裁判を受けた日
なんだか、自分でも予想外の方向にストーリーが・・・。
「やっと見つけたぜ、坊や~」
僕を追って来た男の1人が、気色の悪い猫なで声でそう言った。
レイアーナさんたちのような綺麗なお姉さんに「坊や」と言われるのは、ちょっとくすぐったい気分だったけど、むさ苦しいおっさんに「坊や」と言われると、なぜか無性に腹が立つ。
「なんだか、僕をお探しだったようで?」
「ああ、お探しだったんですよ。どこに雲隠れしてやがった?」
よく見ると、4人のうちの1人の顔に覚えがあった。
強盗のうちの1人。子豚男だ。身体のあちこちに、下手くそに包帯を巻いている。
「あれ? なんだか知ってる人がいますけど、もしかして強盗の続きですか?」
「そうだ! 頼まれた仕事は、ちゃんとやるのが冒険者だからな!」
「冒険者? ただの強盗じゃないですか」
こんな状況で、冒険者を気取る子豚男の勘違いぶりに、僕は驚きを通り越して、呆れてしまった。
しかし、問題は別にある。
「それより、頼まれたって言ったけど、どういうことです? と言うか、誰に?」
「それは、言えねぇ!」
途端、怪我だらけの子豚男が、凄い勢いで迫って来た。
右手には、片手用の金属棍。
僕は、懐から1枚の羊皮紙を取り出す。
例によって、目潰しの紋様入りである。
実は、すでに筋強化と知覚強化の魔法は発動済みである。走っている間に、こっそり紋様を使ったのだ。
子豚男に向けた紋様が発動。その顔に強烈な光を叩きつける。
「ぐああっ!!」
顔面を殴られたかのような勢いで、子豚男が後方にすっ転ぶ。
実に3度目の目潰し体験だ。いい加減、学習しろ。
地面でのた打つ子豚男に巻き込まれないように、そっと場所を移動。
残りの3人には、角度や距離のせいか目潰しの効果はなかったようだ。前回のように建物の壁サイズの紋様でなかったので、仕方がない。
ちなみに、建物の壁の紋様は、誰かが洗い落とそうとしたらしく、中途半端な痕跡が残っているだけである。さすがに、それでは使い様がなかった。
「こいつ、紋様を使うぞ!」
残りの3人が、得物を構える。
そのときには僕は、筋強化の力全開で、先頭の男の目の前に飛び込んでいた。
そして、しつこく目潰し!
最初に量産した目潰しの紋様は、まだまだ枚数の余裕があるのだ。
「ぐうぁっ!!」
紋様に気をつけろと仲間に注意した直後に、紋様を食らった男。顔面を押さえて倒れ込もうとするところに、蹴りを1発。
そのまま次の男へ。
と思ったら、真っ赤な火の玉が飛んで来た。
必死にかわそうとしたけど、左足に命中。
爆発。
衝撃で吹き飛ばされた僕の身体は、瞬間的な浮遊感の後、地面に叩きつけられる。
「い、痛ぇっ・・・!!」
まさか、革鎧を着たむさ苦しい男が魔法を使うとは思わなかった。
筋強化とかを使っていることで、調子に乗り過ぎていたのかも知れない。
慌てて立ち上がろうとするが、左足に全く力がない。
「ここまでだなぁ!」
魔法を撃ったらしい男が、得意気な表情で前に進み出る。
なんで、魔法を使えるような人間が、何人も強盗にいるんだよっ!? そんなことしなくても、食べていけるはずだろっ!?
「ダム・ルブラ・リベラ・ダム・ダム・・・」
男が呪文を唱え始める。
聞こえよがしに呪文を唱えるのは、魔法の使える強盗たちの流行りなんだろうか。
「・・・ペルシダ・ギョム・ギョルムン!」
突き出した男の手から、火の玉が飛び出す。
勝利を確信する男。
しかし。
あらかじめ用意していた紋様を発動させると、僕の前方に大きな魔法円が浮かび上がり、火の玉を弾き返した。
「なっ!? 魔法障壁だと!?」
面白いぐらいに驚いてくれる魔法男。でも、驚いてる場合じやないと思うよ?
