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「え?」

 突然のことに、何が起こったのか分からずに呆然としているのは私だけではないと思う。


 今日は受験日だったはずだ。

 一生を決めるとまでは言わないが、それでも私にとっては大事な大学の入学試験の日だったはずだ。

 バスに乗りこんで、試験場まではあと少しというところまで行っていた、そのはずだ。

 なのに、ここはどこだ?


 森の中であることは分かる。

 実際に行ったことが無くても、知識として頭にあるので、さすがに見れば分かる。

 そしてここにいる人たちは皆、同じバスに乗っていた人たちだろうってことも分かる。

 暖房であたためられた車内からいきなり外へ──というか雪の積もる森へ──と出されて、震えている人がいることも分かる。

 けれど、それ以上のことが何も分からない。



「運転手がいないな」

 と誰かが言った。

「バスごと消えたか?」

 と別の誰かが言った。


「おいおい、俺の上着が消えたぞ」

「僕のコートも消えたよ」

 上着を着ている人の中でさえ、震えている人がいる。

 リュックサックに付けた温度計のキーホルダーを見てみると、気温は0℃よりも少し下になっていた。


 風を通さないようにだろう。

 バスに乗っていたときよりも密集した状態で、ぽつりぽつりと会話が進んでいく。


「客も一部消えてんじゃね?」

「だな、人数が少なすぎる」


「いや、消えたのは俺たちかもしれないぜ?」

「あー、状況的にそう考える方が自然か」

 街の中にいたはずなのに、いきなり森の中だもんね。


「何が()ったんだ?」

「さあ。知っているやつがいれば俺も聞きたいが……」

 その声はそれなりに大きく、この場にいるみんなに聞こえていないはずがないのだが、誰も返事をしない。



「これってもしかして、異世界召喚ってやつ?」

 新しい声が、おずおずという感じで参加してきた。

「おお、魔法陣が出てくるあれか!」

 急に会話がはずみだす。


「にしては、聖女様も王女様もいなくね?」

「偉そうな魔法使いも騎士団もいないな」

「じゃあ、次元の割れ目に落っこちたとか、そっち系か」

「あー、奴隷にはされないけどチートも貰えないってやつか」

「元の世界の知識で無双するやつか」

「ああ、農業とか料理とか内政とかか」

「その為にはまず、この森を出なきゃいけないわけだが」

 そこで会話がしばし止まる。


「なあ、俺たちの最初の敵って何だろうな?」

「ウサギ?」

「それ、敵っつーより獲物じゃね?」

「だったら、金持ちの商人かお姫様を付け狙う山賊だろ」

「いきなり人間かよ?!」


「いやいや、落ちつけ、お前ら。まだここが異世界だとは決まってねーだろ」

「ああ、もしかしたら地球の裏側に飛ばされ……てたら、ここは海のはずだよな」

 うん、ここは沖縄県じゃないからね。

「タイムスリップ?」

「いや、これだけの人数がいるんだ。可能性として考えるならやっぱり異世界召喚だろう」


「手っ取り早く確認する方法って何だろうな?」

「魔法だろ。魔法が使えたら異世界、それ以外なら……まあ謎のままだな」

「じゃあ、あったかくなるようにウォーム! ってか魔法って普通、長ったらしい呪文が必要なんじゃないの?」

「我らを照らす光を、ライト。……呪文なんてそう簡単に思いつかねーよ」

「じゃあ僕も、【ウォーター】。……出たよ、ごめんね?」

 一部の人の頭の上から、小さくは無い水の粒がぼたぼたと落ちてきた。

 私はその被害から(まぬが)れたけど、免れなかった人たちの怒りが怖い。


「何やってんだ、お前? つか、何でお前だけが魔法を使えるんだ?」

「職業的なものじゃないの? 学者って魔法使いの端くれだよね?」

「なんで自分が学者だと断言できる?」

「そんなの決まってんじゃん。【ステータス】を見たからだよ」



 世の中には選ばれる人とそうでない人がいるのだと、小学校の班替えの時に学んだ気がする。

 あの頃作るように言われたのは4人班だった。

 けれどクラスの人数がきっちり4の倍数になることは確率的にもあまりなく、私の所属していたクラスではいつも1人だけが余るという結果になっていた。


 だが、今思えばあの頃はまだ良かった。

 たとえ最後の1人となってしまっても、最終的には必ずどこかの班に──たとえ歓迎されなくとも──入れてもらえたからだ。

 そして、あぶれる子は決して固定ではなかった。


