アマラ式 「乙女ゲー悪役令嬢 婚約破棄話 ~大体こんなんであってるんじゃね? 編~」
その日、学園の中庭には沢山の人だかりが出来ていた。
注目を集めているのは、二人の人間。
正確には一つの集団と、一人の少女だった。
集団のほうは、この国の第一王子とその側近候補の若者達。
王子に寄り添っている少女は、何故か怯えた表情をしている。
方や、一人だけの少女。
豪奢な服装に、金色の髪の毛。
揉み上げの部分は立派なドリルになっており、表情も尖っているような気がする。
顔立ちもきつそうで、腕を組んで仁王立ちしているその態度もその印象に拍車をかけていた。
王子は傍らの少女を自分の背中に庇うと、そのきつそうな少女をきっとにらみつけた。
少女は受けて経つというように、メンチを切り返す。
大きく息を吸い込むと、王子は手を大きく振りかぶり、指先を少女へと突きつけた。
「婚約破棄じゃこのぼけがぁあああああああ!!!」
王子の渾身の叫びが、学園に響き渡った。
ことは、王子と少女がまだ幼かった頃にさかのぼる。
少女は、公爵家の娘であった。
蝶よ花よ、と育てられるかと思いきや。
将来王族に嫁ぐ事が政治的な理由から決まっていた彼女は、物心付く前から帝王学と高度な軍事訓練、軍事教育を施されていた。
六歳の頃には既に魔物相手に実戦を経験し、大戦の末期には一部隊を率いた実戦も経験している。
後方で待機するだけの任務のはずが、予期せぬ敵機動部隊の強襲により、戦闘となってしまったのだ。
奇襲攻撃を受けたにも拘らず、無事、敵を壊滅。
生還を果たした事で、少女はその優秀さを国内外に知らしめていた。
そんな少女であるから、周囲の期待は高かった。
丁度第一王子と同い年という事もあり、将来の結婚はほぼ決まる事となる。
少女と王子の始めての対面は、両者が七歳の時であった。
緊張する両者。
特に少女は、王族に尽くすようにと厳しい教育を受けてきていた。
憧れの王子に、実際に出会える。
そして。
少女が王子の顔を見た瞬間。
前世の記憶が蘇った。
地球。
乙女ゲー。
悪役令嬢。
婚約破棄。
もはや説明不要なあの流れである。
それでも、知らない人も居るかもしれないので一応説明しておこう。
少女は前世で日本人であり、この世界は乙女ゲーの世界。
公爵令嬢である少女は王子と婚約するものの、学園に入り王子が別の少女に恋をして状況が一変。
少女は王子が恋をした少女に嫌がらせをし、最終的にその悪行がばれて婚約を破棄されてしまう。
あまつさえ、将来の王妃になんやかんやしたということになり、身分を剥奪され処刑的な展開になるのだ。
少女は絶望した。
自分の今までの努力はなんだったのか。
血みどろになりながら敵国と戦い、訓練し、礼儀作法を身に着けた日々はなんだったのか、と。
空しさと悲しみの後、少女の胸に去来したのは、形容し難いほどの怒りだった。
少女は燃え滾るに、拳を振るわせる。
今まで受けてきた訓練、教育が、次に行うべき行動を少女に迅速に行わせた。
「死ねこのクソ浮気野郎がぁああああああああ!!」
振るう拳は正に神速。
的確に王子の眉間を捉えた打撃は、轟音を周囲へ轟かせる。
結局このときは、少女は気分が悪かったのだろう、ということで話が落ち着いた。
その後も少女は積極的に訓練や勉強に励んでいたので、事なかれ主義が働いたのである。
妙な行動をしたとはいえ、少女は優秀であり、実績も上げていた。
すぐに問題を大きくするのは愚策と、周囲は判断したのだ。
だが。
それが正に、悲劇の始まりであった。
少女は今まで以上に、積極的に訓練や勉強を行うようになっていた。
何時か来るであろう「婚約破棄」のため、力を蓄えなければならない。
そう考えたからだ。
考えてはいつつも、そうならない事が重要だとも思っていた。
無事に収まるところ、つまり結婚にこぎつければ、それが一番いいのだ。
そこで、少女は王子を徹底的に管理する事にした。
悪い虫が近づきそうになったら拳でどちらが上かを、王子に知らしめ。
他の女に目を向けようものなら、すかさず拳で王子に注意を促した。
方法は全て打撃であり、向う先は王子ばかりであったが、少女的にはまったく問題ないことである。
何しろ、自分は王子の妻になるのだ。
将来の配偶者を注意するのは、当然の事だろう。
だが、そうならなかった時の事も考えなければならない。
世の中は複雑怪奇で、どんな事が起こるかわからないからだ。
国の仕事をこなし、勉強を重ねる。
その傍ら、ちょっと王子が他の女と話せば制裁。
目を向けても制裁。
語りかけても制裁。
とりあえず制裁。
それでも、周囲は少女を強く咎めなかった。
少女は公爵家の令嬢であり、優秀だったからだ。
