再会をした日
全くもって、ごめんなさい。
間違えて『冒険者デビュー・・・』の方に投稿してしまっていました(汗)
凍りついた猿人は、少年たちの槍でとどめを刺された。
猿人が事切れたのを見た僕は、倒れたままの女の子に近寄ろうとする。
「待て! そいつに近寄るな!!」
背中にぶつけられた甲高い言葉に振り返ると、3人が3人とも、僕に槍を向けているではないか。まあ、見ず知らずの人間が仲間の女の子に触ろうとしたら、警戒をするとは思うけど。
僕が動きを止めると、少年たちの1人が失神中の女の子の元に駆け寄った。
「マイナ! ・・・マイナ!」
声変わりしていない高い声で、女の子を起こそうとする。いや、もしかしたら、この子も女の子か?
「どうだ?」
少年の1人が僕に槍を向けたまま、容態を確認する。
「生きてるけど、目を覚まさないわ!」
ああ、やっぱり女の子だ。紫色の髪を短くしているので、少年に見えてしまっていた。
「なあ?」
僕は少年の1人に話しかける。
「な、なんだよ!?」
「警戒する気持ちは分かるけど、僕って生命の恩人じゃないの?」
「え? あ・・・いや・・・」
もごもご言いながら、少年は槍を下ろしてしまう。
とんでもない素人だ。さっきまで、何の為に警戒していたのかと訊きたくなる。
「僕は最近まで医術所で下働きをしてたんだ。その女の子のこと、診ていいか?」
僕の言葉に、顔を見合わせる少年2人。明らかに、戸惑っている。
「本当?」
そう言ったのは、紫髪の女の子。
「うん。ガミア先生の所にいたんだ」
「その名前、聞いたことがある。隣のおじさんが、お金ないのに怪我を治してもらったって言ってた・・・」
「ガミア先生は、ひどい怪我や病気の人が来たときには、お金のことを気にせず治療しちゃうことが何回もあったしね」
僕のことを信用する気になったのか、気絶した女の子――――マイナに近づいても、紫髪の子は制止しようとしなかった。
医術所にいたと言っても、僕にマイナの診断ができる訳じゃない。
でも、呼吸は浅く少し早めだが、大きな怪我がないぐらいは診て取れた。
紫髪の女の子に話を聞いても、猿人に捕まえられたショックで気絶しただけらしいので、とりあえず体力を回復する法術だけをかけておく。呪文は口の中で小さく唱え、少年たちに気づかれないようにするのは忘れない。
法術をかけてやると、マイナの呼吸が少し楽そうになった。
「休ませて様子をみよう」
僕の言葉に、紫髪の女の子も安心したようだ。
「ありがとう・・・。それに、助けてもらったのに、失礼な真似をして、ごめんなさい」
「いや、いいよ。あんな場面に知らない人間が割って入って来たら、警戒して当たり前だよ」
「そう言ってもらえると、助かるよ。あたしの名前は、ムラサキ。あなたは?」
「僕は、アグニ」
「アグニか。・・・この子はマイナで、そっちの2人はダイジとショート」
おそるおそるといった物腰で近寄って来た2人は、ムラサキの紹介に照れくさそうに頭を下げた。
どうやら、この4人組のリーダーはムラサキらしい。薬草採集のために森に入ったそうだ。
「あ、あの猿、どうしますか?」
少し大柄なダイジが、僕の顔色をうかがうように訊いて来る。
「あれ、お金になる?」
