決着がついた日
「アグニを狙う、か。このような子供を狙う意味が想像できないが、ダニエル、報告できることがあるなら、述べてみよ」
「はっ。まず私が動くことになったのは、ブロアー様の報告にあった2度目の乱闘の後でございます。冒険者ギルドに対し、ブロアー様ご本人からアグニを引き渡せという申し入れがありましたので、私はその乱闘相手との接触を試みました」
ブロアー様というのは、男の衛兵のことである。少女衛兵も、空き地でそう呼んでいた。
そして、ダニエルという人は、僕に対する告発があったので、事実関係を確かめてくれていたらしい。
僕がレイアーナさんに匿われていたせいで、僕に事情が聞けず、強盗たちの方に接触した訳だ。すると、レイアーナさんの宿まで尾行して来て、そのまま見張っていたらしいカール氏も、同じ目的だったのか?
「その結果、アグニが関わった乱闘は、全てこの者たちがアグニを捕まえるために起こしたものだと判明しました。・・・そうだな?」
「そ、そうだ」
ダニエル氏に促され、素直に肯定する子豚男――――ヨクス。
「そして、この者たちにアグニを捕まえるように命令したのは――――」
ダニエル氏が、ヨクスの身体を肘で突く。
「ブ、ブロアーの旦那だ」
これまた、素直に答えるヨクス。
「ほう? ブロアー、本当か?」
「本当です」
隠す気もなかったのか、サドリュー氏の問いにブロアー氏はためらいなく肯いた。
「――――ヨクス、それに行方不明になったハリマを含めた何人かの冒険者を、手の者として使っております」
「では乱闘は、お主の部下にアグニが抵抗したために起こったのだな?」
「それについても、申し上げたいことが――――」
見た目は地味なのに、ぐいぐい切り込んで来るダニエル氏。
「申せ」
「ヨクスたちは、アグニの捕縛の際に、真っ先に金銭を要求したようです。ですので、アグニは強盗に遭ったと受け止めたものと思われます」
街の治安に当たる衛兵が何人いるのかは知らないけど、その数は20人もいないはずだ。
当然、そんな人数だと街全体に目が届かない訳で、衛兵たちは個人的にお金を払って、手下を雇っている。そして、そんな手下の多くは冒険者だったり、元犯罪者だったりするそうだ。荒事にも使えるし、元から持っている情報網も役に立つということなんだろう。
そして、色気おばさんことハリマたちは、冒険者であり元犯罪者であった。いや、犯罪者は「元」とは言い切れなかったのかも知れない。
ブロアー氏から僕の捕縛を命じられたハリマたちは、事のついでに当たり前のようにお金を奪おうとしたのだ。僕があっさり捕まっていれば、それは何の問題にもならなかった。僕からすれば、ハリマたちに奪われなくても、どうせどこかで没収されることになったからだ。
また、2度目の乱闘後にハリマが連れ去られるような大ごとになったのに、1度目のギルド前の乱闘後にハリマたちが無事だったのは、ブロアー氏の密偵をやっていることが冒険者たちに知られていたからだろう。
きっと、他の衛兵の密偵をやっている冒険者もそれなりにいて、互いに情報交換したりをしてるに違いない。
「では、アグニに対する騒乱罪もなかったことになるな。マモーン、まだ言いたいことはあるか?」
「ま、魔法書! 魔法書の件が、まだでございます!!」
よく分からないうちに、僕に都合のいいように話が転がってしまったけど、マモーンさんはまだ魔法書のことを忘れていないらしい。でも、僕には本当に何のことか分からない。
「魔法書を返さないのなら、アグニを奴隷に落として、私に引き渡してもらいたい!!」
はあ? 何を言い出すんだ、マモーンさん。完全に血迷っている。
「もう1度訊くが、アグニ、本当に魔法書のことは知らないのか?」
「知りません」
「そうは言うが、医術所の下働きをしていたからといって、わずか数年で法術を使えるようになったという話は、素直に信じる訳にはいかないぞ」
ここに来て、サドリュー氏がマモーンさんの言うことに理解を示す。
でも確かに、記憶の魔法のことを知らなければ、ガミア先生が法術を使うのを見ているだけで、僕が法術を使えるようになったという話は、素直に信じられないだろう。
実際、法術にしろ魔術にしろ、呪文の文言だけを覚えればいいという訳ではない。その文言を正しく複雑な旋律で唱えなければ、魔法は発動しない。そのため、師からの厳しい指導を何年も受けて、初めて使えるようになるものなのだ。
だからと言って、これは、僕がガミア先生の魔法書を持っているという証明にもならない。本では、正確な旋律は伝え切れないからだ。
しかし、他人が魔法を使うのを見て覚えたというよりは、魔法書を持っているから覚えられたと思った方が、まだ信憑性があるのだろう。
「本当に、僕は何も知りません!」
「サドリュー様、こいつを拷問にかけてやって下さい!!」
どんどん無茶苦茶になっていく、マモーンさんの要求。
「納得のいく答えがもらえないのなら、拷問はともかくとして、しばらく拘束するしかないかな?」
う・・・わ・・・。話がマズい方向に。
