楽器にしか話しかけないつもりが、夫まで返事を始めました
「お首の具合を直したら、今度はお腹にご不満ですか」
コランタンが横を向いた。
その直前、唇がきゅっと細くなったのを、マイウェンは見てしまった。ヴァイオリンを支えていた手は動かさず、自分の口だけ閉じる。いけない。最後の苦情が外へ出た。
頭の中では、気位の高い客が、枕の高さはよくなったが寝心地はいまひとつだと訴えていた。それに、少し弾いてからおっしゃってください、と返したつもりだったのだ。つもりの範囲で済んでほしかった。なぜ苦情の受付窓口だけ開くのか。
「……音も、確かめますね」
返事を待たず、弓を取った。
夫の顔は好きだ。目元から鼻筋にかけて、何度見ても、そこをそう作ってくださってありがとうと言いたくなる。本人には言ったことがない。楽器へは首だ腹だと好き勝手言えるくせに、本人へお顔が好きですとは、どうにも。
その好きな顔が、こちらを向かない。
マイウェンは貴族家の楽器を預かる修理職人で、コランタンは、そのうちの一つの家を治める当主であり、彼女の夫でもある。今日のヴァイオリンは家の備品ではなく、彼の私物だった。
用事を作って工房で向かい合える。それが少し、いや、かなりうれしかった。家でわざわざ隣へ行くには何を話すか考えてしまうが、ここなら話すことがある。
ありすぎた。腹の苦情まであった。
「具合は?」
顔を戻さないまま尋ねられ、マイウェンは弓を止めた。
今なら、さっきのは楽器の鳴り方のことで、と言える。けれど、その説明にもまた客が出てくる。お腹を撫でてほしいわけではないんです、などと付け足した日には、自分で自分を工房から追い出したい。
「直っています。お持ち帰りいただけます」
伝えるべきことは、これで足りる。
コランタンの指がケースの縁で止まった。マイウェンは添えるつもりだったもう一言を飲み込み、留め具だけを示した。
* * *
別の日、チェロを前に、マイウェンは頭の中の客へ先に言い渡した。
本日は、返答を控えていただきます。
磨き終えた胴を布から上げる。こちらの客は体が大きいぶん、要望にも遠慮がない。もう少しそちら、いや行きすぎだ、今度は戻せ。以前なら低い声までつけて応じていたところを、今日は唇の内側で押しとどめた。
コランタンが見ている。
背筋を伸ばした夫と、大きなチェロ。どちらも立派で、どちらもこちらの出方を待っている。片方だけでも気楽に相手をさせてほしい。
布の端が胴の下へ入りかけた。楽器を傾け、引き抜く。
「お召し物までお尻に敷かないでください」
言った。
客の返答を取り締まっても、職人の苦情が野放しだった!
マイウェンは布を畳んだ。角が合わず、もう一度畳んだ。その間に、コランタンは唇を結び、肩を一つ動かして、戸口へ顔を向けていた。
「今のは」
夫の横顔へ伸びかけた言葉を、そこで切った。今のは、何。大人の女がチェロのお尻に文句を言っただけです。訂正にならない。
「手入れは済みました」
「そうか」
夫の手が空いていたので、布まで渡しかけた。違う。これは置いていくもの。落ち着け、私。
家へ帰り、コランタンが隣へ入ってからも、マイウェンの口は忙しかった。声こそ出さないが、枕の上で何度も動く。お召し物ではなく布と言えば。お尻は余計だった。そもそも何も言わず引き抜けば。
言わなかった「今のは」の続きまで、作っては直す。
寝返りを打った夫の方へ顔を向けかけ、やめた。明日は目を腫らして会うことになる。顔まで整わないのでは、口を閉じるくらいしか手がない。
工房に残る夫の私物は、古いヴィオラだけだ。
あれは、きちんと直す。
そうしたら、私物を預かるのは終わりにしよう。夫婦でいるのに修理の用を欲しがって、わざわざ嫌がられる時間を増やすことはない。枕の端を耳まで引き上げてからも、「お尻」の代わりだけが、まだ決まらなかった。
* * *
音叉を鳴らし、マイウェンはヴィオラの弦へ指を戻した。
