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美女2人と森に行った日

 カグラさん、カゲロウさんと一緒に街まで戻って来ると、ムラサキたちが待ち構えていた。

「アグニさん、無事だったんですね!? 良かった!!」

 ひどくホッとした表情で、僕の無事を喜んでくれるムラサキ。

 本当に心配してくれていたんだろう。なんだか、ほっこりとした気分になる僕。


「悪かったな、心配させて。見ての通り、僕は大丈夫だから。

 それと、はぐれの森には、まだあいつらがいっぱい棲んでるらしいから、明日の薬草採集は中止な」

「え? それじゃあ、お金が稼げないじゃねぇか!」

 ダイジが、心配顔から一転、不服そうな表情を見せる。

「いや。殺されちゃったら、シャレにならないだろ?」

「大丈夫だよ! アグニの兄貴みたいに、紋様って言うの? あれを使えば、大猿なんて目じゃないんだろ? 俺たちも、あれを買っておくからさ!」


 自信満々に言うダイジを見て、僕は口をぱくぱくさせた。

 ムラサキたちはと見てみれば、ダイジの言葉に同意するように頷いている。

 駄目だ。何も分かっていない。

「お前、紋様が1枚いくらかかるのか分かってるのか?」

 そこに、20才ぐらいの男が現れた。その隣には、ショートの姿がある。ショートの助けに応えて、スラムからやって来てくれた人なのだろうか。


「ギュリオさん! いくらかは知らないけど、俺たち昨日だって銀貨を稼いで来たろ? あれで紋様を、ばんばん買って来るからさ! それでまた、ばんばん猿をやってくれば大儲けだろ!?」

 熱弁するダイジを、ギュリオという男は冷めた目で見ている。

「金貨1枚だ」

「え?」

「一番安い紋様の値段が、金貨1枚だ。金貨2~3枚かかるのもザラだし、金貨10枚を超えるような物も当たり前にあるぞ」


「金貨・・・?」

 何を聞かされたか分からないという表情になるダイジ。

「アグニさんと言ったか? あんただって、いつも紋様を使って猿狩りをしてる訳じゃないんだろ? こいつらを助ける為に仕方なく使ってくれたんだよな? で、何枚使った?」

「え? あ・・・、4~5枚、かな?」


「ふぅむ。ざっと、金貨10枚分というところだな。ダイジ、お前にそれが払えるのか?」

「金貨・・・10枚?」

「昨日も助けたのだろ?」

 ぼそっと、後ろから油を投入して来るカゲロウさん。

「ほう? じゃあ、金貨20枚だ。まずアグニさんに金貨20枚を払ってからなら、紋様を使って狩りをするのも、俺は止めねぇぞ」

「え? 嘘だろ・・・? そんな高いもんだなんて・・・」


 金貨20枚と聞いて、顔面蒼白になるダイジ。ムラサキたちも同じような様子だ。

 僕が手描きした分、実はかかっているお金は銀貨数枚なのだけど、ここでそれをバラすべきではない。心を鬼にして、畳みかけるところなのだろう。

「本当だよ」

 僕が答えると、ダイジは「ひっ!」と息を呑んだ。

「だいたい、お前ごときが考えつくようなことを、他の奴が考えねぇ筈がねぇだろ。それで儲かるんなら、先に俺がやってるっつうの」


 ギュリオの言葉にとどめを刺され、ダイジはその場で腰を抜かしてしまった。

 ムラサキは今にも泣きそうになっているし、一緒にいるマイナも、ムラサキに抱きついてブルブル震えている。

 もしかしたら、借金が払えずに奴隷にされるような事を考えているのだろうか? あ。そう言えば、僕の後ろには、一目で衛兵と分かるカグラさんがいるし、本気で心配されても、しょうがない状況だと気づく。


