僕は勇者(自称魔王談)
人生何があるか分かんない。いや、マジ本気で。
僕は自慢じゃないが特筆すべきところがないところが特徴だ。中肉中背、成績も中の中。運動神経も良くもなければ悪くもなし。虐められっこでもなければ、人気者でもなし。まぁ、どこにでもいる少年Aだ。毎日を退屈だと言いながらもそれなりに楽しんで、そこそこ充実した日々。
で、そんな僕の目の前に何故か今、超常現象的なものが立ちはだかっていた。超美少女が夕暮れの住宅街に仁王立ち。中々シュールな光景。そしてそいつは一言。
「やっと見つけたぞ、勇者!」
と言い放ったのだ。
いえ、すみませんが僕の名前は誠司です。何一つ掠っていません。
「人違いです」
「なぬ!貴様は我を愚弄しておるのかっ!!」
いいえ、全くしていません。という口調が古臭いのは何故?美少女なのに色々残念感が漂っている。
まず、少女はゴスロリな服だった。
黒一色でレースフリフリ。ふわふわに巻いてある髪と合っているといえば合っているが、髪の色はどうやったらこんな色になるのか分からない深紅。瞳も空の色をそのまま映しこんだような青色。白い頬は薔薇色に染まり、ぷっくりした唇は愛らしいと称されるだろう。フランス人形を思わせる外見年齢12歳。
我が家系は純日本だ。こんな子供に絡まれる筋合いはない。僕にはロリータな趣味はないし。
ということでここは丁重にお引取り願おう。
「してません。だって僕はあなた知りませんし」
「我は貴様を忘れたことなぞないぞ!勇者、貴様に殺された我が恨み、今こそ晴らされん!」
うわ、僕ストーカーされてた?しかもなんか勝手に人殺ししたことになってるし、あなた今生きてますよね?僕霊視能力なんて持ってないしね。
「大いなる勘違いだって。大体僕があなたを殺したならここにいるはずないし?」
「殺されたのは前世の……魔王じゃった我じゃ!我はあの屈辱を忘れんがため、勇者、お前のことを心に刻み付けたのじゃ!!そして、我の魔力が宿ったこの木の枝がここを指し示したのじゃ!!」
どぉん!と効果音をつけたいほど少女は誇らしげに木の枝を指差した。その木の枝は鉛筆くらいの細さで長さで、少し曲がっていた。二股に分かれた枝ぶりは貧弱で、風にでも折られたのだろう。つまりただの木の枝だった。
それにしてもこの子は電波系らしい。しかも自称魔王。だから僕を勇者だとか言ったのか。
「……それでどうやって僕を調べ出したの?」
聞きたいような聞きたくないような。というか予想がつくような。
「フッフッフッ、企業秘密じゃの!」
どこの企業がこんな子供を雇うんだか。
「道に枝を立てて、手を放して転んだ方向に進んでいったら僕が居た。……とか言わないよね?」
少女の顔があからさまに強張る。
ぅおい、マジかよ。
「な、何故それを……うむぅ、勇者!小癪な!!」
図星を突かれたのが癪らしい。
「あー、はいはい。じゃあ、もう一度それやってみたら?」
「そうじゃな。これでお主も分かるじゃろ」
魔王はちょこんとしゃがみこんで木の枝を地面に立てる。この光景だけ見たら凄く癒される光景だ。子供の力って中身が変でも偉大なものである。
パタン
木の枝がゆっくりと倒れた。そして指し示したのは
「えぇっ!?我かっ!我が勇者なのかあぁっ!?」
自称魔王、これから勇者になるかもしれない少女だった。
「おめでとう魔王。いや、勇者。僕は大人しく君に勇者の座を明け渡すことにしよう」
呆然としている少女に畳み掛けるように拍手。
「な、何故じゃ……何故我が勇者……?はっ、勇者!貴様謀ったな!!」
勇者(予定)はビシィッ!と僕を指差す。無駄に自信満々だ。
「は?」
「勇者、貴様が変な力を使って我を枝が指すように仕向け、我を謀ろうとしたのじゃな!」
何か僕は勝手に変な能力が使えるようになったらしい。勇者(予定)の脳内では。
「いや、そんな力ないし」
「嘘をつくのではない、馬鹿勇者!」
あ、ちょっとポリシーに反して女の子に手を上げたくなったぞ。しかも自称魔王の中で僕はまた勇者にされたらしい。
「殴って良いかな?」
「待て待て、勇者!勇者のモットーは女性に優しくじゃろうが!?」
やっぱり勇者はフェミニストなんだ。だが、しかし。
「いや、僕そんな職業ついてないし。つくつもりもないし」
「ニートか!?ニートを目指しておるのかぁっ!?そんな若者が多いから日本は駄目になるんじゃ!しっかり働けぃ!!」
自称魔王は案外現代日本情勢に詳しかった。
「いや、普通にサラリーマンになる」
「駄目じゃ!勇者は勇者にならんと駄目じゃ!!」
職業選択の自由はどこへいった。見た目は日本人っぽくないが、日本に居る以上、日本の憲法は守っていただきたい。
「僕はなる気はないので、あしからず。僕以外の誰かにあたってください」
適当にあしらってみる。
「お主じゃなきゃ駄目なのじゃ!お主じゃなければ我は……駄目なのじゃ!」
ラブコメっぽいがそんな雰囲気皆無。それに僕は子供には興味はない。