張り直した弦を確かめ、糸巻きをわずかに動かす。弓を引けば、先ほどまで噛みついていた音が収まった。ここ。これでいい。
道具を置いて、息を吐く。
さて、お迎えをどうする。
客の具合はいい。送り出す職人の具合がよろしくない。頭の中では、ヴィオラが「外套はまだかね」と腕もないのに腕を差し出している。外套に当たる布を整えてやりながら、マイウェンは、帰り支度の早い客に腹を立てそうになった。
修理を終わらせたのは自分だ。そこへ文句をつけてはいけない。
ケースを作業台の脇へ開いておく。音叉も弓も片づけた。それから、コランタンへ言うことを、今度こそ頭の中で練習した。
私物のご依頼は。
堅い。婚姻相手へ出す声ではない。
あなたの楽器は。
続かない。これでは楽器の所有権を確かめただけだ。
「マイウェン」
戸口にコランタンがいた。顔を上げた途端、好きだなあ、という余計なことが真っ先に浮かび、用意していた呼びかけを全部押しのけた。肝心なときに役に立たない。こんなに好きなのに。
「もう、よいだろうか」
「はい。ちょうど、終わったところです」
「お渡しする前に、音を」
そう言うと、コランタンは近くまで来た。マイウェンは片づけた弓をもう一度取り、ヴィオラを構える。彼へ話しかけるより、弦に触れる方がずっとたやすい。
一音ずつ、確かめた。今の客はきちんと応じる。結構、では次、と言いたくなるのを、下唇の内側を噛んで止めた。危ない。夫の前で楽器とだけ話が弾んでは、あんまりだ。
弓を下ろすと、コランタンの視線も下がった。
「そこまでしてもらったのか」
「弦も、取り替えましたから」
言葉が足りない気がした。でも補えば、また妙なものが混ざる。彼が何かを待つ間、弓の毛に触れないよう持ち替えて、元の場所へ戻した。
彼の目が、マイウェンの顔へ戻った。彼女は口角を持ち上げようとした。片方が遅れた。やり直したら、今度は顎に力が入った。
コランタンの足が半歩引かれる。
「ああ、忙しければ、置いておいてくれても」
「直っています」
声が大きくなった。引き留めたいみたいに。
実際、引き留めたいのだ。だから、これを終わりにするのがいい。
マイウェンは指でケースの内張りをならした。どこにも皺はない。手を止めると、言わなくてはならないことだけが残った。
「私物をお預かりするのは、これで最後に」
コランタンの視線が、ケースへ落ちた。
「家の楽器は、これまでどおりお任せください。そちらのお仕事まで、お断りするのではなくて」
「私のものだけ?」
「はい」
彼の右手が少し開いた。何かを受け取るには低い位置で、そのまま止まる。
「理由を、聞いても」
マイウェンは布を持ち直した。理由なら、夜ごとに何度も整えている。けれど、ご迷惑ですからと言えば、迷惑ではないと答えさせることになる。それくらいのことは分かる。分かるから、余計に何も言えなくなる。
「私、あなたがいらっしゃると、余計なことまで話してしまうので」
言ってから、口元へ手をやりたくなった。
余計なこと、ただいま追加。
コランタンは目を上げたが、マイウェンはヴィオラへ視線を逃がした。古い胴に布を添える。傷めないよう、いつもの位置を支える。こういうときまで手が迷わないのは助かった。
「お帰りになったら、私のおしゃべりからも解放されますね」
ヴィオラの向こうで、声がした。
「それは困る」
マイウェンは楽器を見た。
次に、コランタンを見た。
彼は、開きかけた口を閉じた。たった今自分が言ったことを、できれば口へ戻したそうな形だった。
「……あなた?」
「今のは、その」
視線がヴィオラへ動く。
「そちらの返事だ」
返事。
マイウェンの腕の中の客に、返事。
何年も苦情を受け付けているが、持ち主を使って口答えされたことは一度もない。
彼女が何も言えずにいると、コランタンの指が作業台の縁をつかんだ。
「話してほしかった」
今度は、いつもの声だった。
