真の相棒ができた日
更新速度が遅くて、前回までの話を忘れてしまっている方が多いと思いますので、これから前書きに簡単なあらすじを載せていきますね。
記憶の魔法と、持って生まれた完全再現能力のおかげで、15才にして多彩な魔法を操るアグニ。彼の前に現れたのは、素手での体術の達人にして、領主第3夫人の恋人と噂されるジゴロ。ともに酒を酌み交わしたアグニは、酔っぱらって眠ってしまう。そんなアグニが目覚めたのは・・・。
「お、おはようございます・・・」
こんな状態で初のお目通りを迎えた領主様の第3夫人に、どんな挨拶をしたら良いのか分からず、僕はへどもどしながら頭を下げた。
本当なら最上級に近い礼儀を尽くさないといけない相手なのだろうけど、ただの医術所の下働きだった僕が、そんなものを知っている訳はないし、それ以上にこの状態に混乱していたのだ。
「ごめんね。アグニくんが、あんなに酒に弱いと知らなかったんだ。それでアグニくんがどこに泊まっているか知らなかったから、この屋敷に連れて来ちゃったんだよ」
悪びれる様子もなく、ジゴロくんは更に怖い事を言い始める。
「この屋敷って・・・どの・・・?」
「どのって、見ての通り、マリアの屋敷だよ」
「ああ・・・っ」
取り返しのつかない失態に、僕はがっくりとうなだれた。
ここはカラスアゲハさんたちの店ではなく、マリア様の屋敷だったのだ!
マリア様の方が店においでになったのなら、そこに僕が居合わせた事は偶然だと言い訳出来るかと思ったけど、僕がマリア様の屋敷に泊まったとなったら、とてもマリア様と無関係とは言い張れなくなってしまう。
なんて事をしてくれたんだよ、ジゴロくん!!
そこから、僕はマリア様とジゴロくんの朝のお茶会にお付き合いする羽目になった。
良い香りのする、いかにも高級そうなお茶と、ぱりっと焼き上げられた甘いお菓子のセットは大変美味しかったのだけれど、僕にはそれを堪能する余裕はない。
どこかの絵画から抜け出して来た様に美しいマリア様とジゴロくんが、仲睦まじく会話するのを、愛想笑いをしながら見つめるだけだ。はっきり言って、場違い感が半端ない。
しかし本当に綺麗な2人だなと、僕は改めて心の中で溜め息を漏らす。
2人とも、金色の髪は豪奢な光を放ち、青い瞳は妖精の住まう澄んだ泉の様。濡れた桜色の唇は下唇側が少しぽってりとして、まるで接吻を待つかの様に官能的だ。
ジゴロくんが性別を分からなくさせる魅力を持っている事は、たった1日で思い知らされていたけれど、マリア様は女性であるだけに、その魅力が素直に僕の男の部分を掻き立てる。
危険だ。この2人は危険過ぎますよ。
これだけ魅力的な2人なのだから、共に恋に落ちてしまった事は、当然の事と言えよう。これまで、こんなに己に相応しい相手になど、出会った事があったとは思えないのだから。
むしろ、これほどに希有な魅力の持ち主たちがよくも出会えたものだと、その奇跡に驚きを禁じ得ないぐらいである。
まだ血の繋がりがあると言われた方が、しっくりくるというものだ。
実際、2人はとてもよく似て・・・。
「ホントに似てる・・・」
思わず僕の口から飛び出してしまった言葉に、2人は弾かれた様に振り向いた。
しまった。いくら恋人とはいえ、領主夫人が平民に似てるなんて、失礼極まりない発言じゃないか!
