落語声劇「鈴ヶ森」
落語声劇「鈴ヶ森」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約20分
必要演者数:2~3名
(0:0:2)
(0:0:3)
(2:0:0)
(3:0:0)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
見習い:新米の泥棒見習い。仕事ぶりが全然よくなく、仲間達から事の
次第を聞いた、足を
洗わせたらいいだろうと勧められるが…。
頭:泥棒の頭。手下たちから見習いを堅気に戻したらどうだ、
と提案する。
旅人:鈴ヶ森を通りかかった旅人。
腕っぷしには自信があるようだ。
●配役例
見習い:
頭:
旅人・枕:
枕:石川五右衛門という泥棒の大先生が、「浜の真砂は尽きるとも、
世に盗人の種は尽きまじ」という有名な辞世の句を残しました。
なるほどその通りでございます。
もう近ごろは朝と夕方に配られて参ります新聞を読みましても、
テレビでニュースを見てもロクなニュースが出てませんな。
凶悪犯罪のニュースばかりでございます。
むかし暴力スリなんというのが流行った時期がありましたが、
江戸の頃のスリやかっぱらいは決して暴力は振るわなかったそうです
。いわゆる知恵を働かせて盗んでいたという事なんですな。
とはいえ、人には向き不向きが必ずございます。
ここに新米ながら、あまりに仕事が下手すぎる泥棒がいますようで。
頭:おい新米、新米!
こっち来い!
見習い:へい、親分。
何かご用ですか?
頭:ご用ですかじゃねえよ。
他の手下どもがな、あの野郎は見込みがねえからさっさと足洗わせて、
堅気に戻した方がいいって言うんだ。
おめえ、どうする?泥棒やめるか?足洗うか?
見習い:えぇ…そんな事言ってるんですか。
いや、あっしも確かにドジばかり踏んでるなってのはよく分かっ
てるんです、ええ。
これから真心を込めて悪事に励んで、
親分に負けないような立派な泥棒になろうと思ってるんです。
頭:立派な泥棒になろうと思ってるんですったっておめえな、うちへ来て
からロクな仕事をしてねえじゃねえか。
こないだだってそうだ。
どうせ盗んでくるんなら金目の物を盗んで来いっつったら、
鉄瓶と火鉢持って来やがった。
そうじゃねえんだ、手にずっしりと目方のかかるもんだっつったら、
たくあん石抱えて来やがる。
ロクな仕事をしねえじゃねえか。
他の手下の手前もあるから、俺ァおめえに小言を言うんだよ。
見習い:いや、あっしだってなんですよ、たまには親分に褒められようと
思って、立派な仕事をしなくちゃいけないって心がけてますよ。
こないだもあの、易者に視てもらったんです。
頭:よせよおい、俺たちの稼業はあんまり易者に視てもらう稼業じゃねえ
ぞ。
で、どうしたよ。
見習い:その易者が言うには、あなたは南の方へ行くと運が開けますって
言われたもんですから、品川に仕事に出かけたんです。
頭:ほう、品川へか。
見習い:であの、黒板塀のこぢんまりとした家があったもんですから、
忍び込みました。
頭:【膝を叩いて】
えれぇ!
銭なんてものは家が大きければあるってもんじゃあねえんだ。
こぢんまりした家がしこたま貯めてるもんだ。
で、どうした。
見習い:へい、家の中に入ってずっと入ってって、ひょいと座敷のほうを
見るってと、家じゅうの人が湯気の立ったご飯に御御御付でもっ
て納豆で飯食ってんですよ。
頭:よせよおい、そんなとこへ入ってったってしょうがねえじゃねえか。
湯気の立ったご飯で御御御付で、納豆で飯食ってるっつったら、
朝じゃねえか。
朝に行ったってしょうがねえだろ。
夜中にいくんだよ。
見習い:それが、朝になっちゃったんです。
頭:なんだその朝になっちゃったてのは。
見習い:親分言ってましたよね。
盗みに入る時は、抜き足差し足忍び足でやれって。
頭:あたりめえじゃねえか。大手を振って入れる稼業じゃねえだろ。
見習い:それやったら、朝になっちゃったんです。
頭:…おめえ、その抜き足差し足てのは、そこの家へ入ってからやったん
だろうな?
見習い:ここからやっていきました。
頭:しょうがねえなおい!
こっからやってったんならそりゃ夜も明けるだろ!
まぁ、考えて見りゃあなんだ。
俺もおめえに仕事の手順や何かを教えなかったのは悪かった。
【ぽんと手を一つ叩いて】
よし、今日はひとつ、おめえを俺の仕事に連れてってやろうじゃねえ
か。
その前にそこのあたり箱で、ちょいとツラぁこしらえてけ。
見習い:えっ?
