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第5話 滲む狂気




『だよな。俺たちゃ変身中は、獣の本能が強くなる。

 獲物はなるべく一撃で、そして俺たちの一番の武器、この牙でな。

 猫の子みてえに獲物をいたぶって楽しむ趣味は、俺たちにはねえんだ』


『ところが、ここを襲った者達は、明らかに牙より爪を多く用いている。

 警部補からの情報にも、被害者たちの直接の死因は爪による攻撃とあった。

 ──何故だ。殺戮と破壊を楽しんでいたのか……?』


 なるほど。人狼の攻撃方法と傾向か。

 あの時は『使役』に慣れるため、一から十まで全て命令していたからな。

 そこまでは気が回らなかった。


『いや、それはない。出動した武装神官の報告に、理性を失い、狂っていた、とあった。

 それに、理性を失い狂っているのなら、なおさら獣の本能に従って行動するはず……わからない。やはりこの一連の行動──』


 ふむ。たったこれだけの情報でそこまで勘付くか。これは、まずいのではないか?

 例の噂通り油断ならない人物のようだ。どうする。この男、どうしてくれよう?


『──実に、人狼らしくない』


 やはり殺すか。今ここで。


『──坊っちゃん』


『ああ……ああ……!?』


『匂いを消していた……? だが、どうやって?』


 そうか、あの男、人狼の血も受け継いでいるのだったな。なら、鼻が利くのか?

 なんにしろ、消臭の腕輪は問題ないようだ。

 体外魔力遮断の腕輪も正常に起動していると見ていいだろう。

 周囲の物に私の魔力が付着する心配はない。


『坊っちゃん、お嬢ちゃん、絶対に俺から離れねえで下さい』


『頼りにしてるよ、アーネスト。メアリ、君もいいね?』


 先週、武装神官から受けたダメージは癒え切った。これなら──


『元気な若造が4人。ちと骨かねえ』


 な!? あの運転手、ウェアウルフだったか!?

 いかん。これは下手を打ったかも知れん。

 ノーマン、ジーン、スティーブ。お前たちは奴を封じろ。

 シャーロット。回り込んで後の二人を殺せ。

 この際だ。一番の武器とやらの『噛み付き』でな。


『 グルオオオオッ !! 』


 な、に!? 3人がかりでこれか!? 待て、アーネストだと……?

 ……もしやこのウェアウルフ、アルバートの懐刀、アーネスト・フォレストか!?

 いかん!! シャーロット!! 奴を殺せ!! 今すぐ!! 急げ!!


『させない!!』


 なっ!? チッ、だめか!! あの銃弾、銀か? しかし、まずい。

 アーネスト・フォレスト。ヴィシャス・ファミリーの元自警団長。

 引退してなお、これほどの戦闘能力を持っているとは……


 もはや一刻の猶予もないか? ──総員、本能を一時開放。

 ノーマン、ジーン、スティーブ。隊列を組みなおせ!

 お前たちが最適と思われるタイミングで、奴の手足を封じろ!


 シャーロット! 前列に続いて、今度はあの娘の方から接近し、今度こそ拳銃の男を殺せ!

 今度はお前の好きに動け! 銃弾はすべて回避しろ!


『──いけねえ! 坊っちゃん!』


 よし! 行け! 使用人ごと殺せ!


『 ZNM ZNTM GL GLD 』


『ひ……嫌ぁあああああ!!』


 なっ!? 高速詠唱!? しかも魔力を圧縮した多重簡略言語!? 

 たしかこの男は、まだ39歳。その若さでここまでの芸当ができるのか!?


『メアリ!!』


 よ、よし! 被害軽微! いいぞ! そのまま、殺せェエエエ!!


『か、は……』


『……!? あ、アルバート様ぁっ!!』


『っ!! っがアアアアアアア!! てめえらアアアアアッ!!』


 やった!! ……浅いっ!? いや、違う……防刃スーツと、防御術式か!?

 まさか……先ほどの高速詠唱は、攻撃と防御の術式をまとめて組み上げていた!?

 くそ、急げシャーロット!! 首だ! 首を掻き切れ!!