「あ、し、失礼しました! ま、マリア様を貶める気は、これっぽっちも――――」
「お? さすがアグニくんだ! もう気づいちゃったかい?」
「――――え?」
「そうなんだよ! 内緒にしてたけど、アグニくんには言っておくべきだよね! 俺とマリアは実の姉弟なんだよ!」
「誰にも言うなよ」と、悪戯っぽく笑うジゴロくん。マリア様もその言葉を否定する様子も見せず、静かな笑みを浮かべている。
「ホ、ホントに?」
「君が見抜いたんだろう? 自分の目を信じろよ。
マリアは地元の騎士のところに養女になってから、ボルテール伯爵の第3夫人に迎えられたからね、元々はただの平民なんだ。でも、あんまりその事を触れ回る訳にもいかないだろ? だから、俺が弟って事も内緒にしてるのさ」
「なんだ・・・、そうだったんだ」
僕は安心して、ぐったりとソファに沈み込んだ。
実の姉弟なんだったら、ジゴロくんがボルテール伯爵に罰せられる心配もない訳だ。
「どうなさったの? 急に力が抜けてしまわれた様ですが」
僕の脱力ぶりがあまりに激しかったのだろう。マリア様までが心配した表情で声をかけて下さった。
「いえ。その、実は――――」
ジゴロくんが無実と分かったからには、マリア様とジゴロくんの仲が誤解されている事をお知らせしておくべきだろう。僕はカグラさんから聞いた街の噂を、マリア様に話しておく事にした。
「そんな噂が・・・」
僕の話を聞き、困惑して顔を見合わせるマリア様とジゴロくん。
「ではアグニさんには、ずいぶんご心配をおかけしてしまいましたね。私たちの関係を秘密にしていたせいで、申し訳なく思います」
「そ、そんな事ありません! 何も問題がないと分かりましたから、それで十分です」
平民の僕に頭を下げようとするマリア様に、僕は慌ててしまう。平民出身と聞いて親近感が湧いたのは事実だけど、その事が彼女の立場を悪くするのは、あってはならないと思うのだ。
「しかし、俺のせいでマリアの評判が悪くなるのは、良くないな」
「ジゴロはそんな事気にしなくて良いのよ? 貴方との事は、ボルテール様もご存知なのだし」
「でも、平民を恋人にしていると誤解されたら、他の貴族連中から侮られちまうだろう?」
「私は、全然構わないわよ」
「俺が構うよ。マリアが馬鹿にされるのは、我慢ならない。
マリア、貴族の中に恋人候補はいないのか?」
「そんなもの、いないわ。貴族の男なんて、退屈なだけだもの。どうせなら、ジゴロぐらいに若くて腕の立つ冒険者がいたら、そちらを恋人にしたいぐらい」
「それじゃあ、本当に平民の恋人を作っちまう事になるから、意味がないだろ」
「そうね。それに、ジゴロみたいに若くて腕が立って、可愛くて清潔な冒険者なんている訳ないものね」
「えらく条件が増えたな。でも、それだけの条件なら、そこに合格者がいるけどな」
「あ――――!」
「え?」
結局、ジゴロくんは僕の定宿に引っ越して来る事になった。
ジゴロくんとの関係については、ジゴロくんが実は貴族の落とし種で、マリア様と半分血が繋がっているという噂を流す事にしたらしい。なお、ジゴロくんとマリア様が半分しか血が繋がっていないのは、本当の事だという。
マリア様とジゴロくんの生まれた場所は、ウェイカーンからずいぶん離れた場所にある。よって、バレる心配はあまりない。それに、本当の事がバレたとしても、マリア様自体はまるで構わないと仰っていた。どこまで本心かは分からないけど、朗らかで強い方だと思う。
「マリアに惚れた? 弟が言うのも何だけど、好い女だろう? アグニくんなら、俺は構わないぜ。マリアも満更でもない表情だったし」
「ばっ! ばっばばば、馬鹿だな、ジゴロくんはっ!!」
「魔鉄級まで上がれば、準騎士爵が与えられる。年金も領地ももらえないけど、肩書きだけは貴族の仲間入りだ。そうしたら、堂々とマリアを抱けるぜ?」
「ばっ! ばっばばばばっ! 馬っ鹿だな、馬っ鹿だな、ジゴロくんはっ!!」
恥ずかしながら、僕は女性を抱いた事がない。
同じ下働きでも医術所で働いていたせいで、もらえる給金は多めだった。おかげで、何回か娼館に行けるぐらいの貯えはあったけど、一緒に行こうと誘ってくれる人もいなかったのである。