「助けたのは僕が勝手にやったことだし、お金を払えとは言わないよ。だから、猿人がいるのを分かってるのに、森に入ったりしないで欲しい」

 僕がそう言うと、ムラサキたちは恐る恐るという感じで、こちらに視線を向けた。

「よーし。アグニさんもそう(おっしゃ)ってくれたんだ。お前たちは、おとなしく(うち)に帰れ! 後の話は俺がやっとくからよ!」

 僕がお金は払わなくていいと言った途端、ギュリオは追い立てるようにムラサキたちをこの場から離れさせた。


「改めて名乗らせてもらう。俺の名はギュリオ。あいつらの兄貴分をしている」

 要するに、ムラサキたちをスラムの中で守ったり、生活の手助けをしてやったりする代わりに、いくらかお金を徴収するという関係なのだという。

 年端もいかない子どもたちに身体を売らせていた張本人と言うと、極悪人みたいに聞こえるけど、独力でお金を稼ぐ手段を持たないムラサキたちは、ギュリオが安全に客を取れるように手配してくれていたお陰で、今まで生きて来れた訳だ。


「あいつらのいる前では言えなかったが、あいつらが仕出かした不始末は、俺がケツを拭かなきゃならねぇんだ。何回も聞いて悪いが、本当にカネは払わなくていいんだな?」

 ムラサキたちがいなくなると、ギュリオがヘラヘラした態度を一変させた。どうやら、ムラサキたちを怖がらせて、おとなしくさせる為に、僕の紋様の件をダシにして脅しをかけていたらしい。

 猿人がいるのを知ってて森に入ったり、実力もないのに猿人を狩ろうなんて言い出すムラサキたちに、ギュリオは手を焼いていたのだろう。


「はい。お金はいりません。だから、ムラサキたちのことをお願いします」

「ああ。言われなくても、それが俺の仕事だ。あいつらを助けてもらって、あんたには感謝してる。もし、俺たちに手伝って欲しい事があったら、いつでも訪ねて来てくれ。スラムに入って、俺の名前を出したら、すぐに繋ぎは付く筈だ」

「分かりました。何かあれば、遠慮なく頼らせてもらいます」

「じゃあ」

 ギュリオは目礼だけすると、さっさと僕たちに背を向けた。変に潔い立ち去り方だ。

 足早にスラムに向かうギュリオを見送りながら、冒険者になってから怖そうな人とばかり知り合うなと、僕はぼんやり考えていた。





早耳(はやみみ)のギュリオ。スラムで最近売り出し中の若手ですね。油断できない男ですよ、アグニさん」

 カグラさんの言葉に、僕は現実に引き戻される。

 振り向いてみれば、カグラさんが心配そうに僕を見ていた。

「安心して下さい。あんな怖そうな人と関わる気はないですから」

「その方がいいですね。つまらない(いさか)いに巻き込まれたら、またイヤな思いをするだけでしょうし」

 すでに1回イヤな思いをしているのを知られているだけに、カグラさんの言葉には重みがある。僕は黙って頷くしかなかった。


「それで案内の件は、明日で大丈夫なのだな?」

「はい。ちゃんと準備をしておきます」

「では、明日二つ目の鐘、ここで待つ」

 夜明けと同時に鳴るのが、一つ目の鐘。正午に鳴るのが、三つ目の鐘。その真ん中に鳴るのが、二つ目の鐘だ。

 つまり、朝はいつもよりゆっくり出来る訳である。今晩、頑張って紋様を描く時間があるということだ。

 門前でカグラさんとカゲロウさんと別れた僕は、急いで宿に戻ると、紋様の複写に没頭した。


 そして、翌日。

 二つ目の鐘の音を、僕は門前であくびをしながら聞いていた。

 結局、紋様を描くのに集中し過ぎて、ロクに睡眠時間を取れなかったのだ。

 しかしおかげで、傷を癒やす法術を2枚、雷縄と氷結を1枚ずつ描く事が出来た。それ以前に描いていた目潰しや魔法障壁の紋様も合わせたら、後方からカゲロウさんたちを援護する分には足りるだろう。

 強化系の紋様がないので、カゲロウさんたちが戦えなくなったら、僕も終わりだけど、そこは割り切るしかない。


 二つ目の鐘が鳴り終わってすぐに、カゲロウさんとカグラさんも姿を現した。普通、二つ目に待ち合わせの約束をしたら、その鐘の音を聞いてから目的地に向かうのが当たり前だから、カゲロウさんたちはずいぶん時間に正確な人たちらしい。

