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百川騒動記  作者: 陵凌
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6.

6.

湯島天神の境内に、若い男女の姿がございました。

「お清さん、アンタどうするつもりだ?」

「どうするも何も、弥助を殺してしまった以上、どうしようも無いでしょう?」

「全て火盗改めに任せるのかい?」

「他に、どうするって言うの?」

「まさか、弥助のヤツがお清さんに気が付くとは思わなかった…」

「長次郎さん、仕方ないよ。お前さんがああしてくれなかったら私が殺されていただろうね。」

「お清さん…」



「火盗改めの長谷川って…長谷川平蔵!?鬼平!マジ!?本物!?すげぇ!」

「馬鹿!頭下げねぇか!」熊五郎が惣介の頭を押さえ付けました。

「申し訳ございません。この野郎、口の利き方を知りやせんで…」

「構わねぇよ、気にするな。」

恐縮する熊五郎に、長谷川は言いました。

「長谷川様、どうしてこちらに?」

佐川が及び腰で尋ねます。

「なぁに、久しぶりに足を運んだら、佐兵衛から事件を調べてるヤツがいるって聞いたんでな、様子を見に来ただけだ。しかし聞いてりゃ、その若いのの言う通りだな。」

長谷川の言葉に佐川が気色ばみます。

「お言葉ながら、如何に長谷川様と謂えど、この一件は我等町方の役目、口出しは御無用に願いたい。」

「違ぇねぇや。お前ぇ達もお上の御役目を邪魔しちゃいけねぇ。俺と一緒に来な。」

と、惣介達に手招きしました。

「お待ち下さい、長谷川様。」

佐川が呼び止めます。

「何だ?」

「その者には、無礼を詫びて貰わねばなりません。」

「詫び?おいおい、断っておくが俺もこの若いのと同じ意見だぜ。お前ぇさん、俺にも詫びて欲しいのかい?」

「いえ、…け、けしてその樣な…」

「なら、連れてくぜ。」

長谷川に伴われた惣介達は、百川の座敷に通されました。

「まあ、座りな。」

長谷川が勧めます。

「いえ、長谷川様と御同席なんてとんでもねぇ…」

「何か吉右衛門さんっぽく無いなあ…」

惣介がぽつりと呟きました。

「何言ってんだ、お前ぇは…」

「う~ん…どっちかって言うと丹波哲郎っぽいし…あ、いいのか、二代目って事で」

「何が二代目なんだよ!」

「ん?ああ、初代が松本白鵬で、二代目が丹波哲郎、三代目が萬屋錦之介で、四代目が中村吉右衛門さん。因みに松本白鵬は吉右衛門さんの親父さん。」

「何だそりゃあ?何の事だ?」

「だから、歴代の鬼平。」

「馬鹿!歴代も何も、泣く子も黙る鬼の平蔵…いや、長谷川平蔵たあこのお方だけでい!」

「何言ってんの?この人の本名は宣以のぶためさんって言うんだ。平蔵ってのは通称だよ。それに、この人のお父上の宣雄さんも平蔵の通称を名乗ってたんだ。だから長谷川平蔵はこの人一人って訳じゃない。」

