010_010 貝殻ビキニは男にはアグレッシブ過ぎます。
「ティア、頼んだ。力仕事だから、戻ってくるまでの設定で頼む」
「うんっ」
差し出した手にティアが触ると、右手の甲にある刺青――俺にはQRコードにしか見えないんだが――が赤く発光する。
赤髪おかっぱ頭に、気をつけて手を乗せて軽く撫でて、感謝を伝える。
そして炊き出しの道具やら、食材やらをまとめた背負い子を背負う。見た目からして、重さはざっと俺の体重三倍強だが、今の俺なら大したことはない。
「それじゃ、行くわよ」
「おう」
別の荷物を持った、三角帽子にマント姿のカシスの促しに返事して。
「では、行ってらっしゃいませ」
「おーう」
丁寧な礼するアルの見送りを背中に受けて、手を上げて歩きはじめる。
俺たち四人が住んでるのは、町の中でもかなり奥まって外れた場所にある、丘の上にある三階建ての建物だ。
そして歩く街並みは、テレビで見た、観光地として昔の町並みが残ってる、ローマやイタリアの片田舎を連想する古びた石造りだ。
あくまでも連想。ここは地球じゃない。
その証拠はいくつもある。
ひとつ。ここは大きな島だから、大抵の場所から海が見えるのだが、水平線がぼやけて見えないのだ。もちろん曇ってるわけでもないし、霧や靄で見えないわけじゃない。ただ遠すぎて、俺の目じゃぼやけて確認できないだけ。
海岸で見れば、水平線はたかだか四キロ先らしい。
なのに海の境目が見えないってことは、この世界は地球と比べものにならないほど大きい星か、丸くないってことだ。
ふたつ。丘の上に立つ塔。
これも石造りなのだが、その頂上は下から見えないほど高い。通天閣どころかあべのハルカスどころか、どこぞのスカイツリーもメじゃない高さだってのはわかる。
まだ重量を分散させる円錐形やピラミッド構造なら理解できるけど、確認できる限り、根元から上まで直径が同じに見える。なのにこんな超高層建築物が存在してるのは、素人考えてでも物理法則を無視しているんじゃないかって思う。軌道エレベーターみたいに上から引っ張られてるならまだわかるけど、それも微妙な感じがする。
みっつ。その塔の先端。
木の根と接続されているのだ。
根なんていっても、塔の直径とほとんど同じなのだから、めちゃくちゃデカい。
そしてどこに繋がっているかというと、よくわからん。空に上っているのは確かだが、ものすごく高い雲の中に隠れてしまっている。
子供の頃に絵本で見た、ジャックと豆の木みたいな光景だろうか。だから『塔の中から木は生えてる』とも取れるんだが、なぜか『空から降りた根と繋がっている』という風に、俺たちは認識している。
そしてよっつ。この街の住人たち。
「おはよ、ガトー」
「おーっす。ガトーのおっさん」
広場について、カシスと俺の声に振り返るのは、なんとオオカミ男。毛むくじゃらの巨体の肩には、ケモノな顔が乗ってる。もちろん特殊メイクやマスクじゃない。
「町内会長と呼べ」
名前はガトー・リー。犬っ面の上に筋肉ムっキムキの体なため、歳は推測不可能だが、おっさん呼ばわり自体には文句が返ってこないので、それなりに行ってると思われる。
【兵役】の時は馬鹿デカイ斧を振り回す町内会長さまで、今日は作業のためか腰のベルトに無線機と拡声器をぶらさげているが、普段はなんと服屋をやっている。このイカつい毛むくじゃらのオオカミ大男が、チクチク針動かして服縫ってるんだからな? すごい光景だぞー?