 僕? 僕は、待ち合わせに遅れた時にカゲロウさんがどんな反応をするのかが分からなくて、早めに来ていただけだ。だって、カゲロウさんが怒ったら、怖そうだし。


「じゃあ、行こうか」

 カゲロウさんに促され、僕たちははぐれの森に向かった。

 季節は、春。

 ずいぶん過ごしやすい気候である。向かう先に物騒な連中がいなければ、ピクニックと間違えそうな陽気だ。

 そんな中、カグラさんは相変わらずの全身鎧姿。金属製のカイト・シールドまで持って、完全武装に徹している。

 カゲロウさんは青いコート姿で、腰に華奢な小剣を吊っているだけ。やはり、最初に見た真っ赤な大剣は持っていない。

 

 昨日、僕が猿人と戦った場所に着くと、放置して来た死体が大雑把に解体されていた。

 たまたま見つけた冒険者が、売れそうな部位だけ持って行ったのだろう。皮を剥がれた人型の死体が散乱している様は、あまり気持ちの良いものではない。

 すでに死体には、小さな蟲やスライムが取り付き始めている。3~4日も経てば、全て食べられてしまう筈だ。何かの拍子に死体が原形を留めたまま残ると、アンデッド化する恐れも出てくる。でも、蟲やスライムの豊富なこの辺りでは、死体はすぐに分解されてしまうので、あまりアンデッドを見たという話を聞く事はない。


 猿人の死体を置いて、僕たちははぐれの森に入った。

 まずは、昨日猿人たちに遭遇した場所に向かう。

 僕とカゲロウさんに倒された猿人以外にも、昨日は僕たちを追いかけて森の外縁部まで何体も出て来ていた筈だ。しかし、猿人の気配は感じられない。

 カゲロウさんとカグラさんの気配察知能力がどの程度のものか分からないので、実は少々不安を感じている。

 戦闘能力は高いのだろうけど、気配察知能力が大した事がないのなら、猿人の最初の一撃が僕に向いていた場合、自力で回避しなければならなくなってしまう。


 目的の場所に着くと、猿人の死体が1つ転がっていた。

 昨日、僕が倒した分だ。ただし、身体のあちこちに齧られた痕がある。特に、お腹の肉はごっそりと失われている。

「共食いの様ですね。傷の形、大きさが、猿人の顎の形と大きさに合致します」

 猿人の死体を簡単に調べたカグラさんが、そう結論づける。

「でも、この猿人が肉食だとすると、はぐれの森の生態系では多くの個体を養うのは無理ですね」

「つまり、放っておけば、人間を狙うしかないのだな?」

「そういう事です。やはり、出来るだけ早く退治しておく必要がありますね」


 僕が知らないうちに、はぐれの森はずいぶん物騒な状況になっていたらしい。下手をすると、ウェイカーンの街に襲いかかって来ても、不思議でない様だ。

「こいつらは、黒い森から来たんですか?」と、僕。

「だろうな。冒険者の目に止まらずに、ここまでたどり着いた奴がいたという事だ」

 そして、競争相手のいない環境で、繁殖を繰り返して来た。

 そんな場所に1人で踏み込み、夜明かしまでしていた事実に、今更ながら背筋が凍る思いを感じてしまう。よくも、今まで無事だったものだ。


「この個体を食べた連中の後なら、なんとか追えそうですけど?」

 カグラさんが、カゲロウさんに判断を求める。

「では、このまま追えるだけ追ってみよう」

 カゲロウさんが言うと、カグラさんが猿人の痕跡をたどり始めた。どうやら、カグラさんは斥候の技能を持っているらしい。気配察知に関しても、信用して良さそうである。

 斥候役がカグラさん、戦闘役がカゲロウさんという組み合わせな訳だ。

 僕はちょっと安心しながら、2人の後を付いて行った。

 そこはかとなく、僕の必要性はもうなくなったんじゃないかと思いながら。





 夕刻までに、カゲロウさんとカグラさんの倒した猿人の数は、およそ15体。僕はまるで手を出していない。

 カゲロウさんの剣技が凄いとは分かっていたけど、カグラさんの剣も、隙のないものだった。

 そして、カゲロウさんの創造の魔法を、しっかり僕は目にしたのである。

 創造の魔法――――それは、魔力を変換して大剣を一時的に作り出すというものだ。それも、ただの大剣ではない。なんと、炎の属性を持った魔剣である。

 真っ赤な剣身が美しい魔剣は、易々と猿人の身体を両断してのけた。僕からすれば、嘘の様な手並みだ。でもこれは、カゲロウさんの腕によるだけでなく、魔剣の助けも大きいのだろう。