「おい。」

二人の間に長谷川の低い声が割って入りました。

「お前ぇ、惣介と言ったか?随分と俺の事に詳しいな。」

「有名人ですから。」

「ほう、俺はそんなに有名かい?」

「そうです。」

「親父の事までなあ…」

「それは、ウィキペディアで調べました。」

「うぃき…何だいそりゃあ?」

「長谷川様!この野郎は時々、訳の分からねぇ事を申しますので、いちいち聞いてたら身が持ちませんよ。」

熊五郎が言います。

「ふ~ん、まあいい。ところでお前ぇ達は、この家の一件に他の下手人がいると考えてるのかい?」

「へえ、コイツが調べたところが、どうやら下手人は女の樣で…」

「違うよ熊さん、下手人って決まった訳じゃない。」

「けど、係わりはあるんだろ?」

「まあ、そうだけど…」

「女ってのは?」

二人のやり取りを聞いていた長谷川が問います。

熊五郎が事件のあらましを語って聞かせました。

「つまり、金目のモンが無ぇ二番倉の合い鍵をわざわざ作るとは考えられねぇって訳か?」

「そうなんですよ。」

長谷川は、惣介を見やり尋ねました。

「それじゃあ、お前ぇは鍵が百兵衛の袂に入っていたからくりが分かると?」

「それを実験しようと思ってたらアイツ等に邪魔されちゃって…」

「成る程な…しかし、お前ぇさんも無茶な男だなあ。役人相手にあれだけ大見え切るたあ命知らずってモンだ。」

「まあ、奉行所の役人相手ですから少なくとも斬り殺される事は無いし…」

「ほう!お前ぇ、知っててやったのか?太ぇ野郎だなあ…」

「どういう事です?」

訳が分からず熊五郎が問います。

「熊さん、奉行所の役人はね、たとえ殺しの下手人に対する時にも刀は抜かないモンなんだよ。たかが口答えした程度で斬り殺されやしないよ。」

「何でだ?」

「それはね、こちらの長谷川さんも町奉行も同じ旗本だけど立場が違うんだ。勤める役人も奉行所と火盗改めとじゃ違うんだよ。」

「どう違う?」

「簡単に言うと、奉行所の役人は文官で、火盗改めの役人は武官って事。」

「う~ん…」

「つまり、いざ事が起こった時に前線で戦うのが武官、斬った張ったが得意な人達、文官ってのはその通り字を書いてる人だと思えばいい。」

「おいおい、そりゃあちょいと乱暴だろう?」

長谷川が慌てて否定します。

「いや、この人には、これくらいに言わないと理解出来ませんから。」

「しかし、お前ぇ随分詳しいな。大概のモンは侍に逆らったら斬られるモンだと思ってるぜ。」

「習いましたから…」

「誰に?」

「勿論、先生にです。」

「お前ぇの先生ってのは優秀なんだな。」

「いえ、そうでも無いです。ゆとりと詰め込みの間でしたから…」

「よく分からねぇが、面白ぇ野郎だなあ。ところで、いなくなったお清って女が一件に係ってるって何で分かる?」

「それは…」

と、惣介が答えようとした時、障子の外から、

「失礼します。」

と、声が掛かりました。

「どうぞ。」

と、何故か与太郎が応じると、お千代が風呂敷包みを抱えて入って参りました。

「頼まれたお清ちゃんの荷物だけど…」

「ああ、ちょうど良かった。口で説明するより、実際見て貰った方が早いな。お千代さん、貸して下さい。」

惣介は、お千代から荷物を受け取ると、丁寧に解きました。

そして荷物の中から、一つの櫛を取り出しました。

「これかなあ…」

と、言いながら櫛にハアっと息を吹き掛けました。

「うん、イケそう。」

そして、再び布袋の中から例の黒い箱を取り出し、一連の作業を始めました。

長谷川は、その様子を見ながら、へえとか、ほうとか、頻りに感心しています。

セロテープを剥がし、下敷きに貼付けると、お千代を見やり、

「お千代さん、髪をすく時みたいに、この櫛を持ってくれない?」

と頼みました。

言われた通りに櫛をお千代が持つと、

「成る程、右手の人差し指か…」

と、下敷きを見つめ、

「長谷川さん、コレ見て下さい。」

そう言った惣介の頭を熊五郎が平手打ちでピシャリと叩きました。

「痛っ!何だよ熊さん!」

「馬鹿!長谷川様だろうが!」

「いいじゃん!銕っつぁんと呼ばないだけマシだろ。」

「お前ぇ、俺の若ぇ頃のあだ名まで知ってんのかい?」

長谷川が驚いた様子で問いました。

「本所の銕って有名ですから。」

「ふ~ん、まあいいや。で、ソイツは何でぇ?」

「指紋です。」

「シモン?」

「指の紋と書きます。人間の手には脂がありますから、物に触れると、その指紋が着いちゃうんです。」

「この渦巻きみてぇなヤツか?」

「そうです。それで、この櫛に残ってた、おそらくお清さんの指紋。これが右手の人差し指のモノです。それとこっちの八つの指紋の右から四番目の指紋。比べてみてどうです?」

「同じ樣に見えるが?」

「そうです。つまり二番倉の明かり取りの格子に残ってたのは、お清さんの指紋って事です。」

「しかし、格子に手の跡があったからって、どう鍵を掛ける?」

「だから、それを実験しようとしたら邪魔されちゃって…」

「成る程な…なら、その実験とやらに俺も立ち会わせろ。何、町方だって事がはっきりする方が仕事もしやすいだろう?何より、この俺がどうなるか知りてぇしな。」

こうして、長谷川に伴われて惣介達は、再び二番倉に向かったのでございます。

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