『 ……ァァァァアアアアアアアアッ!!!!!! 』


 ──な? ん、だと……?


『お嬢ちゃん……!?』


『ゆるさない……許さない!! 許すもんか!!』


『っか、は…… メアリ……!?』


 ……っ!? 昏倒した!? 一撃で、だと……?


『弟たちも……妹たちも……イライザさんも、木こりの爺やも!!

 すべて奪った……お前たちは! 絶対に……絶対に!!』


 ……? この、使用人……?

 っ!? あの時のウェアウルフ・ハーフの娘!?


『絶対にッ!! 許さないッ!!』


 ……


『アーネストさん……! あの……ア、アルバート様はわたしが守りますッ……!』


 ……くく。


『……いいねえ。気に入った。そうだ。半分とは言えお嬢ちゃんにも流れてるんだったなあ』


 くく。くくくく。


『──俺たち人狼の、仁と義の一族の血がよ!』


 くくく。くはっ!! ははははは!! そうか、あの時の娘か!!

 これはいい!! こんなところで再び見つけるとは!!

 貴重なハーフの個体!! 貴重なサンプル!!


『……メアリ。わかったよ』


 まず存在しない『唯一神教が管理していない人外ハーフ』と思われる少女!!!!


『──二人とも、1分だけ時間を稼いでくれ。その間、無防備になるけど、あとは何とかする……頼んだよ』


『合点承知!!』


『はい!!』


 なんと素晴らしい能力だ!!

 あの時は怯えていただけで、性能を発揮しきれていなかったのか!!

 ハーフで、完全な『変身』もできないというのに、純血の人狼をも凌駕したではないか!!


 よほどの血を引いているのか!? この高い能力!!

 欲しい! 欲しいぞ、この娘!!

 純血の人狼よりも魔力抵抗は低いだろう。なら、この未完成の術式でも、完全に使い魔にできるかもしれない!!


 生物の使い魔!!

 魔術師には許されぬ、近代魔法には許されぬ、生物の使い魔!!


 高位種族、ウェアウルフすら使役し得る、私のオリジナル術式!!

 近代魔法の新たな術式を、古代魔法にも匹敵する新たな術式を!!

 できるぞ!! やれるぞ!! この私が、新たに作り上げるのだ!!


『 Go Trident Snake !! 』


 ……!? しまった!! 水だと!?

 っ!? いかん!! 制御が!!


『──そうか、窒息!』


『なるほどなぁ!! 文字通り息の根を止めるってね!!』


『たとえ人狼といえども、肺呼吸であることに変わりはない。このまま失神して頂きます』


 くそ、だめだ!! もういい!! 飲み込め!!

 多少肺に入っても構わん!! 飲み込むんだ!!


《 痛い!! 痛い!! 苦しい!! くそぉ!! 》

《 痛いぃ!! 苦しいぃ!! もう嫌ぁ!! やめてよぉおお!! 》

《 水ぅ!! 痛えぇ!! 息ができねえ!! くそお!! ぶっ殺してやるぅうう!!》


『……?』


 く……制御が!! 仕方ない、退却!! 急げ!!

 い、いや、くれぐれも目撃されないよう、警戒は厳に!!

 シャーロットを回収し、山中に潜んで夜を待ってから帰投せよ!!


 くそ…… まずい、まずいことになった……!

 今の無理な命令で術式の一部が壊れたかも知れん。急造の未完成術式では無茶な運用はできない……!

 どうする、どうすればいい。くそ、集中と思念波のコントロールを、あんなことで失ってしまうとは……!


 最後、あの奴の目…… 観察していたな、間違いなく。

 まさか気づかれたか……? くそ、アルバート・オークウッド!!

 魔導師を求めぬ堕落した魔術師!! 唯一神教の飼い犬め!!




