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はぐれの森で戦った日

 いきなり裁判所に引っ張り出された事件も終わり、僕は冒険者生活に立ち戻った。

 

 現在、マモーン医術所は閉鎖中である。

 マモーンさんも実家に戻ったらしい。法術の勉強をし直すためと言うが、僕はあまり信用していない。

 子豚男ことヨクスは、姿を消した。髭モジャとカマキリ男も、傷が治ると、どこかに消えたらしい。行方不明となった色気おばさんことハリマさんは、行方不明のままだ。

 ブロアー氏は、あいかわらず犯罪者を斬りまくっているそうだ。罪もない人が、間違えて斬られていないことを祈るばかりである。

 カグラさんも、生真面目に巡回しているのを何回か見かけた。


 テュールさんたちは、黒い森の奥に旅立った。

 2~3ヶ月は帰らないらしい。

 出発まで、僕は逃げ出したくなるぐらいに厳しく鍛えられた。

 講師には、テュールさんだけではなく、レイアーナさんとガーネットさん、それにジャスさんが加わった。

 

 ジャスさんとは、テュールさんの仲間の1人。短剣使いで斥候を得意とする、無口で無精髭の似合うおじさんだ。裁判のときに、クローズ氏を連れて来た人である。

 事件についての調査に、ずいぶん頑張ってくれたのだという。

 短剣の扱い方や気配の探り方、消し方を教えてもらったこともあって、最後には僕の中での序列が、テュールさんより上になってしまっていた。


 出発前に、テュールさんは1枚のマントを僕にくれた。

 いつかテュールさんが1人で狩ってきた、グレイタイガーの革で作られたマントだ。

 灰色で地味な見た目で、僕の膝に届くぐらいの長さ。

 そしてなんと、魔力を流したら、視覚による認識を阻害する働きを起こす。天然の紋様みたいなものである。

 

 紋様魔術にも、認識阻害を起こさせるものは存在するらしい。

 ジャスさんの装備にも、その手の紋様は描かれていた。

 しかし紋様と違ってマントの方は、汚れようと傷もうと効果が失われないところが凄い。

 なお、ジャスさんのマントは、グレイタイガーと比べ物にならないぐらいに強力な認識阻害を起こさせる代物だそうだ。





 そして今、僕ははぐれの森にいる。

 野営道具を背負い、かなり森の深い所にまで入り込んでいる。

 現在の僕の課題は、森で生き残る術を身に付けることだ。

 持っている食料は、必要最小限。移動しながら、食べられそうな野草や果実、キノコを腰袋に入れていく。

 もちろん、薬草の採集も忘れない。

 ついでに、焚き火の薪になりそうな枯れ木も拾う。

 後は、何かの肉を調達したいところだ。


 今晩は、森の中で過ごす予定。

 最近の僕は、朝から森に入ると、1日かけて進めるだけ進み、日が落ちると野営し、翌日また1日かけて街に戻って来るということを繰り返している。

 森の浅い辺りでは高価な薬草が採れにくくなったけど、この方法のおかげで、いまだに僕の薬草景気は途切れていない。

 いずれ、3~4日かけて、もっと森の奥に入ることになるだろう。


 藪がなく、平坦な場所を見つけたので、野営の準備に入った。

 まだ日は陰っていないけれど、どれだけ深く森を進むかが目的ではないので、野営準備は早めに行うようにしているのだ。

 木の枝を利用して天幕を張り、薪を集める。

「さて、狩りといきますか」

 夕食の確保と戦闘術の鍛錬のため、ここから狩りの開始だ。


 ジャスさんの教えに従い、できるだけ足音や衣擦れの音を立てないようにし、息を殺し、木々の間を移動して行く。

 意識は1点に集中させず、広く浅く情報を取り入れる。その中に違和感を発する物がないかを探すのだ。

 偉そうに言ったが、気配を殺すことも、気配を感じることも、僕はまだまだ素人の域を出ていない。この2つの技術に、ある程度の自信を持てなければ、1人で黒い森に行く訳にはいかないと思っている。


「お?」

 前方10メートルぐらい先の木の幹に40センチぐらいのトカゲが貼りついているのを見つけ、僕は足を止める。

 ここで「トカゲがいた~!」と心の中で叫ぶと、不思議なことにトカゲに気づかれてしまう。意識は平静を保たねばならない。かと言って、気を静めるために深呼吸なんかをしても、やっぱりトカゲに気づかれるのだ。ヤツらの気配を感じる能力は、僕よりずっと上だ。


 僕は1メートルほどの紐を取り出した。

 紐の一端は輪になっており、そこに右手首を通し、中央部の広くなった部分に石をはさみ、折り返し、もう一端を右手で持つ。

 息を止め、紐を持ったまま右手を頭上から振り、中途で右手を離すと、はさんでいた石が鋭く飛んで行く。


 シュッ――――!