頭:ツラぁこしらえろよ。
見習い:顔ならできてます。
頭:分かってるよ!
顔に少し凄みを付けるんだ。
この墨でもってヒゲを描け。
見習い:あ、ヒゲですか。
じゃ、相すいやせん、あっしなんかがお借りして申し訳ねえんで
すが…。
頭:なに急に卑屈になってんだよ。
見習い:え、いや卑下したんで。
頭:洒落てる暇があったらさっさと描け!
見習い:へ、へい!
【二拍】
こんなもんでいかがでしょう?
頭:あのな、その貧乏恵比寿みてえなヒゲ描いたってしょうがねえんだよ。
鼻の下から口の周りを真っ黒にしろってんだ。
見習い:いや親分、自分の顔じゃねえからってそう簡単に言いますけどね
、あっしにだってこれでも色気があるんですから…。
こんなもんでどうでしょう?
頭:おう、少しは凄みが付いたな。
見習い:凄みが付いたかどうかは分かりやせんけどこれ、今は墨が湿って
るからいいんです。
乾いてくると口の周りがごわごわになってきますよ。
だいいち途中で雨にでも降られたら、ヒゲはみんな流れちまいま
す。
頭:余計な事は言わなくたっていいんだよ。
それからな、そこに風呂敷包みがこしらえてある。
おめえちょいとそれを背中に背負っとけ。
見習い:親分、なんですこの風呂敷包み。
頭:握り飯が入ってるんだよ。
見習い:お弁当ですか?
頭:バカ、俺たちが食うんじゃねえぞ。
途中で出くわした時に、舅に食わせるんだ。
見習い:お舅さんにね。
頭:この野郎、舅に「お」の字を付けてやがる。
さてはおめえ、舅を知らねえな?
見習い:知ってますよ。
お嫁さんのおとっつぁんとおっかさんでしょ。
頭:そうじゃねえよ!
犬の事を舅って言うんだ。
見習い:犬の事?どういうわけで?
頭:うるせえからだよ。
見習い:こらぁうまいね。
うるさいから犬が舅。じゃ猫は小姑ってんですか?
頭:んな事ァ言いやしないよ!
それからな、そこにドスが一本あんだろ。
のんどけよ。
見習い:ぇっ…のむ。
わ、わかりやした…。
んー…っ。
頭:っバカ野郎、大道芸人かてめえは!
飲み込めってんじゃないんだよ、懐にしまうのをのむってんだよ!
見習い:あ、そうなんで…そうならそうと早く言って下さいよ。
ところで親分、ドスってなんです?
頭:おめえ、盗人のくせに何も知らねえんだな。
短い刀だ。
見習い:あぁ、短い刀ね。
親分にうかがいますけど、どういうわけでこの短い刀をドスって
言うんです?
頭:いちいち聞きやがるなこいつは。
ドッと刺して、スッと抜くからドスとでも言うんだろ。…たぶん。
見習い:じゃ、スッと刺してドッと抜くとスドだ。
ズッと刺してバッと抜けばズバだ。
頭:んなこと言わねえよ!
支度はできたか?握り飯は持ってんだろうな?
見習い:へい、ここに。
頭:よし、表出ろ表。
見習い:あっ、待ってくださいよ親分!
頭:おい、提灯は置いてけ。
見習い:え、だ、だって夜道が物騒だから…。
頭:あのな。俺たちゃ今から泥棒しに行くんだぞ。
目立つだろうが。
見習い:へい、分かりやした…。
さ、行きやしょう。
頭:おう、あとをしっかり閉めたか?戸締りしたか?
見習い:どこのです?
頭:俺の家だよ!
見習い:え、なんでです?
頭:いや物騒だろうが!
泥棒が入ったらどうするんだよ。
見習い:へへへ…いま物騒なのがふたり出たとこですよ。
頭:やかましいわ!余計なこと言わなくたっていいんだよ!
さっさと付いてきな!
見習い:へい。
【二拍】
親分、ずいぶん暗いですね。
頭:あたりめえじゃねえか。
暗えからこそ、俺たちの稼業になるんじゃねえか。
昔から一寸先は何とやらって言葉はあらぁな。
俺たち盗人の為にあるような言葉だ。
さ、どんどん歩け。
見習い:あっしは、昔から暗え所はあんまり好きじゃねえんで…。
もっと明るいところ行きましょうよ。吉原とか。
頭:吉原行って仕事になるわけねえだろ!どんどん歩け!