「問題は、魔法書がどこに行ったか、もしくは最初からそんな物なかったか、だと思われますが」と、カール氏。
「もちろん、魔法書の件が解決すれば、アグニが法術が使える理由を追求する必要はない。が、魔法書の在処が分からない以上、それをアグニが知っているという可能性を見過ごす訳にもいかないのでな」
あ。これは、本当にマズい。
牢になんか入れられたら、いつ出してもらえるか分からないし、中でどんな目に遭わされることか・・・。
真っ暗で、湿っぽくて、不潔な蟲がいっぱいいる牢の中、腐った残飯しか与えられず、病気でボロボロになっていく自分の姿が、やけに鮮明に頭に浮かぶ。
「サドリュー様、俺にも発言を許していただきたい」
「その方は、誰だ?」
「金級冒険者、テュール」
「え?」
思わず、僕は振り返っていた。
傍聴席だ。
いつの間にか、そこにテュールさんがいた。
傍聴席用の入り口は部屋の後方にあるので、いつ入って来たのかも分からない。
てか、入り口の多い部屋だな。
「金級冒険者とは、珍しいな。良かろう。発言を許そう」
「ありがたい。では、問題の魔法書の件で、証人を呼ばせてもらいたい」
この街の事務官と金級冒険者のどちらが偉いか知らないけど、やけに砕けたテュールさんの物言いに、僕は冷や冷やしてしまう。
できれば、サドリュー氏の機嫌を損ねそうな態度は、止めていただきたいと思う。
「構わん。呼ぶがいい」
そして、テュールさんの知り合いらしき冒険者に連れられて部屋に入って来たのは、仕立てのいい衣服をまとった初老の男だ。
あ、見覚えがあるぞ。
マモーンさんの実家で働いてる人で、頻繁に医術所を訪れては、マモーンさんの世話を焼いてた人だ。
「イエロフログ家、使用人のクロースと申します」
「で、その者がどうしたのだ?」
「医術所から持ち出した魔法書を持ってた」
そう言って、テュールさんは分厚くて重そうな本を持ち上げ、皆に見せつけた。
「ば、馬鹿な。どうして、クロースが!?」
驚愕するマモーンさん。いや、僕も驚いてるけど。
「代わりに説明させてもらうと、そこのマモーン氏は先生という肩書きを持ってる割には、まともに法術が使えなくてだな、ガミア先生が体調を崩してからは、アグニが、ガミア先生やマモーン氏の陰で患者に法術をかけていた訳だ」
得意そうな表情で、長くなりそうな説明を始めるテュールさん。
しかし、事の真相に触れる話なだけに、誰もそれを遮ろうとしない。自分を揶揄するようなことを言われながら、マモーンさんでさえ、黙ってその話に耳を傾けている。
「ガミア先生が亡くなった後、マモーン氏は困った。医術所は自分で継ぐ気満々なのに、肝心の法術が苦手なんだから。
ここで、マモーン氏の選択肢は2つだった。今まで通り、陰からアグニに法術をかけてもらうか、別の誰かにその役を任せるか、だ。しかし、法術がそこそこ使えるのに、どこにも雇われてないヤツなんか、そうそういる訳がない。で、アグニに頼り続けるしかないと思っていたところへ――――」
テュールさんは、クロース氏を指差す。
「――――クロース氏が第3の選択肢を提示した」
クロース氏、苦虫を噛み潰したような表情になる。
「それは、ガミア先生の書いた魔法書を読んで、マモーン氏本人が法術を覚えるというものだ。クロース氏は、ガミア先生が魔法書を作ってるのを知っていたんだな」
「はあっ!?」
思わず声を出してしまった。皆の視線が集まり、僕は首をすくめた。
だから、本なんか見たって、魔法は覚えられないのに!
「で、マモーン氏は、元々気にくわなかったアグニを、これ幸いと追い出してしまった」
いや、魔法書を読んでみてから、僕を追い出すかどうか決めるべきだろ!? 他人事ながら、マモーンさんが心配になるわ!
「その後で、クロース氏はガミア先生の魔法書を見つけ出すんだが、一目見て、それを読んでもマモーン氏が法術を身に付けるのは無理だと分かってしまう」
そりゃ、そうだよ。
「クロース氏は、困ってしまう。アグニをさっさと追い出したのはマモーン氏の勇み足とは言え、今さら魔法書が役に立たないと明かすこともできない。
そこで、クロース氏は魔法書を隠した上で、それをアグニが持ち去ったらしいと言い出した」
ああん? 意味が分からない。
「クロース氏が考えたのは、アグニに盗みの罪をかぶせ、その罰としてアグニを奴隷に落とし、医術所で飼い殺すということだ」
「うえっ!?」
思わず、悲鳴を上げる僕。
「そ、そんなことは、俺は知らんぞ! 俺が考えてたのは、魔法書を取り返すことだけだ! アグニを奴隷に落とすのは、魔法書が返って来ないときだけだと、聞かされてたんだ!!」
「そんな訳で、主犯はクロース氏だ。アグニは巻き込まれただけ。以上!」
そう締めると、テュールさんは、どっかりと傍聴席に腰を下ろした。
「クロース、反論はあるか?」
「い、いえ。・・・ございません」
あっさりと認めるクロース氏。もっと、粘ってみせなくていいのかな? それとも、ここに来るまでに、テュールさんに脅されたとか?