……いや、そんなことを言ってはいけないな、うん。
「ガトーのおっさん……改めて言わせてくれ」
俺はこの人に恩がある。一生かけても返せないかもしれない大きな恩が。
だから気持ちを伝えなければならない。せっかくこの世界には【理】という不思議法則があるのだ。普通ならば伝わらないだろう、言葉を使って。
「パンツ、ありがとう……はき心地最高だぜ」
「いきなりなんだオイ」
「おっさんが作ったパンツがなければ、俺は今でもノーパンで過ごしていたかと思うと……」
あ、やべ。想像したら、なんだか泣けてきた。
知恵を持つ者にはパンツ必須。パンツがなければケダモノと変わりない。あのアダムとイブでさえ、神様の言いつけを破って知恵の実を食べた途端、イチジクの葉で股間を隠したくらいなんだぞ。
「……カシス?」
「気にしないのが一番よ」
おっさんとカシスが通じ合って、なぜか俺を哀れみの目で見てくる。
なぜだ。なぜなんだ。
パンツ大事だろう? それがあることを享受していることを伝えただけで、なぜそんな目で見られる?
「冗談はいい」
「うぃーす」
俺の感動はおっさんに軽く流されたが、ま、いい。
「ついでなんだがなぁ――」
おっさんが声を落としてなにか言いかけた、が。遠くで誰かに呼ばれてたために、そっちに返事してしまう。
「……後で話がある」
そして俺たちにだけ聞こえる音量で囁いて、行ってしまった。
「なんだろう?」
「さぁ?」
カシスと顔を見合わせて、疑問には思うものの、いま考えても仕方ない。
「ま、後でわかるでしょ」
「それもそうだな」
だから背負った荷物を、女性陣が多く集まっている一角で降ろす。
「炊き出しの道具と材料持ってきたんで、あとお願いしまーす」
「あいよー。任せときな。あんたも昼には頼んだよ」
「あ、やっぱりそっちも俺が手伝うことになるんだ……」
「当たり前でしょ~?」
全身ウロコのリザードマン(♀・俺的人想定年齢ざっと四〇代)が、二股の舌をチロチロ出しながら……多分笑っている。
このおばちゃんとか、ガトーのおっさんだけでない。一緒に働くのだろう広場に集まってる人たちの中には、頭に悪魔っぽい角生やした人がいたり、背中に翼が生えている人がいたり、半透明ゼリー状の人がいたり、下半身が馬の人がいたり、半分機械の人がいたり。
しかも短剣とか拳銃とかで、軽く武装してるんだよ。
いやー、肌とか髪の色が違うってレベルじゃない光景を見せられたら、異世界に来たって気がするわー。
ちなみに地球人の俺だけでなく、ここまで他民族・多種族な光景は、誰も見たことがないらしい。
この町の住人全員が、それぞれ別の世界からやってきた人々だからだ。
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こっちの世界に来た直後、気絶した俺は、陽の光で目が覚めた。あの暗くて広い部屋にいたのが何時くらいだったのかわからないが、陽は登っていた。
「う……?」
俺は簡素なベッドに寝かされていた。かすかに草の匂いがする、慣れたシーツのものとは違う、ゴワゴワしたベッドだった。
部屋の中も簡素。壁紙も貼られてなくて、木の板張りが剥き出し。家具はベッドと小さな木のテーブルしかない。
そしてテーブルの上には、陶器の水差しと木のカップが置かれていた。
コップに注ぎ、乾いた喉を潤すあの味は、今でも忘れていない。水はぬるくなっていたが、体の細胞という細胞が目覚めるようなあの感覚も。
もう一杯水をコップに注ぎ、俺は窓辺に立った。
くすんだガラス窓の外には見慣れない、古いレンガ造りの小さな町が見えた。
窓を開くと、まだ肌寒い日が続く四月とは思えない、ぬくもりを含んだ空気が入ってくる。
それを吸い込めば、排気ガスの匂いなどしない。草と潮の混じった複雑な、だけどすがすがしい匂いがした。
ここから見えるだけでも、青空には雨雲はなく、今日は晴れだと予感する。
小鳥たちは飛びながら囀り、挨拶をかわしていた。