 風を切る音。

 背中に石が命中し、トカゲが地に落ちる。

 僕は素早くトカゲに走り寄ると、もがくトカゲの身体を短剣で貫いた。

「よしっ!」

 投石具の使い方は、ジャスさんから短剣以上に厳しく仕込まれたのだ。頭の中のジャスさんに、得意顔を向ける。


 トカゲは腹を割いて内臓を取り出した後、丸焼きにした。

 テュールさんたち講師陣に料理上手な人がいなかったせいで、僕の料理技術はダメダメだ。

 テュールさんたち自身も、食料事情さえ改善できれば、もっと長く黒い森に留まれるのにと嘆いていた。

 毎食毎食、トカゲやオオネズミの丸焼きじゃ、そりゃイヤになるだろう。






 食事を済ませてしまうと、もうやることがない。

 焚き火の炎を絶やさないこと。それが、唯一の仕事になる。

 はぐれの森にも、人間を襲うような危険な肉食獣がいるらしい。魔物だって棲んでいるというウワサがある。

 黒い森からこんな近くにあるのだ。人間の目を盗んで、移動して来た魔物がいても、おかしくはないだろう。


 まだ僕は、そんな危険な相手に出会ってはいない。

 だからと言って油断するなと、テュールさんたちからは、しつこく教え込まれた。

 もっともだと思うので、僕は焚き火の面倒を見ながら、気配を探る訓練をひたすら続ける。

 辺りは暗くなって視界が利かないので、耳と鼻を頼りに、違和感のある音や匂いを捕らえようとするのだ。


 実は、レイアーナさんが使うのを見て、僕は接近感知の魔法も使えるようになっている。

 薄く引き延ばした魔力の結界を作り、そこに動く物が触れるのを感知するという魔法だ。

 眠るときにはこの魔法を使うのだけど、起きている間は五感で気配察知ができる方がいいに決まっているので、ひたすら気配を探る訓練を続ける。


 焚き火がはぜる音。

 下草や木の葉が擦れる音。

 虫の鳴く声。

 木々の間を風が抜ける音。

 そんな音に混じって――――。


 下草を踏む音。

 木の幹を擦る音。

 息を吸う音。

 息を吐く音。

 ――――確かに、聞こえた。


 僕は短剣を鞘から抜きながら、接近感知の魔法を唱える。

「レーヨン・マリチャギ・ンギ・ンギ・ド・マリチャギ・・・」

 何かを察したのか、接近しているように感じられた気配が、静かに薄まり始める。

 遠ざかっているのだろうか。

「・・・イマーナャ・レブ・レブ・スウィンガー」


 呪文を唱え終えると同時に、僕の身体から外に向けて、魔力が広る。

 焚き火。天幕。下草。木。木。木・・・。

 次々と、暗闇の向こうにある物に触れながら、その存在を僕に知らせていく。

 魔力の広がる限界距離は、およそ10メートルぐらい。

 レイアーナさんだと30メートルぐらいらしい。


 その範囲内には、すでに接近してきた者は存在していなかった。

 僕に察知されたことを感じて、いち早く逃亡したと思われる。

 接近していたのが何者かは、分からなかった。

 ただ分かったのは、呼吸音の聞こえた高さから、人間と同等の身長を持つということだけだ。

 他の冒険者かオークのような魔物か、判断には迷うところだ。

 暗闇の向こうに潜む影に怯えながら、僕はまんじりともしないで朝を迎えることになった。






 翌朝、昨夜に気配を覚えた辺りを調べてみる。

 下草に、踏みしだかれた跡がいくつか。

 足跡だ。

「歩幅からすると、オークとは思えないなぁ。オークは人間よりデカいもんな。・・・だとすると、人間か」

 真っ暗な中を灯りも持たずに接近してきて、気づかれたと思ったら躊躇いなく逃げるなんて、どう考えても友好的とは思えない。

 