それに、周囲は王子が殴られているとはいえ、大したことではないと思っている節があった。
王子の目立った部分に、外傷がなかったからだ。
しかし、それは大きな間違いである。
少女は、王子の目立たない部分を殴るという方法を覚えていたからだ。
目には見えないながらも、心が折れるような打撃。
それを、少女は習得していたのである。
一見穏やかながら、裏に行けば少女は徹底的に王子に暴行を加えていたのだ。
正にDV。
だが、この国にそんな言葉は、残念ながら存在しなかったのである。
初めての出会いから数年が経ち、少女と王子は魔法学園に通うようになっていた。
当然周囲には女性が居る環境なので、王子は少女に殴られる回数が劇的に増加していた。
大人の目が届きにくい事、少女が王子の婚約者である事から、二人きりになる機会が増えた事も、それに拍車をかけたのだ。
王子もただ殴られるだけだったのか、といわれれば、そうであったというしかない。
周囲は優秀な少女の味方だったし、はたから見れば特に問題は無いように見受けられたからだ。
この国では、男性が女性に暴力を振るうことを是としていない。
なので、抵抗しようとしても、相手を抑える事ぐらいしかできない。
なのだが、相手は幼い頃から軍事訓練を受けてきた少女である。
精々運動や道場剣術程度しか嗜んでいない王子が、敵う筈が無い。
そうなってしまえば、王子が弱音を吐ける、というか被害にあっていると告白できる相手すら、いない状況が出来上がってしまう。
王子は一人、暴行を受けた身体を自分で治療しながら、泣くしか無い状況になっていたのだ。
不幸なことに、王子は魔法に長けていた。
どんな怪我を負っても、大体治せてしまったのだ。
証拠も残らず、言い出すことも出来ない。
王子はいつも泣き声をかみ殺しながら、自らの身体を治療していた。
その日も、王子は一人目立たない空き部屋の隅で、自分で治療を施していた。
悔しさ、痛み、情けなさ。
様々な思いが渦巻き、王子の目から涙がこぼれる。
しかし、王子であるという矜持が、声を漏らす事を拒絶させていた。
必死に唇をかんで声を出すまいとする王子の耳に、その声が飛び込んでくる。
「え!? 先客? 何でこんなところに!?」
それは、どこにでも居るような、平凡な少女の声だった。
手にバスケットを抱えたその少女は、あろう事か王子のいる部屋に入ってきて、王子を見つけてしまったのである。
平凡な少女の正体は、特待生の平民であった。
そう。
いわゆる「乙女ゲーのヒロイン」である。
ヒロインは偶々、本当に偶々、王子のいる部屋へ入ってしまったのだ。
当時学校になじめていなかったヒロインは、昼食をとるため、良く学校内を歩き回っていた。
良さそうな場所は、他の生徒たちに取られているため、当時ボッチだったヒロインは一人でこんな場所まで来てしまったのである。
「怪我? あなた、ひどい怪我してるじゃないですかっ!」
ヒロインは王子の怪我を見て、血相を変えた。
すぐに近づいていくと、魔法でそれを治療し始める。
相手が誰なのか、ヒロインはこのときまったく知りもしなかった。
学園は広く、二人はそれまで接点もなかったのだ。
ヒロインは王子を、普通の生徒の一人だと思っていた。
治療が終わっても、ヒロインは王子に怪我をした理由を聞かなかった。
聞いていいものかどうか、判断が付かなかったからだ。
王子が話したく無い空気を出していた事もあるのだが、ヒロインは比較的そういったものを探知しやすい性質の持ち主だったのである。
それでも何も話さないのも気まずく、二人は取りとめも無い会話を交わし、その場は別れた。
だが、二人はその後、時折出くわすようになったのだ。
お互い一目に付きにくいところを探していたので、ある種、それも当然だろう。
接触する回数が増えていけば、自然話す機会も多くなる。
王子としてしか周囲に見られず、弱さを見せることが出来なかった王子だが、ヒロインとは気軽に話すことが出来た。
勿論、弱みを見せるようなことはしないし、深入りする事も無い。
友達の一人。
そんな付き合いだ。
だが、あるとき王子は、思いがけないところでヒロインの事を耳にした。
同級生の有力貴族の子息が、ヒロインの事を知っていたのだ。
ヒロインは庶民でありながら、成績優秀という事で学園に支援を受けて通っている、特待生だったのである。
その優秀さが、子息の耳にも入っていたのだ。
「将来はうちにスカウトするつもりだよ。優秀な回復魔法使いでもあるしね」
回復魔法の巧みさは、王子が身をもってよく知っていた。
自分以外にもヒロインの事を知っている者が居る。
それは、少なからず王子の心情に影響を与える事となった。