毛皮を雷縄でまだらに焼いてしまったので、猿人の死体はまともに売れなさそうに思えた。ゴブリンやオークの陰部のように、薬になる部位があれば別だけど。
「毛皮の大丈夫な所と・・・、肝臓、心臓、それに牙と爪を持って帰ったら、銀貨ぐ、ぐらいには」
こんな大物で銀貨1枚か。でも、この子たちからしたら、バカにならない金額になるのかな。
薬草の知識がある僕には、1日で金貨を稼ぐのも可能だけど、普通の子どもたちがそんなに稼げるはずがないのだ。
「いいよ。それ、キミたちで好きにしてよ」
「ホ、ホントに!?」
信じられないという表情になるダイジたち。それから、僕の気が変わらないうちにとばかりに、猿人のところに向かって行く。
「あの、良かったら、お茶を入れるから、それだけでも飲んでってくれない?」
マイナを寝かせた近くに焚き火を作りながら、ムラサキが言う。
どうせもう街の閉門時間に間に合いそうにないし、4人を置いて行くのも心配なので、僕はご相伴に与ることにした。
ウェイカーンの街に来てから同世代の人間との付き合いがなかったので、4人と話すのがちょっと嬉しかったというのもある。ただ、4人の態度が、僕にへりくだり過ぎているのが気になるけど。
ムラサキはべこべこに歪んだ鍋でお湯を沸かすと、手際よくお茶を入れ、僕に差し出した。
「ありがとう」
これまた歪いびつなカップのお茶を、口にする。
「あ、美味しい、これ」
苦いかなと思ったお茶だが、意外に甘みがあって美味しかった。
「そう? 良かった。お茶を入れるのは、ちょっと自信があるんだ。料理はマイナに負けるけど」
「へえ」
野営中にこんなお茶が飲めたり、美味しい料理が食べられるのは、うらやましいな。それに、女の子が2人もいるのもね。
1人で夜明かしをする心細さを思い出し、僕は遠い目になってしまう。
「あ、あれ・・・? 私・・・」
そんな話をしていると、マイナが目を覚ました。状況が理解できないのか、訝しげに周囲を見回す。
「マイナ、良かった! 大丈夫? どこも痛くない? 気分は悪くない?」
「え? あ・・・うん。大丈夫だけど、私どうなったの?」
ムラサキが安心してマイナに抱きつく。
「あんた、急に出て来たおっきな猿に殴られたのよ! 目を覚まさないから、心配したんだから!」
「猿に? ご、ごめんね。迷惑かけちゃって」
「ううん、いいの! みんな無事だったからね! あ、そうだ。そこにいるアグニさんが助けてくれたんだから、お礼を言って!」
マイナは、きょとんとした表情で僕を見た。どうやら、猿人の姿を見ないうちに気絶させられてしまったらしい。そりゃ、何がなんだか分からないことだろう。
「あの。助けていただいて、ありがとうございます」
「いや、気にしなくていいよ」
それでも神妙に頭を下げるマイナに、僕は鷹揚に頷く。うん。鷹揚にと言うよりは、鷹揚ぶってと言う感じだったけどね。
そこに、猿人の解体を終えたダイジとショートが戻って来た。
引くぐらいに血塗れになっている。
「ちょっと! 大丈夫!?」
マイナがびっくりして、飛び上がる。
何も知らなければ、ダイジたちが大怪我をしているように見えてしまうだろう。
「大丈夫、大丈夫。全然問題ないから!」
猿人の解体中に、噴き出した血を浴びたんだろうけど、2人ともとても嬉しそうだ。大物を解体できて、楽しかったのかな?
