ってもこの腕はお金を稼いでくれるわけでもない。

当時の自分のように誰かを幸せにする文章を書けるわけでもない。

そんなことにこの先の資金を使ってもいいのか…?

母親は暗に、これを期に仕事をしろと言ってるのかもしれない。


そう思うと気が気ではなかった。

家に帰るのも億劫で公園でぼんやりしていた。

子供達がやや大きめのゴムボールで遊んでいる。


しばらくぼーっとしているとそのボールが転がってきて、子供が駆け寄ってくる。

拾ってあげようと立ち上がった時、腕が動かないことを思い出す。

仕方なく、軽く蹴って返した。


そんな些細なこともできない。

食事もできない。

親を介護する側であるべきなのに親に介護してもらっている。

すごく情けなかった。悔しかった。


「あなたも、腕が悪いんですか?」


そう声をかけられて、彼は曖昧に返事をする。

本の虫であった彼は人付き合いに慣れていない。

そして何より、確かに腕は悪いのだが彼女ほどではない。彼女は両腕ともに義手であった。


「子供っていいですよね。

いつも感情豊かで。見ていて飽きませんし。元気をもらえる気がします。そう思いませんか?」


別に彼は子供を見ていたわけではない。

だがそんなことをわざわざ言うほど

空気が読めないわけでもない。

彼は相槌を打つだけだった。


「私、ほとんど毎日来るんですけどはじめまして、ですよね?」


無論はじめましてである。

この公園に来るのもはじめてで、そもそも普段は家から出ることもない。


「今日からリハビリですか?」


今日から…か。

今日からであることには変わりはないが

それまでの彼はこの先のリハビリに対して前向きな気持ちはなかった。


「私は今日はもう帰りますけど、またもし公園で見かけたら声をかけてもいいですか?」


断る理由はなかった。

この頃から彼は既に彼女に惹かれていたのかもしれない。

自分と同じ両腕が不自由だという親近感。

柔らかい物腰と友好的な態度、積極性。

彼には無いものばかりで恋慕の情を抱くのも無理からぬ話であった。


その次の日、彼は自ら望んでリハビリへと出掛けた。

ただ彼女に逢いたいが為に。

母親もやる気を出してくれたことに安堵し、すべてにおいて事態は好転した。


リハビリを終え、嬉々として公園へ向かう。

公園に着き、深呼吸をして心を落ち着かせる。

流石に本人を目の前に浮かれてなんていられない。

勿論、そんな意気込みも彼女が来れば無駄になるのだが。


「今日も来てくださったんですね。」


そう言われ顔をあげる。

別に貴女に会いに来たわけではないと

素っ気なくかえす

彼女に会いに来たのだ。会いに来たのだけども、面と向かってそれを言えるだけの勇気は彼にはない。


「そっか。残念。」


彼女はその事を知ってか知らずかそう返す。


「リハビリは順調ですか?」


そう問われて答えに困る。

昨日よりはましにはなったがとても順調とは言い難い。

それをそのまま話した。すると彼女は


「普段は何をなさっていたんですか?」


と問う。

彼にとってそれはとても答えにくい質問である。

小説家?いやいや、それで食べていたわけではない。

ではなにもしていなかったと答えるのか?

それはそれで彼の僅かばかりの自尊心が羞恥心が許さない。

精一杯の強がりを込めて、嘘のない言葉で、彼は『物書き』と答えた。


「小説家さんだったんですね!私、小さいときから小説が好きで、ほとんど毎日ずっと暇があれば小説を読んでいたんですよ。」


彼女の言葉にとても親近感を覚えた。

自分だってそうだ。ずっとずっと小説が好きだった。

彼女は敢えて彼の書いていた作品には触れずに過去に読んだ作品の話を続けた。

芥川賞や直木賞にもなる有名な作品から

特別名前の売れていない作品まで。


彼も読んだ作品で思い出を共感し、読んでいない作品で読みたいという思いを奮わせた。

彼は少しずつ確実に小説が好きという思いと彼女が好きという思いを膨らませていった。


しかし彼は彼女の腕がどうして義手になったのか、元々何をしていたのか、その辺りの話を聞けずにいた。

彼自身、腕が動かないことを他人に触れられることを嫌がることもあり

また、腕が動かないことで出来なくなったことを考えただけで苦しくなることもあり

聞くに聞けなかったのである。


その翌日の話である。

前日と同じように小説談義で盛り上がっていたところ、彼女がふと一冊の本の話をし始めた。

作者もタイトルも覚えていないと言っていたが理由はすぐに理解できた。


「若い頃から親による強制的な習い事でピアノを弾かされていた若い女性がおりまして。しかしその女性はピアノを弾くよりも本を読むことが大好きでした。それでも彼女は両親の思いを無駄にしないようにとピアニストとなりました。」


「まだ実績の少ない彼女はとある飲食店の一角でピアノを弾く日々でした。ある晩のことです。その仕事帰りに飲酒運転に巻き込まれ彼女は意識不明の重態になりました。」


「彼女が目を覚ました時、彼女はひどく落胆しました。彼女の両腕はどこにもなかったのです。もうピアノは弾けないのだと、もう本は読めないのだと。彼女は生きる気力を失いました。」