 † † †




 3月11日 早朝




「……使い魔? 新しい術式の、実験台?」


「そうです。恐らく彼らは、従来の近代魔法、無生物使い魔の作成と使役の法を改良した、まったく新しい術式によって『擬似的な使い魔』とされ、犯人の魔術師に、いいように弄ばれているだけなんでしょう。

 思い返してみると、スピードを身上とするウェアウルフにしては、不可解な停滞──まるで、命令を待つような『間』も見受けられました」


 アルバートはデビッドと二人、警察署の屋上で煙草をふかしながら話していた。

 デビッドはかなりのヘビースモーカーだが、アルバートはそうでもなく、日に2本吸えば多い方で、普段は煙草を持ち歩かない。

 アルバートはデビッドから、外国煙草のラッキーストライクを1本貰って吸っていた。

 デビッドもアルバートも、お互いに向き合わず、屋上の鉄柵に両腕を乗せて、明るくなり始めた東の空を見つめながら話している。


 メル・ベリー孤児院にて襲撃の知らせを受け、デビッド警部補が身を置くゲイルニッジ市警はすぐさま動いた。

 アルバートたちの取り調べと現場の再調査、さらに近隣の住人への警戒の呼びかけと聞き込み。

 一夜明けた現在も、首都ロンデニオン市警との遣り取りは続けられ、署内は殺気立っている。


 何年ぶりかの凄惨な殺人事件であることに加え、今回襲われたのが警察組織の『協力者』であるアルバートだったため、相当の危機感を与えたようである。

 現在ゲイルニッジ市警に特設された『メル・ベリー孤児院一家惨殺事件特別捜査本部』は早朝から怒声が飛び、何人もの人間がひっきりなしに入退室を繰り返していた。

 襲撃を受けたアルバートは、メアリとアーネストを先にオークウッド家へ帰し、警察署で一夜を明かしていた。




「しかし、どうして使い魔なんだよ?

 だいたい魔術師の使い魔は、あー……無生物の人工擬似生命、だっけか?

 生物を使い魔にする契約ってのは、魔導師にしか使えないって話じゃねえか」


「そこなんですが、生物を使い魔とする時、一番の障害となるのが『意思や本能』なんです。

 使い魔契約は、主の命令に絶対服従し命令なく行動することは無いよう、と強制する契約です。

 これがことほか難しく、催眠暗示などで自己意識を削ぎ落とした廃人でも、『他者に自身を譲渡する』のは、必ず無意識下で強い抵抗が発生します」


「まぁ、そりゃそうだろうな。自分の行動すべてが誰か任せになるなんざゴメンだろうさ」


「そう。そしてそういう『意思』も、魔法のコントロール、この例においては『魔法抵抗力』として働きます。

 近代魔法では、どんな小さな『無意識の抵抗』であっても、それを無視して術式を成立させる事は不可能なんです。

 もっとも、古代魔法なら、その限りではありませんがね」


 ここでアルバートが顔だけデビッドに向け直す。

 つられて向き直ったデビッドは、アルバートの目の奥に、凍土の如き冷気を見る。




「ここでHIVウィルスの出番です。

 実はこのウィルス、近年の研究によって、生物の『魔法抵抗力』すら弱めてしまうという結果が確認されているんです」


 驚いたデビッドを尻目に、アルバートは煙草を深く吸い込み、ふうっ、と吐き出した。

 街並みにけむる朝もやと、煙草の紫煙が若い魔術師を包み、妖しくも幻想的な姿を映す。


「近代魔法のひとつに『バインド』という金縛りの術があるのはご存知ですよね?

