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decode  作者: みなと
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追憶と現実 二

雨に濡れた前髪から、雫が垂れる。

思考の海に沈むのにも飽きたアキラは、床にできた小さな水溜りをじっと見つめていた。

雨の日は濡れた車内で滑らないように、というアナウンスが流れていたが、こちらではそんな警告は無いのだろうか。

何も考えず、少しずつ広がる水溜りが細い川を作るのを見つめ続ける。

「アキラ様、到着しました」

いつの間にかまどろみに近い状態まで陥っていたアキラは、オゾンの呼びかけでようやく我に返った。

顔を上げれば、いつの間にか前に座っていた親子は居なくなっていた。

ブレーキの音が車内にまで響き、けたたましい音を立てながらドアが開く。

真っ先に車内へと乗り込んできた、頭からLANケーブルを何本も垂らした男の姿に、思わずぎょっとして足が止まった。

「アキラ様?」

「あ、ああ、いや、ごめん、少し寝ぼけてた」

見れば、ホームのそこら中に小さなチップや千切れたケーブルが転がっている。

ああいうファッションの人が多い場所なのだろうか。

そんな事を考えながら改札を抜け、階段を上がる。

壁に埋め込まれた派手な色使いのネオン看板が豪快に明滅しており、階段を色とりどりに照らす。

地上へと出たところで、耳障りな叫びが大音量で響き渡った。

「かつて!私達の魂は肉体へと縛り付けられていました!

肉体が滅びる時、魂もまた滅びると定められていました!

しかし!私たちの魂は長い時を経て、ついに帰る場所を見つけたのです!

電脳空間こそ、我々が見つけた理想郷!

