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星詠みの巫女と幸運の星  作者: 青柳朔
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intermission1: 星を届けに

 それはある日、突然のことだった。

「……受け取るのを拒んでいる?」

 いつものように塔へやってきた僕に、ラサラスがとても信じられないことを言った。ラサラスは八年経った今も、現役で星拾い人をやっている。僕にもシャートにも父親のように接してくれている。

「ああ、そんなもの知らないって言って見向きもしねぇ。稀にそういう反応する奴もいるが、今回のはちと頑固でなぁ。普通は少し話せば落ち着いてくれるんだが」

 ラサラスは無精ひげの生える顎をさすりながら、ため息を吐き出す。

「そういう人がいるんだね、知らなかった……」

 星は亡くなった人そのもの、という考えが染みついているからだろうか。形見ともいえる星を受け取らない人がいるとは露ほども思わなかった。

「死んだってことを受け止めきれない奴は、わりとな。星を受け取るってことは死を認めるってことになると思っているんだろう」

 ラサラスは、苦笑しながら丁寧に布で包まれた星を見た。行き場のない星は、少しだけ寂しげに見える。

「……どうするかねぇ」

 ふぅ、とまたひとつため息を零したラサラスに、僕も苦笑する。残念なことに、これといった解決策はすぐに浮かばなかった。死を受け止めるかどうかは、僕らの領分ではない。僕はただ星の声を届けるシャートを支え、ラサラスは星を探し届けるだけ。遺された人々の心に触れることはない。それは、星拾い人としては深入りしすぎだ。

「二人ともどうしたの、そんな辛気臭い顔をして」

 明るい女の子の声に、僕とラサラスは顔を見合わせた。聞こえた声は、ここにはあるはずのないものだった。

「シャート!」

「おはようアルコル。今日は少し早く目が覚めちゃった」

 塔の入り口から顔を出してこちらを見ているのは、星詠みの巫女であるシャートだった。今はもう夕暮れだけど、シャートは昼夜逆転した生活をしているので「おはよう」で間違いではない。シャートはきょろきょろと周囲を見て、いたずらをする子どもみたいな顔で僕の隣へ駆け寄ってきた。

「シャート、勝手に外に出たら駄目だよ。ナシラはどうしたの?」

 十六歳になったシャートは、こうしてこっそりと外へ出るのが楽しいらしい。たまに早起きして、夕暮れ前に塔の外へ出ては僕を困らせる。星詠みの巫女は身体が弱いという理由から外出を禁じられている。目を光らせているはずのナシラの姿は見当たらない。

「ちょっと目を盗んで、ね。ちょっとだけだもの、大丈夫よ」

 いたずらっ子のような笑みを浮かべて、シャートはラサラスを見上げる。そしてゆっくりと、シャートの視線がラサラスの抱える布に包まれた星へと移った。

「……それ、昨日の夜に落ちた星よね? まだ家族のところへ届けてないの?」

 シャートは星が布に隠されていても、誰のものか分かるみたいだ。ラサラスと僕は何とも言えずに目を合わせる。こういうとき、説明役はいつも僕だ。ラサラスは苦笑してまかせた、と声に出さずに伝えてくる。

「……受け取らなかったらしいんだ。それでどうしようかって相談しているところ」

 シャートの青い瞳がじいぃっと星を見た。その射抜くような目線に、嫌な予感がした。もう八年もシャートの相手をしているんだ、こういう時に彼女が何を考えるかは見当がつく。

「ねぇ、アルコル。この星私が届けにいったら駄目かしら」

 ああほらやっぱり、と呆れる僕の隣で、ラサラスが大口を開けて絶句している。シャートは小首を傾げて可愛らしくおねだりした。

「……駄目って言っても、君の場合大抵が無駄だよね」

「そうね、決めたもの。私がこの星をもう一度届けに行くわ」

 にっこりと笑ってシャートは決定を下す。僕はもう何も言わなかった。いつもシャートの我がままに付き合わされるのは僕だって決まっているんだ。そして僕は、いつもシャートを甘やかしてしまう。

「おまえら、まさか本気でやる気か?」

 顔を引きつらせながらラサラスが問いかけてきた。すでに「おまえら」で僕まで一緒にされていることに苦笑した。

「シャートがこれと決めたら、もう止められないよ」

 ただ僕にも譲れないものがある。シャートの我がままに振り回されてばかりいるわけにもいかない。僕はシャートの世話係だからね。

「シャート」

「なぁに?」

「届けに行くのは止めないけど、僕もついて行く。だから約束して」

 にっこりと微笑んで有無を言わさず手を握る。

「無理はしないこと。疲れたらすぐに僕に言うこと」

 言葉にすると、とても簡単な二つだ。けれどこれはけっして譲れない二つでもあった。シャートが塔の外へ出ることを禁じられているのは、ただ星詠みの巫女だからというだけではない。身体があまり丈夫ではないからだ。普段日に当たらない生活をしているのもあって、シャートの肌は病的なまでに白い。

「うん、わかった」

 約束ね、と笑うシャートにひとまずほっと胸を撫で下ろす。

「そうと決まれば、ナシラに気づかれる前に行こうか」

「戻ってきてから二人まとめて叱られるぞ」

「どうせ叱られるなら、やってからのほうがいいじゃない!」

 やる気に溢れたシャートが、意気揚々と出発する。元気が空回りしなきゃいいんだけど、と僕は苦笑し、慌てて彼女を追いかけた。


 そうして僕とシャートの、星拾い人のまねごとが始まった。



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