「あなたは何人の人をそう言って誑かしてきたんですか!」
「我がそう言ったのはお主だけ……って何ノリツッコミを我にさせているんじゃ!」
自称魔王は意外とお笑いにも精通していた。
「グッジョブ、自称魔王」
「そ、そうか?照れるのぅ」
照れる姿は天使のような自称魔王。ある特定の趣味の人の心を射抜きまくっているような気がする。流石自称魔王。魔性の女。
「ナイスだ、自称魔王」
「照れると褒めるぞ!」
微妙に間違っている自称魔王。
「ということで僕はこれで……」
嬉しそうに笑っている自称魔王の横を通り抜けようとする。
「おう、またな。……って待てぃ!むむ、相変わらず狡賢い奴め!!」
僕が狡賢い以前の気がする。
自称魔王は僕の服をぐわしと掴む。僕もそれなりに身長があるので自然と見下ろす形になる。
「えぇい、我を見下ろすな!」
僕に言われても知らん。
「そんな身長になった原因の自分の両親と直談判してください」
「みさえとひさしは駄目じゃ!お仕置きされる!!」
案外普通な両親の名前だった。しかもお仕置きを怖がる自称魔王。外見12歳を涙目にするとはどんなお仕置きなんだ、みさえとひさし。
「こんな夕方までほっつき歩いてたら、お仕置きされるよ?」
「……それは、心配ないのぅ。みさえもひさしも遅くまで仕事じゃ。我は異形じゃからの、嫌われておるんじゃ」
自称魔王は、そう呟いて、顔をうつむかせた。ぎゅっと僕の服を握っていた拳は緩んだが、僕はその手を払うことが出来なかった。
「で、でもな、仕方ないのじゃ!我は魔王の生まれ変わりじゃから、人間如きにどう思われようと関係ないのじゃ!!我は、我は人間と違うから……嫌われても仕方ないのじゃ……」
ぱっと顔を上げて勢いよく言っていた言葉や、やがて覇気を欠いていく。明るく作った声も、最後の方が殆ど聞こえないほど小さくなって。
まったく、本当に面倒なのに絡まれた。
「……はぁ。あのさ、自称魔王」
「なんじゃ?」
「僕は勇者だよ。うん。魔王に見つかりたくなくて嘘ついてたけど実は勇者の生まれ変わりなんだ」
そう言うと、魔王はきょとんとした顔になり、やがてぱあぁっと花が綻ぶように笑顔になっていく。
「そうか、やはり我の目は狂ってなかったか!ふむ、勇者。ならばいざ、尋常に勝負!!」
自称魔王はダンッと地面を踏み鳴らす。満面の笑みに、キラキラ輝く瞳。純粋な喜びを表した顔。
「あ、ごめん、それはパス」
と、自称魔王は前へつんのめった。こけなかっただけ偉い。
「何故じゃ!?」
「勇者だから」
僕はにこやかぁに答える。すると自称魔王は不可解そうな顔になる。
「勇者ならば我と勝負じゃろ?」
「いいや、だって君は普通の人間の女の子だろ?」
自称魔王は虚をつかれたように、ポカンと口を開ける。相当な間抜け顔だ。美少女の間抜け顔、うぅん、見たくもないようなものを見てしまったかもしれない。
「……我が、普通の……人間の……女の子、じゃと?」
「変な発言をして、案外天然な所を除き」
そこは注釈をつけておかないと世界中の女の子に怒られそうだ。
自称魔王……少女の瞳からは透明な液体がぽろぽろと零れ落ちる。夕暮れが少女の髪をさらに鮮やかな赤に映し、その涙が少女の瞳の青を彩る。空色の瞳と夕陽の赤が酷く印象的だった。
「泣くなよ。僕が泣かしたみたいじゃないか」
「アホぅ、お主が泣かしたんじゃ……。誰もっ……我っ、を人間だなんて……っ!」
少女は何度も瞼をこするが、それでも涙は止まらない。声はしゃくりあげているため途切れがちで、掠れている。
「僕には人間以外の何者にも見えないけど」
そう言うと、とうとう少女は大声を出して泣き始めた。恥も外聞もかなぐり捨てて、人目を気にせずわんわんと。
僕はしょうがないのでその場に突っ立っている。泣いている女の子の対処法なんて彼女いない歴=年齢の僕が知っているはずもない。
やがて、少女が泣き止むと非常にすっきりした顔になっていた。嫌な予感がするほどに晴れ晴れした顔だ。
「うむ、勇者。今日は恥ずかしいところを見せたが次はこうは行かんぞ!」
「次って……何するつもり?」
聞きたくないが、聞かないとさらに後悔する気がする。
「無論、勇者と今後遊んでやるのじゃ!」
しかも僕が遊ばれる方か?
「いや、遠慮しとく」
切実に。僕は結構今の平凡な生活気に入ってるし!
「泣いている女の子を見捨てるのが勇者かのぅ?」
何かどっかで選択肢を間違ってしまったような気がした僕だった。
少女はニンヤリ笑った。前言撤回。こいつやっぱり魔王だ。
「勇者、遊ぼうぞ!」
「その名で呼ぶなっ!しかもここは高校だ、自分の学校へ行けっ!!」
「だって暇なんじゃ」
「今は授業中だっ!というかどうやって窓上ってきたっ!?ここは3階だっ!!」
人生何があるか分からない。平凡な日々が突然、平穏じゃなくなるのだから。でも、それもそれなりに楽しんでいるのは秘密だ。