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黒い森に行った日

僕としてはハイペースでこの作品を更新していますが、『冒険者デビューには遅すぎる?』を捨てた訳では、ありません。

この作品がいい調子でランキングを上がっていくので、上げられるところまで上げたいと思っただけです。

『冒険者デビュー・・・』の方もちゃんと書いてますので、少々お待ち下さいませ。

 突然現れて僕の手を引いたのは、値の張りそうな革のコートを着た冒険者の男だった。

 背が高くスラリとしているが、筋肉質。腰の長剣も、一見してお金がかかっているのが分かる。

 一瞬、強盗の仲間かと思ったけど、明らかに別の種類の人間だ。

 分かり易く言うと、正統派の冒険者である。


「ぼさぼさするな! こんなところ衛兵に見つかったら、ただじゃ済まないぞ!」

「え? あ? もしかして、テュールさん!?」

「おお、憶えてくれてたか、アグニ。って、話は後だ! 行くぞ!」

「は、はい!」

 僕の手を引くのは、テュールさんだった。

 オーク・ジェネラルとかいう化け物を仕留めるために大怪我を負い、僕のいた医術所で1ヶ月以上も治療を行っていた人だ。


 テュールさんを追いかけて走っていると、逆方向に走って行く者たちと何人もすれ違った。僕が強盗たちとやり合った場所に向かっているのだ。魔法の光や音が、それだけ注目を集めてしまったのだろう。

 あのまま立ち尽くしていたら、アッという間に衛兵に見つかり、下手をしたら一方的に犯人にされて、斬り殺されていたかも知れない。いや、犯人と言えば、犯人か? 冤罪を主張できないわ。


 適当な居酒屋に飛び込み、僕たちはやっと一息ついた。

 昨日から、居酒屋に飛び込んでばかりいるような気がするよ。

「なんでも頼めよ。アグニには、本当に世話になったからな」

 テュールさんの治療中には、もうガミア先生は体調を崩していたし、本来治療の中心になるべきマモーンさんは、無能でやる気がなかった。そのせいで、ずっと僕が付きっきりでテュールさんの世話をすることになったんだ。


「でも、どうして、テュールさんがあの場所にいたんですか?」

「そりゃ、全力疾走中のアグニを見たからさ。後から柄の悪そうなのが追いかけてたし、助けに行くしかねぇだろ。まあ、俺が何かする必要なかったけどな」

 おまけに、追いかけて来たはいいけど、目潰し魔法の余波を食らって、物陰で悶絶していたらしい。直撃を食らっていたら、まだ悶絶し続けていたところだ。


「しかしお前さん、魔法まで使えたんだな。薬の知識があって、魔法まで使えるなんて、さすが頭のいいヤツは違うねえ。将来は、魔法師様か?」

 魔法師というのは、魔法でもって領主に仕える者のことだ。そこらを歩いている衛兵より、はるかに偉い人である。


「そんな訳ないですよ。大した魔法は使えないし、おまけに今は無職だし・・・」

 正確には、冒険者の見習い中だ。

「無職って、医術所はどうした?」

「ガミア先生がお亡くなりになったら、クビになりました」

「そんなバカな!」

 例によって、怒り始めるテュールさん。

 そんなテュールさんを(なだ)めながら、医術所をクビになってからの経緯を説明する。


「それで、短剣なんか持ってるのか・・・。じゃあ、住む所はどうしてるんだ?」

 医術所は住み込みだったので、今の僕は宿なしだ。

 初日は、訳も分からないまま、高い宿に泊まってしまった。2日目の夜は、建物の壁に魔法紋様を描いて過ごした。今晩からは、安心して泊まれる安い宿に落ち着きたいと思っている。


 僕の話を聞くと、テュールさんがニヤっと笑って、自分の胸を叩いた。

「じゃあ、俺の泊まってる所に来い。値段の割に居心地のいい宿だぞ」

「ホントですか? どうやって宿を決めるか、困ってたんですよ。ぜひ、お願いします」


 夕食を奢ってもらうと、テュールさんに連れられて、宿に向かう。

 強盗たちを撃退してしまったせいか、それともテュールさんが隣にいるせいか、僕はとてもリラックスしていた。

 考えてみれば、強盗対策のために欲しいと思っていた、信用のできる後ろ盾を持てたってことなのかな?