「解体が終わったんなら、街に帰るかい? だったら、付き合うけど?」
「ホント? じゃあ、一緒に帰ろうよ」
猿人から得た素材をムラサキたちが分担して持つと、僕たちは帰路についた。
薬草を集めに来ただけの彼女たちは小さな鞄しか持っておらず、猿人の肝臓は大きな葉にくるんでショートが胸に抱きかかえている。今にも、それを狙った獣が襲いかかって来そうで、見ていてとても危なっかしい。
もしも何かが出て来たら、僕が守ってあげなくちゃ。
まだまだ駆け出しの自分が、そんな考えを持つのは自惚れ過ぎなんだろうけど、ムラサキたちは冒険者というには、あまりに脆弱だった。
聞けば、ムラサキが14才で、ダイジが13才、そしてマイナとショートは12才らしい。僕が言うのもおかしいけど、本当に子どもである。
「アグニの兄貴が猿を凍らせたのって、魔法なのか?」
そう訊いて来るショートは、魔法についての知識も、まるでないらしい。
たまたま僕は子どものころに魔法使いの婆と知り合って、色んな知識を得ることができたけど、普通に暮らしている人たちは、魔法と接する機会なんてないのかも知れない。
「そう。魔法だよ」
「すげぇ! 俺らとトシが変わらないのに、魔法が使えるなんて、すげぇ!!」
ショートは無邪気に感心してくれるけど、普通は紋様魔術が安くても金貨1枚かかると知ったら、どんな表情をするだろう。安い薬草ばかり集めている者からしたら、金貨はとても遠い存在のはずだ。
僕は自分の腰袋からスノウダケを取り出すと、ムラサキに手渡した。
「なに? 白くて綺麗なキノコだけど」
「それ、あげる訳にはいかないけど、見た目をしっかり覚えといて。エイダソウやタミルソウより、ずっと高く売れるはずだよ」
「ホント? みんなに見せてもいい?」
「ああ、みんなでちゃんと覚えておくといいよ」
薬草採集の競争相手を増やすのはイヤだけど、どうせ僕はもっと森の奥に向かうことになる。ムラサキたちがスノウダケを採れるようになったからと言って、僕の実入りが減ることはないだろう。
これで、少しは4人の儲けが増えればいいのに。僕は、素直にそう思った。
街に帰り着くと、やはりもう門は閉まっていた。
日も落ちて、辺りは闇の中だ。
あちこちに点在する炎は、閉門に間に合わなかった商人や冒険者たちの作った焚き火だろう。
僕が落ち着く場所を探していると、なぜかムラサキたちは、城壁に沿ってずんずん歩いて行こうとする。
「どこまで行く気なの?」
「え? 家に帰るんだよ?」
ショートは、何を当たり前のことを訊いて来るんだろうという様子だ。
そこで、僕はあることを思い出す。
ウェイカーンの街で人が住んでいるのは、城壁の内側だけじゃない。正式に街で暮らすことを許されていない人たちが、城壁の外に住み着いているんだ。
そこはスラムと呼ばれ、城壁内の住人たちが決して近寄ろうとしない場所だ。間違ってスラムに迷い込もうものなら、あっという間に身ぐるみを剥がされてしまうという噂である。
ムラサキたちは、そこの住人なのだろう。
「そうか。じゃあ、僕はここで朝を待つよ。またな」
僕は、なんでもない風を装って、4人に手を振った。
「あ、ありがとう。 またね」
4人も僕に手を振り返すと、闇の中へ消えて行く。
ムラサキたちがスラムの住人だからと言って、気にするつもりはない。それは確かだけど、とっさに気後れしてしまった自分がいるのも本当だった。
もし、「うちに泊まれよ」なんて言われたら、僕はどんな返事をしたことだろう。
そんなことを考えてしまう自分がイヤで、急激に気分が下降していく。
焚き火を作りながら僕が鬱になっていると、ふいに目の前に現れた人間がいる。
最初は、焚き火を共同で使おうという申し入れかと思った。
城壁外で夜を過ごす以上、魔物や肉食獣の危険が全くない訳じゃないので、知らない者同士で焚き火を共有し、助け合うと聞いていたのだ。
特に僕のように1人だけだと、朝まで眠れないことになってしまうので、そういう者たちが固まって、順番に睡眠を取るのが通例らしい。
しかし、現れた人物の目的は、そんなことではなかった。
「お邪魔していい?」
まず、そのハスキーな声の持ち主は女性だった。閉門後に女性が1人で城壁外をうろついていることは、普通あり得ない。
そして、返事も待たずに焚き火のそばに座り込んだその人は、僕の知ってる人だった。
「もしかして、ハリマさんじゃ・・・?」
「あら、あたしの名前を知ってるんだね?」
白っぽいワンピースの上にチュニックという、普通の街住まいの女性のような格好は、変装なのだろうか?