後で考えれば、本来その時に考えるべきことは、他にもいっぱいあっただろう。
しかし、体がものすごく軽く感じる目覚めに感動した俺の口から出たセリフは、全く違うことだった。
「なんていい目覚めだ……」
「真っ裸でなにやってるかぁぁぁぁっ!!」
そんな声と一緒に、固い物が後頭部に衝突した。
振り返ると部屋の入り口に、全力投球後フォームの女の子がいたので、一応説明しておいた。
「初めて裸で目を覚まして、服の束縛から解き放たれた爽快感に酔っていた」
「変態かアンタは! てか振り向くな! ヘンなモノ見せるな!」
「よし。ならば俺のケツをじっくり見るがいい」
「誰が見たいか!?」
「なんだと!? 形よく引き締まったケツは密かな俺の自慢だというのに!?」
「いくら形がよくても男のお尻なんて見たくないわよ!? 隠しなさいよ!」
「いやぁ、そう言われても服ないし。あと状況わかんないし。あと真っ裸で寝てたし」
「まず説明してあげるからまず服持って来たからまず着なさい!」
錯乱気味に布の塊を放り投げて、女の子は勢いよく扉を閉めて、一度部屋を出て行った。
仕方なくナイロンや木綿とは違うジャージのような服の、肌触りと違和感を覚えながらも、渡された服を着て。(ちなみに後頭部にぶつかった固い物は、皮製の靴だった)
「もういい? 服着た?」
「あぁ」
そして改めて、再度入って来た声の持ち主を確認した。
女の子だった。
指輪や腕輪、ネックレスなどの光りものがやたら目立つ。ただしパンクな趣味ではなく、なにか意味ありげな複雑な意匠のものを身に着けていた。
勝ち気そうな目鼻立ちはハッキリしていて、顔の彫りは深い。肌の色はやや浅黒く、光の具合で黒にも紫にも見える不思議な髪を紐でまとめて、肩にかけている。
それから、気にならない程度ではあるが、耳がわずかに尖っていた。
人間ではあるが、俺の知っている人間とは、微妙に異なる。
マントも帽子も脱いでいたけど、俺がこちらの世界に来て、初めて会って……そして三秒後にボコってくれた女の子だった。
「それで……ここはどこだ?」
本来最初にしないとならない質問は、思いのほか冷静な声で聞く事ができた。
「【根の世界】。あなたの【理】が通用すると同時に、違う【理】で動いている世界。そしてあなたは世界に【理】に定められた【兵役】によって【徴兵】された【召集兵】よ」
「……?」
淀みなくスラスラと、聞きたかったけど訊いていないことも含めて、女の子から返事があったが、その意味が理解できない。
そんな俺の顔色を、別の意味に捉えたらしく、紫髪の女の子は、わずかに顔をしかめて訊いた。
「……今さらだけど、ちゃんと【理】が働いてる?」
はい、またも出ましたこの言葉【理】
筋道とか道理って意味だとはわかるけど、この子がどういう意味で使っているか意味がわからなかった。
「あたしの言ってる言葉、通じてる? 全然通じないって事は今までなかったけど、細かい部分まで翻訳されない事はよくあるから」
「あ、あぁ……それなら大丈夫」
言い直されて、やっと理解はしたが、やっぱり意味は理解できなかった。
「翻訳って?」
「あたしとあなたは今、別の言葉をしゃべっているわ。だけど耳に入った時に、自分の知ってる言葉として認識してるみたい。あたしの口の動き、よく見てなさい? ほら?」
「あぁ、確かに……」
ゆっくりだとよくわかる。口の形と声が一致していない。なのに俺は日本語として聞いている。
「どうなってるんだ?」
「それがこの世界の【理】だから」
また出てきたその言葉。
その意味は説明せずに、女の子は軽く首を傾げた。
「それにしても、落ち着いてるのね? ここに来た人は、まず混乱するのが普通なんだけど」
「……来た直後に気絶して、ひと眠りしたからじゃないか?」
「……………………」
推測を口に出したら、俺を気絶させた元凶が、気まずそーに目を泳がせた。
その件についてネチネチ追求してもよかったのだが、それよりも大事なことがあるだろうから、俺は話を進めさせた。