見習い:~~なんだかだんだんだんだん辺りが寂しくなってくる…。
昔からあんまり寂しいとこも好きじゃねえんです。
頭:おめえな、寂しい寂しいってぐずぐずぐずぐず言ってるけどな、
この先もっと寂しくなってくんだぞ。
見習い:親分にうかがいますけどね、これからどこへ仕事に行くんです?
頭:俺たちか?
鈴ヶ森に、追い剥ぎをやりに行こうってんだよ。
見習い:ひえっ、鈴ヶ森!?
そら止しましょうよ、親分。
頭:どうしてだ。
見習い:あすこはダメです。
幡随院長兵衛や白井権八なんというとんでもなく強いのが
出てきます。
頭:なに言ってやんでェ。芝居だから出てくるんじゃねえか。
いいか、向こう行ったらおめえにもやってもらう事があるんだ。
どういう事をするかってと、まず二人でもって藪の中で身を潜める。
で、旅人が通ったら二、三間やり過ごしといて、おめえが藪ん中から
飛び出す。
そして「おい、旅人。おい旅人。」とこういう具合に声を掛けるんだ
。
見習い:呼び止めるんで。
頭:向こうがこっちを振りむいたら、おめえがひと調子張り上げて、
「ここを知ってて通ったか知らねえで通ったか、明けの元朝から暮れ
の晦日まで、俺の頭の縄張りだ。
知ってて通れば命はねえ、知らずに通れば命は助けてやる。
その代わり、身ぐるみ脱いで置いて行け。
嫌と抜かせば最後の助、伊達には差さねえ二尺八寸のダンビラを、
うぬが腹へお見舞え申すぞ。」
と、向こうが怖気づいているうちに、俺が後ろから回って仕事をしよ
うってんだ。
わかったか?
見習い:……。
…はい、分かりやした!
頭:なんだその間は。
絶対分かってねえだろ!
見習い:うまいすねぇ親分。上手。素敵。
役者みてえ。
頭:おだてて誤魔化すな!
見習い:ところで親分…それ誰がやるんです?
頭:おめえがやるんだよ!
見習い:いや本人には無理でしょう。
頭:本人っておめえじゃねえか!
見習い:あのすいません親分、紙に書いてくれませんか?
頭:この暗闇で字が書けるわけねえじゃねえか。
だいいちおめえ、字を書いたからって読めんのか?
見習い:いや、あっしは読めませんけどね。
たぶん向こうの人が読めるでしょうから、
おぉい旅人ォ、これをよく見なさいよ、って。
頭:しょうがねえなこいつは!
ったく、下らねえこと言ってるうちに鈴ヶ森に着いちまった。
大丈夫だ、俺が後ろに付いてるから、な。
大船に乗った気でやってみろ。
見習い:へ、へい…。
頭:【声を落として】
おい、頭を出すんじゃねえ。藪の中に身を潜めろってんだ。
ぐずぐずするんじゃねえ、旅人が来るんだからよ。
くるっとケツまくって頭ァ引っこめろっての!
見習い:へっ?
頭:それじゃ目立つから、ケツまくってしゃがめってんだよ!
見習い:あ、だ、ダメです親分。
ケツまくれねえんです。
頭:なんでだよ。
見習い:今日フンドシ締めてないんで。
頭:いつも締めとけこの野郎。
早くしゃがめ!
見習い:分かりましたよ…うるさい人だなぁ親分は…んはぁっははぁああッ!
頭:うるせえ!どうしたんだよ!
見習い:った、筍が生えてましたっ…!
筍がっ、そのっ、ちょ、めり込んでて…!
お、親分っ、たっ、助けてっ…!
頭:しょうがねえな…!
ほら、手ェ貸せ!
~~ーーッッ!!
見習い:ッぅぅ~~ぁあっはああっ!
っぬ、抜けました…!
頭:抜けたか!?
見習い:見て下さい、ほら、筍が根元からきれいに。
頭:…いや、どういう握力してんだお前…あっ。
【声を落として】
おい…おい…、カモが来たぞ。
見習い:【声を落として】
軍鶏ですか?
頭:【声を落として】
軍鶏じゃねえバカ、旅人が来たんだ!
見習い:【声を落として】
うわぁすごい…フンドシ担ぎみてえにデカいや…。
あれ強そうだから止しましょうよ。
弱いの来るまで待ってましょう。
頭:【声を落として】
んな事してたら稼業にならねえじゃねえか。
大丈夫だよ、やってみろってんだ。
なに、てめぇで強そうなこと言ってる奴にな、強い奴のいたためしは
ねえんだ。
ッほら、行っちまうだろ、やれッッ!!
見習い:っぉお押しちゃダメだ親分…ってあぁ、出ちゃった…。
さぁ出ちゃった。
もし、そこ行く人!そこ行く人!