 あれは動物の筋肉の動きを阻害して、身動きを封じる魔法で、類人猿の平均で約10秒、魔力の高い者なら4~6秒と、大した効果のない魔法です。

 が、これを、HIVに感染して24時間のチンパンジーで試したところ、効果はなんと70秒以上にもなり、しかも心肺機能まで停止したという記録が残っています。

 この魔法の抵抗にも『意思』のもたらす効果はあるようで、現在投獄されている、とある魔術師の人体実験では、効果時間は、やはり『意思力』の強弱に強く影響したそうです。

 そして、この魔術師は人狼でも実験しており──」


 警察署の駐車場に、黒い車の一団が入ってくる。各所から往復を繰り返す関係者たちである。

 その中にはアーネストが運転するオークウッド家の私用車もあった。

 同時に出て行く数台の車は、署員の私用車。もうこんな光景が昨日の夜から続いている。


「──彼らは人間の3倍以上の魔法抵抗力があることがわかった。

 先ほどの『バインド』による実験では、平均効果時間は2秒以下。

 しかし、風邪や肺炎などの病に冒されていた場合、症状が重くなるにつれ、人間以下の魔法抵抗力になったそうです」


「つまりだ。HIVみてえなウィルスによって、なんらかの病気が併発した場合なら──」


「──はい。近代魔法の限界を超える結果をもたらす可能性もゼロではない。

 この魔術師は、獄中でまとめた論文を、そう締め括りました」


「それはわかった。だがよ、セス。お前さんが『使い魔だ』と推測した理由は何だ?」


「喋らなかったんですよ、彼ら」


 携帯灰皿に煙草の灰を落とし、改めて体ごとアルバートに向き直ってから聞き直すデビッド。

 しかしてアルバートは、ノータイムで応えを返した。氷の仮面をはりつけたような無表情であった。

 アルバートは妙に確信めいた様子で、虚空を見つめる瞳は揺らがない。




「……? どういうこった?」


「僕がカーンブリッジ大学隠秘学科の学徒だった頃、本物の魔導師をお招きした講義を受けたことがあるんですが……

 あの化物爺じじい、こともあろうにみんなの前で、学生の一人を使い魔にしてみせたんです」


「はあ!? おいおい、犯罪じゃねえかそりゃ!?」


「まあ国際魔導連盟の許可と本人の了解はあったわけですが……っと、話を戻します。

 『使い魔』とは、ただの操り人形と言っても過言ではありません。

 使い魔になった男子学生ですが、呼吸などの生命活動以外は、一切の能動的活動を停止しました。

 そして、何をされても『喋らなくなった』んですよ。講堂の真ん中で、下着一丁でサンバを踊らされてもね」


 無表情だったアルバートが、一瞬だけ苦虫を噛み潰したような顔になる。

 だが、はっと気づいた後、また無表情に戻った。


「……失礼。『変身』したウェアウルフは、顎部の形状が狼──人間とは異なりますが、腹話術の要領で人語を喋ることができます。

 彼らは皆若いウェアウルフでしたし、悪態のひとつも言いそうなものですが、唸り声と悲鳴しかあげなかった。

 あの雰囲気……僕の勘ですが、恐らく使い魔のそれでしょう」


 アルバートが煙草を差し出すと、デビッドは無言で携帯灰皿を突き出した。

 とんとん、と灰を落とすと、二人はその姿勢のまま固まる。微動だにしない。


 ややあって、二人は同時に煙草の火ををもみ消した。


「この複数の条件……『彼』が真犯人だとすれば、すべてクリアできる。

 新しい術式についてはまだ半信半疑ですが……」




「──OKだ。あとは決め手がありゃ、そのセンで逮捕令状まで一直線だ」


 2本の吸殻を入れた携帯灰皿のフタを、ぱちんと音を立てて閉めたデビッドは、背後の扉に向かって歩き出した。


 気が付けば太陽がほとんど顔を出している。

 日光に弱いアルバートの『持病』を気遣った無言の思いやり。

 アルバートが無表情を崩してにこりと微笑めば、デビッドは、ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「しかしお前みたいな魔術師は他にはいねえだろうなぁ。

