ゴルフが出来ない日々
魔王城の謁見の間は、騒ぎの余韻がまだ残っていた。
割れた机の破片が床に散らばり、炎の燭台の火が弱く揺れている。
衛兵たちは壁際に控え、メイドたちは互いに顔を見合わせながら、静かに息を潜めていた。
そして、皆の視線が集まる先――バルバトスは、ゆっくりと深く息を吐いた。
周囲から声が聞こえる。
「先代が戻って来た……」
「バルバトス様が戻ってきた……」
「これでこの国は必ず良くなる……」
拍手が、ぽつぽつと始まった。
やがて、それは謁見の間全体に広がり、温かく、しかし力強い音となる。
バルバトスは周囲を見回し、照れくさそうに頭を掻く。
「もう、ホンマに勘弁してくれ。ワシ、もう隠居したいんねん……せやけど、本当、皆、うちのバカ息子のせいですまんかったのぉ……?隠居撤回や。このボケのやらかした責任だけはワシが取らんと……」
セバスチャンは静かに一歩進み出る。
燕尾服の裾を軽く払い、バルバトスに向き直った。
「バルバトス様。バルバトス様にはその責任があります。大きな力を持った者には大きな責任が発生します。そして、それを正しい道に導けるのは、バルバトス様です。私もこの命が尽きるまでお供します。さぁ、この国を導きましょう」
バルバトスは苦笑いを浮かべ、肩を落とす。
「ホンマ、ま〜た、ゴルフ出来へん生活やわ……」
セバスチャンはすぐに表情を引き締め、衛兵の一人に視線を向けながら言う。
「早速ですが、バルバトス様。現在、勇者軍が霧の谷の付近にいます。明日には霧の谷に突入する模様です。現在我々の軍が、霧の谷で迎撃するように待機しております。」
バルバトスは目を丸くし、慌てて手を振る。
「おい待ておい待て。何やっとるねん!?キュレムタウンで、どえらいことになっとるんやぞ!?今、そんな事したら、また関係性悪くならんか!?」
セバスチャンは即座に頷き、衛兵に指示を飛ばした。
「その通りでございます。おい、そこのお前。今すぐ部隊に伝えて来い。戦闘中止だ!」
衛兵は力強い敬礼をする。
「はっ!了解です!」
そして走る。
バルバトスは顎に手を当て、考え込む。
「待てよ待てよ?逆にチャンスか?これ、逆にチャンスか……?勇者軍って事は、それなりに地位あるやろ?って事は、和平交渉のチャンスか!?」
セバスチャンは素早く反応する。
「和平交渉の準備は出来るか!?料理だ!料理を準備しろ!明日には勇者軍がやってくるぞ!」
メイド達が元気よく答える。
「はい!かしこまりました!」
そして走る。
バルバトスは頭を抱え、ため息を一つ。
「もう、何処から手をつけていいかわからんぞこれ……とりあえず、キュレムタウンとは今すぐにでも和平交渉しなきゃアカンやろ……?」
セバスチャンは宰相に視線を移す。
「宰相グロス!即座に和平交渉の準備を進めろ!」
宰相グロスは穏やかな笑みを浮かべて答える。
「かしこまりました!」
そして走る。
謁見の間は、再び活気づき始めた。
衛兵たちは動き出し、メイドたちは厨房へ急ぎ、宰相は書類を抱えて歩き出す。
バルバトスは王座の脇に腰を下ろし、疲れたように目を細める。
物事を解決するには、力が必要な事もある。
しかし、力だけが全てではない。
言葉の力が必要になる事はある。
そして、バルバトスの力は衰え始めているが、まだ言葉のパワーは失われていない。
ゴルフの出来ない日々がまた続く事になりそうだ。
炎の燭台の火が、静かに揺れていた。
魔王城に、新しい朝が訪れようとしていた。




