撃退をした日
映画『ウォークラフト』を観ました。
異世界ファンタジーの世界が見事に映像化されていて、すごく刺激を受ける作品でした。
なろうのファンタジー小説が好きな方なら、観て損はないと思われます。
追っ手がいないことを確認しながら、僕は1軒の居酒屋に飛び込んだ。
騒がしく店内に入って来た僕を見た客たちが、ぎょっとした表情になる。
あ、やばい。口と鼻から血を流しっ放しだ。おまけに息は荒いし、大汗かいてるし、不審者丸出しである。
とりあえず、鞄から手ぬぐいを出して血を拭う。
おそるおそる寄って来た女の子に適当に注文を済ませ、僕は今後の方策を立てることにした。
今日はなんとか逃れられたけど、明日以降もあんな連中に狙われたのでは、たまったものじゃない。
後ろ盾を付けるか、あいつらを叩きのめす必要があるだろう。
しかし、下手な後ろ盾を付けると、今度はそいつらから搾取される可能性が大きい。かと言って、叩きのめすのも簡単な話ではない。
「でも、理想的な後ろ盾を探すよりは、あいつらをやっつける方が、まだ現実的かなぁ」
作戦次第では、僕にだって、あいつらに勝つことができるはずだ。多分。
手早く食事を済ませて、まず僕が向かったのは武器屋だ。
腕っぷしで僕があいつらに勝てる訳はないけれど、いくらなんでも素手はまずい。今日だって、腰に短剣でも吊ってれば、絡まれなかったのかも知れないのである。
偶然見つけた武器屋に入ると、出迎えてくれたのは、起きてるか寝てるか分からないような爺さんだ。
「何が欲しい?」
あ。ちゃんと起きてた。やけに渋い声で、問いかけられた。
「短剣を――――」
「ふん。これまで、短剣を使ったことはあるのか?」
「それが、全く・・・」
「骨格はともかく、筋肉は全然だな」
爺さんはそう言うと、短剣を3振り、カウンターの上に置いた。
「非力な素人にも扱えるのは、このあたりだな。どうせ、金もロクにないんだろ?」
「最高で金貨1枚ぐらいなら」
「じゃあ、これだ」
勝手に選んだ1振りを、僕に押しつける爺さん。
その態度にカチンときて、反射的に短剣を突き返そうとした僕だったけど、短剣を手にした瞬間、そんな気持ちはどこかに消えてしまう。
「え。なんだ、これ?」
短剣の重さ、質感、手触り、その全てが、ビビっと僕の琴線に触れたんだ。
「銀貨8枚だ」
「は、はい!」
気づいたら、爺さんの言うがままに金貨1枚を手渡し、お釣りの銀貨2枚を受け取っていた。
そして、追い出されるように店を出る。
「むぅ~、まるで追い剥ぎに遭ったような・・・」
強盗対策を立てようとして、更に上級の強盗にいいようにされてしまった気分だ。買った短剣が手元にあるのを確認し、「これは、強盗じゃない。これは、強盗じゃない」と自分に言い聞かせる。
短剣は、刃渡り20センチ余り。両刃で刺突向き。何の変哲もない拵えだけど、柄には革が巻かれ、とても使い勝手が良さそうである。
「物が良いことだけが、救いだなぁ」
短剣を革の鞘に収めると、ベルトから吊り下げ、仕方なく僕は歩き始めた。
翌日――――。
朝早くから、はぐれの森に向かう。
昨日の稼ぎは短剣に形を変えちゃったので、今日も薬草採集に励まなければならない。
強盗たちが現れないかと思って落ち着かないけど、それらしい人影はなさそうだ。はぐれの森周辺にいるのは、僕と同じように薬草や木の実を集めに来ている人ばかりに見える。
襲われるなら、薬草を集めた後だろう。薬草を狙われるか、換金したお金を狙われるかだ。
今は、薬草採集に専念することにしよう。
そういう訳で、藪に突入。
昨日、採集をした辺りにもエイダソウやタミルソウが残っているけど、それはわざと残した分だ。少しでも残しておくと、数ヶ月でまた増えてくれるからね。薬草採集をする人間なら、みんな自然と守っていることである。
だから、今日は少し奥に向かう。
お。グラスダケが群生してる。こいつには、色んな薬の効果を高める働きがあるんだ。お金も、ちょっといいハズ。
あっちに咲いてるのは、ツミシロバナかな? だったら、根っこが胃腸薬になるんだけど。
むー。なんか、大漁の予感。
強盗事件のことなんか忘れて、薬草採集に没頭してしまいました。
おかげさまで大漁だ。スノウダケも4個採れたし、昨日と同じかちょっと多いぐらいのお金になりそう。
さて、ここからが問題。
森から出る直前に立ち止まり、探し物魔法を発動。探し物は、昨日の強盗たち。
・・・反応なし。
「とりあえず、森を出た途端に襲われる展開はなさそうかな」
やっぱり、出て来るとしたら、ギルド周辺が本命だろうな。
しかし、あれだけギルドの真ん前で強盗をやってるっていうのに、排除しようって話にならないのかな?