僕はまた1枚、男の足元に羊皮紙を滑らせた。
「――――!!」
男が気が付いたときには、羊皮紙から縄状の稲妻がその身体に絡みついた後だ。
雷縄の紋様。テュールさんの持っていた紋様だ。
「がががががっ!!」
稲妻に巻きつかれ、男の身体が激しく痙攣する。
うわ、やり過ぎかも? しかし、一度発動した紋様は、途中で解除はできない。
たっぷり10秒は稲妻に灼かれた後、男は糸が切れたように地面に沈んだ。
残るは、もう1人。
あまり強そうに見えない最後の男は、何をしていいか分からないのか、離れた場所に立ち尽くしている。
しかし、それはありがたい。今のうちに法術で左足の傷を塞いでおく。
幸い、皮膚の一部が焼けていただけのようだ。骨にも異常はなかった。少し足が痺れるが、我慢して立ち上がる。
それでも最後の1人は、ボーッと立っているだけだ。
それより、最初に目潰しをかけただけの子豚男が、目をこすりながら、こちらに近づいて来た。
「まだ、やる気なんですか?」
「当たり前だ! 目を潰しただけで、俺に勝ったと思うなよ!!」
子豚に似てるだなんて、ちょっと軽く見ていたけど、意外と骨がある人だったようだ。ホントに、どうして強盗なんてやっているんだろう。
まだ筋強化が効いているのを確かめるや、僕は子豚男に接近すると、その鳩尾に短剣の柄を突き込んだ。ロクに目が見えてないせいで、それをモロに食らう子豚男。
「ぐ、ぐえええっ!」
腹を押さえて、のた打ち回る。
「よし、そこまでだ!」
そこに、やけに通りのよい声が投げかけられた。
振り向いた目に飛び込んで来たのは、2人の全身金属鎧。
空き地の入り口に立って、僕に鋭い視線を向けている。
兜の面頬を上げているので顔が見えているが、1人は皮肉っぽい笑みを浮かべた壮年の男で、もう1人は生真面目な雰囲気の少女だ。
2人とも、すでに長剣を抜いている。
「衛兵隊の者だ! 手向かうと、容赦はせんぞ!!」
恫喝することに慣れ切った様子で、男が近づいて来る。
明らかに、面倒くさいことになりそうな予感がした。今の瞬間だけ見ていたら、僕が子豚男に暴力を振るったとしか見てもらえないだろう。
残った強盗は、見事に姿を消していた。
衛兵に目潰しをかけて逃げることも考えたけど、相手は腐っても衛兵だ。よけいに僕の立ち場が悪くなるのは、目に見えている。
僕は腰の短剣を外すと、衛兵たちの方へ投げた。
そして両膝を地面に突き、両手を組んだまま前に差し出す。恭順の姿勢だ。反撃の意志があると見做されて、この場で斬り殺されることだけは、避けなければならない。
生きてさえいれば、テュールさんがなんとかしてくれる・・・かも、知れない。
「ふん、根性なしめ! ガミア医術所で下働きをしていたアグニだな?」
「は、はい、そうです」
あれ? 身元がバレてる? これは、たまたま喧嘩の介入に来たんじゃなく、宿に僕を調べに来た件の方か? 衛兵がそんなにしつこく動くぐらいに、僕は大事件を起こしたの?
「罪状は、医術所からの金品の窃取、そして乱闘!」
言うと、男は無造作に長剣を振り下ろした。
「は!?」
ガキィッ――――!!
それを受け止めたのは、少女衛兵の左の籠手だ。
男の長剣が食い込み、籠手がひしゃげる。中の腕は大丈夫かと心配になるほどだ。
て言うか、少女が止めてくれないと、完全に死んでた!
「ブロアー殿、恭順を示している間に剣を振るうとは何ごとか!?」
「このような者、詮議する必要もない! さっさと殺してしまえば良いのだ!」
「この者が金品を窃取したというのなら、それこそ詮議して、金品をどこに隠したか調べる必要がありましょう?」
少女の方が、明らかに正論を言っている。
僕が死んだら、金品の行方が分からなく・・・って、誰が医術所で物を盗んだって?