というか、思い返せば我ながら『なにやってんだ?』と思うが。いろんなコンテンツで描かれる異世界召喚主人公とは違って、俺はなぜかアホやってた。
「理解できてないから、もう一度、詳しく説明してくれないか? ここはどういう世界で、なんで俺はここに来た?」
「それはいいけど……その前に、もっと重要なことを話さないとならないんじゃない?」
「もっと重要?」
怪訝そうな俺に、その子はどこか得意げな顔で答えた。
「あたしの名前はウル・クラシス・メイズグリム。皆にはカシスって呼ばれてるわ」
「あぁ、なるほど……」
確かに名前は重要。お互いの名前も知らないままに話していた。
だからカシスと名乗った女の子に、俺も名乗った。
「梶尾虎太郎だ」
「家名と名前、順番は?」
「梶尾が姓、虎太郎が名前」
「オーケィ。コタローね」
苗字持ちだからどうこうという話もなく、自己紹介の後、話す場所を台所に移し、薬草で淹れたという茶を飲みながら、カシスは説明の続きをしてくれた。
「まず最初に言っておくけど、あたしもこの世界の人間じゃない。コタローと同じように別の世界から来た人間だし、この街に住んでいる全員がそうよ」
「は?」
別世界というだけでも信じられないのに、街ひとつの住人全員が、違う世界からやって来たということが、信じられなかった。
だけどそんな反応は慣れっこだろうから、カシスは構わず説明を続けた。
「大きな木を想像して? ある枝に作られた鳥の巣があたしがいた世界で、別の枝のがコタローのいた世界で、実は違うようで繋がってるの」
つまりは平行世界。フィクションなどではお馴染みの、ある分岐点で異なる歴史を歩んできた複数の世界。
それは無限にあるという。恐竜が絶滅しなかった世界があったり。猿以外の動物が進化した世界があったり。もしかすれば生物がいない世界もあるかも。
ただし、単純な選択肢の違いだけで時間軸が分岐した、というものではないらしい。
「それで、枝分かれたの根元にあたる部分が、この世界なのよ」
枝分かれした世界が、いくつあるかわらかないが、全ての世界がここに通じている。
証明はできないのだが、俺たち【召喚兵】は全員、そう信じている。疑う理由も、疑わなければならない理由もないからだ。
「だから、違う世界に生きてるあたしとコタローも、言葉が通じてしまうの」
「どうやって?」
「それがこの世界の【理】だから……としか言い様がないわね」
【理】……複数の意味を持つのだろうけど、物理法則とかって意味合いで使うことが多いと思う。
「それで納得できないなら、魂がこの世界の言葉を覚えてるとかってどう? ……あぁ、あなたの世界じゃ、『魂』なんて考え方がないのかしら?」
「いいや。考え方は当たり前のようにある。存在が証明されたことはないけど」
原理はともかくとして、言葉の問題に悩む必要はないというのは理解した。
「それで、なぜ俺はこの世界に来たんだ?」
だから続いて、核心の問題をカシスに訊いた。
「【兵役】よ。あの塔と、その先を守るのが、あたしたちの役目ってわけ」
また意味不明の言葉を言いつつ、カシスが窓の外の、台所からでも見える石造りの塔を指差した。
カシスは木でこの世界のことを例えたが、本当に木が生えてるのだ。まぁその時は、塔から生えているのは『根』だとは思わなかったが。
「例えば、あの木を腐らせてしまう害虫が寄ってくるのよ。それで、その害虫を退治するために、鳥が飛んできて虫を退治してしまう」
「その鳥が、俺たち……?」
「えぇ。枝の先に住んでいる生き物たち――つまりあたしたち【召集兵】を呼び寄せるの。それがこの【根の世界】に繋がる世界で生きてる者共通の義務、【兵役】ってわけ」
『害虫』を退治して、根元から連なる全部の世界を守るために、俺はここに呼び寄せられた。
しかも俺だけではなく、いくつもの並行世界から呼び寄せられる。
「本当なのか、それ……?」
ここが枝分かれした世界の根元だとういう話。
世界から【兵役】を課せられる【召集兵】のシステム。
