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修行を始めた日

「あのさぁ、毛玉くん・・・」

「だ、誰が毛玉ニャ!?」

「僕は君を殺さないといけないの?」

「そ、そうニャ! こ、こ、殺すがいいニャ! し、勝負に負けた俺様には、生きる資格がないニャ!!」

「って、涙目のまま、そんな事を言われてもねぇ・・・」

 毛玉くんは、僕には理解出来ない苛烈な生き様を語ってみせた。なのに、相変わらずプルプル身を震わせながら、真ん丸な目に涙を浮かべているのである。


「それに毛玉くん、あんなに完璧に姿を消せるんなら、僕に気づかれないうちに攻撃かけて来たんなら、勝ててたんじゃないの?」

「そんな卑怯な真似は出来ないニャ。周りに誰もいなくなったら、姿を現して、戦いを申し込むつもりだったニャ」

「正々堂々としてるなぁ。でも、それじゃあ姿を消せる意味がないよね?」

「卑怯な戦い方は、魔族の誇りが許さないニャ!」

「うわっ、魔族って大変だな。んーと、それで、提案があるんだけど・・・」





 

 出来るだけ早く強くなりますから、刺客を送るのは少し待って下さいという伝言を持たせ、毛玉くんを帰らせる事になんとか成功。

 ただ、あの金色の猿人がそんなお願いを聞いてくれるかどうかは、もちろん分からない。

 それに、僕が殺さずに済んだというだけで、猿人の元に帰らせた毛玉くんが無事で済むかも分からない。そこは、「俺様みたいなちっこい奴は、誰も殺そうとしないニャ」という毛玉くんの言葉を信じるしかない。

 しかし、強い奴と戦いたがるという魔族の性向は、本当に理解し難いものだ。


 その後、僕は大急ぎではぐれの森に向かい、夕暮れまでになんとか2本のスノウダケを採ってくる事が出来た。

 真っ白で美しいこのキノコは、魔力量の増加を促進するキノコである。売れば良い値段になるのだけど、今回は自分が使う為に採ってきたのだ。

 魔力量が少ないままだと、毛玉くんみたいな可愛らしい魔族と戦わなくてはいけなくなると判明した今、僕は少しでも早く、そして少しでも多く魔力量を増やすと決意したのだ。


 ゴブリンやオーク、それに猿人を倒しても、僕の魔力量は微妙にしか増えていない。本来、魔力量を増やすのは、年単位でじっくり時間をかけて行うものだからである。

 でも、僕にそんな悠長な真似は許されない。

 だとしたら思いつく手は、貴族や裕福な商人がやる様に、スノウダケを食べまくりながら魔物を狩る事だ。上手くいけば、他人の数年分の効果を数ヶ月で得られるという。

 収入が減るのは痛いけど、可愛い小動物を手にかけるよりは、はるかにマシだと割り切る事にしよう。


 翌日、僕は1人で黒い森に入った。

 紋様の量産は放り出したままだし、せっかく手に入れた長剣も武器屋で直してもらっている最中だ。

 とても準備万端とは言えない状態での、1人きりでの黒い森行きになってしまった。これも、予想以上にせっかちな黄金猿人のせいだ。大物なら、もっとゆったり構えてろって言いたくなる。

 まずい。ちょっと気が高ぶっているみたいだ。

 1人きりで黒い森に入るのならば、小さな失敗が命取りになる事もある。冷静に、冷静に。


 ウェイカーンから黒い森に繋がる街道を行けば、僕みたいな小僧が1人で森に入るのを見咎められる可能性があるので、途中で街道を外れ、他の冒険者たちが入るのとは離れた場所から、危険地帯に突入した。

 生い茂る木々に遮られて、太陽の光が地上に届かなくなる。

 同時に一変する空気の質感。

 身体が緊張感に包まれる。

 テュールさんに連れられて来た時とは、まるで違う感覚だ。

 落ち着け、落ち着け。


 僕は創造の魔法の呪文を唱えると、紋様の描かれた羊皮紙を3枚作り出す。

 いつも3枚ずつしか紋様を創造しないのは、それが僕の魔力量の限界だからだ。これを、4枚、5枚、一度に創造出来る様にならないといけない訳である。

 今回作った3枚は、全て夜鳴き鳥の紋様だ。

 1枚ずつ魔力を込めて人工精霊を呼び出し、僕にとって危険な存在がいたら教えろと命令して、バラバラな方向に放った。昨日、色々と試した結果、人工精霊が1体では感知範囲の穴が大き過ぎると思ったのである。3体もいれば、その穴もかなり小さく出来る筈だ。


