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間違ってる2

作者: 白石結衣

「実花ぁ、帰ろー」



帰りのHRが行われている我がクラスに暴君が現れた。クラスメイトの視線を一身に浴びながら、無言でカバンを手に持ち立ち上がる。チラリと担任に目を向ければ、怯えるように視線を逸らされた。


「実花ぁ、カバン持ってあげる」


学校一のイケメン且つ不可侵の不良。それが桐谷くんだ。あの悪夢のバレンタインデー以降、いや彼の中ではそれ以前から、恋人同士となってしまった私は、彼の揺るぎない束縛に日々憔悴していく。


朝は家まで迎えに来きて、電車の中では痴漢を警戒しているのかただ単にそうしたいのか常に抱き締められる。休み時間の度に教室へ現れ、移動教室の時は送るだけじゃなくもちろん迎えに来る。お昼休みは密着しながら屋上で一緒にお弁当を食べ、放課後はHRの最中に乗り込んでくる。桐谷くんを怖がって、教師は黙って私を見送る。むしろ早く帰れという空気を感じる今日この頃。

カバンを奪い取られて逃げることも叶わず、今日はなにがあった誰と喋った男とは喋るな誰とも喋るな、という感じに行動の制限を迫ってくる。


「実花ぁ愛してる」

「うん」

「実花はぁ?」

「愛してる」

「誰を?」

「桐谷くん」

「ん?」

「…斗真」

「んふふー実花は可愛いなぁ」


言葉一つで嬉しそうにされれば悪い気はしない。でもそれにも限度がある。

一緒に帰るものの、真っ直ぐ自宅に送ってくれるわけではない。今日は金曜日。たまり場に向かう日だ。バレないように小さくため息をつく。行きたくない。


「実花ぁなに飲む?」

「オレンジジュース」

「かぁわいー」


彼とその仲間たちのたまり場である古いバーへやってくると、彼は真ん中にある大きいソファーに腰掛け、その上に私を横向きに座らせる。周囲には派手な男女が複数いて主に女性から、鋭い視線を感じる。


「斗真、またその子連れてきたの?」

「こんな地味な子連れてきたら可哀想だよー」

「うるさい黙れ」


美しいお姉さま方の言葉に全くその通り!と頷いていると、桐谷くんが彼女たちを低い声で一蹴する。見目麗しく喧嘩も強い彼は、カリスマ性を兼ね備え、リーダーシップを遺憾なく発揮する。幹部とかいう人たちが、桐谷くんのもとへ意見を聞きに来たり、指示を仰ぎに来たりするのだ。彼らは桐谷くんに忠誠を誓っているようで、以前ここでキレたときに言われた言葉を忠実に守っている。

あれはバレンタインデーの日。

学校から拐われるようにここへと連れてこられ、彼女だと宣言された日。

桐谷くんが特定の彼女を作るのは珍しいらしく、しかもその彼女がこんなに地味で平凡な女なものだから、みんな興味津々で私を見ていた。その視線に耐えきれず終始俯く私を見て、なにを勘違いしたのか彼がキレた。目の前のローテーブルを蹴りあげ周囲に衝撃を与えたあと、立ち上がって一言。



「コイツを見るな!!」



いやいやいや。なにイッチャッテんの??だったら連れてくるなって話ですよ。しかし忠実な彼の仲間たちは、それ以来私をなるべく視界に入れないように奮闘する。今だって、私の頼んだオレンジジュースを持った不良さんが、俯き加減に近付いてきて、テーブルだけを見つめながらそっとグラスを置く。



「実花ぁジュース来たよ」

「ありがとう」


ジュースを手渡されたのでお礼を言えば、嬉しそうに笑う。しかしその手にはアルコールらしき液体が入ったグラス。私の記憶が正しければあなたは未成年のはずです。なんかもう、いろいろ台無し。


「実花がジュース飲んでる!かわいいかわいいだいすき」

「はぁ」

「ほらほらストローくわえて。唇ちゅって突き出して。うわもうこれ犯罪だよかわいすぎ」


ここでは迂闊にジュースも飲めないのか。何回も連れてこられているせいか、行動もセリフもパターン化してきたのに(飲み物は常にオレンジジュース)、桐谷くんの言動は全く落ち着かないので対応に困る。


「これで終わり?もう帰っていい?」


幹部らしき人たちの報告やら相談やらをテキパキと捌き、最後に一言。やれやれやっと帰れると、腰を浮かせかけたその時。


「ちょっと待て」

「あれお前いたの?」


いたじゃん。真後ろでずっと黒いオーラ出してたじゃん。鬼の副長こと塚田くん。キラリと光る黒ぶち眼鏡が標準装備の美形さん。いわゆるインテリ不良ですね。その鋭い視線が痛いです。


「お前最近おかしいぞ。そんな女に入れあげるなんて」


ごく真っ当な意見が飛び出した途端、隣から剣呑なオーラがぶわっと吹き出した。間違いない。だってなんか黒くて禍々しいものが見えるもん。


「…そんな女って実花のこと?は?お前誰に言ってんの?」

「…事実を言ったまでだ」

「お前が実花の何を知ってんの?」

「っそれは…!」

「実花はさぁ、言っちゃえば女神なわけ。実花の魅力に引かれてそこらへんのゲスどもが実花に手ぇ出そうとするわけ。だから常に傍にいて守ってあげなきゃいけないし、傍にいられないときはスイッチをオンにするわけ。じゃないと、実花が誰となにを話してるかなにを食べたか何時にお風呂に入ってパジャマは何色かってことが分からないだろ?」



途中から話が変わっているのはわざとなのかそうじゃないのか。てゆーかスイッチってなんのこと?え?あたし監視されてるの?なにで?盗聴器?いやでもそれじゃあパジャマの色分からないよね?



脳がその先を考えることを拒否したので、諦めて視線を上げると塚田くんと目が合った。誤魔化しようがないほどにはっきりと、憐れみの色を浮かべた塚田くんと。


ちょっと!負けるには早いよ!もっとこのストーカーさんに言ってあげて!


味方ではないけど敵でもない、そんな塚田くんに縋るように必死に視線で訴えるけど、諦めたように首を横に振られた。


「実花ぁ?どこ見てんの?」

「どこも見てません!」

「今こいつと見つめあってなかった…?実花、浮気?相手が誰だろうと殺」

「違うから!浮気なんてしてない!」

「ん。実花は俺だけの実花だもんね。ね、ちゅーしよ」


飛び出す直前の物騒な言葉をギリギリで打ち消し安堵していると、同意もしてないのに口付けられた。

されるがままの私の視界、桐谷くんの肩越しには、降参とでも言うようにハンズアップして深く息を吐く塚田くんがいた。敵でも味方でもなかった塚田くんが、敵となった瞬間である。



終わり

誤字等ご容赦ください。

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