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アルナイル~光を求めて~  作者: 伊藤おかし
15/28

15話 言葉にしないと伝わらない

「ショウちゃん頼む。一緒にいて俺と『切り返し』の練習しよ?ね?お願い」

「疲れたからやだ。」

「いつもは、そんな事言わないじゃん!!この人でなしー」

「先輩いんだから先輩に頼めよ」


ジャージに着替えたショウちゃんの足にしがみ付きながら懇願する翔の絡みをサッと交わした進藤将吾、通称ショウちゃんは同期の奴らとさっさと退散する。


「この人でなしー」

栗花落先輩と2人きりになれる状況なのに、なにひよってんだこいつと思いながら、「アイツ居残りすると際限なく追い込み稽古しようとしますよ」と脅しをかけ他の立候補しそうな同期と先輩達の心をくじき、纏め上げ帰路につかせる。


「セッティングはしてやった後は自分で頑張れ」


そう言って翔の参謀は同期と諸先輩方と共に道場を後にするのだった。


取り残された宮地翔は、大いに混乱していた。居残り稽古したいと駄々を捏ねたら先輩と2人きりで稽古という神シチュエーションを手に入れたからだ。


(落ち着け僕、落ち着くんだ。恐らくこれは善意、先輩が僕の事を好きだから名乗り出てくれたわけじゃないんだ!!自惚れるなぁーーー)


溢れ出る妄想を原動力に変え素振りをし始める。そして、そんな必死に竹刀を振る翔を少し離れた所で眺めていた皐月(さつき)は、感心していた。


(流石宮地君、まだ1年生で身体も出来て無いのにハードな稽古の後ですごい気合い入れて竹刀振ってる。それだけ早く強くなりたいんだ…私も頑張らないと)


会話もなく竹刀だけが振られる時間が暫く続く。そして素振り中2人の思考はリンクしていた。((折角2人いるのに個人練習でいいの?))と


だがしかし、片方は意中の相手に痛いし臭いから嫌だと断られたらと思うと立ち直れないと考えお願いしに行けないチキンになり。


もう片方は単純に同志認定していてもちゃんと喋った事のない為、人見知りを発動しどう話しかけようかを永遠に悩むという、気まずい時間が流れる。


その後も個人練習メニューを会話なく消化していき、とうとう防具を付けた面あり稽古しか残ってない状況になる。


先に覚悟を決めたのは、翔だった。時間も終わりが迫って来たこともあり腹を括ったのだ。


(己の我儘に付き合ってもらっておいて半端な稽古は出来ない。嫌われたくないけど、自分のエゴで善意の行動を無碍にする方がおかしいはずだよね?)


皐月の前まで行き、勢いよく直角90度で腰を降り頭を下げる。


「あの栗花落先輩」

「……」

「切り返しの稽古お願いしてもいいでしょうか?」

「……いいよ」


数秒間の静寂の後了承を一言で伝えた皐月は、防具を取りに歩き出す。一見長考の末仕方なく了承した様に伺えるが、実際には(わ、私から提案しようと思ってタイミングを見計らっていたのに)


 杉原(姉)が聞いたらそしたら何時間掛かるんだよとツッコミ待ったなしの言い訳を心の中で続ける皐月だった。


 一方了承を貰えた翔は防具を取りに背を向ける皐月の後ろで音を立てず思いっきりガッツポーズを取っていた。


 切り返し稽古それは片方が、相手の面の左右を手首を返しながら打つ稽古の事。


最初は恐れ多くて腰が引け気味だった翔だったが、面越しでも伝わる皐月の真剣な雰囲気を感じ取り、思い切って全力で稽古に集中する。そして、頑張る翔を見て何かアドバイスしてあげたいと考えていた皐月の口が自然と開く。


「もっと呼吸を意識してみて」

「え?、あ、はい!!」

(やばい先輩にアドバイス貰えるとか何気に初めてな気がする。剣道部入ってよかったー)

(出来てる、私ちゃんとコミニュケーション取れてる。やった!!)


翔は、アドバイス貰えてちゃんと見てもらえている事に高揚感を覚え、皐月はアドバイスの単語を言ってるだけとはいえ、返事が返ってくる事から苦手とするコミニュケーションが上手くとれてるとお互い心の中でガッツポーズをとり目の前の事にのめり込んでいく。


その後も度々アドバイスを貰いながら両者時間を忘れ流れる様に時間が過ぎていくが、突如として校舎全体に響く聞き覚えのあるチャイムに両者動きを止め道場の時計を見る。すると時計は、完全下校5分前を長針が刺しており、慌てて帰り支度を始めるのだった。


10分後、完全下校時刻が迫り大急ぎで2人して掃除と戸締りを終えて道場に並んで礼をした後。

「返してくる」

「よろしくお願いします」


鍵を返しに職員室に行った皐月を校門の外で待っていた翔は、鍵を返し終わり小走りで校門から出て来た皐月に深くお辞儀をして今日の感謝を伝える。


「あの、栗花落先輩。今日は居残り稽古に残っていただいただけでなく、アドバイスをくださりありがとうございました。」


「…何で帰ってないの?」


 その言葉にその場の空気が凍りつき、お辞儀したまま彫刻の様に固まってしまった翔、もう彼には頭を上げて皐月の顔を見る勇気は無かった。


当の皐月は、今の文面を振り返りいつもの悪い癖の1つ、言葉足らずが発動した事を悟り顔を青くしていた。

(ど、どうしよう。いつも頑張ってるし、私に構わず先に帰っていいよと言いたかったのに、ああこれじゃ待ってて欲しく無かったみたいだよね?!ていうかさっきも先に帰っててみたいな事言ったよ?!)

言ってない


だが、その心の驚きを言葉に全く出さない皐月に頭を下げ続ける翔は、彼女のやってしまったと慌てふためく顔が見えず、黙って睨みつけられていると考え泣きそうな顔になりつつ覚えたての五体投地を繰り出しながら謝罪をおこなう。


「ご迷惑おかけした挙句と粗相した事にも気づかず飄々と生きててすみません。」

「……め、めいわく」


皐月は、『迷惑も粗相もしてないよ?!あの私もコミニュケーション練習にもなったし、お互い様だよ!!』と長文を口に出そうとして一回区切るが、それが事態を更に悪化させる。


実際に出力された言葉に翔のイマジナリーが合わさり翔脳内再生で皐月がゴミを見る目で言ってる事を想像しメンタルがぶっ壊れた。


「……今日は申し訳ありませんでしたぁ!!!うあぁぁぁん」


その一言を絞り出した翔は泣きながら走り去っていくのだった。


「……どうしよう」


その場にポツンと取り残された皐月はというと、を礼儀正しく意欲の高い真面目な後輩を泣かせた事で、顔面蒼白にしながら自分のやらかしに絶望するのだった。



誤字脱字のご指摘ありましたらよろしくおねがいします。高評価モチベーションに繋がるので宜しくお願いします

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