「楽器へ話しかけるのを聞くと、私は、笑いそうになって。仕事を笑われたと思わせたくなくて、顔を背けた」
「笑って……」
「その話が聞きたくて来たのに、聞いている顔を見せなかった。すまない」
マイウェンはヴィオラをケースへ収めた。首の支えを確かめ、布を掛ける。最後の角を折り込む指に、少しだけ手間がかかった。
笑われていた。
嫌われていた、とは違うのだろう。謝ってくれている。聞きたかったと言ってくれている。それでも、目の奥が熱い。あんなに一人で、言ったことも言わなかったことも直していたのに。
「おかしかったんですね、私」
「一緒にいると、楽しい。マイウェン、好きだ」
目を上げると、好きな顔が真正面にあった。
見たいと思っていた顔。聞きたかったことまで言われて、胸の中がいっぱいになった。うれしい。うれしいのに、今ここでまた変なことを言ったら、この人は唇を結ぶのだろうか。
「では、ずっと我慢していたんですね」
コランタンの眉が寄った。
「私がしゃべる間。笑ってはいけないと、ずっと」
マイウェンはケースの蓋を下ろした。閉める音がいつもより大きく、肩が上がる。彼の告白へ何か返さなくてはと思うほど、喉の手前に言葉がつかえた。
「これからは、もう少し」
もう少し、何。
「落ち着いて、お話しします」
自分の耳にまで、他人行儀に聞こえた。これなら聞きに来たいとは思わないだろう。分かるが、うっかりしゃべる自分を差し出すのは怖かった。好きでいてくれるなら、なおさら。
マイウェンは両手を前で重ねた。指先を隠し、肩を引く。家の客を見送るときと同じ形に収まれば、次の言葉も間違えずに済む。
コランタンが片手を上げかけた。
彼女はその手へ会釈をしてしまった。握る手なのか、制する手なのか、考えているうちに、頭だけ下がったのだ。
顔を上げても、彼はまだそこにいた。
コランタンはその蓋を見て、それから、ひどく低い声を出した。
「まだ、帰る支度を終えておらぬ」
マイウェンは瞬きをした。
「……布は掛けました」
「足りぬ」
「何がですか」
「話し相手が」
低い。低すぎる。ヴィオラのケースの中からではなく、工房の床下から訴えが届いている。埋めた覚えのない客だ。
コランタンは口を丸くしたまま、返事を待っていた。いつもの顔でその口だけは、どうしたっておかしい。
「この方は、そんなに下から声を出しません」
訂正していた。
マイウェンは顎を引く。せっかく言ってくれたのに、そこへまで注文を。口を開けばこれだ。もう少し受け取りようがあるでしょう、私。
「ごめんなさい。今のは」
「このあたりか」
今度は高かった。
不機嫌な客が、一息で若返った。扱いに困る年頃に。
「上げればいいのではなくて」
彼は頷いた。頷く顔が真剣なので、マイウェンもつい、ケースに片手を添えた。
「声そのものは、少しかすれていて。人を呼ぶのも面倒だけれど、呼ばなくても来るはずだと思っているんです」
「来ないのか」
「来ています。私が。来ているのに、遅いとおっしゃる」
コランタンの喉が小さく動いた。
「……遅い」
「それは、相手を怖がらせようとなさっています」
「難しいな」
普通の声に戻った。終わりだ。役などしたことのない人へ注文までつけて。マイウェンはケースから手を離そうとした。
「怖がらせるつもりはない。待っていれば来る、だったな」
コランタンは顎を少し上げ、彼女ではなく、その頭の上あたりへ視線を据えた。
「遅ぉい」
鼻に抜けた。
それも、最後の一音だけ、どうしてそこを通ったという場所へ。
マイウェンは唇を強く引き結んだ。
「怒っているか」
コランタンには、その固い口が、やはり不快をこらえた形に見えた。もう余計なことをしないでほしい。そう言われる前にやめるのがよいと思ってきたが、今度は妻の顔を見たまま、返事を待った。
「違います。最後だけ、お鼻に、お客が」
言い終える前に、マイウェンの鼻から変な音が出た。
自分の方から出るとは!