 辺りが薄暗くなった時点で、カグラさんが猿人の痕跡を追えなくなった。

 適当な場所で野営に入る事にする。

 カゲロウさんが薪を集めて焚き火を作り、カグラさんが肉の調達、僕は食べられる野草を集めた。

 料理を行ったのは、カグラさん。出来上がったのはトカゲの肉入りスープ。何かスパイスを持ち込んだらしくて、予想以上に美味しかった。


 食後は、ティータイム。

 美女2人を相手に、普通なら有頂天になっても仕方のない状況。でも、あいかわらずカグラさんは金属鎧を着たままだし、カゲロウさんは怖い空気をまとったままだ。

 まあ、別の会い方をしたとしても、1人は衛兵だし、1人は魔鉄級冒険者。仲良くなれる様な間柄じゃない。僕が、ムラサキたちと友だちとなれないのと同じに。

「お2人は、仲がいいんですか?」

 それでも、少しは距離を詰めようとしてしまう僕。ちょっとした悪あがき。


 僕の質問に、2人は顔を見合わせた。

「そうですね。乳兄弟と言えば、分かりますか?」

 答え役は、カグラさんになった様だ。そして、いきなり驚いた返答をいただいてしまう。

 乳兄弟とは、同じ乳母の乳を飲んで育った者同士の事。身分の高い家の子どもに、やはり子どもの生まれたばかりの部下や領民の妻が乳をやって、一緒に育てるという印象が強い。もちろん、何かの理由で母親が乳をやれなければ、他人の乳をもらう必要があるので、どんな身分の者にだってないものではない。

 でも、カゲロウさんもカグラさんも、かなり育ちは良さそうに見える。もしかしたら、どちらか一方は、どこかの貴族の出だったりするのかも知れない。


 ちょっとした好奇心から発した質問に、予想外の事実が飛び出し、僕は肝を冷やした。

 まさかとは思うけど、不敬罪で斬り捨てられる様な事にはなりたくない。2人ともが美しい少女である為に、不埒な目で見る事も避けるべきだろう。

 ああ、カゲロウさんの依頼に頷くんじゃなかった・・・。

「じゃあ、剣も同じ所で習ったんですね?」

 内心の動揺を隠す為に、僕は当たり障りのない方向に、会話を持って行こうとする。


「そうですよ。昔は私の方が強かったんですけどね。しばらく会わないうちに、そんな珍しい魔法を身に付けてしまって」

「しょうがないだろう。勝手に降りて来たのだから」

 口を尖らすカグラさんに、カゲロウさんが言い訳がましく抗議する。

 しかし、カゲロウさんの台詞の中に、聞き逃せない部分があったぞ。

「降りて来た? 魔法が?」


「アグニさんは、魔法が降りて来るという事を知りませんか?」

「いえ。全然・・・。魔法は、師匠から習い覚えるもの、ですよね?」

 自分の事は棚に上げて、僕は一般論を言う。

「もちろん、普通はそうですけど。じゃあ、一番最初に魔法を使った人は、どうやってその魔法を覚えたと思いますか?」

「え? あ、そう言われると・・・。あれ? か、神様に教えてもらった、とか?」

「そう、その通り。神様です」

「嘘・・・」


 確かに、僕の生まれた村には、いくつかの神様の(ほこら)があった。このウェイカーンには、もっとたくさんの(やしろ)や祠が建っている。

 でも、僕は神様を感じた事はなかったし、その存在を信じてもいない。

「本来、魔法はね、適性のある者に神様が教えてくれるものなんです。この街の社でも、何日か居続けたら、魔法が降って来るところが見れる筈ですよ」

「え? ええっ!? 今でも、神様が!?」

「そうですよ。現に、カゲロウに降りて来た訳ですしね。ただ、他にほとんど魔法が使えないのに、いきなり創造の魔法なんて高度過ぎる物が降りて来たのは、かなり珍しい例でしょうけど」


 僕は失礼なのも気づかずに、まじまじとカゲロウさんを見つめてしまったのだった。

 



 

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