 テュールさんは、金級冒険者だったはずだ。

 冒険者の階級は、僕がそうである銅級に始まり、銀級、金級、魔鉄級、聖銀級、神鋼級へと上がっていく。

 この街では、2人いる魔鉄級が最上級らしいから、金級のテュールさんは、後ろ盾としては最高の存在だと言える。


「あ。テュールさん、さっきの連中、大丈夫かな?」

「大丈夫じゃねぇだろ。衛兵が着くまでに身ぐるみ剥がれて、下手すると、魔法使いの女は連れ去られてると思うぞ」

「え? ええっ、それって・・・」

「気にするな。あいつらは、お前さんをそうするつもりだったんだ。冒険者をやってたら、よくあることさ。さっさと慣れろ」

「はい・・・」


 どうやら、これまで生きてきた世界と、これから生きていかねばならない世界は、全く違うものらしい。

「医術所や神殿にいる人間は、下働きまで含めて、街の者から大事にされてるからな。これまでと同じにはいかねぇぞ」

 医術所にいるときは、緑色のベストを着せられていた。ガミア先生やマモーンさんは、緑色のコートを着ていた。僕の顔を知らない人でも、緑色のベストを見て、僕に親切にしてくれていたんだ。そのベストを奪われた今、僕を守ってくれる力は失われた。そういうことだ。






 テュールさんに案内されたのは、安宿が密集する区画にある、ごく普通の安宿だった。

「親父、客だ!」

 入り口でテュールさんが声をかけると、小窓から人相の悪いおじさんが顔を出した。

「新人丸出しだな。テュール、おめぇが保証人になるのか?」

「ああ、そうだ。でも、一応言っとくが、こいつ――――アグニは、ガミア先生んとこで下働きしてたヤツだぜ」

「ほほぉ? そうか。じゃあ、5日で銀貨1枚にしといてやるぜ」


 ガミア先生の名前で、少し安くなったらしい。

 言われるままに銀貨1枚を渡すと、真鍮の鍵を渡された。

「15号室。テュールの隣だ」

「ありがとうございます」

 建物の中に入ると、薄暗い真っ直ぐの廊下の左右に、短い間隔でズラリと扉が並んでいる。


「すごい・・・!」

「あはは。冒険者や巡回商人以外には、珍しい光景だろ。

 説明しとくと、井戸は裏庭。便所は、2軒隣にある共用。面倒だったら、便所用の壺を買ってこい。泥棒の心配は、ねぇかな。さっきの親父が許可した者しか、ここにはいねぇからな」

 さっきのテュールさんとのやり取りだけで、僕が宿泊することは許可されたんだろうか。


「さっき言ってた保証人ていうのは?」

「お前さんが不始末をしでかしたら、俺がケツを拭くっていうことだ。分かりやすく言えば、お前さんが宿代を払えなくなったら、俺が代わりに支払いをするとかな」

「え? いや、ちゃんと稼ぎますよ!」

「おお、期待してるぜ」

 笑いながら、テュールさんは14号室に消えて行った。


 僕も鍵を開けて、15号室に入る。

 中は、粗末な木の寝台だけで、ほぼいっぱいの広さだ。寝台の上には、薄い毛布が2枚。荷物は、寝台の下に押し込んでおくしかないようだ。

 外光は、突き当たりの壁の小さな鎧窓からしか入って来ない。おかげで、暗い。そして、黴臭い。

 