口を押さえかけた。その手が頬へ届くより先に、コランタンが、同じ鼻声で言った。
「通りが狭い」
マイウェンの膝から力が抜けた。
作業用の椅子へ腰を落とす。片手で座面の端をつかみ、もう片方を口の前で迷わせた。コランタンが見ている。目尻が下がり、唇の端が上がって、歯が見えた。
顔が、こちらにある。
しかもその顔で、まだ言う。
「広げてもらいたい」
「そこは、私の、仕事では」
返せない。途中で息が裏返る。マイウェンが手を膝へ落とすと、コランタンも笑い声をこぼした。背けずに。こちらへ少し身を屈めたまま。
ああ、ひどい。こんな顔まで好きだ。
好きな顔を見たいのに、見れば息ができなくなるなんて、注文が通った結果としてあまりに乱暴ではないか。
コランタンが客用の椅子を引き寄せて座る。膝に載せた両手が、笑うたびに少しずつ滑った。
マイウェンは、蓋の閉じたケースを見た。
それから、自分で口を開いた。
「お鼻のお部屋が狭いようでしたら、ケースへお戻りください。そちらはお体に合わせてございます」
コランタンは唇を引き結び、逃げずに鼻声を作った。
「そちらは天井が低い」
「横になってお休みになるお部屋です」
彼はケースと自分の肩幅を見比べた。片方の肩を引き、もう片方も狭めてみせる。入室を検討するな。どう頑張っても入らないでしょう!
「……少々、窮屈ではないかね」
「ご本人のお体で、お考えください!」
語尾が跳ねて、笑い声になった。コランタンが肩を戻そうとして、戻せずに前へ折れる。マイウェンも腹を押さえた。椅子の上で二人そろって頭を下げて、先に起きた方が、まだ伏せている相手を見てまた駄目になる。
作業台の端へ、水が二つ置かれた。
「飲んでから続きをどうぞ」
手伝いはそれだけ言って、自分の仕事へ戻った。
マイウェンは水を取った。口をつける前にコランタンが胸を張り直し、彼女は急いで杯を下ろした。
「今は、お待ちください」
「私は何も言っていない」
「お顔が、支度を」
コランタンが顎を引いた。役へ入る前の顔を取り消そうとしている。それを見てしまっては、もう遅い。
マイウェンは息を細く吐ききり、ようやく一口飲んだ。コランタンも飲む。その喉が上下するのを見て、次はもう少し横柄に、と考えていた。
「それでは、お帰り先のことを伺います」
「帰るのかね」
「修理は済んでいますから。持ち主の方の扱いに、ご不満は」
コランタンの眉が上がる。
マイウェンも眉を上げた。どうぞ、という顔をして待つ。
「……あの男は」
コランタンは自分から鼻へ音を逃がした。
「あの男は、私を抱えるとき、いささか偉そうだ」
「私もそう思います」
「そんなふうに思っていたのか」
素の声だった。しかも少し早口。
マイウェンはケースへ目を落とし、丁寧に頷いてみせる。
「今は、この方に伺っています。持ち主の方はお静かに」
彼の口が開いた。
閉じた。
もう一度開き、ちゃんと不機嫌な声が出た。
「話の途中へ入る、失礼な持ち主でね」
マイウェンは杯を作業台へ戻した。置けた。偉い。
「ええ、本当に。続きをどうぞ」
コランタンが身を乗り出した。鼻声が少しかすれる。
「顔を近づけた際に、こちらの顔を見てほしい」
マイウェンは膝の上で指を丸めた。
近づかれると、先に逸らしてしまう。それは、こちらこそ、だって好きだから。
「楽器に顔はありません」
「職人が腹だ首だと言うので、あるものと思っていた」
言い返した声は、まだ客のものだった。
ずるい。そこで役を使うのはずるい。こっちだって使う。
「お顔をご覧になりたいなら、そちらも背けないように、と、お伝えします」
「伝えてくれ。よくよく」
最後だけ、コランタン自身の声になった。
マイウェンは彼を見た。笑い残した頬が熱い。目元も、口の周りも、全部勝手に動く。そのまま、少し顎を上げた。
「今、声が戻りました」
「……よくよく」
鼻へ戻った。戻さなくていいところまで、律儀に!