「戦うのは、魔物だけにして欲しいよ」

 できれば、人間相手のいざこざは、もう勘弁してもらいたい。

 冒険者とは元々、街や村からのあぶれ者に端を発する。血の気が多すぎたり、手癖が悪かったり、平気で他人を騙したりするような者ばかりだったのである。

 今は格好をつけて冒険者などと名乗っているけれど、まだまだ問題を起こす者は多い。僕のような駆け出しで、単独行動を取っている者は、いい標的だろう。


「これでも、5~6年前に比べると、劇的にマシになったと言うけどなあ」

 魔物を殺し、その身体から貴重な存在を得ることで、食い扶持を稼いでいた冒険者たち。あるとき、そんな冒険者たち相手に商売を思いついた商会があったらしい。

 

 名前は忘れちゃったけど、その商会は、いくつかの領地をまたいで商いを行う規模を持ちながら、もっと大きな商会に頭を押さえられて、苦労していたんだそう。

 で、思いついたのが、冒険者たちを相手にすること。

 冒険者の穫って来た素材を安定した値段で買い取り、逆に冒険者が欲しがる物を安定した値段で売る。必要な素材があれば冒険者に依頼を出す。

 そういった取り引き関係を結ぶことにより、その商会は冒険者ギルドを名乗るようになったらしい。

 

 冒険者ギルドは、登録した冒険者の通行料や人頭税をまとめて払ってやることで、冒険者と街側双方の負担を減らしたり、冒険者に銅級・銀級といった差別化を行うことで、ギルドとの取り引き意欲を煽った。

 そんな訳で、冒険者ギルドは商会として急成長を遂げ、冒険者も安定的に収入が得られるようになり、次第に街や村で認められるようになって来たという。


 なんにせよ、無法者と同義だったころから変わっていない冒険者は、まだいっぱいいる。

 あまり素行が悪いと、カールさんのような人が乗り出して来て、調査の上で冒険者証を取り上げる等の罰を与えるらしいけど、それをあてにしていたら、大怪我をする羽目になるだろう。

 僕は、改めて気を引き締めることにした。





 気配を探りながら、森を進む。

 いつもより慎重になっているせいで、進行速度が遅くなっている。しかし、日没までに帰らないと、門が閉められて街に入れなくなってしまう。

 締め出しを食ったら、城壁の外で野営をしなければならないのだ。もう一晩ぐらい野営をするぐらい、平気と言えば平気だけど、やっぱり宿に戻ってゆっくりしたいと思う。


 帰り道に薬草を採ることをあきらめて、意識的に足を速める。

 実入りが減るのはイヤだけど、すでに集めた分だけでも、それなりの額にはなるはずだ。

 剣を買える日が少し先になるだけの話である。

 ううむ。やっぱりちょっと悲しいな。


 と。

 何かが聞こえたような気がした。

 歩みを止め、静かに耳を澄ます。

 細い悲鳴。

 ガサガサと木の葉が鳴る音。

 怒声。


「誰かが争ってる?」

 僕がとっさに考えたことは、逃げることだった。

 他人が襲われているらしい気配に、恐怖心がかき立てられてしまったのだ。

 でも、ぐっとこらえる。

 恐怖心を飲み込む。


 誰かが襲われているからと、何も考えずに助けに向かうのも賢いとは思えないけど、闇雲に逃げようとするのも、問題があるだろう。

 それぐらい臆病な方が、生き延びる確率は高いに違いない。でも、そんな人間は冒険者を続けられはしない。

 テュールさんやジャスさんたちは、そんな臆病者じゃないはずだ。


 僕は意を決すると、動き出した。

 昨夜の怪しい気配の件があるので、これが罠かも知れないとも思ったけど、その考えは振り払う。

 罠じゃないと思い決めたことに、理由はない。

 そう思いたかったからとしか、言い様がない。


 音の聞こえる方向を探りながらのため、そこに到着するのに少し時間がかかってしまった。でも、なんとか間に合ったようだ。

 僕の視界に飛び込んで来たのは、1体の猿人。

 身体の大きさは人間ぐらい。真っ黒な身体に、ひょろ長い手足。それと同じぐらいの長さの尻尾。

 左腕に人間の子供を抱えている。


「うわっ! こんなのがこの森にいたんだ・・・!」

 木の陰に隠れたまま、僕は驚いていた。

 もしかして、昨日の夜の気配は、こいつだったのかも知れない。

 夜の闇の中、こんな真っ黒なヤツが襲いかかって来ていたら、僕は無事でいられただろうか?