 でも、ここがこれからの住処になるのだ。お金が貯まったら、装備を買うのもいいけど、日用品も仕入れた方がいいだろう。

 その日はもうすることもないので、僕は素っ裸になると、寝台に横になった。考えてみたら、昨夜は寝ていなかったんだ。今夜はたっぷり寝させてもらうことにしよう・・・。





 翌朝――――。

 他の冒険者に混じって、裏庭の井戸で顔を洗っていると、テュールさんがのっそりと近づいて来た。

「よお、アグニ。早いな」

「あ。テュールさん、おはようございます」

「あれ? その坊や、テュールさんの知り合いですかい?」

「おお、アグニっていうんだが、元々ガミア先生んとこで下働きをやってた坊やさ。俺の生命の恩人だから、良くしてやってくれよ」


 僕がテュールさんと挨拶をしていると、他の冒険者の人たちが親しげに集まって来た。

「へえ。坊主、アグニっていうのかい? テュールさんの恩人なら、俺たちの恩人も一緒だぜ。困ったことがあったら、何でも言いな」

「はい! ありがとうございます!」

 わあ、テュールさん、すごい。アッという間に、後ろ盾がいっぱいできちゃったよ。


 顔を洗い終わったテュールさんに連れられ、近所の居酒屋に移動。

 これから仕事に向かおうという冒険者たちに囲まれ、朝食をいただいた。パンと焼いたハムだけだったけど、ボリュームはたっぷりだ。

 ここでも、テュールさんは何人もの冒険者に話しかけられ、その度に僕を紹介してくれた。どんどん、後ろ盾が増えていく。できれば昨日のうちに、こうなっていたかった。


「どうだ? この後、俺に付き合って、黒い森に行かないか?」

「ええっ? そんな! 金級のテュールさんが行くような所に、僕が行ける訳ないじゃないですか!」

「ああ、それだけどな、俺の身体はまだ本調子じゃないんでな。最近は、黒い森の浅い所で慣らしをやってるんだよ」

 テュールさんの治療が終わったのは、まだ2週間ぐらい前のことだ。金級冒険者の動きを取り戻すには、時間がかかるのだろう。


「だからって、僕、魔物討伐なんかしたことないですよ?」

「でも、いずれはやるんだろ? せっかく魔法が使えるんだ。薬草採集だけじゃ、もったいねぇじゃねぇか」

「そ、それは、そうですけど・・・」

「今だけなんだぜ?」

「え?」

「金級の俺が手ずから教えてやれるのは、慣らし中の今だけなんだぜ? 身体が完全になったら、俺は仲間たちと黒い森の奥に籠もることになるんだからな」


 僕はびっくりして、テュールさんの端正な顔を見つめた。

 この人は、本気で僕に恩義を感じてくれていて、僕のためにできることを、してくれようとしているんだ。

「あ、ありがとうございます! 短剣を使ったこともないですけど、お願いします!」

 僕は、素直に頭を下げた。




 

 まずは、ギルドが経営する店で、必要最低限の防具と道具を購入。

 テュールさんが選んでくれたのは、革のベストと革のズボン、革のブーツ、革の手袋だ。

 革のベストは丈が長く、胴回りも防御できる。ズボンは全体的に膨らんでいて、裾だけがすぼまってブーツの中に収まるようになっていた。

 これに革製の背嚢で、一応の準備は完了だ。金貨1枚、丸々なくなりました。

 そして、黒い森だ。


「で、魔法はどんなのが使えるんだ?」

「戦いに使えるとしたら、着火の魔法ぐらいです」

「昨日の目潰しや雷は?」

「目潰しは紋様魔法でしたし、雷は魔力増幅薬がないと使えません」

「そうなのか・・・。じゃあ、今日は短剣の扱いを見てやるか」

「お願いします・・・」

 他の魔法、どこかで覚えられないかな?


 街を出てからは、1時間ほどで黒い森に到着。

 冒険者生活3日目にして、黒い森に来るとは思わなかった。自然と、心臓の鼓動が速くなる。

 はぐれの森に比べて、森の中が暗い。よく見ると、木の葉が黒っぽいのだ。なんか、気味が悪い。

「どの程度、奥に行くんですか?」

「心配するな。本当に外周だけだ。それでも、ゴブリンぐらいには会えるだろうさ」


「ゴ、ゴブリンですか・・・」

 その名を聞いただけで、緊張感が高まる。

 まだ僕は、ゴブリンを見たことがない。村にいたころに、ゴブリンの恐ろしさを散々聞かされたことがあるだけだ。

 ゴブリンとは、人間の子供ぐらいの身長で、角と牙を持つ。性格は凶暴の一言で、人間を見たら何も考えずに襲いかかって来るという。

「ゴブリンを見かけたら、ためらわずに逃げろ」その言葉が、今までの僕の中の、ゴブリンに対する全てだった。


「お。噂をすれば」

「え? こんな森に入ったばかりの所で!?」

 僕たちより先に、何人も冒険者が森に入っているのに、どうして、僕たちがゴブリンに出会うんだよ!?