 人工精霊たちが周囲に散った後、僕はスノウダケを細く裂くと、口に入れる。苦い。苦いけど、なんとか食べられる。

 スノウダケから作られて、効果を高めた魔力量増加促進用の錠剤も売られていて、それは味もあまりひどくはないらしい。でも、値段はとんでもなく高くて、僕なんかが手を出せる物じゃない。

 とりあえず森の奥に向かいながら、スノウダケを噛み続ける。口の中のスノウダケがなくなったら、次の一片を口に放り込む。苦い。吐きそう。思ったより辛い。魔族の馬鹿野郎。


 急に、黄金猿人への殺意が湧いて来た。

 なんで僕が、こんな事態に巻き込まれないといけないんだ?

 ふつふつと湧いて来る黒い感情。

 あー、駄目だ。駄目だ。冷静にならないと。

 いくらスノウダケが不味いからって、そんな理由で頭に血を上らせている場合じゃない。

 僕は立ち止まると、深呼吸を繰り返した。

 

 ピピピ・・・ッ!


 そこに聞こえて来た人工精霊の鳴き声。

 魔物!?

 まだ距離があるうちに、接近感知の魔法を唱える。

 僕を中心に魔力の網がスルスルと広がって行き、人工精霊が見つけた何かの姿の輪郭が、脳内にぼんやりと浮き彫りになった。

 ゴブリン、かな?

 2本足で移動する、武器を持たない小柄な影が3つ。地面を掘っている様だ。何かの幼虫かイモでも探しているのだろうか。

 まだ気づかれていないのなら、狙い目だ。


 短剣を抜き、創造魔法で斬撃強化、筋強化、知覚強化の紋様を作り出す。3つの紋様を次々と使用し、続いて氷結の紋様を1枚だけ創造。木々の陰伝いにこっそり近づくと、熱心に地面を掘り続けているゴブリンたちに、その氷結の紋様を投擲した。

 

 キシッ――――!


 空気の軋む音とともに、動きを止めるゴブリンたち。

「※※※※※!」

 圧縮呪文で三日月形の刃を飛ばすや、僕自身も短剣を振りかざして、ゴブリンたちに踊りかかった。

 一番手前にいた奴は、三日月に胸を貫かれて、すでに絶命している。そいつを奥の1体目掛けて蹴り飛ばし、残る1体の首に短剣を滑らせる。

 表面が凍った皮膚を切り裂く、ザリッとした手応えとともに噴き出す青い血。

 最後に、仲間の下敷きになった1体の胸に短剣を突き刺す。


 呆気ないけど、それで終わりだった。

 先手を取れれば、こんなに簡単に勝てるのか。なんだか、釈然としない気分だ。

 今の戦闘なら、魔法は夜鳴き鳥と氷結だけでも良かったろう。

 でも、いいのか? 僕みたいな小僧があっさりゴブリンに勝ててしまって。

 そりゃあ、もっと強そうな猿人を倒した事もある訳だけど、あれは1つ間違えば、こちらがやられていた。少なくとも、こんな一方的な戦いではなかったのだ。こんなの、ただの殺しでしかない。


 そして、気づく。

「あ。魔族が、自分と同等の相手としか戦わないというのは、そういう気持ちか・・・」

 でも僕は、僕自身が強くなる為とお金儲けの為に、大量の魔物を殺さないとといけないのだ。

 今更ながら、冒険者という生き方が、とても罪深いものだと実感せざるを得ない僕だった。






 その日は、ゴブリン15体を倒して街に戻った。正直、楽勝だった。

 途中、スノウダケを含めて、薬草も採集済みだ。はぐれの森に比べると、黒い森では珍しい薬草も多かったのである。

 1日中スノウダケを食べながらというのが大変だったけど、狩りを終える頃には苦さを感じなくなっていた。むかつく事に、舌が馬鹿になってしまったのである。

 どんどん黄金猿人への怒りが溜まって来る。

 倒したゴブリンのアレを切り取るのも、正直辛かった。15体分で金貨1枚と銀貨5枚になるとは言え、同じオスとしてはアレに刃物を入れる度に、背筋を震わせる羽目になった。