今こそ肉体の檻から抜け出し、電脳へと移住するときが来ているのです!」

「……宗教家っていうのはどこにでも居るのか」

骨の曲がったテントの下にスピーカーを置き、マイクを持って叫び続ける男たち。

全員が青いマントの様なものを纏い、サングラスをかけている。

足を止めて聞き入る者たちや、無関心に通り過ぎていく者たち。

通行人の反応は様々だが、少なくとも信者は少なくないらしい。

賛同の声を上げる者や頷く者がサングラスの男たちを取り囲んでいる。

「そうだ!俺たちは電脳で生きていくしかないんだ!現実で生きる必要なんて無いんだ!」

その中にも過激派が居るのだろう。頭を抱えて膝を付いた男が、狂ったように叫んでいた。

それらを眺めているのもそこそこ面白そうだが、今はそれほど暇では無い。

「オゾンさん、目的地は?」

「はい。こちらです」

演説を続けるサングラスたちに一切の興味を示さず、オゾンは淡々と歩いていく。

狭い通りの両側には露店が立ち並び、簡素な展示台には機械部品が並べられている。

それらを品定めをする客と店主が静かな争いを繰り広げる。

アキラにも見覚えのある光景が、そこにはあった。

幼い頃、真空管ラジオを組み立てた事を思い出す。

子供向けのキットではあったが、図面を見ながら試行錯誤していた。

ついに完成したときの喜びは多少薄れてはいても、今でも忘れてはいない。

紙袋いっぱいに詰め込まれたパーツを抱え、ぶつぶつと何事かを呟きながら歩く男とすれ違う。

彼もそんな喜びを感じる時があるのだろうと思うと、それほど遠い世界の人間ではないのだと感じた

「アキラ様、そちらではありません」

露店を眺めることに気を取られていたために、いつの間にかオゾンが立ち止まっていた事にすら気付いていなかった。

アキラはバツが悪そうに、細長いビルの前で立ち止まっているオゾンのもとへと駆け寄った。

立地の都合か、細い建物の上下に階段が伸びている。

「この階段を下った先です。私はここで待機しております」

「オゾンさんは行かないの?」

「この店の主人はマシーナリーを嫌っているため、私が同伴しますと交渉の障害になりかねません」

「そういう人も居るのか……分かった、行ってくる」

ポケットに入れていたフロッピーディスクを手に持ち、階段の先にあった扉を開ける。

階段も壁も扉も黒く塗られ、よく見なければ行き止まりのようにすら見えた。

「……?」

そこは、電子ノイズが部屋中に響き、無数に並んだ液晶の光だけが照明となっている部屋だった。

その一室のみで、他の部屋へ繋がる扉などは見当たらない。それにも関わらず、人の気配は無い。

「すいませーん」

声をかけてみるが、反応は無い。

場所を間違えたのだろうか。

そんな事も考えたが、壁にかけられた液晶の一つだけが、激しく明滅している事に気がついた。

『JOIN US !!』

レトロゲームのように、原色の背景に原色で書かれた英単語が輝いている

じっと見ていると目が痛くなりそうなその液晶の下に、LANケーブルがぶら下がっていた。

これを繋げという事だろうか。

どう見ても胡散臭いが、虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言う。

覚悟を決め、アキラはぶら下がっていたLANケーブルを掴む。

適当な神に祈りながら、そのケーブルを勢い良く自らに差し込んだ。




荒いドットで四方に壁が作られている、奇妙な箱状の空間。

アキラの意識はその箱の中にあった。

「……なんだこれ」

箱の中に唯一あるのは、同じように荒いドットで描かれた十字架。

その十字架が、突如音声を発し始めた。

『はじめまして。あなた、も、移住を希望する、者ですか?』

目の前から聞こえているはずなのに、どこか遠くから響いているような声。

性別も分からない奇妙な声にアキラは眉をひそめた。

移住。地下鉄の真上で行われていた演説を思い出す。

「違います……あ、いや、違う。頼みたい仕事があって来た」

『仕事、とは?私、たちは、そのようなものは、していません、が』

僅かな会話のみでも伝わってくる違和感。

今目の前に居るのは、常人ではない。

「えーっと……トウからの依頼だ」

『トウ……もしや、あの、狂犬の事で、しょうか。でした、ら、断れ、ません』

狂犬呼ばわりとは、一体トウは何をしているのだろうか。

そんな疑問が浮かんだが、目の前の得体の知れぬ十字架に尋ねる事は躊躇われた。

興味を抑え、舐められないように、しかし不快に思われない程度に、言葉を選びながら会話を続ける。

「現実の俺の体がフロッピーを持ってる。そのフロッピーにかかったロックを解除してもらいたい」

『分か、りました。では、そのフロッ、ピーを、デッキに入れて、ください』

十字架は時折左右にブレて、残像を残す。

震えているのか、ただ単にそう見えるだけなのかは、アキラには判別しかねた。

「部屋の中のデッキならどれでもいいんだな?