 見ると、3体のゴブリンが、半ば四つ脚になりながら走って来る。

 黒っぽい緑の肌が周囲に溶け込む中、瞳のない白く濁った目と、だらしなく開いた口からのぞく黄色い牙だけが、やけに目立つ。


「ちょっと、待ってろ」

 テュールさんが、緊張した様子もなくスルスルと前に出る。

 右手には長剣。

 ゴブリンたちとテュールさんが交錯したと見えた瞬間、長剣が電光のように閃いた。

 同時に、ゴブリンの青い血がしぶく。


「う・・・わ・・・!」

 思わず、声が漏れた。

 それだけ、今見せられたテュールさんの剣技は、華麗で凄まじかったのだ。

「よし! 来い、アグニ!!」

「は、はい!」

 言われるままテュールさんの所へ行くと、その足元でまだゴブリンたちが蠢いていた。


「わ、わ、まだ生きてますよ!?」

「そりゃ、殺さないように斬ったからな」

「え、どうして!?」

「お前さんが殺すんだよ」

「え? え?」

 その後のことは、語りたくない。




 

 昼までに、12体のゴブリンに遭遇した。

 それは、テュールさんに聞いても異常な数らしい。どうも、弱そうなヤツの匂いを嗅ぎつけて、集まって来てるらしかった。つまり、僕のことだ。失礼な話である。

 テュールさんは12体ともを綺麗に半殺しにし、僕はその12体に無様にとどめを刺した。

 そして、テュールさんの高そうな革のコートには1滴の返り血も付いておらず、僕の全身は血まみれで汚物まみれになっている。


「よし。休憩にしよう」

 森が切れて明るくなった場所で、テュールさんが腰を下ろした。

 そこは黒い森の中の休憩ポイントらしく、焚き火の跡がいくつも残っていて、今も他に3組の冒険者たちが休憩をしている最中だ。

「さすがに、ここならゴブリンも襲って来ねぇだろ。メシでも食って、のんびりしな」

 僕はやっと緊張を解いて、前もって買っていた餅を取り出して、口に入れた。


「どうだ? 少しは、短剣を使うのに慣れたか?」

「とりあえず精神的には。でも、技術的には全然ですね・・・」

「まあ、今日のところは、それでいい。技術の方は、街に帰ってからでも仕込んでやれるさ」

「だったら、いいですけど」


 そう言って水を飲んでいた僕は、近くの木の根元に、真っ赤なキノコが生えていることに気が付いた。

 お? あれは・・・?

 近寄って確かめてみると、間違いない。アカクラゲダケだ。

 その真っ赤な傘に触れないように、僕は慎重にキノコを採集する。

「なんだ? カネになるのか、そのキノコ?」

「はい。けっこうな金額になるんですよ。このままだと猛毒ですけどね」

 

 僕は、近くにあった大きな葉っぱでアカクラゲダケをくるむと、腰袋にそっと入れた。

「どんな効果があるんだ?」

「身体強化薬ってあるでしょ? あれの材料ですよ」

「本当か? あれって、無茶苦茶高い薬だぞ」

「このキノコ1個で、銀貨5枚になります」

「すげぇな、それは。ゴブリンのアレより、いいカネになるじゃねぇか」


 ゴブリンのアレ――――即ち、ゴブリンの陰嚢である。

 それは、精力剤や滋養の薬の材料となるため、銀貨1枚で買い取ってもらえるらしい。

 ゴブリンのものとはいえ、アレを抉り取るのは、色々な意味で地獄だった。悲しいことに、今日だけで12個のアレをこの手で・・・。

 でも助かった。まさか、金貨1枚と銀貨2枚の儲けを、テュールさんと半分ずつにする訳にはいかないと思っていたのだ。薬草の収入があるなら、ゴブリンのアレは全部テュールさんに渡しても大丈夫である。


 周りを見回すと、定番のエイダソウが目に入った。

 薬草採集をするには黒い森は危険過ぎるので、手つかずで薬草が残っているようだ。

「あの、テュールさん?」

「薬草を集めたいんだろ? ちょっとぐらいなら、かまわねぇぞ。でも、この近くだけにしとけよ」

「はい! 分かりました!」


 急に元気になって、僕は薬草を探し始めた。

 1人でゴブリンに出くわすまで、あと10分。



 

 

 

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