 今回パーティー作りも、あの頃と似てると言えば似ているかもしれない。

 だが、決定的に違うこともいくつかある。


 今回ここにいるのは25人。

 そして作るのは6人パーティーだ。


 25は6で割ると1余る数字だから、今回もあぶれる人は1人出てしまうのだろう。

 だが、6人という人数が上限である点がまず違う。

 余った1人を入れて7人パーティーとすることはできないのだ。


 さらにパーティーの上にはユニオンというものがあって、そっちの定員は4パーティー──最大で24人──となっている。

 ここにいる人間が24人と1人に別れる可能性は……一体どれくらいあるんだろうか?

 そしてその1人の方に私が入る可能性は。


 ここはいつ何が襲ってきてもおかしくない、森の中だ。

 今のところ襲ってくる人も獣もいないが、いつまでもここが安全だという保証はどこにもない。

 そんな場所に足手まといだからという理由で1人残されたら……想像もしたくない現実が待っているに違いない。


 置いて行かれたくないと強く思う。

 だけど私は、今この時にもっとも大切とされるステータスが終わっている。


  名前:木々偕子(きぎみなこ)

  年齢:18

  種族:人族

  職業:村人(レベル20)▽


  HP:5

  MP:5

  SP:5

  満腹度:78%

  潤喉度:78%

  状態:普通


  物理攻撃:3

  物理防御:3

  魔法攻撃:3

  魔法防御:3

  命中:3

  回避:3

  幸運:156


  スキル:なし▽

  スキルポイント:200

  所持金:21,386タピル


  称号:異世界人


 戦闘職の人たちは大体3桁、非戦闘職の人たちでも大体2桁はあると聞こえてくるHP、MP、SPが全て5しかない。

 同じく、物理防御も魔法防御も回避も3しかない。

 レベル20でこれなら1の時はどうだったんだろう?

 と余計な不安を抱くほどだ。


 幸運だけはかなり高いっぽいから、それだけで生きていける世界ならいいけど……。



 みんなは火を中心に集まっている。

 キャンプみたいで少し楽しそうだ。


 私はふかふかの雪の上に独り寝転んで、さっきからぼーっとしている。

 寝心地は最高だが、暇だ。

 ステータスはとっくにメモったし、写真も動画もスマホとコンデジで何枚か撮った後だ。

 漏れ聞こえてくる情報もメモした後だ。

 あとは何をメモすればいい?


 そんな私とは逆に、多くの人に囲まれているのは勇者という職業を持つらしい男子だった。

 1人だけ飛びぬけて能力が高いんだとか。

 しかも最初から大剣と光魔法と強そうなスキルを2つも持っているんだとか。


 ……うん、(うらや)ましいね。

 彼の周りに集れる人たちが羨ましいよ。

 私にとって勇者は、歩く兵器と呼んでもいいような存在だから、怖くて近くになんて寄れない。

 いや勇者だけじゃなく、戦闘職──中でも攻撃職と呼ばれる人たち──はみんな怖い。

 物語に出てくる村人たちは、よく勇者一行に声がかけられたなと思う。


 勇者が周りから促されるようにして、まず選んだのは治癒術師だった。

 次が付与魔術師。

 戦士。

 鍛冶師。

 勇者自身も含めて、全員が男子だ。

 勇者パーティー≒ハーレムまたはカップルしかいないというイメージだったので、少し意外だ。


 それはともかく、残るメンバーはあと1人ってことで、勇者の周りがさらに(やかま)しくなった。


「ほら見て、この自動人形。私は弱いかもしれないけど、この子は強いよ?」

「この狼、仲間に入れたくない?」

「わ、私だって鳥なら出せるもん」

「料理ならできるぞ」

「裁縫師なんだけど、どうかな?」


 職業の偏りが結構あるっぽいな。

 勇者の周りだけかもしれないけど、召喚系と職人系が多すぎる。


「薬師は? 薬だけじゃなくて毒も作れるようになると思うんだけど」

「毒? いいね、私と組まない? 私盗賊だから、相性悪くないと思うんだけど」

「今はヒルポしか作れないけど大丈夫?」

「ヒルポってHP回復薬だよね? 平気平気。むしろありがたい」

「ホント? じゃ、よろしく」

 勇者と組むのを諦めて新しいパーティーを作る人たちもいる。



「ねえねえ、スキル()いていい?」

 雪の上を相も変わらずゴロゴロしていると、いきなり話しかけられて驚いた。

 いつの間にか私の傍に、全身に苔や蔦みたいなのをくっつけた女子が1人立っていた。

 ギリースーツだろうか?