男の言葉に反論したいけれど、下手なことを言って、また剣を振り回されては堪らない。ここはおとなしくしておいて、機会を見て少女の方に訴えるしかなさそうだ。
男はしばらく少女を睨んでいたが、「まあ、いい」と言うと、長剣を鞘に納めた。
少女が僕の腕を掴み、「立て」と促す。
「今からお前を、裁判所に連行する!」
立ち上がった僕に、少女が宣言した。
やっぱり、まずい。このまま裁判所に連れて行かれて、衛兵の言うがままに判決を下されたのでは、ここで斬り捨てられるのと何も変わらない。
「あの。彼らは連れて行かないんですか?」
強盗たちを指して、僕が言う。
「彼らは、関係ない。裁判は、医術所からの金品の窃取について行われる」
ちょっと頼りになるかもと思った少女だけど、やっぱりダメだ。衛兵は衛兵。怪しいヤツを斬ることしか考えていない。
「その裁判、私も参加させていただきますよ?」
そこに、また別の声が聞こえて来る。
「誰だ!?」
いつの間にか空き地の入り口に立っていたのは、何の変哲もない中年男。2~3日もたったら忘れてしまいそうなぐらいに印象の薄い顔。でもさすがに、さっき宿で会ったばかりだ。忘れ様がない。
「冒険者ギルドのカールです。アグニくんの件は、ギルドにも訴えがありましたからね。見届けさせていただきますよ」
「勝手にしろ!」
ここに来て、僕を追いかけていた人たちが大集合だ。
もう、何がなんだか分からない。
テュールさん、助けて・・・。
裁判所は、領主館近くにある殺風景な石造りの建物である。
来るのは、もちろん初めてだ。
それにしても、衛兵に腕を取られたまま、街の中を連れ回されたのは辛かった。同じ街に家族が住んでいなくて、本当に良かったと思う。
どこかでテュールさんが救出してくれるかと期待したけど、そんなことはなく、裁判所に着いてしまった。
薄暗い廊下を抜けて通された場所は、10人ほどが座れる傍聴席の付随した小ぢんまりした部屋だ。
その部屋の真ん中に立たされる僕。
もちろん、懐に入れていた紋様は取り上げられている。
僕の背後には衛兵の2人が立っているので、迂闊な動きはできない。
カール氏は、更にその後ろに立っているようだ。
とても、胃が痛い。
やがて、部屋の前方の扉が開いて、高そうな服を着た男が入って来た。あまり逞しくはない、いかにも文官らしい男だ。その後ろには、別の衛兵が2人。
僕と文官の男との間には、腰ぐらいの高さの柵がある。
「ウェイカーンの事務官、サドリュー・バイサイクルである。ただ今より、ガミア医術所の元下働きアグニの窃盗事件についての裁判を行う!」
サドリュー氏は、まだ20代半ばぐらいに見えるけど、とても頭の良さそうな印象の男前だった。その鋭い目が、射抜くように僕を見る。
「お前には、医術士ガミアが亡くなった後、ガミアが所蔵していた金品を持ち出して行方をくらましたという訴えが出ている。それに相違はないか?」
は? という感じだ。訴えたのはマモーンさんだとしか思えないけど、わざわざ僕を辞めさせてから、そんな訴えを起こす意味が分からない。
「いえ。身に覚えがありません。医術所も勝手にいなくなったのではなく、マモーンさんに辞めさせられたのです」
「虚偽を申すと、罪が重くなるだけだぞ」
「本当のことです! 出て行くときも、私物以外何も持ち出していません!」
「そうか。では、証人をこれへ!」
サドリュー氏の声とともに部屋に入って来たのは、ガマガエルのようにでっぷりと太った男だ。まだ20才そこそこのはずなのに、栗色の頭髪はひどく後退している。
誰あろう、マモーンさんその人だ。
どこかの貴族の出身ではあるけれど、医術士になった時点で、その姓は失われている。
マモーンさんは、僕を見て下品な笑みを浮かべた。
ああ、目潰しの魔法をぶつけてやりたい。
「医術士マモーン、アグニが窃取したという物は何だ?」
「はい。金貨10枚とガミア先生の書いた魔法書です」
魔法書? 何を言ってるんだ、この人は?
