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魔女の恋  作者: 柚希
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魔女の恋

 小さな村のはずれの森に住む魔女は、人とのかかわりを好まない一風変わった魔女でした。

 魔女が作る薬は病によくきくため、村人は病気になると薬を求めて魔女の家へ足を運びました。


 ある日、魔女の家に、一人の青年が訪ねてきました。

 くすみがかった青い瞳に、黒い髪。背が高くやせ細ったその姿は、とても美しく、魔女はその姿に見惚れてしまいました。

「なにか御用?」

 魔女は平静を装い、青年に問いかけます。

 家に来るようが、薬であることがわかっていても、魔女は誰にでも、同じ質問をするのでした。

「ここで、働かせてもらえませんか?」

 けれど、青年の答えは違っていました。

 魔女は悩みました。

 人を寄せ付けない魔女は、そばに他人を置くことを好んでいません。

 いつも、一人がいいのです。一人でいたいのです。

「はい、わかりました」

 なのに、魔女の口から出た言葉は心とは違っていました。

 薬を求める村人へ返す言葉と同じでした。

 承諾してしまったのです。青年が家で働くことを。




 その後、青年は魔女の家で暮らすようになりました。

 魔女が作る薬に興味を持ち、魔女は薬の調合法を青年に教えました。

 青年は魔女のために、家のことを何でもやってくれました。



 ある時気づいたのです。

 魔女は青年に恋をしていることに。

 知らず知らずのうちに、好きになっていたことに……。

 恋を自覚した魔女は、不安になりました。

 いつか、青年が家を出て行ってしまうのではないかと。

 今は一緒にいられる。

 だけれど、いつか目の前からその姿が無くなってしまうのではないかと恐れました。


 そして、魔女は……

 その気持ちを、青年へ言うことにしました。

 自分の気持ちをぶつけてみることにしたのです。


「あなたが、好きです」

 薬の調合を二人でしているとき、魔女は顔をりんごのように赤く染め、告白しました。

 精一杯の告白でした。

 青年は、目を見開き驚きました。

「ありがとう。うれしいよ」

 魔女はこの答えで、胸がいっぱいになりました。

 自分の気持ちと青年の気持ちが通じ合ったのです。

 これで、青年はこの家を出ていくことはないと、思いました。

「でも、僕はここにはいられない。あなたの気持にも答えることはできません」

 青年の返事には続きがありました。

 魔女はなぜ、断られたのかわかりません。

 告白に落ち度はなかった。

 ありのままの気持ちを青年に伝えたのです。

 青年もその気持ちにこたえると……。

 そこでふと、違和感に気付いたのです。

 青年は、告白してくれたことに対してお礼を言ったのであって、気持ちを受け取ってくれたわけではないのだと。

「僕、ここで働くのは今日までにするよ。今までありがとう。魔女さん」

「いかないで。やめないで」

 青年は、悲しみに打ちひしがれる魔女へ最後にこう言いました。

「僕は、薬師です。あなたがここで効果のいい薬を調合するから、こちらは商売にならない。だから、あなたの調剤法を盗みに来ただけ。あなたと暮らすつもりなど、これっぽっちもない。まあ、薬に関しては、あなたが僕に勝手に教えてくれたんですごく助かりました」

 青年は、にこりと笑顔を浮かべました。

 その笑顔は、とても美しく、ふられたというのに魔女は見惚れました。

「これで、僕の商売も繁盛する。魔女さんには悪いけど、もうここに客は来ないよ」

「お客さんなら、ここへ呼べばいい。お願い、どこにもいかないで。わたしのそばにいて」

 涙を流して懇願する魔女を、振り切るようにして、青年は家を出ていきます。

 魔女はそれでもあきらめられず、青年を追いかけました。

 でも、外に出た魔女の目に映るのは、うっそうと茂る森だけです。

 青年の姿は忽然と消えしまいました。

 青年は、魔女を裏切ったのです。

 いいえ、魔女が青年にだまされたのです。

 彼の容姿と、偽りの性格に。

 魔女は泣きました。

 いつまでも、泣き続けました。

 立ち直り方が、わからなくなってしまいました。

 どうしたら、自身を取り戻せるのか、わからなくなりました。




 魔女は恋をしていました。

 同じ家に住む青年に恋をしていました。

 口数の少ない魔女へ、青年は笑顔で話しかけてくれました。

 魔女は、毎日がとても楽しく、とても幸せでした。

 好きな人がそばにいるだけで、幸せでした。

 魔女は、目から、大粒の涙を流しました。

 そして、魔女は、悲しみから逃れるために、自分のために一度しか使えない魔法を使いました。

 人との接触を一切断つために、森に魔法をかけました。

 誰かが入ってきても、元の場所に戻るよう、侵入を阻止する魔法をかけました。

 自分には、青年に関するすべてのことを忘れるよう忘却の魔法をかけました。

 この気持ちを忘れたくて。

 つらい気持ちを、忘れ去りたい一心で、魔法をかけました。



 魔女は青年のことを忘れました。

 何もかもを忘れてしまいました。

 自分が、恋をしたことも、幸せだった日々のこともすべて忘れました。



 魔女は、一人、ひっそりと森に住んでいます。

 恋を忘れた魔女は、以前と変わらない生活をしていました。

 ただひとつ変わったことは、誰も家の戸をたたかなくなったことです。

 魔女は不思議に思いながら、今日も薬を作ります。

 いつか、誰かが薬を求めて家へ来てくれる日のために。

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