それとも、そんなこと言ってるようじゃ、一人前の冒険者にはなれないのか?
しつこいくらいに周辺の警戒をしながら、僕は街に戻った。
門番は、金属鎧に身を固めた兵隊さんたちだ。腰から長剣を下げ、手には槍。実に、カッコいい。そして、強そうだ。
門の前の堀にかけられた橋を渡る人間を、兜の中から睨みつけている。
そんな兵隊さんにギルドから与えられたプレートを見せ、僕は門をくぐった。
その頼りになりそうな姿に、「今から強盗に遭うから、付いて来て下さい」と口にしたくなるけど、言っても無駄なことも分かっている。
兵隊さんたちは、犯罪者を見つけると自由に断罪する権利を持っているけど、被害者を助けることには興味がないんだ。
強盗を見つけたら問答無用で斬り殺すのはいいけど、被害者も一緒くたに斬られたなんて話も珍しくはない。
街の中に入ってからも、物陰から物陰へとコソコソと移動。
神経がすり減る思いだ。でも、黒い森で魔物を探すとすると、こんな気持ちなんだろうか。だとしたら、先輩方の精神力の強さには敬服するしかない。
納品所が見えた所で、探し物魔法を発動。
えーっと・・・、あ、いるね。僕と同じように、建物の陰に隠れている男が1人。カマキリ男だ。カモが来ないか見張ってるようだ。まあ、カモとは僕のことなんだけど。
はい、深呼吸。
見張りに気づいてる素振りを見せず、小走りで納品所に駆け込む。
「薬草の納品、お願いします!」
「あら、昨日の今日で、また採って来てくれたのね」
カウンターにいたのは、昨日と同じおばさんだ。あの後起こったことを知らないのだろう。愛想のいい笑顔を向けてくれる。
「昨日の分は、この短剣になっちゃいましたから」
そう言って、僕は腰の短剣を叩いた。
「じゃあ、防具もいるだろうし、明日も明後日もお願いね」
「え? あ・・・、はい」
駄目だ。話してると、ペースに巻き込まれる。退散だ。
納品を済ませ、清算が終わるまで、しばしの休息。直接地面に座り込み、壁に背中を預ける。これが、清算を待つ定番のスタイルだ。
「さて、準備しておかなきゃな」
おばさんがこちらを見ていないことを確認してから、腰袋からキノコを1個取り出す。納品せずに、取って置いた分だ。
アオスノウダケ。スノウダケより、更に希少なキノコである。探し物魔法で、やっと1個だけ見つけることができた。
その、スノウダケの3倍の値段で売れるキノコを、ちみちみと齧る。傘の部分から、ちみちみと齧る。本当なら一気食いしたいところだけど、苦いからちみちみと齧る。
「まずっ・・・」
なんとか食べ終わったと思ったら、ちょうど清算が完了した。
今日は、金貨1枚にわずかに届かず。アオスノウダケも出してたら、金貨1枚超えたのに。
この恨みは、強盗たちにぶつけるしかない。
「では、また明日来ます」
おばさんに手を振り、納品所を出る。
見張りの位置は、そのままだ。
やはり見張りに気づていない表情のまま、事務所へと移動。心臓、バクバク。
「あ。アグニくん。今日もなの? 頑張るわね」
こちらでも、見知ったサミーさんが、機嫌よく迎えてくれた。
どうやら、サミーさんも、僕が襲われたことに気がついてないようだ。火を付けたり、雷を落とそうとしたり、ひどい騒ぎだったと思うのに、気がついていないとは逆に凄い話だ。冒険者ギルドでは、よくあることなんだろうか。改めて恐ろしい所だと実感してしまうよ。
「はい。納品分に依頼達成料を合わせて、これだけね」
サミーさんから手渡されたのは、金貨1枚ちょうどだった。依頼達成料が付くのを忘れていたよ。まあ、金貨1枚に届いたからと言って、何が変わる訳ではないんだけど。
でも、この場面を見張っている者には、金ピカのコインが、ばっちり見えたことだろう。
さて、ここからが本当の本番だ。