昨夜は、ジゴロくんに連れて行かれた店でカラスアゲハさんの美しさに参ってしまったので、お金を払って彼女と朝まで過ごせるのなら、そうする気満々だった。でも、お酒に飲まれちゃって、それも叶わなかったのだ。
正直、女性には興味がある。
それが美しい女性なら、なお良い。
でも、いくら何でもマリア様は無理だろう。
ジゴロくんにとっては実の姉弟なんだし、身近な存在なのだろうけど、僕にとっては領主様の第3夫人なのだ。不埒な気持ちなど、持つ事は許されない。
それはもちろん美しい女性だし、朗らかだし、聡明だし、好い匂いがしたし、とても素敵な女性だと思うけどさ。
あんな女性に触れてみたいとは思うけどさ。
僕はジゴロくんがニヤニヤしながら見ているのにも気づかず、1人で唸り続けていたのであった。
ジゴロくんが暮らすのに必要な物を買い揃えると、2人して、僕がいつも行く居酒屋に足を運んだ。
「昨日の店とは全然違うけど、ここは安くて美味しいんだ。引っ越し祝いに僕が奢るから、好きなだけ飲み食いしてよ」
まだ日が暮れていないので、いつも銅級と銀級の冒険者で賑わうこの店も、まだ落ち着いた雰囲気である。
夜は汗だくになりながら走り回っている小間使いの女の子たちも、ジゴロくんの美貌に頬を染める余裕があるぐらいだ。なおこの店では、女の子たちを買ったりは出来ない。あくまで、飲み食いするだけ。それが、元冒険者である店主の方針なのだ。
「アグニさん、今日は早いのね。こちらの方は、初めてだったかしら?」
女の子たちの中でも一番年上のターラちゃんが、緊張した表情で注文を取りに来た。口調は余所行きだし、ジゴロくんを見る目が心なしか潤んでいる。ターラちゃんて、10才ぐらいじゃないのか? 男前は、こんな子どもまでオンナに変えるのか・・・。
「うん。これから、このジゴロくんと組む事になったからさ。今日はお祝い」
「そうなの? じゃあ、これからはいつもウチに来るの?」
「ああ。これから、いつもアグニくんと一緒に寄らせてもらうよ。よろしくね、可愛いお嬢さん」
そう言ってジゴロくんが笑いかけると、ターラちゃんの顔が音を立てて真っ赤になった。
なんて危険な男だ。間違っても、ここの女の子に手を出してくれるなよ。店主は、元金級の凄腕だって話なんだから。
自分が自由に酒が飲める店が欲しかったと嘯く店主だけど、誰も店主が店で飲んでいるのを見た事がない。だけど、羽目を外して店で暴れる奴がいると、いつの間にかそこにいて、鉄拳制裁を食らわせるという。
とりあえず、ジゴロくんから視線を離そうとしないターラちゃんに、注文をお願いする。肉饅頭に肉の煮込みに肉の薫製に・・・。とにかく、肉づくしだ。
冒険者をやるようになってから、僕は急に食欲旺盛になっていた。先輩たちが言うには、魔力を大量に取り込むようになって、身体が急激に変化しているんだそうだ。
ジゴロくんも同じ状況らしく、2人ともしばらく無言で肉料理と格闘する時間が続く。
そして。
ようやく腹具合が落ち着いた僕たちは、注文を酒に切り替え、お互いの身の上なんかを話し始めていた。
いつの間にか、他の客も少しずつ入って来る時間になっており、ジゴロくんに張り付いていたターラちゃんも、諦めて仕事に戻っている。
おかげで男同士、色々と腹を割って話をする事が出来た。
僕は、生まれた村で魔女の婆さんから記憶の魔法を習った事を、初めて他人に明かしたし、ジゴロくんは2人の兄に対する劣等感を、正直に吐露してくれたのだ。
父親が真歩威の達人だったジゴロくんには、2人の兄と1人の弟、そして何人かの姉妹がいるらしい。そのうちの1人が、マリア様である。
もちろん、母親は1人ではない。貴族ではなかったのに、ジゴロくんの父親は何人も奥さんを娶っていた。それは、優秀な真歩威の伝承者を生み出す為だったそうだ。
「おかげで、ジゴロくんの様な天才が生まれた訳だ」
「いや。俺なんか、天才でも何でもないさ」
ジゴロくんの技にすっかり心酔していた僕の言葉を、ジゴロくんは悔しそうに否定したのだった。
「天才なのは、2人の兄貴の方さ。トシが離れているとは言え、俺は一度も勝てた事がないんだぜ? それも、勝てた事がないってだけでなくて、どうやったら勝てるかの見当も付かないんだ」