自分のことだけなら、中二病的英雄願望が現実になったとかなんとか考えるかもしれない。だけど俺だけではないとまでなると、現実味がない事も加わり、その時の俺は懐疑的だった。
「さぁね? でも、この話が本当かどうか、確かめる方法はないのよ」
否定意見に反論はしないが、カシスが言葉を付け加えて反論した。
「もしもなにか起こったら? あたしの世界も、あなたの世界も消えるのよ?」
「確認できるのは、世界が全部滅びた時、ってことか……」
「そういうこと。だから信じられなくても、【兵役】をこなすしかないの」
ともかくそこは納得するしかないらしい。
だから俺は最後に、一番大事な確認をした。
「元の世界に帰れるのか?」
「えぇ。ここで死ぬか、無事【兵役】を終えれば帰れるわ」
それにカシスはハッキリと答えた。
「二つの世界を同時に観測しないと完全には実証できないけど、そうとしか考えられないの。元の世界に帰ったら、ここでの記憶はなくなるみたいけど、ごく稀に覚えてる人がいる。それに、あたしのところじゃ【根の世界】の存在は、広く信じられてたから、まず間違いないわ」
「断言する割には、あやふやな話じゃないか?」
誰も確認できないから、ただの妄想かもしれない『死後の世界』や『前世の記憶』を語ってるのと大差ない。
そんな俺の疑問は、カシスは違うと首を振った。
「こっちの世界でできた、違う世界の知り合いから、自分の親の話を聞かされたら?」
「……ん?」
「先祖の持ち物が、こっちの世界に残されていたら?」
「……えーと?」
「そういう話は、いくつもあるのよ。あたし自身も少し経験があるし」
証拠と呼ぶにはやや弱い印象あるが、そんな証言がいくつもあれば、無視することもできない。
俺が納得したのを察したのか、カシスは話をまとめる。
「となると、結論はひとつしかない。覚えていないだけで、【兵役】の義務は誰もにもある。だからあなたの家族や知り合いも、一度はこの世界に来て、役目を終えて元の世界に帰ったはずよ」
時空を超えた人類総徴兵制度。でも誰も覚えていないから歴史に出てこない。
なんと壮大な計画だと感心したもんだ。
最悪こっちの世界で死ねば、兵役を終えて元の世界に帰れる……ということはわかったが。
「無事に【兵役】終わらせようとしたら、いつ終わるんだ?」
それが帰る手段だとしても、好き好んで死にたいとは思わない。
だから確認したけど、カシスの返事は要領を得ない。
「そこは結構いい加減みたい。何万日戦い続けても【兵役】が解除されなかった人もいれば、一〇〇日くらいで解除されて元の世界に帰った人もいるし。それに直接戦うのが必須ってわけでもないし」
ミッションのクリア条件は不明、一定ポイント取得でクリアとかかもしれないが、ハッキリわかる目安はないというのは、困ったものだ。
「あと、これこそ確認できないから、噂話だけど」
カシス自身も信用していないのだろう。気のない口調で、オマケも教えてくれた。ただその時はどことなく、わざとらしい感じもしたが、今となってはどうでもいい。
「無事に【兵役】を終えたら、元の世界に帰る時に、なにか願いが叶うって話よ」
強制的に違う世界に連れてこられて、戦うことになった境遇に、人々がそんな風に考えないと、やっていらない。だからそんな話ができたのかもしれないから、話半分に聞いておいたが。
ともあれ、死んでも別段ペナルティはなし。
生き残ればご褒美があるかも。
不確定情報なので不安はあるが、カシスの言葉を聞いて、俺はとりあえず異世界での生活を始めることができた。
△▼△▼△▼△▼
「バベルの塔か……」
広場から見える塔を見ていて、思い浮かんだことを、口に出してしまった。
「コタローの世界にある、伝説の塔だっけ?」
だから、いつの間にか側にいたカシスが、帽子の鍔を上げて顔を覗き込んでくる。
「よく知ってるな?」
「この街には、コタローの世界からも【召集兵】が来てるんだもの。多少の情報はあるわよ。確か神様のところまで届く高い塔を作ろうとして、盛大に怒られた話だったっけ」