悪役令嬢は転生者であったが、ヒロインは転生者ではなかった。
極普通に、本当に極普通に、「乙女ゲー」のヒロインになるような性格のよい、優秀な少女だったのだ。
そんなヒロインに、王子はいつの間にか惹かれるようになっていた。
無理も無いだろう。
何しろ今まで関わってきたのが、あの公爵令嬢の少女なのだ。
そこに「きちんとした乙女ゲーのヒロイン」が現れれば、心変わりしないわけが無い。
というか、もはや心変わりですらない。
そもそも王子は少女に心を移していない、というか、恐怖しかないのだ。
一歩間違えなくても精神をアレしてしまいそうな勢いである。
あるとき、王子は意を決して、ヒロインに自分の正体を注げた。
ヒロインは驚き、態度を改めようとした。
当然だろう。
だが、王子は小さなわがままを言った。
今まで通りにして欲しい。
どうしようか悩んだ末、少女はそれを受け入れた。
「ぜったい、後から無礼打ちだ、なんて。言わないでくださいよ?」
おどけたように言う少女に、王子はそのとき恋をしたのだろう。
だが。
このとき悲劇は、既に始まっていたのだ。
少女は、ヒロインの存在を、知ってしまったのである。
王子の動向を探っているとき、偶々見かけてしまったのだ。
二人が仲むつまじい様子で、会話をしているのを。
少女は怒り狂った。
王子への暴行は回数を増し、ヒロインへの嫌がらせも始まる。
言うまでも無いのだが、少女に罪の意識は無い。
王子はクソ浮気野郎であり、ヒロインはクズ中のクズなのだ。
そんなヤツラに、人権は無いのである。
何ならその場で即殺されないだけ、御礼を言ってもらいたいぐらいだ、と考えていたのだ。
大体、王子を殺すわけには行かないだろう。
なにせ将来の婚約者であり、王子なのだ。
万が一婚約破棄されるにしても、王子殺しは大罪である。
そこで、ふと少女はあることに気が付いた。
王子ころしちゃまずいけど、ヒロインは殺しちゃってもいいんじゃね?
どうせ庶民だし。
婚約破棄より前なら、どうとでもなるんじゃね?
少女はいわゆる濡れ仕事を何度も経験していた事もあり、感覚がけっこうイイカンジにずれてきていたのだ。
将来国の暗部を任せるには多少頼もしくはあるかも知れないが、方向性がイッちゃってるのは否めなかった。
とにかく、思い立ったが吉日と、少女はヒロインをぶっ殺すことにしたのである。
方法は、至極簡単だ。
暗殺部隊の投入である。
とはいっても、別に人間ではない。
少女が今までテイムしてきた魔獣を使うことにしたのだ。
軍事関係は手広く抑えている、少女であった。
襲撃に選んだのは、オークだ。
エロゲーとかに出てくる、かなり危ない感じのヤツである。
夜で歩いているところを狙った襲撃だったが、それは失敗に終わった。
ヒロインが少女が想定しているより、ずっと優秀だったからだ。
少女は臍をかんだが、こういった作戦に失敗はつき物である。
足がつくようなこともしていないので、通常の魔獣の襲撃に見えるだろう。
だが、これに危機感を募らせるものがいた。
言うまでもなく、王子だ。
意中の人物がそんな目にあったとなれば、当然守ろうとする。
王子はそれとなく、腹心にヒロインを守るように伝えた。
となれば、当然少女は逆上して王子に暴行を加える。
そのとき、少女はつい口を滑らせてしまったのだ。
「きちんと殺せるぐらいのやつにすればよかったっ!」
王子は愕然とした。
まさかそこまで、いや、そこまでとはいえないだろう。
将来の立場を考えれば、そういうこともありかもしれない。
邪魔のを殺すというのは、この世界の政治では必ずしも悪ではないのだ。
だが。
頭では分かっていても、感情が付いてこなかった。
王子はこのとき、初めて少女との「婚約を破棄」しなければならないと、強く思ったのだ。
そこから、王子は精力的に動き回った。
端も外聞も捨てて、少女にされてきたことを信頼できる人物たちに話したのだ。
勿論、そのときには言い訳の出来ない証拠を幾つも用意して。
周囲も初めは驚いたが、出会いがしらがアレである。
覚えているもの多かった。
それでも、と調べてみれば、注意深く隠されているものの、そういった証拠は幾らか出てくる。
王子への暴行。
だが、それでも腰を上げないものもいた。
そもそも少女は優秀だし、結婚もしないと言っているわけではない。
王子自身の意思次第だが、国益的には「優秀な公爵令嬢と結婚」というのは大きいではないか。
その言い分も、王子にはよく分かった。
なので、王子はこう言い出したのである。
「俺もう廃嫡でいいから。国からも出て行くし。アレと結婚するのだけは死んでもイヤだ」
そういわれては仕方が無い。
しかし、代わりは?