「しかしお医者様は言いました。義手をつけよう。そうすればまた今までのように暮らすことができる。と。」


「彼女はなけなしのお金を使い、指先の感覚が伝わる義手を着けてもらい、またピアノが弾けるようになったのでした。

めでたしめでたし。」


『めでたしめでたし』と言う彼女の目はどこか悲しげだった。

彼はこの話の続きが気になり彼女に訊ねた。

この話はここでめでたく終わっているようには思えない。


「義手を着け、意気揚々とピアノを弾き始めた彼女に待っていた現実は完全に変わってしまった彼女のタッチとピアノを弾けなかったブランクでした。」


「彼女は今までの自分を、小さい頃からの自分を否定された気分に陥り、またそれと同時にこれならいっそ弾くことすら出来ない方が良かったとすら思いました。」


「高いお金で絶望感を買った彼女は音楽界から消えたと言います。…お話はここまでです。」


して、彼女は今何を…?

その疑問は口にはしない。

そう。これはあくまで物語の話。

なので敢えて言うなれば

続編は出ていないのか…? である。


「続編は…まだないですね。作中の彼女が幸せになるような続編が出るといいのですけど。」


自分のこの腕が治ったら自分が代わりに続編を書いてもいいですか?

そう言う彼は至って真剣である。


「どういう未来を書くつもりですか?」


彼女が幸せな未来を掴めるように。

彼女が腕のあった頃と比べるのではなく生まれ変わった義手の彼女のピアノの音を好きになれるように。

そういう願いを込めた作品を。


「…生まれ変わったピアノの音を好きになれるように…。そうですね。絶望してしまった彼女は以前とどうしても比べてしまっていたようですから…。作中の彼女を幸せにしてあげてくださいね。」


しかし、それも彼の腕が治ればの話である。

彼は一早く腕を治そうと決心した。


話は翌日に変わる。

昨日、変な約束をしてしまいばつが悪くなった彼はいつもより少し遅めに公園についた。

遠くに彼女を見つけ、近付こうと思ったが

彼女は別の男と話していた。

その男性は美しい彼女にお似合いの整った顔立ちをしていた。


…あぁ。そうか。

彼女は別に自分と話に来ていたわけではないのだ。

ただの暇潰し。それなのに本気になって。あんな約束までして…。


彼は無言で帰宅し、枕を濡らした。

翌日から彼はリハビリにこそ行くものの公園に寄ることはなかった。


それから数年が経った。


彼の腕は問題なく回復し、彼は小説という彼女との苦い思い出から逃げるように

本に関わらない仕事に就いた。

彼女のことは割り切ってはいるが吹っ切れてはいない。


ある日彼が散髪に行くとテレビに彼女が映っていた。彼は知らなかったが為に驚いたが、今や彼女の歌声とピアノは世界的に有名にだった。

小説にインスパイアされた歌詞のセンスはもとより

義手であることのインパクトの大きさも影響していることは否定できない。


独占インタビューだったらしくインタビュアーが彼女に質問を投げ掛ける。

腕がなくなった時、どんな気持ちだったか。

また、何故ピアニストとしてやり直そうと思えたのか。

プライバシーの侵害にあたる部分もあるが、ある種当然の疑問である。


「腕をなくしたときはひどく悲しみました。義手を着けてもらったときも、以前のようには弾けなくて、もうピアノなんて、という気持ちでいっぱいだったんです。」


「でも、ある一人の男性が生まれ変わった音も生まれ変わった腕と共に愛してあげて、と言ってくれたので、過去に囚われず新しい自分で生きていこうと思えたのです。」


随分と言葉をねじ曲げられているがインタビューであるからして、仕方ない部分もある。

幾つか質問をした後、最後の質問です、と質問をする。

結婚の御予定はありますか?


「…。答はイエスでありノーでもあります。結婚をするのであれば幸せにしてくれると約束をしてくれたあの人と。」


「…ですが、その人は現在どこで何をしているのか私は知りません。話せることは以上です。」


彼女の目はなぜか潤んで見えた。

彼は何も知らなかった。

彼の言葉が彼女をピアニストとして成功させていたことも。彼女がこんなにも…。


家に帰った彼はファンレターを書いた。

あの日、彼女にもらった小説にそのまま続きを付け足して。

来年の彼らが出逢ったあの日に二人が出逢った未来を付け足して。


その手紙は彼女に届き

数か月後二人はまた巡りあえた。


「私を幸せにしてくれますか?」


彼はこの先も誰にも売れない小説を書き続けている。

普通に明るい作品を書きたかったのに気付けば少し暗めになってました。

作者の癖なんだと思います。

書きたかったから書いた。ほんとにそれだけの作品です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] せつなくも最後はハッピーエンドでよかった [気になる点] 最後の再会の描写をもう少し詳しく書いて欲しかった
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