 あったかいんだろうか?

 本来なら姿を隠す為の装備のはずだけど、雪の上なので丸見えだ。


「驚かしてごめんね? これ、私のスキル。あなたスキルも教えてくれないかな?」

 先に教えてくれる人は珍しい。

 けど、ゴメンって感じかなあ。

「なしだよ」

「ん、梨? それってどんなスキル?」

「いや、無いんだけど」

 申し訳なさそうな顔と沈黙が痛い。


「えっと、職業とかステータスとかは……?」

 お、珍しく食い下がられた。

 ただでさえ少ない女子がさらに残り少なくなってきたからかな?

 ほとんど男子しかいないという状況で、しかも周りは樹しかないという環境。

 身近な場所に同性がいてほしいという気持ち、解らないではないよ、うんうん。

 けど、それでも私は選ばれない。


「職業は村人。HPとかならオール5で、攻撃とかならオール3だよ」

 なぜか幸運だけは156とやたらに高いけど、言っても変わんないだろうなと思う。

 ──ちなみに勇者は一番低いのが幸運で217らしい。


「あ、えと……」

 あー、やっぱりか。

 覚悟はしていたつもりだけど、やっぱり期待もしてたんだよね。

 けどまあ、仕方がない。

「私、まだ他の人にも声をかけるから……」

 じりじりと後ずさりながら何か言っているけど、いいよ、解ってる。

 そっちの情報を一切くれないとことか、パーティーどころかフレンドの申請がこない時点でもう解っているから。



 そういえば私、初期スキルは1つもないけど、スキルポイントは200あったんだよね。

 あれを使えば私もスキルが覚えられる気がするんだけれども、どこで使えばいいんだろう?


 もしかしてスキルの横にあった『▽』?

 でも、どうやって開くんだろう?

 試しに呟いてみる。

「【スキル】」


  言語

   人族語(レベル1):10P


  仕事

   人族の村人の仕事A(レベル1):10P

   人族の村人の仕事B(レベル1):10P

   人族の村人の仕事C(レベル1):10P

   人族の村人の仕事D(レベル1):10P

   人族の村人の仕事E(レベル1):10P

   人族の村人の仕事F(レベル1):10P

   人族の村人の仕事G(レベル1):10P

   人族の村人の仕事H(レベル1):10P

   人族の村人の仕事I(レベル1):10P

   人族の村人の仕事J(レベル1):10P

   人族の村人の仕事K(レベル1):10P

   人族の村人の仕事L(レベル1):10P

   人族の村人の仕事M(レベル1):10P

   人族の村人の仕事N(レベル1):10P

   人族の村人の仕事O(レベル1):10P


  魔法

   水魔法(ウォーター,レベル1):10P

   火魔法(ファイアー,レベル1):10P


  ステータス上昇

   HPの最大値上昇(レベル1):10P

   MPの最大値上昇(レベル1):10P

   SPの最大値上昇(レベル1):10P

   物理攻撃上昇(レベル1):10P

   物理防御上昇(レベル1):10P

   魔法攻撃上昇(レベル1):10P

   魔法防御上昇(レベル1):10P

   命中上昇(レベル1):10P

   回避上昇(レベル1):10P

   幸運上昇(レベル1):10P


  回復上昇

   HP回復小上昇(レベル1):10P

   MP回復小上昇(レベル1):10P

   SP回復小上昇(レベル1):10P

   HP回復大上昇(レベル1):30P

   MP回復大上昇(レベル1):30P

   SP回復大上昇(レベル1):30P


  情報

   勇者の情報(レベル1):10P

   魔王の情報(レベル1):10P

   今日の天気(レベル1):10P


  武器

   片手剣(レベル1):50P

   両手剣(レベル1):100P

   短剣(レベル1):50P

   棒(レベル1):100P

   槍(レベル1):100P

   片手斧(レベル1):50P

   両手斧(レベル1):100P

   爪(レベル1):100P

   扇(レベル1):50P

   鞭(レベル1):50P

   片手杖(レベル1):50P

   両手杖(レベル1):100P


 おお、何かいっぱい出てきた。

 これが現在取得可能なスキルとかいうやつなのかな?