吹き出して、彼の膝へ肩が近づく。伸びてきた手を借りて体を起こし、マイウェンは長く息を吐いた。頬が痛い。
立ち上がり、ケースの留め具を確かめる。今度は余計な音を立てずに持ち上げ、同じように立ったコランタンへ渡した。
「お待たせしました。修理は、これで終わりです」
「ああ。ありがとう」
コランタンが取っ手を持ち直すのを見届けてから、マイウェンは空いた客用の椅子へ手を掛けた。少し考えて、作業用の椅子の隣まで引く。さっきより、ずっと近い。
「そちらは、床に置いていただいて」
ケースの置き場所を示す。言ってから、指を椅子へ移した。
「あなたは、こちらへ。まだ、その方のお話が途中です」
コランタンはケースを置いた。
両手が空いた彼が隣へ座るのを、マイウェンは立ったまま見てしまった。
「職人が立っていては、落ち着かぬ」
「あ、また低い」
「帰宅前で疲れている」
「声の失敗をお客様のせいになさらないでください」
今度は自分から隣へ腰を下ろした。肩が触れたので、浮かせかける。コランタンが顔を向ける。
「狭いかね」
「お鼻よりは、広いです」
肩を下ろしたまま答えたら、隣で彼が腹を折った。
* * *
ヴィオラは、コランタンが家へ持ち帰った。ケースを開けて中を見直す用事はなかったし、マイウェンも、工房へ戻ってほしい理由を楽器に探さなかった。
寝支度をして、隣へ入る。
枕に頬をつけたところで、昼間の自分の声が頭の中へ戻ってきた。
ご本人のお体で、お考えください。
あれは、少し大きすぎただろうか。工房であんな声を出して。もう少し抑えて言えば、たとえば。
入ろうとしていた。
あの肩幅で。
マイウェンの口から、ふっと息が漏れた。掛布の端を持ち上げかけ、やめる。振り向くと、コランタンも枕の上でこちらを向いた。
「どうした」
「あなたが、ケースへお入りになろうとしたところを」
「あれは、入れるか確かめただけだ」
「余計にいけません」
枕へ頬を押しつけたまま笑うと、変な声になる。マイウェンは顔を上げようとしたが、コランタンが先に、あの鼻声を出した。
「こちらの寝床は、広い」
「よかったですね。では、もうお休みください」
「枕が低い」
「お客ではなく、あなたが直してください」
コランタンが片手で枕を折った。高くなりすぎたらしく、すぐに戻す。その間抜けな往復へ、マイウェンは肩を揺らした。
枕一つ、決まらない。昼間あんなに偉そうに注文していた人が。
彼女は自分の枕を少し寄せた。近くで、コランタンの息がまた笑いに変わる。どこへ手を置こうかと考えていた指を、二人の間へ投げ出した。
「この高さなら、いかがですか」
「職人も、そこで休むように」
「もう、休んでいます」
言い終わると、顎の力が抜けた。次に枕の苦情が来たら、本人へ選ばせよう。いちいち起きてお直しするには、こちらも少し、眠いので。
そんな注文をつけるなら。
続きは言葉にならず、マイウェンは眠った。枕に頬を預けたまま、口元にも、眉間にも力を残さずに。
翌晩、コランタンは寝支度の済んだマイウェンの隣を空けて待っていた。
「今晩も聞かせてほしい。明日も、その次も」
彼女が腰を下ろすより早く、彼の顎が上がった。
「毎晩のこととして、ご用意願いた——」
「お誘いはあなたの声で! 毎晩、返事の前に息が切れるでしょう!」