 納品所では、いつも薬草ばかり持ち込んでいた僕が急にゴブリンのアレを大量に持って来たせいで、おばさんにずいぶん驚かれ、事務所のサミーさんにはなぜか怒られてしまった。僕みたいな駆け出しの子どもが、1人で黒い森に入るなんて、自殺と一緒だと言いたかったらしい。

 しばらくゴブリンのアレを持ち帰り続けたら、サミーさんも怒らなくなると信じたい。

 とりあえず明日からに備えて、紋様の1枚でも描き上げよう。


 いつもなら、宿に帰るまでに居酒屋で夕食を済ませるんだけど、この日はスノウダケのおかげで、まるで食欲がなかった。

「だからって、口の中がスノウダケの味のまま寝たくないしなー」

 僕は途中の露店で肉饅頭を2つ買うと、紋様を描きながら食べる事にする。もう少しトシを取っていたら、酒で紛らわせていたろう。いや、そうでもないか。果実酒ぐらいなら、いいかも。

 結局、いつもの居酒屋に寄って、果実酒の入った小さな壺を買ってみた。これが原因で酒浸りになっちゃったら、どうしよう。

 

 宿に帰った僕は、また黄金猿人に文句を言いたい事が増えたと思いながら、紋様描きを始めた。

 ちびちびと果実酒を舐める。

 あまり美味しく感じられない。酔っ払ったら、ペン先が狂う心配があるし。

 1人で戦っている以上、もしもの時に紋様が発動しないと高確率で死ねるので、そこは気を付けないといけない。

 結局、果実酒を脇に除けて、紋様描きに没頭する事になる。


 そのせいで、部屋の扉をカリカリと引っ掻く様な音がしてるのに、すぐに気が付けなかった。

「何だろ?」

 小さな音だ。ほとんど床に近い高さから聞こえて来る。

 僕への害意に反応する人工精霊たちも飛ばしているけど、うんともすんとも言わないって事は、危険な存在ではないのだろう。

 誰かが酔っ払って、廊下に倒れたまま目の前の扉を引っ掻いているのだろうか?


「誰ですか?」

 返事はない。

 扉をカリカリする音も聞こえなくなった。

 おそるおそる扉を開けてみる。

 が、誰もいない。

 扉の外には、暗い廊下があるばかり。気のせいだったかな?

 いつの間にか夜も更けていたらしく、他の部屋もひっそりとしている。燭台の油代も馬鹿にならないので、僕もいい加減に寝ないといけないな。


 扉を閉めて室内に振り返った僕は、とんでもなく不気味な物を目にして、ぴたりと動きを止めた。

 目だ。

 目だけが浮かんでいる。

 な、何者だ?

 緑色の真ん丸な目だけが、描きかけの紋様を見つめている光景は、怖い。かなり、怖い。

「お前、こんな物が作れるのか。器用だニャ」


 次に出現したのは、小さな口だ。

 何もない場所に、2つの緑の目と小さな口だけが・・・。

「って、毛玉くんかー。びっくりさせないでよ」

「だから、毛玉って呼ぶんじゃないニャ」

 紋様を描いていた机の上に乗っかった青黒い毛玉が、ゆっくりと姿を現す。変わらずの可愛いさだ。

「早いお帰りだけど、もう金色さんに会って来たの?」

「会って来たニャ。それで、お前の言葉を伝えたニャ」

「うん、それで?」

 僕は、机の前に腰を下ろした。


「あの方は、お前が強くなるなら、しばらく待つと言ったニャ」

「あ、ホントに?」

「でも、真面目に修行しない様なら、すぐに次の相手を送り込むそうニャ。その為のお目付役を、俺様が命じられたニャ」

「え? どういう事? 毛玉くんが、ずっと僕と一緒にいるって事?」

 僕、魔族と暮らすの? それって、大丈夫?