 私が取る意味がありそうなのは……人族語とMP回復とSP回復、あとはせいぜい今日の天気くらいか。

 気持ちとしてはHP回復上昇が欲しいんだけどね。


 人族の村人の仕事が謎すぎるんだけど、村人の仕事ってたぶん、種まきとか機織りとか子守とかそんな感じだよね?

 もしも食料の採集とか鑑定っぽいものがあるなら欲しいけど、他は特に……。



 もう1つの『▽』は何かな?

 職業の横にあるわけだし、やっぱり転職ボタンかな?

 試しに呟いてみる。

「【職業】」


 うん、転職ボタンっぽい。

 村人の下に村人Dと村人Fという文字が出てきた。


 DとFの違いってなんだろう?

 まさかAが富農でFは貧農とかそういう分け方だったりしないよね?

 謎が多い職業だな、村人。


 あ、何か説明がある。


  選択肢は通常2つ。

  選択肢はステータスの変動等で変わることもある。

  転職後は転職前の職業に戻すことはできない。

  転職後は転職前の職業のスキルを新しく取得することはできない。

  転職後も転職前に取得したスキル,スキルポイント,所持金等は引き継がれる。

  転職にはHP,MP,SP,満腹度,潤喉度が70%以上必要、転職直後は全て10%に下がる。


 うーん、転職のペナルティーがキツイ。

 いきなりの瀕死状態だよね、これ。

 けど、転職できる機会は今を逃したらもう無いかもしれない。

 満腹度と潤喉度は、回復する手段を手に入れられないと減る一方だからね。


 どうしようかな?

 飲みかけのお茶ならリュックサックに入っている。

 食べ物は……昼前に試験は終わる予定だったから要らないと思ってたよ。


 まあ転職するかどうか、村人のスキルの中で必須っぽいものを覚えてから、もう一度考えるかな。



 うーん、やっぱり言葉は必要かな。

 何から何まで自分たちで自給自足というのはちょっと無理があるというか……色々と不満が出てくると思うんだよね。

 特に下着と靴。


 あとは、どうしよう?

 やっぱりSP大回復かな。

 みんなでこの森から出ようってなったときに、1人だけついていけないのは嫌だ。

 MPの方もできれば欲しいけど、先に職業の確認かな。


 ちょっとわくわくしながら、

「【職業】」

 と呟くと、村人Eと村人Fという文字が出てきた。


 ……悪化してる?

 いや、知らんけど。


 ここは判断に困る『村人+ローマ字』以外の職業が出ることを祈って、MP大回復を取ってみようと、

「【スキル】」

 と呟いたところで気が付いた。


  言語

   人族語(レベル2):20P

   人族文字(レベル1):20P


 言語の種類が増えているような?

 スキルは先に出てくるであろうスキルのことまで考えながら選ばないといけないってことかな。


 回復上昇の方は何も増えていなかった。

 しかし予定は変えない。


 MP大回復を覚え、

「やっぱり魔法使い系が来るのかな?」

 と少しわくわくしながら呟いたら、

「【職業】」

 出てきた文字は引きこもりと買い物代行人だった。


 ……前者は見なかったことにする。


 買い物代行人ってどんな仕事だろう?

 まあ文字で見る感じ、忙しかったり近くに店が無かったりして買い物が大変な人の代わりに、何か買って届けてあげる人のことっぽいよね?

 で、私は手数料をいただく、と。

 つまり、今ここには、客になりそうな人が24人もいるってことだよね?


 問題はどこへ買いに行くかなんだけど……移動はスキルとか魔法とかで何とかなるんだよね?

 レベル1とはいえ人族語が使えるはずだし、こっちの世界のお金だって──財布の中にあった日本円から勝手に変換されて──あるみたいだし。

 ……異世界でだって、おつかいくらいできるよね?

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