 魔導師にも弟子入りしてない。古代魔法を求めてもいない」


「そりゃそうです。僕は魔法を求めて魔術師になったわけではありませんからね」


「宗教と思想の自由、だろ? あと安定収入。魔術師はVIPだもんなあ。公務員のくせに副業もできるし」


「魔導管理法のたまものですね。もちろん営利企業の従事許可は出ませんけど。

 本業に支障がない範囲で、許可を受ければ、家業や執筆、講演などで報酬を受けられる。

 と言っても、僕は職務専念義務をほぼ無視してますけどね」


「それダメじゃねえか」




 署内へ戻る階段を下り、そのままエレベーターに乗り直して、1階の正面玄関ホールに戻った二人。

 迎えに来たアーネストに、二人揃って手を振れば、アーネストは両手に持った缶コーヒーをブラブラさせながら応えた。


「とにかく、僕は魔導院と唯一神教をあたってみようと思います。貴方にも動いて欲しい」


「言われるまでもねえ。そっちは俺の本業だ。ウチのお偉方と病院の方は任せな。

 ……気をつけろよ、セス。必ずアーネストのおっさんと一緒に行動しろ」


「……ありがとう、デビッド。あなたも気をつけて」


「けっ、おまわりさんをナメんなよ魔術師様? こちとら現代のワイアット・アープだぜ」


「どっちかと言えば、ビリー・ザ・キッドじゃないですか?」


 胸を張って気取ったデビッドに、アルバートは突っ込みを入れる。

 デビッドは気にした風もなく、けらけらと笑っていた。




 するとそこへ、若い刑事が駆け寄ってきた。

 そしてデビッドに何事かを耳打ちすると、そのまま忙しそうに振り返り、エレベーターを待たず、階段を駆け上がっていった。


「……特魔鑑識の連中から報告が来た。結果はビンゴだ。

 お前さんを襲った奴らな、やっぱり行方不明中の4人だったぜ」


「やはり真犯人の保有戦力はその4人のみと考えていいかもしれませんね。油断はできませんが」


「メアリ嬢もしばらくはお前の家にカンヅメしとけよ。まぁ、少し複雑だろうが……」


「承知しました。僕の家なら心配ありませんからね。色々な意味で、ですが」


 余談だが、オークウッド邸は建物内部以外、庭などの敷地内と外壁の周囲を、無数の隠しカメラによって唯一神教に監視されている。

 本邸の電話とアルバートの携帯電話は常に盗聴されており、なにかあった際には唯一神教の武装神官が即応できる体制が調えられているのだった。

 そして、それを管理しているのが、この地を管轄する、ヘルメス神官長である。


「で、あの子はどうしてる? 昨夜電話してたろ?

 今日はおっさん、連れてきてねえようだが」


「それなんですけど、メアリったら……」


 急に顔をしかめたアルバートを、デビッドは不思議そうに見つめた。




 † † †




 オークウッド家、正面玄関メインホール。

 ホブゴブリンの執事グレゴリーが、目の前に並ぶ使用人と共に、朝のミーティングを行っていた。


 グレゴリーの正面、向かって右から順。

 妖精シルキーのオリビア。

 妖精犬クー・シーのホリン。

 ふわふわ浮いたまま、眠りこけているカボチャ、もとい、悪霊ジャック・オー・ランタン。


 ──そして、なぜかメアリも、そこにいる。


「では、本日の予定です。

 オリビアはいつも通り1階を中心に掃除、及び洗濯を。

 わたくしは若様の雑務処理、アトリエの掃除と、粘土、石炭の整理。

 ホリンはランタン氏が起きる夕方まで、規定のルートを巡回。

 そして、オリビアの手伝い、ブラウニー達への報酬の用意と、フェアリー達のイタズラの見張りは──」


 グレゴリーはそこで言葉を途切れさせ、左端のメアリを見る。


「……お客様にこんなことをさせるというのも心苦しいのですが。

 まあ若様の許可も出てしまったことですし文句はありませんが……」


 当のメアリは、渋面を作ったグレゴリーに、困ったような苦笑を見せている。

 オリビアを見習い、両手は前で揃え、背筋を伸ばし、今日もエプロンドレスとフリルのカチューシャに身を包んで──


「メアリ様、お願いできますかな?」


 ──この家の使用人のように、そこにいた。


「はい!! 任せて下さい!」


「……ヌワッ!?」


 浮かんだまま眠りこけていたランタンが、ホールに響き渡るメアリの元気な返事に驚いて落っこちた。

 ごちーん、と、見事に頭から床に落ちたランタンは、すぐさま浮かび直して忙しなく周りを見回す。


「ナンダ! 襲撃カ!? カチコミカ!?」


 顔をしかめるグレゴリー。

 袖で口元を隠し、こらえきれずに笑い顔を浮かべるオリビア。

 番犬ホリンは、どうでもよさそうに、大きなあくびをついていた。




 - 続 -





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