そうなった時に、白羽の矢が立ったのが、ヒロインであった。
ヒロインは実は、公爵家の血筋である事が判明したのだ。
ちなみにこれはゲームの公式設定であり、事実である。
学校に自力で奨学金を得て入れるほど優秀で、血筋も申し分なく、王子が恋をしている。
そのうえ、少女にいじめられているというおまけつきだ。
上手くすれば、「嫉妬に狂った元婚約者から救われたヒロイン」という綺麗そうな話でまとまるだろう。
まあ、乙女ゲーの無いようになるぐらいだから、実際きれいにまとまるように出来てはいるのだ。
となれば、後はヒロインの意思次第。
早速王子が事情を話し、自分の妻になって欲しいと次げることになる。
ヒロインの答えは、乙女ゲーの通りのものであった。
結局、王子は少女に引導、すなわち「婚約破棄」を突きつけることとなった。
より多くの民衆に知らしめるために、場所は学園の中庭が選ばれた。
そこならば、少女も強行に及べまい、という思惑もある。
人を配置し、舞台を整え、少女を誘い込む。
後は、行動に移すだけである。
そして、話は冒頭の場面へ。
王子に婚約破棄を突きつけられた少女は、怒りに全身を震わせていた。
色々思うことはあるが、一番に頭に浮かぶのは。
「コノクソ浮気へタレ最低王子! やっぱりだわっ! 私の何が行けなかったって言うのっ! たぶらかされてるじゃない! こんなヤツに国を任せるなんて腐ってる!」
少女は優秀だったが、王子のこととなると大分見境がなくなっているのだった。
ちなみに王子の名誉のために付け加えるが、王子は中々に優秀な人物である。
色々と少女にも思うところはあったが、とにかくここは逃げなければならない。
物語のとおりならば、少女はこのまま投獄されてしまうのだ。
少女はぎゅっと拳を握ると、一先ず周囲の安全を確保する事にする。
テイマーの能力で従えた魔物を、一斉に周囲に解き放ったのだ。
「このド腐れ王子!! 浮気した上に私にこんな仕打ちして最低よっ! 常識考えなさいっ!!」
レイス、ゾンビ、スケルトン、ゴブリン、オーク。
なんか闇属性っぽいモンスターのオンパレードだ。
一瞬にして、学園が混乱の渦中へと叩き込まれる。
このままなら、無事に逃げ切れるだろう。
だが、少女は気が治まらなかった。
「死にさらせごらぁあああああ!」
拳を振り上げ、少女は王子に踊りかかる。
だが。
「やめてっ!」
それを防いだのは、光の障壁だった。
ヒロインが間に入り、防御魔法を展開したのである。
少女の拳はすんでの所で阻まれたのだ。
悔しげに歯噛みする少女だったが、これ以上この場に留まるのは危険だろう。
「くそっ! やっぱりアナタがヒロインだったのねっ! 覚えてなさいっ! 必ず復讐してやるわっ! 私を馬鹿にしたヤツラ全員後悔させてやるっ!」
そう言うと、少女はテイムしたワイバーンの背に乗って飛び立った。
向うのは、物語で少女が放置される予定だった「魔の森」だ。
乙女ゲーとは違い、今の少女は戦闘力も高く、様々な能力も努力で習得している。
テイマーの能力も駆使すれば、魔獣達を従える事すら可能だ。
そんな今の少女にしてみれば、「魔の森」は処刑場所ではなく、「理想的な篭城場所」へと変わる。
「魔の森」で力を蓄え、必ず復讐してやる。
「覚えてなさいっ! 王国はオークになんかいい感じに陵辱されたり、ドラゴンに焼き尽くされたりするわっ! それをこの私が、ざまぁしながら見下してやるのよっ!」
混乱の最中であっても、少女のその言葉はまるで呪詛のように人々の耳にこびりついた。
見上げる王子の目には、決意の火が灯る。
これが、「森の魔王」と呼ばれる、魔王の誕生の瞬間であった。
後に、王子とヒロインは手に手を携え、魔王を討つ冒険の旅に出るのだが。
それはまた別のお話し。