 猿人の腕に抱えられているのは、粗末なチュニックを着た、僕より少し年下の女の子のようだ。気絶しているようで、首が力なく傾き、栗色の髪が顔に覆い被さっている。

 そして、猿人を囲む3人の人影。

 みんな、僕とあまり年齢の違わない少年のようだ。やはり粗末なチュニックを着て、手製の槍を構えていた。


「猿人にさらわれかかった女の子を、仲間が助けようとしてるのか」

 しかし、3人の息は荒く、よく見ると傷だらけだ。1人の槍は半ばから折れて、長さが半分になっている。

 信じにくいけど、この猿人は、人間を(なぶ)って楽しんでいるのだ。

「うおお~っ!!」

 それでも、果敢に立ち向かって行く少年たち。1人が雄叫びを上げて突っ込んだ。


 ダメだ。

 素人目にも動きが見え見えな上に、遅過ぎる。

 猿人は余裕を持ってひらりと槍をかわすと、長い尻尾で少年を打ち据えた。

「ぎゃっ!」

 勢い余って、木の幹に激突する少年。

 そこに、残る2人が突っ込む。


 息の合った連携だ。

 でも、猿人にはお見通しだったらしい。

 ふわりと跳び上がって槍をかわし、手と同じぐらいに器用そうな足で1人に蹴りを入れ、着地と同時に尻尾で2人目をぶっ飛ばした。

 そこに駆け込む僕。

 遠間から魔法を撃ち込みたかったけど、女の子に当たるのが怖かったので、仕方なくの接近戦だ。


 しかし、こんな化け物に正面切って勝てる自信はない。

 ならば、馬鹿の一つ覚え!

 突然の僕の乱入に驚く猿人の顔面に、1枚の羊皮紙をかざす。

 もちろん――――。

 羊皮紙から無音のまま光が炸裂。

「があっ――――!!」

 もろに猿人の目を灼いた。


 駆け込んだ勢いを殺さないまま、短剣を猿人の胸に。

 その途端、猿人が女の子を投げた。

 嘘のような速度で飛んで来た女の子の身体が、僕に激突する。その身体を受け止めることもできず、地面に転がる僕。女の子がどうなったかを確かめる余裕もない。


「ぎゅああああ~~~~っ!!」

 猿人が吠えた。

 目潰しのせいで、いきなり怒りが頂点に達したようだ。目が見えないまま、こちらに歩いて来ようとする。目が見えなくても、僕になど負ける気がしないのだろう。

 実際、女の子をぶつけられたせいで頭はくらくらするし、息も詰まってしまってる訳だけど。


 倒れたままの僕がもがく音が、目標になったのだろう。猿人は迷う様子もなく近づいて来る。

 あと10メートル。8メートル。5メートル・・・。

 僕は懐から新たな羊皮紙を取り出した。


 雷縄の紋様。


 羊皮紙から発した1条の紫電が、猿人の身体を絡め捕る。

「ぐっ! ぐがぁっ!!」

 バリバリという激しい音と、その度に瞬く光。

 空気中に金臭い匂いが満ち、猿人の行動の自由を奪う。

 僕は無理矢理に呼吸をすると、なんとか立ち上がった。


 苦悶する猿人の向こうで、先に倒されていた3人も、よろよろと立ち上がる。僕を見て「誰だ?」という表情を浮かべるが、今は構ってはいられない。

 3人に槍で突かせようかと思ったけど、雷縄が効いているうちは、それも無理だ。かと言って、効果が切れるのを待っていたら、逃げられるか反撃を食らうかしてしまうだろう。


「仕方ない」

 僕はまた羊皮紙を取り出すと、紋様魔術を発動させる。


 氷結の紋様。


 猿人の身体は、真っ白な霜に覆われて、動きを止めた。

 

 

 

 

 

 

この物語ばかりを頑張って更新していましたが、そろそろ『冒険者デビューには遅すぎる?』の更新もしたいと思います。

さすがに、今までのような早さで更新できなくなりますので、ごめんなさい。

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