始点・ここから
「ここは、随分賑わっているんだな」
その町は誰も鬼のことなど知らないかのように人で溢れ賑わっていました。いや、もしかしたら本当に知らないのかもしれません。
「何故かわからんが、鬼は小さな集落、村しか襲っとらん。じゃから、ここの人等が鬼自体を知らんでも何ら不思議じゃあない」
そう言うと烏禅は先を歩き出しました。
「ということは……」
桃太郎はあることに気付き少し足を留めました。
ここの住人が鬼のことを知らないとすると、この町で仲間を集うのは実質不可能ということになってしまうということです。
「なんだぁ?怖じ気づいたのか桃太郎よ。俺達なら鬼が何匹かかってこようが関係ねえだろ」
神戌は桃太郎の背中をポンッと叩き、烏禅の後を追うように歩き出しました。
桃太郎が後方にいるのを確認すると神戌は烏禅に小声で話しかけるのでした。
「お前は…本当に勝てると思ってんのか?」
すると烏禅はニヤリと笑いました。
「十中八九無理、じゃろうな~」
神戌は開いた口が塞がりませんでした。
「は?お前…なんだよそれ」
「まあ…今のところは、って話じゃが。僕が描いてる理想がどこまで繋がるかによるのう」
「……俺は、自分の命まで捨てるつもりはねえからな。俺が何の目的でここにいるのか忘れるなよ」
神戌は顔を強張らせ町中へと歩を進めました。烏禅はやれやれと溜め息を吐き、後ろを振り返りました。
「桃太郎ー、お前鬼はどこにいるのかは知っとるじゃろう?」
「鬼ヶ島…じゃないのか?」
「その通り」
烏禅の質問の意図が分からず桃太郎は悩ましげな表情を浮かべました。
「そこまでどうやっていくつもりじゃ?」
「船を借りる予定だったが?」
桃太郎がそう言うと烏禅はまた、得意気に笑いました。
「実は満月になると、鬼ヶ島とこの先の、ある場所が地続きになる。潮の関係でな」
「なるほど。そこを渡っていけば余計な手間も省けるな」
「じゃがそこは鬼の通り道でもある」
「そんなところを通るってのか!?」
「心配するな。ちゃんと準備はしてある。隠密作戦じゃ」
烏禅は御札を取りだし、ひらひらと桃太郎に見せました。
「任せていいんだな?」
「もちろんじゃ」
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「まだこんなところにいたのか」
人混みから話し掛けてきたのは神戌でした。
「どうした、何かあったのか?」
「どうした?ばか野郎!飯も食わずに鬼退治なんかできるかあ!」
神戌は人が変わったかのように怒鳴りました。余程腹を空かしていたのかその姿は、まるで犬だな、と2人は思いました。
「確かに腹が減ったのう」
「適当な所で腹ごしらえといくか」
この町では大抵の店が揃っています。殆どのモノがここでは手に入ることでしょう。
適当な居酒屋に3人は腰を下ろしました。頼んだのは酒と、料理を机いっぱいに。
「頼…み過ぎじゃねえか?」
「最後の食事になるかもしれねえからな!」
「やはは、縁起でもないねえ」
静かに酒を啜る桃太郎の横で神戌は料理にがっつきました。それに、笑えない冗談でも笑っている烏禅の心境は桃太郎には理解できませんでした。
「で、大丈夫なのかこんなに頼んで?金は少ししか持ってねえぞ」
「心配いらん」
そう言って烏禅は1つの袋を取り出しました。ドサッと机に置かれたその袋の中には、大量の硬貨が入っていました。
「いや、お前どうして!?」
「袁蔵の旦那が、これで何か食えって」
「…感謝しきれねえな……」
袁蔵には最後まで世話になる形になりました。
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食事を終えると3人は茶屋へと向かいました。心を落ち着かせる、最後の休息といったところでしょう。
「満月は、今夜…だよな」
「そうじゃ、潮はもう引き始めちょる」
「やはりそこを通るのか」
神戌が言いました。
「まあ、僕の札貼ってお前が術かけとけば大丈夫じゃろ」
茶を啜り、少しばかり話していると茶屋の娘が羊羮<ようかん>を運んできました。
「羊羮は頼んでないが?」
「なんや、えらい構えてはったから…これはうちからのサービスや」
「そうか、すまない」
「何か考え事でも……?」
「いや…対したことじゃない。ありがとう」
「今日のお客さん皆怖い顔して…これから何かしはりますの?」
桃太郎は娘の言葉を聞き、自分達以外にも客がいたことに気付きました。
「他にも客がいたの…か……!?」
その客を見た瞬間、桃太郎はその場で固まってしまいました。そこには見覚えのある男が座っていました。
「まずは第一要因……」
すると烏禅が誰にも聞こえないくらいの小声で言いました。
そして男がこっちを見て言いました。
「なんだ?桃太郎、これから鬼退治にでも行くみたいな顔して」
「……猿か!」
「遅れたが俺もお供するぜ。今まですまなかったな…」
「……そうか…ありがとう」
「俺の、本当の名前は袁摩だ」
2人は再び、あの時のように握手を交わしました。そして神戌は何故か不機嫌そうな様子を浮かべていました。それに気付き袁摩も眉間にシワを寄せました。
「気に入らねえ……」
「まあまあまあまあ」
睨み合う神戌と袁摩をなだめるように烏禅が割って入りました。烏禅と袁摩はどうやら互いに知っているようです。
神戌は誰にでも敵意を抱いてしまうので、種類で言うと番犬の括りだと桃太郎は思いましたが口には出しませんでした。
日も沈み空には満月が顔を出しています。
「それじゃあ…行こうか……」
桃太郎は立ち上がりましたが他の3人は着いてこようとしませんでした。
「おい、どうした?」
「いつまでも1人で背負ってんじゃねえよ」
袁摩が言いました。
「その腰に付けてる物を分けてくれんかのう」
烏禅が言いました。
腰には、お婆さんの作った吉備団子しかありません。
「いや、これは…そんな大層な物じゃあ……」
「桃太郎」
烏禅が言いました。3人とも真剣な眼差しで桃太郎を見つめました。
少し空いて桃太郎は短く息を吐き、吉備団子を3つ差し出して言いました。
「烏禅、神戌、袁摩!俺に着いて来てくれ!俺と一緒に戦ってくれ!」
「ふんっ、仕方ねえな」
吉備団子を1つ手に取ると神戌は歩き出しました。
「勝とうぜ、桃太郎」
同様に袁摩も吉備団子を手にしました。
「お前の思いは皆で背負った。改めて言う。お前は1人じゃない」
烏禅は、桃太郎の肩に手を当て言いました。




