コンフェッション
ああ、先生。よくおいでくださいました。いいえ、それほど待ってはいませんよ。私も町へ買い出しに行くたびに随分時間がかかるのです。その上、ここのところ冷え込みまして、すっかり積もって道がわかりにくくなっていましたから。いやいや、本当によく来てくださいました。こちらへ帰っていらっしゃったと聞いて、ぜひともお話したいと思っていたのです。
コートはお預かりしますよ、どうぞ暖炉の傍へ。温かいものをお持ちします。ニルギリの新しいのが手に入ったんですよ。先生はお酒をお飲みにならないとききましたから、そちらをぜひ。ええ、先生のお話はかねがね伺っておりました。昔の仲間に会うたびに、皆先生のことを話すんですよ。いえいえ、先生は私たちの恩人ですから。先生がいなければ、私の今の生活はないんです。
妻ですか? ああ、今は娘を連れて少し出ているのです。この雪ですからね、すぐには戻らないと思います。あ、そう心配なさらなくても、紅茶の入れ方くらいはわかりますよ、母に仕込まれましたから。
さぁ、どうぞ先生。いい香りでしょう。そうそう、そのクッキーは私が焼いたんです。娘はこれが好きだったんですよ。あんまりにもせがまれるもので、今ではもう何も見ずに作ることができます。……ああ、良かった。お口にあって何よりです。
あれから、もう10年近く経つんですね。ねぇ、先生。私たちが出会った時のことを覚えてらっしゃいますか。ええ、そうです。戦争が長引いて、こんな田舎の私のところにまで召集がきたんです。それで、運悪く……はは、私は気が弱かったものですから、兵隊になるなんてもう、それだけで死んでしまいそうでしたよ。予備兵として訓練所に行って、そうして初めて先生にお会いしました。
私を含め、皆、本当なら戦場になんて行きたくない連中ばかりでしたから、士気なんてものはありませんでした。お気を悪くなさらないでください、いえ、先生ですから笑ってくださるでしょうか、私は軍が嫌いだったのです。先生が一番におっしゃったことを、覚えていますよ。俺は戦争が嫌いで嫌いでたまらない、戦争は人が死ぬ、人が死ぬのは嫌だ、と。私たちは呆気にとられました。先生のような生え抜きの軍人さんからそんな言葉が出るとは思いませんからね。そして、先生は続けておっしゃいました。だから軍隊が必要なんだ、平和が一番だって。そう思わないか、と問われて、私は無意識に返事をしていました。ああ、先生。照れないで下さいよ。あの戦争は辛い状況がばかりでした。どちらが残っても、国としては終わりだとまで言われていたほどの惨状。そんな中でも先生の言葉があったからこそ、私は生き残ることができたのです。
訓練所を出ると、私はすぐ遠い戦地へ送られましたから、先生とはそれきりになってしまいましたね。私はただの一兵卒ですから、先生のお耳に入ることなどなかったでしょう。しかし、私は……いえ、戦地のものは皆、先生のご活躍に胸を躍らせていました。何せ、先生は戦争を終わらせたのですから! ああ、御謙遜なさらないでください。先生は英雄です。
殊に、先生。先生の最後の仕事、覚えてらっしゃいますか? いえ、お忘れになるはずがありません。あの小さな町への爆撃。国外へ逃れようと隠れていた、敵の指導者を先生が仕留めたのです。あ、すみません。興奮してしまって。そうですよね、あの時、他にも多くの死者が出ました。本当に、たくさんの。先生のことですから、相当に胸を痛められたことでしょう。わかっています。
先日、機会があって、私もあの町へ行ったんです。小さい町でしたが、戦争の傷跡があったとしても美しい町でした。そう、争いとは無縁の、本当に静かで緑の美しい町でした。
……どうなさいました? 先生。顔色が優れませんよ。は、でも、いえ、そうおっしゃられるなら、続けさせていただきます。その町は、実は妻の故郷でしてね。お恥ずかしい話ですが、先生。あの時、私はこの国こそ負けるものだと思い、妻と娘をそこへ逃がしていたのです。あの終戦の間際に。お分かりですか、先生。
ああ、どうぞ横になってください。構いませんよ、外は雪ですから、しばらく見つかることは無いでしょう。先生がお酒をお飲みになられるなら、もう少し安らかでいられたのでしょうけど、仕方ありません。
先生、紅茶はお気に召しましたか、先生の為に取り寄せたのです。先生。あなたは本当に、ああ、先生。妻と娘に、宜しく伝えてください。
私もすぐに逝きますから、ねぇ、先生。