魔女の薬
青年は魔女の家から出て行くと、自分の家へ帰りました。
青年の家は魔女が暮らす森のすぐ近く。魔女が買い出しに訪れる街です。
青年はすぐさま、閉めていた店を再開させます。
魔女の家から持ち出した、たくさんの薬草で青年の店は瞬く間に腕のいい薬師となりました。
店が有名になってくると、魔女の家から持ち出した珍しい薬草は、調合していくうちに底が尽き始めました。
徐々に減っていく薬草に、注文が入ってきます。
「魔女の家に行かなくてもここで、ほしい薬を作ってもらえるから助かるよ」
そう言ってもらえた青年は心を踊らせる一方で、持ち出した薬草の調達方法を考えなくてはなりません。
魔女から調達方法は教えてもらえませんでした。
はぐらかされ、青年が気がつくと補給されているのです。
薬の調達に頭を悩ませている、ちょうどその時。
定期的に魔女の家に来る八歳の女の子が母親と青年の店に現れます。
女の子は青年を見て魔女の家にいた人だと気がつきました。
「魔女さんに、いつものお願いします」
「魔女はいないよ。ここは僕のお店だから。僕が調合するよ」
女の子の薬は珍しい薬草ばかりを使った特別な調合です。
女の子の薬を調合したことはありません。女の子の薬は必ず魔女が作っていました。
青年は別の薬を作りながら盗み見ていただけです。
青年は残り少ない薬草を使って調合をします。分量はわかりません。盗み見た情報を頼りに作りました。
女の子に出来上がった薬を渡します。
女の子は瞳を輝かせながら、その場でお薬を一口、飲んでしまいました。
「これじゃない」
女の子は母親に違うと言います。
母親は困惑します。色、匂い、そして量。全てが魔女に調合してもらったものとなにも違いがないからです。
「味が違う。こんなのじゃない」
女の子は悲痛な声を青年へぶつけました。
「おねぇちゃんが作った薬がいい!」
女の子は瓶に入れられていた残りの薬を床に叩き割り、店を飛び出して行きました。
「すいません、娘がご迷惑をおかけしました」
周囲にいたお客たちへ母親は謝ります。
青年には何が違ったのか全くわかりませんでした。
「最近、森へ行っても、魔女さんの家にたどり着けなくて……仕方がなくてお邪魔したのです。魔女さんの家に行く道が変わったのかもしれないですね」
母親は肩を落としながら、お金を置いて店を出て行きました。
店を開店する前に青年は森へ向かいます。
魔女の家を出てから一度も近づかなかった森の風景は変わっていません。
少女の母親が言っていたことが確かなら、青年が歩き慣れた道で魔女の家につけないことになります。
数ヶ月前の記憶を辿りながら、森を歩きます。
魔女の家に続く分かれ道が、どこまで歩いても見つかりません。
真っ直ぐ道なりに歩いて行くと、森の入り口に着いてしまいます。
青年はもう一度森へ入ってみますが、今度は違う場所に出てしまいました。
森の異変に気がついてから数日後。
青年は時間を見つけては森のに入り魔女の家を目指します。
何日経っても、森は変わりません。入る場所は一緒でも出る場所は毎回違います。必ず森の外へ出るように道が出来ています。
森に入って、家を探して迷い、外に出られなくなってしまわないように。
人を拒絶した、魔女の気遣いなのかもしれません。
そして、青年の店は客足が減りつつありました。
女の子が言った言葉が、瞬く間に広まってしまったのです。
魔女の真似をする悪質な薬師と噂されるようになり、店には悪質なイタズラをされるようになってしまいました。
青年は真似をしたつもりはありません。ただ、魔女に教えてもらった調合法にアレンジを加えて作っていただけです。
よくない噂がたった後は、なにを言っても人は耳を傾けてはくれません。
青年は店をやめることにしました。
魔女の薬がどれだけ人に必要とされていたのか。心が痛むほどに思い知らされました。
青年の薬はもう、この街に必要ないのです。
必要とされているのは、優しい心を持った森に住む魔女の薬。
魔女に会う前、青年が作った薬より魔女の薬が絶賛されているのか分かりませんでした。
それはいまでも、変わりません。分からないのです。
魔女に会い、薬の知識を盗み、街に戻って店を再開させました。
一度店を閉める前よりも、客の目は冷たくなりました。
店を閉め、薬師としての自信をなくした青年の元に、友人が訪ねてきました。
彼女は、青年が薬師として、はじめて自分の店を開いた頃、手伝いをしてくれた幼馴染です。
彼女は、子供を連れて青年の店にきました。
「この子に薬、調合して?」
青年は薬を作る気力がこれっぽっちもありません。断ると、女性は青年に呆れながら、昔の話をしてくれました。
幼馴染は青年に、昔の青年を思い出して欲しかったのです。
青年は薬師を目指した理由を、思い出しました。
青年が幼い頃、街に意地悪な薬師がいました。薬師は、青年の両親に薬を作ってはくれませんでした。
両親が病に倒れ、薬が必要でした。
薬があれば助かった病。薬師は両親に治る薬を作ってくれなかったのです。
青年は、薬師になって、差別しない薬師になろうと努力と頑張りで、やっとなれた大切な称号です。
青年はその時の気持ちをすっかり忘れていました。
青年は店に残った少ない薬草を使って、気持ちを込めて薬を調合します。
この薬で、幼馴染の子供が良くなりますように――。
青年の薬で幼馴染の子供は元気になりました。
街中を元気に駆け回り、友達と笑い合うまでに回復したのです。
青年はなんとしても、魔女にあわなくてはなりませんでした。
なぜ、魔女の薬があれだけ絶賛しれていたのか、やっと分かりました。
毎日、足が疲れるまで、森を歩きまわりました。
どこかで、中に向かう道が曲って、外へ行く何かがあるはずです。
雨が降る日、風が強い日、祭りの日でさえも、森へ向かいました。
二年の月日が経ち、やっと見つけました。
魔女がかけた人を拒絶する魔法がかけられた場所を。
そこは人の体温を感知すると、発動して、景色をガラリと変えてしまいます。
よく目を凝らして見なければ、変わったことさえ気がつきません。
これに、人だと思わせなければ通れるはずです。
魔女の魔法を解除しないと。
青年はもてる知識を使って、人の体温と感じさせない薬を作っては試しを繰り返すこと、さらに半年。
ついに、魔女の魔法をすり抜けることができたのです。
三年前と変わらない景色が魔法を抜けた先にあります。
魔女の家は三年前と変わらない姿で森の中にありました。