御令嬢と葛藤2
「では、傷の手当ての準備をしますので暫くお待ち下さいませ」
「はい……」
セバス様が出て行くと、静まり返った部屋に自身の無力さに我慢していた涙が溢れます。
「……どうして、どうして……なのですか……っ、ワタクシ……っ……ひっく……」
涙が止まらなくて、泣き顔を見られたくなかったワタクシは部屋の鍵をかけて扉の横の壁に背を預けて膝を抱えました。そうしていると足音が近付いてきて、ワタクシの部屋の前で止まります。
「フローラルお嬢様、お待たせ致しました」
「ワタクシはっ……大丈夫ですから……お帰りください」
「っ、フローラルお嬢様?」
扉をノックしてからセバス様の呼ぶ声が聞こえました。控えめにノブを回す気配を感じましたがワタクシが内鍵をかけたので当然、開きません。
「フローラルお嬢様、扉を開けて下さい」
「イヤです……っ、ひっく……」
「っ、私がお嫌でしたら他の者を……」
「……っ……ひっく……」
泣き止もうとしても、次々と溢れる涙にワタクシは嗚咽を漏らします。
「……セリシア様をお連れしても?」
「っ……イヤ、です……!」
「フローラルお嬢様……」
「ワタクシの事は放っておいてっ!」
「そうは……っ、分かりました。……申し訳ございませんでした。フローラルお嬢様」
扉の前から遠ざかる足音を聞きながら、また泣いてしまいます。コレはただの我儘だと分かっています。癇癪を起こす子供のように、思う通りにならない事の憤りをぶつけているだけです……。
* * *
どれくらいそうしていたか分からなくなるほど泣いていたようで、いつの間にか泣きながら寝入ってしまい、壁に寄りかかっていたはずのワタクシはベッドへと寝かされ、靴擦れの手当てもきちんとされていました。着ていたはずのドレスも夜着へと着替えさせられています。
「ワタクシは……」
「ローラ、起きたかい?」
「公爵様……」
ベッドの横にあるサイドテーブルの上に積み上げられた書類の横にペンを置き、立ち上がると優しく微笑みながらベッドに腰を降ろしました。
「セバスから話を聞いたよ。でも、そんなに泣いてどうしたの?」
「公爵様……っ、あの二人は悪くないのです。ワタクシがムリを、言ったから……っ!」
「ローラ、落ち着いて」
「……っ……ひっく……」
「泣かないで? 君に泣かれると私は胸が痛くなるよ」
公爵様は急に泣き出したワタクシを疎まず、抱き締めて頭を撫でて下さいました。
「ローラはあの二人が罰を受けるのは嫌?」
「はい……。ワタクシが悪いのに、彼女達が罰を受けなければならないなんておかしいです」
「じゃぁ、その所為で他の者達が怠け始め何をしても許されると勘違いしたら? 主が怪我をしようが、危ない場所に行こうが気にしなくなったら、君はどうするの?」
「……っ、罰ならワタクシが受けます」
「それは答えになっていないよ、ローラ。考えてごらん」
「ん……っ……」
優しくワタクシを諭し顔中にキスの雨を降らせます。ワタクシがこのまま我儘を押し通したら……それはきっと、ダメな事だと思います。
「ローラ、君は私の妻になる人だ。その意味をもう一度考えて?」
「ワタクシは……っん」
「おやすみ、ローラ。私はまだ仕事があるから戻るよ」
最後に唇に口付けをすると、サイドテーブルの上に置いてある書類を持ち出て行きました。
* * *
公爵様とセバス様の言葉がグルグル頭を駆け巡って、眠れずに朝を迎えました。朝に来た侍女さんはワタクシの知らない方で緊張します。
ヘレナとクリスさんがどうなったかも教えてはくれませんでした。
「……ふぅ……」
「ガーベルお嬢様、エヴァンス伯爵令嬢のアンリ様がお見えですが如何致しますか?」
「アンリが?」
「はい」
「いつものよ……っ、庭へご案内して、お茶の用意をお願いします」
「かしこまりました」
何度目かの溜め息を吐いた時、マニュアル通りの堅苦しい挨拶ときっちり線引きされた侍女さんの態度に、庭へ向かいながらヘレナの朗らかな笑顔が恋しくなりました。
「……っうぅ……」
「まぁ! どうなさいましたの、ローラ!?」
「アンリっ……!」
アンリの顔を見たらまた涙が止まらなくて、アンリがワタクシを抱き締めて下さいます。
しばらく泣いて落ち着く頃、昨日の出来事とワタクシの気持ちをアンリに聞いてもらいました。
続ます。