旧約聖書に出てくる伝説の塔。
人が天まで届く高い塔を建てようとしたのを、神様が怒り、それまでひとつだった人間の言葉をいくつにも分けて混乱させた。
異なる世界の住人が、ひとつの場所に集まるこの世界は、そんな神話を連想する。
……でも今は、そんな話どうでもよくて。
「それじゃあ野郎ども! 今日は頼むぞ!」
ガトーのおっさんの号令が響く。そして集まった男連中の名前を呼んで、仕事の役割を配分を始めた。
「さぁて……今日も働くとするとか」
「そーね。キリキリ働きなさい」
俺が伸びをしながら呟くと、カシスも小さく頷き返し、それぞれ働き始めようとして。
「コタロー。カシス」
名前を呼ばれて、そういえばガトーのおっさんが『話がある』とか言ってたのを思い出した。
男連中はガヤガヤと、女性陣はペチャクチャと、賑やかにそれぞれの仕事を始める。
そんな人の輪から外れた場所に、ガトーのおっさんに手招きされた俺とカシスは近づくと。
「お前たちに頼みたいことがあってよ……」
ガトーのおっさんは申し訳なさそうに(犬ッ面じゃ表情はわからないけど雰囲気的に)小声で説明する。
「昨日の襲撃でウチの店の倉庫が壊されてな――」
「町内会長……」
ガトーのおっさんはまだなにか言葉を続けようとしたみたいだが、俺は言葉を遮る。あえて『町内会長』なんていう、普段使わない呼び方を使って。
「そりゃルール違反じゃないか?」
街って体になってるが、人口数は村規模だ。全住人は二〇〇人くらいしかいない。
だから共同生活してるようなもんだ。困ったことが起これば皆で助け合って生活している。俺とアルが今この場にいるのも、防壁修理という一大事に協力して解決するためだ。
なのにガトーのおっさんが、自分の商売上の問題を、その解決で俺たちを使おうとするのは、ちょっと違うだろ?
「そう言われりゃ返す言葉はないんだが……どうも妙なんだ」
だがガトーのおっさんは続ける。どうやらズルしようとか、そんな単純な話だけではないっぽい。
「店の倉庫から、パンツだけがなくなったんだ」
「なにぃぃぃぃぃっ!?」
予想外の言葉に、俺は思わず絶叫してしまった。
「女モノだけか!?」
「いいや、男物もだ」
「なにぃぃぃぃぃっ!?」
おっさんの言葉にもう一度、思わず絶叫してしまった。
「なに大事みたいな反応してるのよ……」
「大事だろう!? パンツは文明の象徴だろう!? パンツがなければ俺たちはどうすればいい!?」
カシスがジト目で聞いてくる。その冷静な心理が俺には理解できない。
「葉っぱで隠せというのか!? チクチクしたりかぶれるだろう!?」
ただ隠すだけなら可かもしれない。しかしデリケートゾーン接触は危険すぎる。
「貝殻で隠せというのか!? 男にはアグレッシブすぎるぞ!?」
二枚貝だとハミ出そうで社会的に危険。かといって巻貝だと肉体的に危険。
「パンツ大事だろう!?」
「もういいから……頭痛くなるから、やめて?」
カシスが本当に痛そうに、額を押さえて言うなら仕方ない。
「さて。冗談はさておき。詳しい話を聞こうか」
気を取り直して、漫才はここまでにする。これ以上ヒートアップしてド突き漫才になったら、カシスさんが鉄拳制裁してくるかもしれないので。
真面目な気持ちでガトーのおっさんに確認する。
「それで、おっさん。消えたのはパンツだけなのか?」
「あぁ。他は大丈夫だ。それと町内会長と呼べ」
「おっさんの店からパンツが消えた理由、わかってるのか」
「わからない。倉庫が壊れた時にでも燃えたならまだわかるんだが、それもないんだ。あと町内会長と呼べ」
「俺のこと、しつこいとか思ってる?」
「割と。さっきは『町内会長』と呼んだのに、すぐまた『おっさん』か」
ふむ。
これは、アレか。
だからガトーのおっさんは、俺たちに声をかけたのだろう。
「【魔物】の仕業かもしれないけどよ、確証がないんだ。だからちっと調べてもらいたいんだ」
俺が考えた通りのことを、おっさんが頼んできた。