「アグニ、どうだ?」
「全く身に覚えがありません。魔法書のことなんか、聞いたこともありません!」
「嘘だ! お前が法術を使えることは知っているんだぞ! ガミア先生の魔法書を盗んで、覚えたんだろうが!!」
驚いた。僕が法術を使えることを、マモーンさんまで気づいていたとは。
「マモーンさんは、そんな魔法書があるのを見たんですか?」
「見たことはない! しかし、そんな物でもなければ、お前が法術を使える説明が付かんだろう!?」
あれ? 本気で、この人は魔法書があると信じているのだろうか?
「僕は、ガミア先生が法術を使うのを見ているうちに、同じように使えるようになっただけです。魔法書のことなんて、知りません!」
サドリュー氏は、僕とマモーンさんが言い合うのを、ただ黙って見ている。
「なら、金貨だ! 金貨はどうした!?」
「金貨なんて知りません!」
「黙れ! お前が金貨を持っていることは知ってるんだぞ!!」
サドリュー氏に目を向けられると、少女の衛兵が「はい。金貨そのものは持っていませんでしたが、銀貨は10枚以上所持していました」と、生真面目な口調で答えた。
「アグニ、そのカネはどうした? 冒険者になったばかりの子供が稼げる金額ではないだろう? それに、押収した短剣も、高価な物だと聞いているぞ」
これに、宿に置いて来た防具まで加わったら、よけいに疑いが深まりそうだ。
「全部、冒険者ギルドの仕事をして、きちんと稼いだものです!」
「サドリュー様、アグニの申すことに間違いはありません。アグニは 、初日から薬草採集にて金貨1枚を超える報酬を得ております」
そこに援護射撃をくれたのは、意外なことに冒険者ギルドのカール氏だった。
援護射撃はありがたいけど、何が目的なのかが分からない。
「なるほどな。しかし、アグニが不相応なカネを持っている説明にはなっても、金貨を盗まなかったという証明にはならんな」
「では、アグニが金貨を盗んだという証拠は、おありでしょうか?」
カール氏の援護射撃が続く。
「な、なんだと!? 俺の言うことを疑っているのか!? だいたい、そいつは街の中で魔法を使って、乱闘を繰り返しているような男なんだぞ!!」
口から泡を飛ばすマモーンさん。
なんだか、やけに事情に詳しいな。
「それについては、どうだ?」
「はっ。私が調べた限り、この者は3度、乱闘を起こしており、その度に魔法を使って、怪我人を出しております」
答えたのは、男の衛兵だ。
「騒乱罪を適用するには十分な話であるが、申し開きはあるか?」
「僕は巻き込まれただけです! 3度とも強盗を撃退しただけです!」
「私が聴取した話は、そうではありません。1度目は単純な喧嘩で、2度目はアグニが前もって罠を張って、仕返しを行ったもの。3度目は、逆に仕返しを受けたようですが。
なお、2度目の乱闘後、雷球魔法の唯一の使い手である銀級冒険者ハリマが行方不明となっております」
ハリマとは、あの魔法使いのおばさんのことだろうか? 行方不明だって? テュールさんの言うように、身ぐるみを剥がされるだけじゃなく、本人ごと連れ去られちゃったのだろうか?
「私闘に際して、アグニが罠を張ったという証拠はあるのか?」
「はい。この者が建物の壁に描いた紋様が、不鮮明ながらまだ残っております」
あ。まずい。確かに、あれは僕が罠を張ったと言われても仕方がない。
「アグニ、どうだ? お前が紋様を描いたのか?」
「はい・・・。描きました」
「では、窃盗罪は認めないが、騒乱罪は認めるのだな?」
「いえ・・・、それは・・・」
「サドリュー様、その件について、証人を呼ぶことをお許し下さい」
そこに口をはさんで来たのは、またカール氏だ。
「いいだろう」
サドリュー氏の許可を得て部屋に呼ばれたのは、なんと子豚男と衛兵の到着とともに姿を消した強盗だった。
「名前を」
「銅級冒険者のヨクスです」と、子豚男。
「銅級冒険者、そして冒険者ギルド監察部のダニエルです」
「え!?」
一緒に入って来た男の言葉に、心底驚く子豚男。
「監察部だと? 何かを探っていたということか?」
「はい。私は、アグニを狙う者たちについての内偵を進めておりました」
なんだか、話はどんどん予想外の方向へ・・・。
この件が終わったら、アグニくんのカッコいいところが描ける・・・はず。