それと、頼むのはロック解除までだ。中に入っているデータは絶対に見ないでくれ」

『分かりまし、た』

「頼んだぞ」

徐々にノイズが走り始めた十字架を見ながら、アキラは接続を解除した。




「っと……」

現実へと戻ったアキラは、引き抜いたLANケーブルを握ったまま、バランスを崩してその場にしりもちをついた。

液晶を見上げれば、表示は『INSERT DISC』という文字に変わっていた。

相変わらず派手に明滅するそれから目を逸らし、デッキを探す。

デッキも液晶も黒塗りの物ばかりで、部屋の薄暗さも相まって長時間居ると感覚が狂いそうな予感がした。

若干の焦燥感を感じながら、アキラはようやく見つけたデッキへとフロッピーディスクを挿入した。

『JUST A MOMENT』

「待てって事か」

デッキに寄りかかり、室内の液晶を眺める。

意味の分からないサイケデリックな映像や、色んな人の笑顔が変わるがわる流される映像。

そして、マシーナリーが破壊されていく映像。

停止したセキュリティドローンを鉄パイプを持った無数の男たちが取り囲み、袋叩きにしている。

背景でも同じように、ドローンが破壊されている。

火花を上げながら形を変えるドローンが、先の尖った槍の様なもので串刺しにされる。

槍を持った男は、串刺しにしたドローンを高く掲げた。

そこで映像は切り替わり、今度は女性型マシーナリーが両手両足を縛られ、吊るされている光景が映された。

黒髪を短く整えたそのマシーナリーは、貼り付けたような笑顔でカメラに向かい何かを喋り続けている。

音声は無いため、何を言っているのかは分からない。

その顔が突然、何者かに蹴り飛ばされた。

首が折れたのでは無いかと思うほどに曲がり、吊るされた体が大きく揺れる。

それでも、そのマシーナリーはカメラに向かい笑顔で喋り続けている。

見ていて快い物では無いと判断し、アキラはその映像から目を背けた。

『JUST A MOMENT』

この液晶はきっと窓口なのだろう。

路上での宗教演説に興味を持った者は、ここから電脳へと入り、あの十字架に案内を受ける。

何故トウがそんな者たちと繋がりを持っているのかは分からない。

恐らくは何らかの利害関係があるのだろう。宗教組織も運営には先立つものが必要だ。

アキラはそんな事を考えながら、じっと見ていると目が痛くなりそうな液晶の文字が変わるのを待ち続けた。

『OK!』

一際派手に光り始めた文字を見て、思わず眉をしかめる。

何でこんなに目に悪い演出ばかりなのだろうか。

自動で排出されて床に落ちたフロッピーディスクを拾う。

このまま立ち去る事もできるが、一応確認と礼は必要だろう。

ビジネスでの関係には、最低限の礼儀が必要だ。

色とりどりの光を頭に受けながら、アキラは再び電脳へと潜り込んだ。




『お待た、せしました。ロックは解除、しました。まだ、何か、ご用で、しょうか』

「いや、解除が終わったのなら問題は無い。礼を言っておこうと思って」

『そう、ですか』

仕事に対して礼を言う文化は、途絶えているのだろうか。

まだ知らない事の多いこの時代に、アキラは疑問ばかりを抱く。

『あなた、は、マシーナ、リーを、連れていますね?』

「……ああ。それがどうかしたか?」

先ほど見た映像を思い出し、思わず声が険しくなった事が自分でも分かった。

部屋の外で待っているオゾンが何者かに狙われていないとも限らない。

そして、それがこの十字架の仲間である可能性は十分にある。

『ここ、は、マシーナリーを、嫌う者は、多い。くれぐ、れも、気をつ、けることです』

「……忠告感謝する。

ついでに答えてもらえると嬉しいんだが、何でそんなにマシーナリーを嫌うんだ?」

十字架は沈黙した。

警戒を解かず、いつでも接続を解除できるように構えたまま、アキラは答えを待つ。

やがて、十字架は細かく震え始めた。

『私たちは、電脳へと移、住した人間、です。マシーナリーは、電、脳へは入れ、ません』

「だから……」

見下しているのか?アキラがそう口にするより先に、十字架は続けた。

『あなた、から、私たちは、どう、見え、ていますか?』

今度は、アキラが沈黙する番だった。

今会話している相手は、恐らく元は人間だった。

だが、この空間ではどう見ても十字架だ。

電脳空間では、接続している人間によって見えるものが違う。

それが、個人のイメージから映像を生み出しているのだとしたら、自分は「これは人間ではない」と判断していることになる。

それを正直に伝えて良いものだろうか。

『私た、ちは、今、あなたの前に居ます。

長いテー、ブルの端に、あなたが、それを囲むように、私たちが、話を、してい、ます』

「……俺からは、一つの十字架に見える。全く違うな」

十字架が震えた。笑い声の様な音が、箱の中に響く。

『一つ、の、ですか。そう、ですね。私たちは、皆、並列化、しています。

皆の意、識を繋ぎ、膨大な処理能力で、あなたと、会話を、しています』

そこまで聞いて、アキラは理解した。

性別不祥な音声も、言葉が途切れて聞こえるのも、時折十字架がぶれるのも。

きっと、多くの意識を一つとして扱っているためだ。

この十字架がどれほど思考を行っても、出力できるものは一度に一人分。

完璧な統率は取れていない。だから、違和感がある。

「それが、『移住』とやらの結果か?」

『はい。ここで、は、苦痛、も、死も、恐れる必要は、ありません。

ですが、マシーナリーは、電脳への移、住ができません。

人に作られ、た、存在は、人の奴、隷として、現実に、縛ら、れ続けるのです

いず、れ、人類は、電脳への完全な、移住を、果たすでしょう。

その時、地上に残、るのは、主を失くし、たマシーナリーのみ。

新たな、世界、へ、旅立つ、私た、ちと、地上に、残るマ、シーナリー。

どちらが、尊いかは、一目瞭然で、しょう』

「……そうだね」

トウといい、十字架といい、何でこんなのばかりが。

徒労に終わる予感を信じて、アキラは会話を切り上げる。

「ロック解除どうも。ここから先の話はトウと頼む。俺は頼まれただけだからな」

目を閉じる。接続を解除するイメージをする。

狭いケーブルを通り、現実の体へと意識を戻す。それをイメージする。

徐々に意識が遠ざかり、十字架も薄れていく。

荒いドットだった十字架は、その姿が薄れる程に、鮮明なCGのようになっていく。

『行くの、ですか。ではま、た、いずれ、お会いしましょう。

電脳化こそ救いであり、我等の真に帰る場所。どうかお忘れないように』

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