行方不明になったはずの色気おばさんことハリマさんは、意外なほどに元気そうだった。
「裁判のときに名前を聞きましたから。強盗かと思ったら、衛兵さんの部下だったんですね」
「坊やは無実だったんだろ? だったら、あたしらは強盗扱いされても仕方ないさ。あのときは、坊やを捕まえるついでに小銭をせしめる程度のつもりだったのに、金貨を見てムキになっちまったしねぇ」
そう言いながら、ハリマさんは自嘲的に笑う。
「それより、行方不明になったと聞いてましたけど?」
「ああ、それは自分で姿を消してたんだよ。坊やから逃げるためにね」
「え? 僕がハリマさんをどうかすると?」
「まあ、勘違いだったみたいだね。それは、あれからずっと坊やを見張ってて、よく分かったよ」
「は? 見張ってた?」
「さすがに、金級たちと一緒のときは近寄れなかったけど、坊やが1人のときは、ずっと見さしてもらっていたよ」
「嘘でしょ? そんな気配、全然・・・。って、昨日の夜のは、もしかして!?」
「ああ、昨日の夜は危なかったねぇ」
なんと、昨夜感じた気配は、猿人のものじゃなくてハリマさんだったらしい。
「ハリマさんて魔法使いじゃなかったんですか? まるで斥候みたいなこともできるんですか?」
「あたしは、元々そっちが本職さ。それに、坊やだって似たようなことをやってるじゃないか。驚くこともないだろ?」
言われてみれば、僕は魔法を使えると同時に、斥候の技術も身に付けようとしてるのだった。
「で、どうして僕がハリマさんを狙うんですか?」
「あの雷球の魔法だよ。坊やがあの魔法を使ったからじゃないか」
そう。僕は空き地にハリマさんたちを誘い込んだ上、ハリマさんの魔法を使ってみせたのだ。
後から考えれば、あれは調子に乗り過ぎだった。どんなものでも記憶できてしまう魔法のことが、ばれる可能性を作ってしまったのだから。
「あ、あれは・・・、以前に教えてもらったことがあって」
「隠さなくていいよ。あの魔法を使えるのは、18年前からあたし1人なんだよ」
「う・・・え・・・?」
「あの魔法を教えてくれた男が18年前に死んで、あたし以外にあの魔法を使える者はいないのさ。死んだ男の弟子たちにも、あの魔法を使える者はいなかった」
なんだか、とても曰くのある魔法だったようだ。どうやったら、誤魔化せるだろう。
「で、その弟子たちがバカだらけで、あたしがその男を殺したなんて言い出して、あたしが男からもらった物をよこせって言い出したんだよ」
「はあ」
「面倒くさくなったあたしは、男の財産を持ったまま行方をくらまして、この街まで流れて来たんだけどね」
「はあ」
「坊やが雷球を使うのを見て、そのときの追っ手かと思ったのよ。まあ、追っ手だとしても、雷球を使えるはずがないんだけどね」
「なるほど。それで姿を隠して、逆に僕を調べてたんですか」
「考えてみたら、何年も医術所で働いてたことが分かってる坊やが、追っ手のはずがないんだけど、念の為にね」
「で、疑いは晴れましたか?」
「ああ。追っ手が、あれだけ熱心に冒険者としての修業をやるはずがないものね。それに、坊やが雷球を使えた理由も、なんとなく分かったし」
「う・・・!」
「坊やは、記憶の魔法が使えるんだろ?」
「な、なんですか、それは?」
「だから、誤魔化す必要はないよ。だいたい、記憶の魔法なんて、珍しくはあるけど、雷球ほど使い手の少ないものでもないし」
「ええっ? そうなんですか?」
誤魔化そうとしていたことも忘れ、素直に反応してしまう僕。
「坊やの異常なとこは、そこじゃない」
「異常って、そんな」
「記憶にあることを完璧に再現できる。それが、坊やの異常さだよ」
「再現て、記憶があればできて当たり前なんじゃ?」
「そんなことを言ったら、どんな複雑な呪文でも、師匠の真似をしながらなら正確に唱えられるのかい? 見本があったら、どんな紋様でも正しく写し取れるのかい?」
「はい。そうでしょ?」
「できないんだよ、普通は! それを当たり前にやってしまう坊やが、おかしいのさ」
「嘘でしょ・・・?」
僕は、呆然と呟いた。
ご報告いただいた皆様、ありがとうございました!
今後、このようなことは・・・(泣)