旅人:ん?なんか出て来やがったな。
なんだ!!
見習い:あっあ、あの、どちらへいらっしゃるんでござんすか?
頭:【声を落として】
んな事聞いてんじゃねえよ!
「ここを知ってて通ったか」!
見習い:【たどたどしく棒読み】
こ、こ、ここを知ってて通ったか、シラミをとったか!
頭:【声を落として】
バカ、シラミじゃねえ!「知らねえで」!
見習い:ぁっ、
知らねえで通ったか!?
旅人:大きなお世話だ!
知ってるからこそ通ったんだ。
知らなきゃこんな暗い夜道は通れねえや!
見習い:ぁっ、ごもっとも様でございます。
頭:【声を落として】
下らねえこと相手にしてんじゃねえ、脅しをかけろ!
見習い:【たどたどしく棒読み】
明けの晦日から暮れの元朝までーー
旅人:おめぇそれ、あべこべじゃねえのか?
見習い:あそうだ、今のあべこべです。
もういっぺんやりますから。
【たどたどしく棒読み】
く、暮れの晦日から明けの元朝まで、俺ァ頭の縄張りだ。
知ってて通れば命はねえ、知らずに通れば命は助けちまう。
その代わり、【頭へ向けて】っ大丈夫ですよ。
【たどたどしく棒読み】
身ぐるみ抜いて置いて行け。
嫌と抜かせばさいごうさんーー
頭:【声を落として】
バカ、さいごうさんじゃねえよ!
見習い:【声を落として】
ぇ、大村さんでしたっけ?
頭:【声を落として】
余計なこと言うな!
最後の助だ!
見習い:ぁ、
【たどたどしく棒読み】
最後の助、二尺七寸ダンビラを、うぬが腹へお見舞え
申すとォ~。」
どうだぁ、驚いたろォ~!
旅人:【笑いをこらえつつ】
なぁァにを言ってやんでェ、テメェ盗人の前座だな?
脅しの啖呵ァ切るんだったら、はっきりと切りやがれィ!
二尺七寸だって?バカ野郎、それ言うなら二尺八寸てんだ!
てめえのは一寸足りねえな!
見習い:へえ、一寸先は闇でございやす。
旅人:何うまいこと言った気になってやがる!
これ以上四の五のぬかすとその首根っこ、引っこ抜くぞ!
見習い:ぁぁあ身ぐるみ脱ぐから勘弁してください。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
桂歌丸
春風亭一之輔
※用語解説
・易者
占い師のこと。
・黒板塀
木目を生かした柿渋や墨を混ぜた塗料で仕上げられた塀を指すことが多い
。武家屋敷や商家などで見られることが多い。
・御御御付
味噌汁のこと。
・貧乏恵比寿
お参りをした後、どこにも寄り道せずまっすぐに家に帰らなければ、
福を立ち寄り先に落としてしまうという事からそう呼ばれる。
・鈴ヶ森
元々この付近は海岸線の近くにあった1本の老松にちなんで「一本松」と
呼ばれていたが、この近くにある鈴ヶ森八幡(現在の磐井神社)の社に
鈴石(振ったりすると音がする酸化鉄の一種)があったことから、
そう呼ばれるようになったという説。
または関ヶ原に向かう徳川家康に、庄司甚右衛門が目通りした際に
磐井神社近辺で陰間茶屋を設けて徳川軍一行をもてなし、暖簾の端に鈴を
結び付けて出入りする時に鳴るようにした。
その音が鳴り響いたことから呼ばれたという説。
どちらの説もとるに足らないという説も(それはない←
現在は心霊スポットとして有名。
・幡随院長兵衛
江戸時代前期の町人。町奴の頭領で、日本の侠客の元祖ともいわれる。
・白井権八
講談・浄瑠璃・歌舞伎・映画等の世界ではそう呼ばれるが、本来は平井権
八。江戸時代に実在したシリアルキラー。
鼻唄三町矢筈斬り…某国民的漫画アニメで有名になりましたな。
斬られた人が知らずにいい心持ちで鼻唄を唄い、三町…今の距離に直すと
、約300メートルちょっと歩いたところで初めて斬られたことに気付い
て絶命する技のもとの使い手と言われる。
・一間
約180センチ。
したがって二間は360センチ、三間は540センチ。
・元朝
元旦の朝。
・二尺八寸
84センチ。したがって二尺七寸は81センチ。
・軍鶏
闘鶏をルーツとするニワトリの品種で、
日本では国の天然記念物に指定されています。
・フンドシ担ぎ
相撲取りの事。
・シラミ
虱と書く。
昆虫綱咀顎目シラミ小目に属する昆虫の総称。
全種が血液や体液を吸う寄生生物である。