出会ってから常に自信満々だったジゴロくんが弱音を漏らすのを、僕はびっくりして見つめた。
「大きい兄貴は、体格もオーク並みなんだ。実際、オークと力比べをして勝っちまったんだぜ? そのクセ、技も凄いんだ。俺以上に腕の立つオークなんて、化け物でしかないよ。
それに小さい兄貴も、とんでもないんだよ。体格は普通なんだけど、技がもう人間の域を超えてるんだ。俺、触ってもいないのに、ポンポン投げられちまうんだぜ? 意味が分からないよ」
自嘲的に笑うジゴロくん。
「でも、それよりもっと恐ろしかったのは、まだ12才の弟だったんだ。俺が兄貴2人の背中を必死に追いかけている間に、気づいたらアイツは、俺のすぐ後ろまで迫って来ていた。効きはしなかったけど、アイツに1発入れられて、俺は故郷を出る事を決めたのさ」
「修行の為に?」
「どうだろうな。逃げ出しただけかも知れないぜ? 優しいマリアの所に、泣きつきに来ただけだったりしてさ」
「最初はどうだったのかは知らないよ。でも、少なくとも今は戦おうとしてるんだろ? だから、僕と組もうと考えたんだろ?」
僕がそう言うと、ジゴロくんは静かな笑いを浮かべた。
「ああ、そうさ。俺は強くなるんだ。弟に負けない為に。兄貴たちを追い越す為に。だからアグニくん、俺と一緒に戦って欲しい。俺と一緒に強くなって欲しい」
「望むところだよ、ジゴロくん。僕にも、強くならないといけない理由があるんだ。実はそのせいで誰とも組みたくはなかったんだけど、ジゴロくんとだったら、一緒に強くなれると思う。だから、こちらこそよろしく頼むよ」
思い切って僕は、黄金猿人との経緯をジゴロくんに語って聞かせた。
「へぇ、あの毛玉は魔族だったのか。風変わりな魔物だとは思っていたけど、そんな秘密があったとはね」
その毛玉くんは、部屋で留守番をしている。お土産を忘れないようにしないと。
「いいのかい? 僕と一緒にいたら、魔族との争いに巻き込まれるかも知れないんだよ?」
「馬鹿だな。そんなの、願ったり叶ったりじゃないか。一緒にいるだけで次々と強敵がやって来るんだろ? アグニくん、最高だよ!」
僕たちは、がっちりと握手を交わした。
「貴族様の犬が、どうしてこんな小汚い店で飲んでおられるんですかねぇ?」
下品な声が投げかけられて来たのは、その時だ。
見ると、すでに酔っぱらった冒険者が4人、僕たちに絡んで来ていた。
「こんな場所で油を売ってねぇで、大事なお女のスカートの中の面倒を見てなきゃいけねぇんじゃねぇのかい?」
喋っているのは、30才過ぎの小狡そうな軽戦士だ。大した使い手には見えないけど、情報には敏いらしい。ただ、その情報は間違っているけどな。
「大体、目障りなんだよ! こんな餓鬼が、ツラが綺麗ってだけで優遇されてるのがよ!!」
大声で喚き立てる軽戦士の男。
当然のごとく、店中の注目が僕らに向けられている。軽戦士の男は目立つのが嬉しいのか、身振り手振りを大きくして、更に多くの冒険者たちの耳目を集めようとしている様だ。
「こいつはなぁ、やんごとないお方のスカートに頭を突っ込んでるってだけで、ギルドで優遇されまくってるんだぜ! こんな、顔だけの野郎がよぉっ!!」
「・・・何か優遇されてるの?」
「さあ? 確かにサミーさんたちとは食事に行ったりしたけど、仕事じゃ何も優遇されてないぜ?」
「サ、サミーと食事だと!?」
僕たちのひそひそ声が聞こえたのか、軽戦士男がいきなり大声を上げた。その声を聞いて、店中の男たちの気配がザワリと揺らめいた。
あれ? もしかしてサミーさんて、人気者だったりする?
「おら! 立てや、クソ餓鬼!!」
渋々と立ち上がるジゴロくん。
「何を他人事みてぇな顔をしてやがる!? お前ぇもだ、クソ餓鬼!!」
「え? 僕!?」
「お前ぇもサミーに甘やかされやがって! 俺たちの仕事は、お前ぇらみたいな餓鬼に務まる仕事じゃねぇんだよ!!」
なんでだろう、飛び火しちゃって来たけど。
「要するにモテないオッサンのヤキモチなんだろ? 見苦しいんだよな」
「なんだとぉっ!!」
図星を突かれてあっさり逆上した軽戦士男は、喚きながらジゴロくんに掴みかかった。
ああ、始まっちゃった・・・。