「マモーン、元々の訴人はその方だが、言うことはあるか?」
話を振られても、マモーンさんは口をぱくぱくさせるばかりだ。顔からも、すっかり血の気が引いてしまっている。
使用人が罪を犯した場合って、マモーンさんの罪にはなるのかな? それに表面的にみれば、本を1冊盗んで、その罪を農家の出の子供に押し付けようとしただけだ。クロース氏自身も、大した罪には問われない気がする。
一番の被害者が言うことじゃないけどね。
「では、アグニに一切の罪はなかったと認定する! イエロフログ家使用人クロースについては、イエロフログ家で処罰を決め、後日報告させることとする! これにて、閉廷!!」
クロース氏はイエロフログ家の監督下にあるため、ウェイカーンの事務官が処罰することはできないのだろう。
そして、案の定マモーンさんも罪には問われなかった。考え方によっては、マモーンさんもまた被害者と言えるかも知れない。かと言って、同情心は湧かないけど。
サドリュー氏が無表情のまま退出して行くと、衛兵のブロアー氏も騒々しく足音を立てながら、部屋を出て行った。偽の情報に踊らされて無実の人間を追いかけ、あまつさえ斬ろうとしたのだ。平静ではいられないだろう。
しかし、クロース氏の企みからすると、僕は生きてる必要がある訳で、当然生かしたまま捕縛するように申し入れていたはずだ。それを問答無用で斬ろうとしたブロアー氏って、大丈夫かなぁ?
ブロアー氏がいなくなってから、残された少女の衛兵が近寄って来た。
「この度は、すまなかった!」
そう言って、驚いたことに、僕に頭を下げる。
「いや、貴女は、むしろ生命の恩人ですから、こちらからお礼を言わせて下さい!」
その後の急展開で忘れていたけど、この少女がいなければ、僕はブロアー氏に斬り殺されていたのだ。深々と頭を下げる。
「左腕は、平気ですか?」
ブロアー氏の剣を受け止めたせいで、金属の籠手が歪んでしまっているのだ。その下がどうなっているか、心配になる。
「気にするな。これしきのこと、珍しくもない」
いやいや、やせ我慢する必要なんて、ないでしょうに。
僕は首を横に振ると、少女の左腕を取り、籠手の上から傷を塞ぐ法術をかけた。
「おおっ、痛みが退いていく・・・。ずいぶん、効果の高い法術なのだな。礼を言う。私は衛兵隊の18番剣士、カグラ・ゼノビアだ。困ったことがかれば、訪ねて来るがいい!」
「ありがとうございます。何かあれば、頼らせていただきます」
少女――――カグラに頼るぐらいならテュールさんに頼るよと思いながら、僕はまた頭を下げてみせる。
カグラは満足そうな笑みを浮かべると、ブロアー氏の後を追って行った。悪い人ではなさそうだけど、安心して頼れない感じだ。
気が付くと、マモーンさんや子豚男のヨクス、それにクロース氏もいなくなっており、テュールさんがカール氏の首を絞め上げていた。
「あれほど、俺が帰るまで手を出すなと言っただろうが!」
しかし、金級冒険者に首を絞められながら、カール氏はまるで平気そうだ。
「これでも、ギリギリ待ったんですよ。今日の出廷に間に合わなければ、アグニくんの立ち場が一気に悪くなるところでしたからね」
どうやら、ギルドには、今日の裁判に僕を出頭させるように通告が行っていたらしい。
ギルドは、銅級冒険者1人1人の監督責任など負わないはずだ。通告が来ようと、そのまま放置するのが普通だろうに、僕はずいぶん運が良かったみたいである。
「カールさん、今回はありがとうございました」
「気にしないで下さい。貴方はいちいち覚えていないでしょうが、ガミア医術所で貴方の世話になった冒険者は、ずいぶんといるのですよ」
「え? そうなんですか?」
ギルド前で貴方がハリマたちに絡まれているのを目撃した冒険者たちから、いくつも私の所へ報告が来ましてね、秘密裏に私が調査に乗り出していた訳です」
「さっき、ダニエルさんが、2度目の乱闘の後から動き出したように言ってましたけど・・・」
「そこで、ブロアー氏から、ギルドに協力要請が来たということです。ダニエルが言ったのも、間違っていません」
「そうだったんですか・・・。なんにせよ、ありがとうございました」
今回、実はたくさんの人間が、僕のために動いてくれていたみたいだ。それは、本当に運が良かったし、ありがたいことだ。なのに、なんだか、すっきりしない。
結果的に、けっこう大変な目に遭ってしまったように思うのは、気のせいなんだろうか・・・?
みんな、もっと分かり易く助けて欲しかったなぁ。
そう思ってしまうのは、罰当たりだろうか?
次回から、冒険者らしい毎日が始まる予定。