ギルドを出ると、当然のように髭モジャ男が待ち構えていた。なぜか髭の長さが半分以下になって、全体的にチリチリになっている。
その隣には、色気過剰のおばさん魔法使い。
腰に手を当てて、僕に何か言おうとする。
が、すでに僕は走り出していた。昨日みたいに、黙って囲まれる訳にはいかない。
「おい!」
カマキリ男が手を伸ばして来たのを、ギリギリでかわすことに成功。
そのまま、一気に全力疾走。
後ろからは、野太い怒号が追いかけて来る。
どうやら、2日連続で僕を逃す気はないらしい。
僕は細い路地を選んで、そこに飛び込んで行く。
路地を抜け、大きな通りを横切り、また細い路地へ。
必死に走る僕に驚いて、通行人たちが振り返る。
追っ手は、まだ付いて来ていた。怒号は遠ざかったけど、ずっと同じ足音が後ろから聞こえている。きっと、カマキリ男だ。陰湿な表情で僕を追いかけ続けているに違いない。
息が荒い。
体力に自信のない僕に、この追いかけっこはキツ過ぎる。
それでも、捕まる訳にはいかない。僕のこれからの冒険者人生がかかっているんだ。ここで捕まったら、この先ずっと、他の冒険者たちから搾取される羽目になるだろう。
だから、走る。
走り続ける。
そして。
僕の目の前に、大きな壁が立ちはだかった。
行き止まりだ。
右にも左にも、道はない。
そこは、周囲を建物の壁に囲まれた、空き地のような場所だった。家1軒分ぐらいの空間には何もなく、隅にポツンと1本、木が立っているだけだ。
僕は、正面の壁の前で立ち止まり、後ろを振り向いた。
10歩ほど離れた場所に、予想通りカマキリ男が立っている。
悔しいことに、僕がぜえぜえ言っているのに比べ、カマキリ男は息を切らした様子もなく平然としている。
「もう、鬼ごっこは終わりかい?」
いやらしい口調で、カマキリ男が言う。
「なんだ・・・、昨日は4人でも捕まえ・・・られなかったのに・・・、1人で・・・なんとかできると、思って・・・いるのか?」
「もう走る体力もないクセに、大きな口を叩いてるんじゃねぇよ。それに、仲間なら、すぐに来るしな。・・・ほら」
カマキリ男が喋っているうちに、残りの連中が次々と追いついてきた。髭モジャ、子豚、色気おばさんの順番だ。
「せっかく頑張って逃げたのに、行き止まりとは、運がないねぇ。まるで、坊やの人生そのままだね。さあ、今日も金貨を稼いだことは分かってるんだよ。さっさとお出し!」
色気おばさんが、余裕しゃくしゃくな態度で近づいて来る。
もう逃し様がないと思っているんだろう。
「おばさん、昨日もそうやって余裕ぶってるから逃げられたんだろう? 学習しないね」
「はん! また、紋様魔術でも使う気かい? 坊やに、そんなカネがあるとは思えないけどねぇ。でも、まだ紋様を持っているんなら、それもいただくだけさ」
色気おばさんの台詞とともに、武器を持った男たちが前に出て来る。みんな、片腕で顔面を隠すような構えだ。目潰しをかけられたら、その腕で目をかばう気みたいだ。
「ねえ、おばさん、僕の後ろの壁に何か描いてるのが見える?」
「あん?」
さっさとかかって来ればいいのに、素直に僕の話に反応してくれる色気おばさん。
「これを見て、何か気がつかない?」
僕が背にした壁には、ちょうど僕の身長ぐらいの大きさの二重の円が描かれていた。そして、その円の外側に、細かな文字のような紋様がびっしりと書き込まれている。
「なんだい、まるで紋様魔術のような・・・。いや、まさか、あんな複雑な紋様を、素人が・・・」
僕は後ろ向きに背後の壁に右手を伸ばすと、紋様に魔力を流した。
途端に、紋様から爆発的な光が溢れ出す。
それは、昨日の羊皮紙からの光とは比べものにならない光量だ。紋様を注視していた色気おばさんはもちろん、顔をかばっていた男たちまでが悲鳴を上げて、地面に倒れ伏す。