「そういう事ニャ。これからは、俺様が四六時中お前を見張るニャ。それから、俺様は毛玉じゃないニャ!」

「えーと、じゃあ、毛玉くんが僕の戦う相手になる事は、もうないんだね?」


「それは、分からないニャ。お前の強さがいつまでも変わらなければ、俺様がお前と戦う事になるかも知れないニャ。それから、俺様の名前は毛玉じゃ・・・」

「分かった! 明日からも、頑張って修行するよ!」

「・・・う、あ。そ、そうするがいいニャ」

「そう言えば、良かったら、肉饅頭食べない? 果実酒もあるよ」

「俺様たち魔族は、魔力を食べ・・・あ、美味そうな匂いがするニャ」

 

 肉饅頭を小さく千切って差し出すと、毛玉くんがパクリと食いついた。もぐもぐと口を動かせると、その緑の瞳がピカーンと光を放つ。

「う、美味いニャ!」

「いいよ。1つ丸々食べちゃって」

 肉饅頭は大きな葉っぱにくるまれていたので、その葉っぱを皿代わりにして、毛玉くんに提供する。

 残り1つの肉饅頭は自分で食べながら、背嚢から出した陶器のカップに果実酒を入れ、毛玉くんの前に置いた。


 毛玉くんは肉饅頭をやけに気に入った様で、ウニャウニャ言いながら、猛烈な勢いで齧りまくっている。

 いくら見た目が可愛いとは言え、魔族をそばに置く不安はあるけど、どうやら食べ物を与えていたら、上手くやれそうだ。

 毛玉くんは果実酒も小さな舌でピチャピチャ舐めてみて、これまた満足そうに目を輝かせた。

 黄金猿人とも、この方法で仲良くやれないかな?

 それとも、毛玉くんみたいな下っ端じゃなくて、魔族の中でも偉いらしい黄金猿人は、人間にも負けない美味い料理を食べているんだろうか?


 もしかしたら、毎日の様に豚の丸焼きとか食べてるかもなー。

 酒だって、こんな安いのじゃなくて、とんでもなく高級なのを飲んでても不思議じゃないし。

 あー、やっぱり食べ物では黄金猿人を懐柔出来そうにないな。

 とか、僕が思考を巡らせている間に、毛玉くんが短い四肢を投げ出して、ぱったりと倒れていた。

「うお? どうしたの、毛玉くん!?」

「目・・・目が回る・・・ニャ」

「あ。果実酒のせいか・・・。そんなにお酒に弱いの? いいよ。もう、このまま寝ちゃってよ」


 もう、夜も遅い。

 僕は明日も黒い森で頑張らないといけない身だ。服を脱ぐと、僕は寝台に上がる。

 毛玉くんは毛布の上に寝かせてやると、アッという間にスピー、スピーと寝息を立て始めた。

 可愛いけど、魔族がこんなに無防備でいいのか?

 そっと頭を撫でてみると、なぜか前足の指を開いたり閉じたりし出す毛玉くん。意味は分からないけど、気持ち良さそうなのは確かだ。フワフワした長い毛を触っているのが気持ち良過ぎて、毛玉くんが寝てるのをいい事に、僕は思う存分に撫で回してしまう。


 しかし、この可愛いさは反則だなー。

 大きな食料倉庫とかで、ネズミ除けの為に飼われている猫という動物に似ているけど、はるかに可愛い。

 戦った時も、毛玉くんが姿を消したままだったから通雷の魔法を浴びせられたけど、姿が見えていたら攻撃を加えられなかったんじゃないだろうか。

 こいつと戦わないで済む様に、本気で頑張る事にしよう。

 毛玉くんを撫でながら、いつの間にか僕は眠ってしまっていた。





 翌朝、熟睡したまま起きる気配のない毛玉くんを背嚢の中に押し込み、黒い森に向かう。

 置いて行こうかとも思ったけど、わざと毛玉くんの監視を逃れようとしたと思われたら、面白くない。一緒に連れて行っていれば、文句は出ないだろう。

 昨日肉饅頭を買った露店が開いていたので、3つ買っておく。1つは、毛玉くん用だ。

 あれ? これから、毛玉くんの分、食費が余計にかかるの? 僕が面倒見ないといけないの? 見ないと、いけないんだろうなぁ・・・。


 夜鳴き鳥の人工精霊を3体作り出すと、黒い森に突入。

 昨日は森の外縁に沿って移動してゴブリンばかりを狩ったけど、今日は森の奥に踏み入って、オークを狙ってみるつもりだ。

 毛玉くんはまだ眠ったままだ。何か色々と心配な動物である。

 途中で遭遇したゴブリンは、昨日と同様に危なげなく倒していく。面倒だけど、きっちりと魔法で強化をかける事は怠らない。もちろん、スノウダケを齧る事も忘れない。

 

 毛玉くん、いい加減に起きろよ。


 

 

 

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