閑話:人と機械
「それで、逆に撃たれたわけか。間抜けだなお前は」
「……返す言葉も無い」
アキラからの報告に、トウは呆れた様子だった。
ジュラルミンケースの中身を確認しながら、トウは続ける。
「お前が失敗した場合を想定し、そいつには狙撃許可を出していた。
お前が抵抗せずに見送ったところで、その男が撃たれていたことには変わりない。
結果的に、お前は無駄な傷を負っただけ、ということだ。
次からはもっと考えて行動するんだな」
「……はい」
可能なら、男が撃たれる事自体を変えたかった。
そんな言葉が浮かんだものの、間違いなく一蹴されると予想し、アキラは短い返事に止めた。
黙々とアキラの肩の治療をしているオゾンは、一切会話に参加しようとしない。
報告に関しても、射撃を行った、と言うことすらもオゾンの口から発される事はなかった。
傷口を開き、中に埋まっていた銃弾が取り出される。
麻酔が効いているためか、左肩から先の感覚は無い。
「血管にも骨にも異常はありません。すぐ治るかと」
「それなら安心かな。ありがとう」
傷口が縫合され、包帯が巻かれる。
本職よりも手つきが素早いのではないかと思うほど、澱みなく治療は進められた。
「麻酔が切れた後、しばらく痛むかもしれません。
いくつか鎮痛剤をお渡ししておきます。あまりにも痛みがひどいようでしたら、左腕の血管へこれを打ってください」
カプセル剤と注射器を置いて、オゾンは立ち去った。
部屋を出る前に一度だけ振り返り、頭を下げる。
扉が閉まり、静かな足音が遠ざかっていく。
「麻酔なんて、歯医者以外で打たれたの初めてだ」
感覚の無い左腕をつつく。
自分の体に触れているはずなのに、別の物を叩いているような、麻酔が効いている状態独特の感覚。
「応急処置できる程度の物は常に持ち歩いておけ。
それと、今度からはこれを持っていけ」
デスクの上に置かれていた拳銃を、トウが手にする。
弾倉を確認してから、それをアキラへ投げ渡した。
「投げるなよ!危ないだろ!」
「安全装置くらいかけてある。
死にたくなければ躊躇せずにそれを撃てるようになれ」
「……これ、実弾だよな?」
弾倉に入っているのは、誰もが想像するような一般的な弾薬。
口紅の様な形をしたそれが、クリア素材の弾倉の中にいくつも並んでいるのが透けて見える。
「大方、殺したくないなどと考えてテイザーを持っていったのだろうが、今回の事で分かっただろう」
「……もしかしたらこれは悪夢で、死ぬ瞬間に目覚めるかもって思ったんだよ」
「俺はお前の夢の産物か。随分と悪趣味だな」
鼻で笑うトウに、かすかな罪悪感を抱く。
義肢を繋いだ体と、ノイズだらけの声、隻眼を隠すようなボロボロの銀髪。
トウ自身がそれらを「悪趣味」と評しているのが、傷跡に触れてしまったような気分だった。
「残念ながらこれは夢じゃない、死んだら終わりの現実だ」
「……一応、貰っておく」
実弾であっても、威嚇射撃なら問題は無い。最悪、足や腕でも撃てばいいだろう。
それが自分の腕で可能かどうかは別として、選べる選択肢が増えると考えれば十分だ。
「今回のようにあれが狙撃できるとは限らん。自分の身は自分で守れ」
「そうだ、それだよ。オゾンさんって、人を撃てるのか?
ロボットは人を殺してはいけないみたいな三原則とか無いのか?」
「……オゾン?あれに名前をつけたのか」
トウのノイズ混じりの声に、どことなく重い空気が混ざる。
何か機嫌を損ねるような事でも言ってしまったか。
「あれとかあいつだと不便だろう。愛着も湧く」
「マシーナリーは人ではない。
あれは道具だ。お前は掃除機や洗濯機に名前を付けるのか」
「俺は、人の形をした相手をそんな簡単に道具とは割り切れない」
「……価値観の違いか。まあいい、人を撃てるかどうかだったな。
それに関しては、お前が見たとおりだ。銃で撃つこともナイフで刺すことも、素手で絞め殺すこともできる。
そもそも、マシーナリーの行動基準は所有者の命令だけだ。
命令の遂行を妨げる障害は何であっても排除する。そういう物だ」
自律稼動機械「マシーナリー」。
オゾン達の様な人型の物から、監視の為に浮遊するボール状の物まで。幅広い範囲のロボットがそう呼ばれている、らしい。
マシーナリーの中の人型がアンドロイドやヒューマノイドと呼ばれることもあると、オゾンは言っていた。
カメラが付いていて人を追いかけるだけのボールも、人の中に紛れても分からないようなアンドロイドも、根底にある物は同じであると。
「お前があれを人として扱いたいなら、好きにしろ。人を殺すことに関してもな。
だが、その結果どうなるかは俺は知らん」
トウの言葉を聞きながら、手にした拳銃に目を落とす。
かすかに傷が入ったそれは、トウがかつて使っていた物なのだろう。
「……そう簡単に、自分の感覚を変える事は出来ないだろう」
「いずれ変わる事になる。嫌でもな」
「それは、経験から言ってるのか?」
沈黙。互いに言葉を探しているような、空白の時間。
義手の開閉に伴うきしみの音と、僅かに聞こえる雨の音が時間を埋める。
「ただ追われるだけじゃなく、今度は直接殺されかけた。
それでもお前の中で何も変化が無かったとしたら、お前の精神を疑う。それだけのことだ」
「それだけ、か」
空っぽのガンホルダーに拳銃を押し込み、トウへと背を向ける。
会話を続けるほどに「価値観の違い」というものを強く感じるばかりだった。
「寝る。しばらく起こさないでくれ」
そう言ってアキラが立ち去ってからも、トウはじっと自分の義手を見つめていた。