完全に形勢逆転だ。
と言うか、僕の仕掛けた罠に、見事に強盗たちがハマってくれた。
昨日、短剣を買った後、罠を仕掛けるのに適した場所を探し出し、一晩かかって、壁に目潰しの紋様を描いたのだ。苦労した甲斐があったというものである。
後は、仕入れたばかりの短剣を働かせてやれば、簡単に終わる話だ。
でも。
さすがに、短剣で4人もの人間をどうこうする度胸は、僕にはない。いや、例え相手が1人だって無理だ。
だから、ここからが作戦の第2段階。
「レーゼ・リグ・ラライマン・エケ・エケ・マリポ・・・」
僕は、魔法の呪文を唱え始める。
色気おばさんに聞かせるように。
「・・・スル・スル・ラライマン・ダルサーシュ・・・」
「ちょっ、ちょっと坊や、なんでその呪文を・・・!?」
色気おばさんが、ひどく慌て出す。
どうやら、気が付いてくれたようだ。
これは、昨日、色気おばさんが使おうとした雷の魔法である。
「それに、ぼ、坊や程度の魔力量じゃ、その魔法は・・・!!」
そう。この魔法を使おうとしても、僕の魔力量では全然足りないのは本当である。
だから、食べたんだ、アオスノウダケを。
アオスノウダケの薬効は、一時的な魔力量の増加。
不味いのを我慢しながら、僕は1個丸々のアオスノウダケを食べた。おかげで、今の僕には、雷の魔法を使えるだけの魔力量が備わっている。
「・・・スル・スル・リグ・レーゼ・ブロイマン!」
頭上に伸ばした僕の手の先に、稲妻をまとった光の玉が出現した。
バリバリという音とともに、空気中に金臭い匂いが立ち込める。
「そんな! まさか! まさか! その魔法は、もう、あたししか・・・!!」
恐慌状態の色気おばさん。そうだ。もっと怖がれ。そして、赦しを請え。
人間を殺すことのできない僕は、強盗たちの心を折ることを選択したんだ。
そして、もう少しでそれが達成されようとしたとき。
「ぐぉらっ!!」
いきなり身を起こした髭モジャが、斧を投げ放った。
まだ目は閉じられたままだ。呪文の声で、狙いを付けたのか!
斧は一直線に僕に向かって飛び、深々とその刃を食い込ませた。
僕の目の前にあった木の幹に。
強盗たちの視力を奪ってから、僕は念のために木の陰に移動していたのである。でも、本当に念のためのつもりだったのに、そうしていなかったら、首と胴がサヨナラしていたところだ。
やっぱり、冒険者になると決めたからには、甘いことは言ってられないらしい。
僕は心を決めると、光の玉を強盗たちに叩きつけた。
轟音。
そして、衝撃。
僕が身を隠す木が、びりびりと震える。
ギルドの真ん前で使おうとしたぐらいだから、もっと威力の低い魔法だと思っていたのに、予想外の破壊力だ。
自分で使っておきながら、危うく大怪我をするところだった。
強盗たちを見てみれば、完全に意識を失った身体が4つ転がっている。なんとか、生きてはいるようだ。色気おばさんの髪の毛がチリチリになっているのが、痛ましい。
「僕が雷の魔法を使えるのを不思議がっていたけど、僕は記憶の魔法が使えるんだ。昨日、おばさんが聞こえよがしに呪文を唱えてくれたせいで、呪文を記憶できたんだよ」
記憶の魔法。それは、魔法の効果中に見たもの聞いたものを、いつでも正確に思い出せるというものだ。やはり、村にいた魔法使いの婆さんから教えてもらったものである。
複雑な目潰しの紋様を、正確に壁に描けたのも、この魔法で前もって記憶していたためだ。
白目を剥いている色気おばさんには、僕の声は届いていないだろう。元より、聞かせるつもりで喋っているのでもない。
実は、この後どうするべきかが分からずに、なんとなく話しかけてみただけだったりする。
そこへ。
「おい! ぼおっとしてるな! 行くぞ!」
急に男が1人現れると、僕の手を取って走り始めた。